　サクラローレルがトレセン学園を卒業して暫く。
「トレーナーさん、お風呂が沸いたみたいですよ？」
　その後も彼女との関係は続いていて、今では家に泊まりに来るくらいにまでなっていた。今日も今日とて自宅で彼女と夕食をともにしていたのだが。
「そうか。ローレル、先入ってきていいぞ」
「いえいえ……！　トレーナーさんが先入って良いですよ♪　いえ、先入ってくださいっ♪」
　妙に押しを強く、そのように言われてしまったので、反対する理由も特になく、ならばと彼女の言葉に甘えて先に入浴をすることにした――。

――――

　身体を洗い終え、どっぷりと湯船に浸かる。身体の芯が温まるのを感じながら、背をぐっと仰け反らせそれから全身の筋肉の力を抜く。
「あ゛ぁ……」
　温かな風呂は、身も心もほぐしていく。それが心地良くて、ついつい湯船にゆっくりと浸かってしまう。
　ローレルが待っているのだから早く上がらなければ。そう思ってはいるが、あと少し、あと5分だけ……と、湯を堪能している、と――。

　――パチ。

「――っ！？」
　瞬間、視界が真っ暗になる。

「えっ、なっ……」
　突然の出来事に驚きつつ、風呂場の電気が消えてしまったということに気付く。ひとりでに消えるなんて、まさかブレーカーが落ちたのか？　動揺を隠せないまま、これは一度上がって確かめないといけないか、と思ったその時。

　ガチャっ。
「……ふふっ、トレーナーさん失礼します……♪」
「っ！？」
　真っ暗闇で何も見えないが、扉の開く音と微かな冷たい空気とともに、サクラローレルの声がやってくる。

「ローレル……！？　なんでここに、あっいや、俺のことを心配して来てくれたのか……？」
「んー……」
「それともブレーカーの場所を聞きに来たのか？　それなら――」
「――いえ……♪」
　俺の言葉を遮り、彼女は楽しげに小さく笑い声を漏らす。そうして、見えている訳ではないが、気配がこちらに近づいていき……。
　パタン。
　奥の方から扉の閉まる音。それから、迫ってくる彼女の気配。

「……あ、あの……ロ、ローレル……！？」
「ふふっ、トレーナーさん……♪　私も、お風呂に入ろうかなーって……♪」
「――！？　い、いや……入ろうかなって……！？」
　彼女は何を言っているのだろうか、何をしているのだろうか。未だ視界は暗闇で、それ故に彼女の姿を見ずに済んでいるのだが、しかし、風呂に入るというのはつまり、今の彼女はそういうことな訳で――。

「っ……！！　わ、分かった！　それじゃあ俺は今すぐに出るからっ――」
「――トレーナーさん……♪」
　慌てて湯船から上がろうとする俺を、彼女は呼び止める。
「もう、トレーナーさん真っ暗な中滑りやすいお風呂を歩いたら危ないですよ。私はウマ娘なので夜目も効きますけど……♪」　
「じゃ、じゃあローレルが電気付けてくれれば――！」
「……もう、明るいところで今の私を見たいんですか？　トレーナーさんのえっち……♡」
「っ！！？　い、いや違――！？」
「さぁ、トレーナーさん……♪　暫くそこでゆっくり浸かって待っててください、ね……♪」
「――――」

　……そうして、彼女から救いの手を差し伸べて貰えなかった俺は、彼女の言われるまま、まだ暫く、湯船に浸かることになってしまったのだった――。

――――

「……ふんふふ〜ん……♡」
　シャーぁ……。
　彼女の鼻歌が、シャワーの音と混じって浴室に響く。ボンヤリとだけ見える彼女の腕の動きで、恐らく身体を洗っているのだろうとは分かるが……。

(……い、いや……！　何をマジマジと見てしまっているんだっ……！！)
　いくら暗くて何も見えないとは言え、彼女のいる方を見てしまうのは良くない。俺はぶんぶんと首を振ると、彼女を意識しないようにとそっぽを向いて湯に浸かる。

「……！　っ……ふっ、ふふっ……そっぽ向いてどうしちゃったんですか、トレーナーさん……♪」
「だ、だって……！」
「真っ暗で何にも見えないんですから、別にそんなことしなくたって良いのに……♪」
　そうは言うが……段々と暗闇に馴れていくというのに、彼女の方を見続ける訳にはいかない。

「……ん、これでよし、と」

　シャワーの音が止み、ぴたぴたと水の滴る音が反響する。真っ暗で静かな密室空間に二人きり。どんな些細な音でさえ、彼女がいま其処にいるということを、強く意識させてくるのだ。
　心臓が緊張か、それとも湯に浸かりすぎたせいか少し早まっていると――。

「それじゃあトレーナーさん……♪　失礼します……♡」
　ちゃぷ。
　水音が鳴って、湯が揺れる。目の前に気配が……いや、もはや確実だと分かるくらいに、彼女が――サクラローレルがいる。

「あっ、温かい……♡」
「んなっ、ローレル……！？」
「ふふっ、気持ちいいですね、お風呂……♪」
　サクラローレルは俺と向き合うように座って湯船に浸かる。その表情はとても……イタズラめいた笑みを浮かべていて。

「ふふっ、一緒にお風呂……入っちゃいましたね……♡」
　そんな風に言って笑うローレルに、言葉が見つからない。例えば少しでも足を伸ばせば、彼女の身体に触れてしまうような、そんな距離で。同じ湯船に二人……。もはや、平常心でいられる訳がない。

　どきっ、どきっ。
　心臓がうるさい。
「ふふっ……トレーナーさん顔真っ赤……♪　もしかして、のぼせちゃいました……？♡」
「い、いやこれは……その、違くて……っ」
　彼女に心配を掛けまいとそう答えるが、彼女が分かっていてからかっているのは明白で。というより、彼女からは顔の色まで全てハッキリと見えているというのが、ズルく感じる。これがヒトとウマ娘の差なのだろうか。

「ん〜……♡　温まります……♪」
　随分とリラックスした様子のサクラローレル。こちらは緊張しきって心臓もバクバクしているというのに――。

　そうして暫くして、幸せそうに湯に浸かっていたローレルはくっと身体を伸ばして、それから言葉を続ける。
「ん〜、私ちょっとのぼせて来ちゃったかもしれないです……♪」
「その、大丈夫か……？」
「はい、まだちょっとなので。……でも、もう私先に上がりますね……♪　トレーナーさんの方が先にのぼせちゃいそうですし」
　手をパンと叩いて、ローレルは笑ってそう言う。……実際、長いこと湯に浸かりすぎてすこしのぼせてきているのは確かだ。なので先に上がるという彼女の言葉に応えると、サクラローレルはざぱんと立ち上がる。

「それじゃ、トレーナーさん……♡　お先に上がります……♪　ありがとうございました……♡」
　そうして俺の目の前で湯から上がったサクラローレルは、尾をご機嫌に揺らしながら浴室を後にするのだった。

「……あ、ちゃんとトレーナーさんの為に電気つけとかなくっちゃ」
　パチン。
　浴室の扉の外でローレルの声が聞こえると、風呂場の明かりが再点灯する。

　突然の光で眩しい視界の中、俺は思う。彼女には、どうやっても勝てないのだな……と。

おわり