　ある朝のグラウンド。今日は朝からチームトレーニングの予定があり、サブトレーナーである僕は先にチームのメンバーを集めてトレーナーさんを待っていた。すると――。

「ビ、ビリーヴさん……！　その首元の跡、どうしたんですか……！？」
「……え、首元……？」
　チームメンバーの一人の子が、ソワソワとした様子で突然そんなことを尋ねてくる。首元、と言われても……僕は自分で見ることはできないから気付かなかったのだけれど――。

「も、もしかして……キスマーク、ですか！？」
「……っ！？」
　教え子の口から突然そんな言葉が飛び出してビックリする。い、いや……キスマークって……！
「あ、えっ、あれキスマークなの」
「わわ、じゃあビリーヴさん昨日トレーナーさんと……」
「推せる〜」
　チームの子たちが口々にヒソヒソとあることないこと話だす。

「い、いや。これは別にそんなんじゃ……」
「でも、首元ですよ！　首元！　赤くなってますってば跡が！」
「……えっと、これは多分ただの虫刺されで」
「……どう思う？」「いや、怪しい……」「絶対トレーナーさんに付けられたやつだって」「推せる〜」

　僕の言葉では、彼女たちの邪推は止まらないらしい。……実際、そんな所にキスされた覚えは無いし……これは多分ただの虫刺されなんだけど……。

「どうなんですか、ビリーヴさん……っ！！」
「いや、どうって言われても……」
「――なんだ、どうしたんだお前らー」
　僕がチームの子たちからぐいと迫られていると、暢気な声色でトレーナーさんがやってきた。

「あっ、トレーナーさん！　ちょっと、ビリーヴさんに跡付けたんですか！？」
「はぁ……？　何の話……？」
「しらばっくれてもムダですよ！　証拠は上がって――」
　彼女たちの言い掛かりがトレーナーさんの方に向こうとしたその時、急にあの子たちは静かになった。
　不自然に動きを止めた彼女たちの様子を見て、どうしたのだろうとトレーナーさんの方を見ると――。

「……ん？　どうしたんだ、何かついてるか？」
　ポリポリ、と首元を掻いたトレーナーさんが指を離すと、その首元には真っ赤な“跡”が――。

「……トレーナーさんもキスマーク付いてる！！？」

「……えっ、はあ――！？」

――――

「――いや、だからこれはただの虫刺されだってば！」
「嘘つかないでください！！　どうして二人揃っておんなじような場所に虫刺されてるんですか！　絶対キスマークですよね！？」
「違うから！？　なんだよキスマークって！？」
　チームの子たちからの激しい追及を受けるトレーナーさん。トレーナーさんは必死に否定するけれど、あの子たちは全然納得してくれないみたいで。

「したんでしょ！！　キス！！　ビリーヴさんと！　トレーナーさんで！」
「してないからっ！？」
「絶対してる！！」
「否定するなんてますます怪しい……！」
「こいつらウマぴょいしたんだっ！！」
「推せる〜〜♡」
　やいのやいのと言い争うみんな。……まったく、悪い子たちじゃないんだけど、こういうことになると変に色めき立って言い掛かりをつけてきて……。

「なあ、ビリーヴ……お前からも何とかいってやってくれ……！」
　困った顔のトレーナーさんが僕に助けを求める。……とは言っても、僕が何かを言っても納得するようには思えないけど……。

「……その、これはただの虫刺されです。昨日は別に何も無かったですし、あなたたちが思うようなこともありません」
「えー、本当に本当ですか……？　二人とも、同じ日に同じようなとこに虫刺されただけ……？」
「はい。なのでそろそろ邪推はやめてください」
「えぇー……？」
　……少しトーンは収まったけど、それでも疑いの目を向けられる。うん、困ったな……僕らとしては早くトレーニングを始めて欲しいところなんだけど……。

「……いや、絶対やってるって」
「むしろやってて欲しい」
「というか、普通同じタイミングで虫に刺される？？」

「……あ、そうだ！」
「えっ、なんですか」
　急にトレーナーさんが声を上げる。
「いや、虫刺されの原因だよ！　思い出したんだ。あれだよ、あれ。昨日寝る前に蚊の音がしてさ、一回電気付けて探したけど見つからなかったじゃないか」
「……そういえば、そんなこともありましたね」
「多分、あの蚊が俺たちの血を吸ったんだよ。だから、同じタイミングで虫刺されの跡ができたんだ！」
「……えー、そうなんですか……？」
「そうだ、そうに違いない！　な？　だからこれはキスマークとかでも何でもなくただの虫刺されなんだって！」
「んんぅーー……むぅ、そうですか……」
　意気揚々とそう説明するトレーナーさんと、それを聞いて渋々……いや、本当に渋々ながらも、その言葉を飲み込む彼女たち。

「えー、じゃあキスマークじゃないのかぁ……」
「いやぁ、でもさぁ……絶対こんなんキスマークだって」
「でもまあ、確かに同じ蚊に刺されたんだったら同じタイミングってのも分かるし……」
「キテない……」

「……さあ、疑いは晴れたところでさっさとトレーニング始めるぞ！　もう充分ゆっくりできただろ、準備始めろー」
『え〜……は〜い』
　トレーナーさんのひと声で、みんなは(ちょっと渋々って感じで)返事をしてトレーニングの準備を始める。
　……うん、今日はいつにも増して邪推がヒドかったな。……はあ、と一つ溜息をつきながら、準備をしているみんなを眺めていると――。不意に、一人の教え子が立ち止まった。

「――あれ、あの……。あれ……？」
「ん？　どうしたんだ」
「……いやえっと、……ビリーヴさんにその、聞きたいんですけど……」
「……？　なんですか……？」

「……どうしてビリーヴさんは、トレーナーさんが寝る前に遭遇した蚊のこと、知ってるんですか……？」

「……え？」
「――……あっ」
『……！！！』

おわり