「……覚えていますか、あの9月の夜のこと」
「え？」
　クリスマス、俺はビリーヴとちょっとしたデートを兼ねて街に出掛けていた。欧州風の洒落た施設をふたりでのんびりと歩いていた時、彼女からそう尋ねられる。

「9月……ああ、覚えてるよ。ちょうど3ヶ月くらい前にも、ここに来たよな」
「はい。……その、僕たちが付き合い初めてから、すぐの頃に、ここに」
　そう言われて、記憶が鮮明に蘇る。ああ、あの夜も……今日みたいに澄んだ星の輝く夜空で――。

――――――

　〜♪
　欧州風の街並みを再現した、お洒落なショッピング施設。ヨーロッパ風の建築を再現した建物は、ビリーヴも興味があるだろうと誘ってみたのだが……。

「…………」
「…………」
　ビリーヴは、静かに歩いている。俺の隣で、そっと。隣で歩いているが……手は、繋げていない。微妙な気まずさを感じながら、人気の無い欧州風の街並みをただ、歩く。
　彼女が普段多くを語らず、そうしていることが自然なのはよく知っていたから、沈黙の流れる静かな時間を気にすることは無かったけれど。でも。

「……見るところも、だいたい回りきっちゃったな」
「……そうですね。必要な買い出しもできましたし、必要じゃないウインドウショッピングも、それからディナーも終えてしまいましたし」
　そう、淡々と答えるビリーヴ。
　正直に言えばもうこれ以上、この場に俺たちが留まる理由は無い。無くなってしまった。
　……それでも、俺がビリーヴを連れてあてもなく歩き続けているのは――……ただ、彼女とのこの時間を終わらせたくないから。

「…………」
　そんな俺の隣で、静かについてきて、歩いてくれるビリーヴ。普段作業に没頭していることが、何か目的を持って時間を使うことが好きな彼女にとってすれば、今この時間は退屈だと感じてしまっているだろうか。
　そんな不安を抱えながらも、どうしても……まだ帰りたくないと思ってしまうのは、俺の我儘で。

　そうして、あてもなく欧州風の街並みを歩いていると……。どこからか、楽しげな音が聴こえてくる。
「……？　なんだろう」
「……あっちの、広場の方みたいですね」
　その音に誘われるまま、人気の無い道から開けた広場へと歩を進めると――。

　〜♪
　広場には、まばらな人だかり。流れているのは、何処かで聴いた覚えのある曲。ゆったりとした曲調で、しかし独特のグルーヴを感じる曲。たしか、往年のディスコミュージックだったろうか。
　広場に集まった人々は、このディスコミュージックに乗って、思い思いに身体を揺らし、踊り、音楽を楽しんでいた。

　Do you Remember。そんなフレーズから始まるこの曲は、独特でありながらも何処か心が惹かれるような、自然と身体が音に合わせて動き出したくなるような、そんな不思議な魅力があった。

「……この曲」
「どうしたんだ、ビリーヴ？」
「……いえ、この曲……向こうにいた時にも、聴いたことがあったなって」
　そう溢した彼女の呟きの中の“向こう”。それは、アメリカのことだろう。一時期休学をして、アメリカに居る祖父の元で過ごしていたビリーヴ。
　確か、この曲はアメリカのグループが作ったもので、向こうでも結構有名な曲だと聞いたことがあった。

「……確か、9月を歌った歌だったと思います。……だからか、今流れてるのは」
　セプテンバー。曲の中で度々歌われるその月が、まさに今であることを思い出させる。
　より心が惹かれて、キョロキョロと辺りを見渡すと、どうやら9月を記念してこの曲とともに自由に踊ろう、というイベントらしい。

「……みんな、楽しそうだな」
「……ん、そうだな」
　ダンスが得意か、そうでないかに関わらず、みな思うがままに好きに身体を揺らし踊っている。音を楽しむとはまさにこのことだと分かってしまうくらいに、誰もがリズムに乗って動きで胸のうちから湧き上がる何かを表現していた。

　思わず、自分も踊ってしまいたい。
　そう思ってしまって、一歩足を踏み出そうとして――思い留まる。今、ここには、ビリーヴがいる。ビリーヴを置いて、一人で踊り出すことは、流石にできない。

「…………」
　そもそも、自分が踊りたくなったからといって彼女もそうだとは限らない。これ以上彼女を付き合わせてしまうのも……そう思って彼女の方を見ると――。

「…………――」
　じっとその瞳を閉じて、曲に聴き入っていた。
　……いや、曲そのものというより。

　あはは。
　がや、がや。

　その場に居る人たちの楽しげな声、響くステップ、あるいはその場のグルーヴに、聴き入っているようだった。

「……ビリーヴ、こういうの、好きなのか？」
「…………えっと、どう……でしょう。……ただ、この空気は、悪くない、かもです」
　そう答えるビリーヴは、どこか……そわそわとしていて。ほんの少しだけ、身体が、そっと揺れていて――。

「……なあ、ビリーヴ」
「……はい？　どうかされましたか、トレーナーさ――」

　――ぐっと。彼女の手を引いて、一歩前に出る。

「――わっ。と、トレーナーさん……手、急にどうして――」
「……ビリーヴ！　俺たちも、踊ろう……！」
「えっあ、わっ、えっ」

　そうして、広場に飛び込んだ俺たち。正直、後先なんて考えていなかった。けれど、流れるミュージックを聴いていたら、控えめながらもそわそわとその身を揺らすか揺らすまいか悩んでいたビリーヴを見ていたら、自然と身体が動いていて。

「お、踊るって、えぇ……！？」
　顔を丸くするビリーヴに示すように、俺は流れるリズムに合わせて上半身を揺らし始める。
「わかんない！　けど、やってみないか……！？　こうやって……！」
　その動きは、多分拙かったと思う。けれど、流れる音楽に合わせて身体を動かすだけで、なんだか楽しい気分になってきて。

「はは、……あははっ。これ、結構たのしいな……！　なあ、ビリーヴ、君も一緒に……！」
「えっ、えっと……」
　まだ、戸惑いがちな表情のビリーヴ。けれど、戸惑いながらも、身体は徐々に動き出して。

「……！　いいぞ、ビリーヴ」
「……っ、…………、…………――――♪」
　身体の動きに、腕の動きが加わって、脚が揺れてリズムが生まれて。そうして、控えめだけれど楽しげな、ビリーヴのグルーヴが生まれ。

「じゃあ、俺はこうだ……！」
　腕を大きく動かして、身体全部でダイナミックにリズムを表現してみる。身体を思い切って動かしてみると、これが中々に楽しくて。

「トレーナーさん……ん、ふふっ……」
「あはは、どうだ俺のダンスは……！」
「……ふふっ、とても個性的で、……はい、良いと思いますよ……♪」
　ビリーヴが可笑しそうに笑顔を見せる。それが何だか嬉しくて、堪らなくて――。

「ビリーヴ、一緒に踊ろう！」
「えっ、わっ……！」
　思い切って、ビリーヴの手をとって、ぎゅっと握る。
　周りを見れば、楽しそうに踊るカップルたちもいて、ならば俺たちだって――そう思ったからだろうか、それとも純粋に楽しくなったからだろうか。

　自然と取った彼女の手をそのままに、俺は身体を揺らす。
「……もう、トレーナーさん」
　その様子を見たビリーヴが、ちょっと困ったように笑うと、それから俺の踊りに合わせるように身体を揺らし始めて――。

「…………♪」
「っ、……♪　♪♪」
　Ba de ya!
　俺たちを彩るみたいに、音楽はグルーヴをかき鳴らしていて、だから身体も自然と跳ね動いて。

「ふふっ♪」
「はは、あはは……！」
　俺たちは気付けば夢中になって踊っていた。
　手だって、平気みたいに繋いでいて。むしろふたりの繋がりを表すみたいに強く強く握られていて。

　心臓が高鳴る。血が湧き上がる。身体が自然に動き出す。
「ふふふ、ははっ……♪　トレーナーさんっ……♪」
「ああ、ビリーヴっ！」
　雲ひとつなく澄み渡った夜空の下、満天の星々に照らされて、俺たちは手を取りあって踊り明かすのだった――。

――――――

　――…………そうして、今は12月。

「ああ、あの夜もこんな綺麗な星空だったな」
「……ですね」
　あの夜とは変わって、クリスマスソングが街を彩るこの夜で。俺はビリーヴと並んで夜空を見上げる。

　それから、そっと彼女と目を合わせると、どちらからだろうか、自然と笑みが溢れて。

「……それじゃあ、行きましょうか」
「ああ、そうだな……！」

　そうして、手を取って。――それから、腕を組んで。
　この冷たくも温かな星空の下を俺たちは歩いていくのだった。

おわり