「――はい、それじゃあトレーナーさん。抱きしめて、良いですよ……？」
　トレーニング終わりのトレーナー室。日が沈み夕焼けが窓から差し込む中、俺はすこし顔を赤らめたケイエスミラクルと向かい合っていた。
　そっと、手を伸ばしこちらをじっと見つめるミラクルに、妙な緊張感を覚えて……くっと、固唾を飲み込む。

「あの……さっきの続き、しないんですか……？」
　“さっき”、とは。トレーニング終わりのグラウンドで、転びかけた彼女を受け止めた時、思わず抱きしめてしまったことを指している。正直に言えば、あれは感極まってしまったが故の行動で……彼女が健やかにいてくれたことが嬉しくてやってしまったことで、決して彼女を抱きしめること自体を求めていたという訳では無い。
　訳では無いのだが……しかし、他でも無いケイエスミラクルから、続きはしないのかと。トレーナー室でなら抱きしめても良いと、頬を染めながら言われてしまったのなら……抱きしめ無いという選択肢は選べる訳が無い。

「……あ、ああ……それじゃあ、その……するな……？」
「は、はい……」
　一歩、ケイエスミラクルに近づく。一歩、また一歩と距離を縮めるたびに、俺を見つめる彼女の眼差しは徐々にその焦点を俺の身長に合わせ登っていき、そうしてあと一歩で触れ合う距離まで来た頃には、頬を染め上目遣いでこちらを見上げるケイエスミラクルがそこに居た。

「トレーナーさん……」
「……ああ」
　ぎゅっ。
　そっと、彼女を抱きしめる。
　腕の中に、確かな温もりを感じる。

「ん……」
　ぎゅぅ、と。ケイエスミラクルもこちらに抱き返して……身体を密着しあい、離れることなく、俺たちは互いの温もりを感じ合う。
「……お、おれ……これ……」
「どうしたんだ、ミラクル」

「おれやっぱり……これ、好き……かも、しれないです」
「……そう、か」
　顔を俺の胸に押しつけ、その表情を隠したまま、ケイエスミラクルは告白する。その告白を静かに受け入れると……俺は、彼女の背中をそっと撫でる。
「んっ……」
　彼女の背中に手をやり、薄い身体を包んでぎゅっと抱きしめれば、彼女はすこし背を丸めて、潤んだ声を漏らす。だから、俺はすこし小さくなった彼女の身体を上からも包めるように、抱きしめながら俯く。――鼻孔を、彼女の匂いがくすぐる。

「……っ……！　ぁ、す、すみません……その、トレーナーさん、離してくれませんか？」
「……うん？　どうしたんだ、ミラクル」
「え、えっと……その、おれ……トレーニング終わったばかりで、あ、汗くさいかもしれなくて……っ……！」
　腕の中で反発を感じる。ケイエスミラクルは、自分の匂いを気にしているようだ。だから、離して欲しいと――。

　――しかし。
「……いやだ」
「……えっ。い、いやおれその……汗くさいですよ……？　だ、ダメです……」
「……そんなこと無い。良い匂いだよ、君は」
「……っ……ゅぇ……！？」
　びく、と。彼女の身体が跳ねる。それでも、俺は抱きしめることはやめず、腕の中の彼女の匂いを堪能する。彼女の匂いは、決して汗くさくなど無い。むしろ、とても良い匂いをしている。甘くて、けれど爽やかで、でも、より濃い。彼女の嗅ぎ心地のよい匂いを、胸いっぱいに満たす。
「うん、良い匂いだ……俺は、好きだな」
「っ！！　だ、ダメですっ……///　おれ、そんな……言われたら、へんになる……っ///」
　うぅっ、と可愛らしい声を漏らして、ケイエスミラクルは縮こまる。なんとも愛らしく、可愛らしい彼女の姿に心が跳ねて、より強く、彼女を抱きしめる。

「う、うぅ……トレーナーさん。おれ、へんになっちゃう……」
「うん、……。…………好きだよ、ミラクル」
「っ……！　っぁ、は、はい……」
　思わず漏れた心の呟きは、トレーナーとして相応しく無いものだったかもしれない。……けれど、今は、するりと溢れでてしまった。

「…………と、トレーナーさん……おれも、その……」
「……ああ」
「す、……っ……ぁ……、…………好き、です」

「……ああ」
　ぎゅぅ、と。ケイエスミラクルの身体を抱きしめる。深く、深く。彼女の想いに応えるように、俺の想いを込めるように、深く、深く……。

　そうして、俺たちは日が沈みきり、二人きりのトレーナー室が夕闇に包まれるまで、深く、長く、ずっと――。いつまでも、抱きしめ合うのであった――。

おわり