　吐く息がすっかり白くなる頃。俺は担当のケイエスミラクルを連れて近くの自然公園に来ていた。
　普段のトレーニングとは異なり、彼女の身体を温めつつリフレッシュさせる為に自然公園へと向かい歩いて回ったのだが……。

「………………」
　どうやら、あまり調子が上がらないようで。
「……ミラクル？」
「…………ぇ……？　ぁ……はい……どうかしましたか……？」
　ぼぅっとした様子のケイエスミラクルが、一拍遅れて反応する。以前、彼女は冬に弱いという話をしていた。
　寒さでぼーっとしたり、眠くなったり。それでも、トレーニングのような負担は掛けないまま、外を歩くことで少しは身体が温まればと思ったのだが、しかしそう上手くはいかないようで……。

「……寒いか、ミラクル」
「……そう、ですね……はい」
　ぼんやりとそう返事をするミラクル。ここは……何か温かいものでも用意するべきだろう。そう思って、彼女に断りを入れて自販機に向かおうと思ったのだが――。

「――…………」
　くぃ。……ケイエスミラクルは、無言で俺の服の裾を掴んでいて。
「……どうしたんだ、ミラクル？」
「…………えっ、ぁっ……あれ、おれ……！　す、すみませんトレーナーさんっ……これは、その……」
　自分の行動に気が付いたのか、慌てた様子のケイエスミラクル。……しかし、未だその手は俺の裾を握ったままで……。

「……ミラクル、何か温かいものを買ってくるから、そこのベンチで待てるか……？」
「ぁ、……えっと……なら、一緒に……！」
「大丈夫、すぐに戻ってくるから。それに、たぶん一人で買った方が早いと思うし」
　未だに、どこかふわふわとした目をしているケイエスミラクルをすこし見つめながらそう言う。すると、彼女はほんのり湧き上がった罪悪感を押し殺すみたいな表情を浮かべ、それからぎゅっと掴んでいた裾を離した。

「えっと……それじゃあ、お願い……します」
「ああ、ちょっと待っててな……！」
　彼女がベンチに腰掛けたのを見届けてから、俺は温かな飲み物を求めて自販機まで小走りで向かうのだった――。

――――

「おまたせ、ミラクル」
「……ぁ、……トレーナーさん」
　ベンチに座りぼーっとした様子のミラクルが、すこし遅れて反応する。そんな彼女に……ホットココアを渡す。

「あっ……あったかい」
　大事そうにココアを両手で持って、彼女は呟く。
「……開けようか？」
「あ、その……はい、おねがいします」
　ケイエスミラクルがそっと持っていたココアを差し出す。それを受け取り、ぐっとキャップに力を込め、カチリと開ける。

「はい、できた。……慌てずゆっくり飲むんだぞ、ミラクル」
「あはは、トレーナーさんは優しいな……。……はい、いただきます」
　温かそうなココアを、ケイエスミラクルは大事そうに……こく、こくと飲む。ほぁ、と緩んだため息が出た彼女を見てすこし安心して……それから、自分用にも買ってきたホットココアを飲む。

「うん……おいしいです。身体の奥が、ぽかぽかします」
「それは良かった」
「……あの、トレーナーさんもここ……座ってください。立ちっぱなしだと、あれですし……」
　ケイエスミラクルにそう促され、俺も彼女の隣でベンチに腰掛ける。
　……一瞬、いやこのままでも……とも思ったが、そうなったら余計に彼女に気を遣わせるだろうから、彼女の言う通りにした。

「はぁ……ホットココア、あったまりますね……」
「そうだな。……まだ寒くはないか？　ミラクル」
「……ぁ、はい、大丈……。……すみません、やっぱりまだちょっと寒い……かもです」
　ケイエスミラクルは、心配を掛けまいとした言葉を止め、本当のところを正直に答えてくれた。
　無理をしないようになってくれたのはとても嬉しい。

　それはそれとして、彼女はまだ寒がっているらしい。ならば……。
「上着、貸すよ」
「……えっ……あ、いえ……良いですよ……！　だって、それじゃあトレーナーさんが寒くなって……そうしたら、また――」
　そんな彼女の言葉を遮って、カバンから折り畳まれた上着を取り出す。
「もしもの時の為に、君の為に、用意してたんだ。前に冬は苦手って言ってたし……それに、あの時は俺のを貸したせいで君にも迷惑かけちゃったから」
　いつぞやの初詣の日に、マフラーを貸して翌日熱を出したことを思い出す。あのような失態は、もうしない。

「そう、ですか……あはは、それじゃあ……ありがたく、お借りしますね」
　そう言って、ケイエスミラクルは俺の上着に袖を通し、キュっとチャックを閉める。
　ちょっと大きな上着を羽織って、ケイエスミラクルはすこし不思議そうな表情を浮かべていた。

「……どうだ、すこしは暖かくなったか……？」
「……そう、ですね。暖かいです……でも、それだけじゃなくて……」
　そう言葉を続ける彼女に、どうしたのだろうかと思っていると――。

「――それに、その……なんだか、ぽかぽかして……安心します。……どうしてだろう」
　……よく分からないが、どうやら安心してくれているらしい。よっぽど暖かかったのだろうか？

「…………すんすん」
「……！？　み、ミラクル……？」
「えっ……あ」
　突然、上着の袖を口元に寄せ、匂いを嗅ぐ仕草をするケイエスミラクルに思わず声を掛けてしまう。

「っ……！　あ、あの……これは、つい……っ。す、すみません……」
「あ、いや……こっちもちょっとびっくりしただけというか、だから大丈夫だけど……。……その、臭うか……？」
「え、えっと……その、すこし……トレーナーさんの匂いがして、落ち着くなって、思っただけで……っ」
「そ、そう……なのか……？」
　しっかりと洗濯した上着ではある筈なのだが……やはりウマ娘の嗅覚は鋭いようだった。……まあ、幸い悪くは思っていないようなので、良かった……？

「…………こく、……はぁ」
　ケイエスミラクルが、静かにそっとホットココアに口をつける。どうやら、だいぶ暖まってきたようで、どこか温かみのある気の緩み方を彼女は見せた。
　それにほっとして、ベンチに座りつつのどかな公園をぼーっと眺めていると――。

　――ことん。
　……自分の肩にすこしの重みがのしかかる。
　横を向いてみれば、そこにはケイエスミラクルがそっと頭を俺の肩にあずけていた。

「……トレーナーさんって、あったかいですよね」
「……そうか……？」
「はい……おれの為に、色々考えてくれて、色々してくれて……優しくて……とってもあったかくて……」
　彼女の小さく柔らかな言葉に、そっと耳を傾ける。

「……おれ、いま。すごく胸の奥が、ぽかぽかしてます。たぶん、トレーナーさんのおかげです」
「……そっか」
　徐々に。肩の重みが増すほどに。彼女からの信頼が、想いが、感じられて……。
　だから、自然と手が伸びて――。

「……なで、なで」
「ん……」
　冬の寒さが残る自然公園のベンチで、隣り合って身を寄せ合って。
　そうして俺たちは、温かさに包まれたこの時間を大切に、分かち合うのであった……。

おわり