　それは、ある日の遠征の雷の鳴る夜のこと。

　ピンポーン。
　夜も遅い時間だというのに、ドアのチャイムが鳴る。こんな時間に、しかも出先の宿で訪問者が来ることは早々無いだろう。もしかしたら、別の部屋に泊まっているヴィブロスだろうか……？
　そう思いそっと扉を開けると――。

「……と、トレーナーさん……」
　耳を垂らして、目を潤わせた俺の担当がそこにいた。

――――

「……ん、こんな時間にごめんなさい……」
「うん大丈夫。……それで、どうしたんだ？」
　ヴィブロスを部屋に招き入れると、彼女はいつもと違って張りの無い声でそう謝ってくる。彼女の様子がおかしいのは分かりきっていた。だから、話を聞いてみると……。

「……その、寝ようと思ったの。明日もあるからちゃんと寝なきゃって……！　……でも、その……雷、怖くて……」
　ピカっ――。カーテン越しに窓の外が光って、それから――。
　ゴロゴロゴロッ。
「――ひゃぁっ！」
　ヴィブロスが、声を上げながらこちらに抱きついてくる。

「ぅっ……ぅ〜……」
　……どうやら、ヴィブロスは雷が苦手らしい。
「……そう、か。それで俺の所に？」
「……ぅん。……その、一人じゃ、怖くて……」

　このまま、彼女を自分の部屋に戻すことは流石にできない。怖がっている彼女を一人にはしておけなかった。ならば――。

「じゃあ、一緒にいるよ」
「……良いの……？　トレーナーさん……」
「ああ。……大丈夫、俺がついてるから」
「ぅぅ〜……！」
　ぎゅっと、彼女が抱きつく。そっと、彼女の背に手をまわし、それから包むように優しく抱きしめる。
　彼女の身体がかすかに震えているのが、分かった。だから、今は……少しでも彼女の抱える不安を和らげてあげたくて、そっと抱きしめながら彼女の頭を撫でるのであった。

――――

「……トレーナーさん、本当に……一緒に寝ても、いいの……？」
「……ああ」
　夜も遅く、いつまでも起きていては明日に響くだろう時間で。しかし、外の雷雨は収まることは無く……ならば、彼女とともに寝るしか無い。
　とは言っても……俺とヴィブロスはトレーナーと教え子で……。その線引きは、ちゃんとしたかった。だから――。

「このベッドは結構広いから。一緒に寝られるよ」
「うん……ありがとう、トレっち……」
　ベッドの端と端。間隔を空けて、横になる。
　俺がソファーで寝ることも考えたが……それは、ヴィブロスが良い顔をしないだろうし、今の彼女だったら、きっと寂しさを感じさせてしまうだろう。
　だから、距離は取るが同じベッドで……。俺はそうすることにした。

「明日はちゃんと起きなきゃ……だから、寝ないとだもんねっ。……うぅ〜寝るぞ、寝るぞ〜……」
　ヴィブロスは、頑張って眠ろうとしている。それでも――。

　ピカッ。
「っ……！！　う〜〜……トレっちがいるからへーき、トレっちがいるからへーき……っ……！」
　言い聞かせるように、ヴィブロスは呟く。けれど、雷鳴が響くたびに、彼女の身体は縮こまっていって……。

　ピカ――ゴドォオオンン！！！
「きゃぁあっ――！！？」
　一際大きな轟き。ベッドの掛け布団が跳ねてヴィブロスは大きな悲声をあげる。
「ヴィブロス、大丈夫か……！？」
「ぅっ、うぅっ……とれっちぃ〜〜……」
　ポロポロ、と大粒の涙を零して、ヴィブロスは俺を呼ぶ。そんな姿にいてもたっても居られなくて、俺は――。

「……ヴィブロス、こっちへおいで」
「……っ……ぐすっ、……っ、ぇっ、でも……」
「……良いから、おいで」
　俺がそう言うと、ヴィブロスはそっと、恐る恐るといった風にベッドの上を這いこちらにやってくる。

「……ぐすっ、……っ、……えっと……トレっち……？　その、こっち、来たけど……」
「…………」
「……？　って、っあ――」

　――ギュっ。

　ヴィブロスの身体を、抱きしめる。
「ぇ、あっ……と、トレっち……？」
「……大丈夫、大丈夫だ……俺がついてるから」
「ぁ、……トレーナー……さん……」

　ベッドの上で、彼女の身体を抱きしめて、俺の身体で優しく包んであげて、それから、彼女に言い聞かせる。大丈夫――大丈夫だから――。
「……っ……」
　俺がついているから、大丈夫。もう、怖くない。安心して欲しい。そう、気持ちを込めて、彼女を優しく、ぎゅっと、抱きしめる。
　優しく彼女の頭の後ろ側……彼女の頭を、髪を、そっと撫でる……。何度も、何度も……優しく、そっと……。

「……トレっち……」
「……大丈夫だからな、ヴィブロス……」
「っ……ぅん……」

「……トレっちって……あったかいんだね……」
「……ああ」
「うん……安心、できそう……」
　彼女もきゅっと身体を丸めると、こちらに身体を預けるように寄りかかる。丸まった彼女の頭を胸と腕で抱いて、優しく撫でる……。

「……えへへ、トレっちあったかい……」
　震えていた身体が落ち着きを取り戻して、彼女の声も柔らかなものになっていって……。
「大丈夫、大丈夫だからな……俺がついてる、ヴィブロス……」
「……うん……ありがとう、トレっち……」

「…………あったかくて、やさしくて、おちついて……うん、今なら……眠れそう、かも……」
「……そっか。それじゃあ、おやすみ……ヴィブロス」
「ぅん……おやすみ、とれっち……」

　……そうして、ヴィブロスは穏やかな寝息を立てて、夢の世界へと旅立っていった。雷雨はまだ止まず。けれど……彼女がこうして安心して俺の腕の中で眠ってくれることが、嬉しくて……安心して……。
　俺は腕の中の温かくて小さな教え子に柔らかな愛おしさを抱きつつ、そっと、彼女の温もりを感じながらまぶたを閉じるのであった……。

おわり