「トレーナーさん、タイムどうでした？」
「うん、バッチリだ！」
「よかった……手応えは、ありましたから」

　グラウンドを一周し終え、ケイエスミラクルがほんのすこし肩で息をしながらやってくる。しっかりとタイムが縮まっていたことを伝えると、彼女は嬉しそうに微笑む。
「よし、そろそろ今日のトレーニングは終わりにしようか」
「はい、そうですね。ありがとうございました」
　ケイエスミラクルは俺の言葉に頷く。……以前は、自分の限界ギリギリまで走っていたいと言ったりなど危ういところもあった彼女だが、幾多のレースや困難を乗り越えてきた今の彼女は、無理をすることも減り以前よりもずっと安定しているように感じる。地に足をついた、とでも言うべきだろうか。
　そのような変化は、俺にとっても、彼女にとっても、喜ばしいことだ。それは、彼女が精神的に安定したということであり、そして彼女の身体的にも強くなったということだから。

「……あ、そうだトレーナーさん……！　おれ――」
　たった。ケイエスミラクルがこちらにかけ足をしながら声をかける。どうかしたのか、そう返事をしようとした、その時。
「――ぁっ」
　彼女の身体がグラと体勢を崩し、前のめりに倒れそうになる。
「っ……！　ミラクルっ！」
　慌てて手を伸ばして、倒れ込みそうな彼女の身体を支える。
「ぁ、すみませんっ！　ちょっと躓いちゃって……！」
　腕の中のケイエスミラクルが慌てて謝る。一瞬、ひやりとしたがどうやらただ躓いただけなようだ……ほっ、とひとつ息を吐き安心する。
「支えてくださってありがとうございます、そ……その、今どきますから……！」
　そう言って身体を動かそうとするミラクル。……だが、安心してどうだろう。今、腕の中にケイエスミラクルが居るという状態で、彼女の身体が自分の腕に寄りかかる状態で、思う。

「……重くなったな、ミラクル」
「……え……？　…………えっ！？　お、おれ……重いですかっ……！？」
　以前、クラシック期のセントウルSの時だったか。今のように躓いてしまった彼女を支えたことがあった。その時の彼女の身体は……とても、軽かった。身を削り、何が何でも、全てを使い果たしてでも走ろうとしていたあの頃。あまりにも軽かったあの時のケイエスミラクルを思い出して、そうして今この自分の腕の中にある彼女の重みを感じて、思う。
「……本当に、重たくなったなぁ……ミラクル」
「ぁっ……え、えっと、その……や、やっぱりおれ、食べ過ぎでした……？　最近、その……食べる量増えちゃって……ふ、太っちゃったんですか……！？」
「……ああ、いや」
　顔を赤くして慌てるミラクル。勘違いをさせちゃってるようで、無配慮な言い方をしてしまったと思ったが……でも、こんな風に慌てて顔を赤らめる彼女と、腕の中の重みとに、愛おしさを感じて……。

　ぎゅっ。
「……っ……！　……っ……と、トレーナーさん……？」
　思わず、そっと彼女を抱きしめる。
「え、えっと……トレーナーさんっ……！？　あ、あの……その、これは……！？」
「……ミラクル、俺は……君がこんなに重たくなってくれて……嬉しいんだ。身体の弱かった君が、あまりご飯も食べれなかった君が……身を削って走ってた君が……こうして、健やかに走ってくれるようになって……元気でいてくれて……それが本当に、嬉しいんだ」
「っ……ぁ……。……ぅ……はい……」
　ぎゅっと抱きしめて心からの気持ちを言葉にすると、ケイエスミラクルはすこし落ち着いた様子でひとつ、はいと応える。

「重くなったなぁ……ミラクル……」
　ぎゅぅ……。腕の中にある彼女の存在を確かめるように、優しく抱きしめる。
「トレーナーさん……。……はい、トレーナーさんのおかげで……おれ、こんな風になれました……。走れるようになったし……ご飯も食べれるようになったし……全部、トレーナーさんのおかげです……」

「……ありがとうございます、トレーナーさん」
　俺の顔を見て、優しく微笑んで、そうして感謝の言葉を伝えてくれるミラクル。しばらく見つめ合って、彼女の重さと、あたたかさを感じ、ケイエスミラクルが今ここにいる喜びを、じっと噛みしめるのであった……。

「…………」
「…………」

「…………あ、あの……」
「うん、どうしたんだ……？　ミラクル」
「えっと……その…………」
　何かを言いたげなケイエスミラクル。どうしたのだろうと思っていると、彼女の顔がだんだんと赤くなっていって……。それから、ふと気付けば周りからひそひそと何かを話す小さな声や視線を感じて――。

「――……み、見られてるので……その、そろそろ離して貰えると……」
「っ！　わ、悪いっ！」
　ケイエスミラクルからそう言われて、今自分が衆人環視の前で彼女を抱きしめてしまっていることに気付く。慌てて彼女から離れるも、ケイエスミラクルはまだ顔を赤らめていて……。
「す、すまん……！　変なことしてっ」
「あっ、い、いえ！　その、抱きしめられるのが嫌だとかそういう訳じゃないんです！　むしろ、その……トレーナーさんに抱かれるの、あったかくて好きというか……で、でもただちょっと、みんなに見られるのは恥ずかしいって気持ちもあって……あの、二人きりだったら、大丈夫なんですけど……」
「ほ、本当にすまん……！！」
　すこし顔を伏せつつ、赤くなりながらもこちらと目を合わせてくれる彼女に申し訳なく思い……それから、気まずさが湧いてくる。

「……そ、その……今日はもう解散しようか」
「……そ、そうですね」
　自分も顔が赤くなっているのを自覚しながら、俺たちはグラウンドを後にしようと歩き出す。……背中に、その場にいたウマ娘たちからの視線を感じながら……。

――――

「……あ、そうだトレーナーさん」
「……うん？　どうかしたか……？」
　荷物を持ってグラウンドの外に出た辺りで、突然彼女から声をかけられる。どうしたのかと応えると、すこしためらいがちに、彼女は言葉を続ける。

「あの、この後……おれもトレーナー室に行って良いですか……？」
「……？　良いけど、どうして……？」
　そう聞き返すと、彼女はまたすこし頬を赤らめて顔を伏せると……やがて、とと、とこちらにケイエスミラクルが近づいて、小さな声で言った。

「……その、さっきの続き……して欲しくて……」
「…………えっと、さっきの続きって……その、あれ……？」
「…………はい、その……ダメ……ですか……？」
　顔を赤くしつつ、伏せ目がちに上目遣いでこちらにそう尋ねるケイエスミラクルに、……俺はダメだなんて言える訳もなくて……。

「……わ、わかった……その、じゃあ……トレーナー室で……」
「…………はい」
　引いた筈の顔の熱が再び昇っていくのを感じながら、そう応えて……二人ぎこちなく、トレーナー室を目指すのであった……。

おわり