﻿【リザ・レクションと神の慈悲】



　視界が白く霞んでいるのは、眩しい陽射しのせいだけではないだろう。
　ミスリル・ラッシュに沸くセーブナ・ストリップの片隅、乾いた街の吹き溜まり。
　かつて一攫千金を夢見て開拓にやってきた男は、挫折と失望の日々の末、今や立派な無法者の一人だった。
　これは、その報いか。
　ちんけな諍いがあっという間に銃撃戦に発展し、紙切れのように命が散っていく。
　そんなセーブナの日常風景のひとつとして、男の命は今まさに尽きようとしていた。
　幸か不幸か、すぐには死ねず苦しみに喘いでいる男の耳に、ふと近づいてくる足音が届く。

「まあ、ひどいお怪我……」

　目線をやると、そこには教典を抱えたシスターの姿があった。
　……そういえば、聞いたことがある。
　この街には善意で怪我人を助けて回る、お人好しの教会があるとか……。
　しめた、と男は思った。怪我さえ治ればこっちのものだ。
　世間知らずのシスターから、ついでに水と金も頂いておこう。……あるいは、それ以上のものも。
　内心でほくそ笑む男の眼前に、ふと、見慣れた形の物が差し出される。
　"それ"がなぜ、今、自分に突きつけられているのか。一瞬思考が固まる男に、シスターが微笑んだ。

「ご安心ください。すぐ楽にしてさしあげますね」


　　＊　　＊　　＊


「……っはあっ！！」

　はっ、と男が目を覚ますと、そこは先程男が倒れていた宿屋の脇から少しずれた、路地裏の日陰だった。
　自分の身に何が起こったのかわからず混乱する男に、隣でしゃがみ込んで教典を開いていたシスターが微笑みかける。

「ああ、よかった、目覚めたのですね」

　その顔を見て、先程──"死"の直前に起こったことを男は急速に思い出す。

「貴方様は主の奇跡によって復活を遂げたのです。これからは文字通り、生まれ変わったつもりで善なる道を……」
「てめえっ、う、撃ちやがったな……俺をっ……！」
「えっ？　……あぁ、はい。苦しそうにしていらしたので、ひとまず楽にしてさしあげようかと」
「ふざけんじゃねえぞ！　どこの世界に、一度トドメを刺してから蘇生するシスターがいやがる！」
「申し訳ありません、教典には蘇生の祝詞は書かれているのですが、わたくし、普通の回復魔法は扱えず……」

　心底申し訳無さそうに告げるシスターの言葉に、男はふと自分の体の状態に気付いた。
　言われてみれば、たしかに先程までより男の体は楽になっている。
　こいつらの蘇生魔法がどれほどのものかは知らないが、ある程度までなら傷も同時に治癒する代物なのだろう。
　だが、それとこれとは話が別だ。
　これで「なんだそうだったんですか、ありがとうございます」と素直に言える性根なら、男はそもそも無法者の道を歩んでいない。
　アウトローにはアウトローの世界がある。ナメられたら終わりなのだ。
　冷静に考えれば、そもそも何もなければあのまま死んでいたところを助けてもらって誇りもくそもないのだが、とにかく男はまくし立てた。
　
「いいや、腹の虫が収まらねえ！　まずはアンタの身体で詫びてもらって、その後その教典とやらを売っぱらってやらぁ！」
「あら、あら、まぁ……」

　頬に手を当てて困り顔をするシスターに、言うが早いか男が掴みかかる。
　しかしその手は宙を空振り、代わりに背中を丸めて懐に潜り込んだシスターが何かを男の腹に押し当てた。
　それが何かを認識するより速く、銃声が響く。

「ご、おォっ！？」
「その、申し訳ありません。そのように興奮されると、わたくし……困ってしまいます」

　焼けた鉄杭に貫かれたような激痛が走って倒れ込む男の横顔に、シスターの持つ教典がそっと押し当てられる。
　そのまま真横にあった酒場の壁に、男の顔が叩きつけられた。

「ごぼっ……」

　鼻血を噴き出しながら男が地面に倒れ伏す。
　その首筋に、あくまで優しい手つきで、まだ熱を持った銃口がジュッ、と押し当てられた。

「ご安心ください。主は何度でも貴方に、試練を乗り越える機会を授けてくださいます」
「待っ……」

　男の声を銃声が塗り潰す。
　一瞬の後、周囲にはまた静寂が訪れた。


　　＊　　＊　　＊


「……っはあっ！！」

　はっ、と男が目を覚ます。
　先程と同じ空、同じ地面。しばし呆然とした後、先程よりは早く事態を飲み込んだ男ががばっと上体を起こす。
　慌てて自分の喉と腹をまさぐると、先程空いたはずの穴はすでに塞がっていた。
　その隣で、先程と同じように教典を開いていたシスターが喜びの声を上げる。

「ああ、よかった！　また復活を遂げられたのですね！」
「なっ……、おまっ……」
「もしかすると、今回はだめかもしれないと不安だったのです。でも、よかった。やはり、主は決して貴方を見捨てはしませんでした」

　……こいつは、何を、言っているんだ？
　心底安堵したように胸を撫で下ろす、今しがた自分を二度殺したばかりのシスターを見て、男は魔物を前にしたかのような感覚を覚えた。
　言葉はたしかに通じているのに、致命的ななにかがズレているような恐怖。
　そして、ふと今のシスターの言葉に引っかかりを覚えて、震える声で問いかけた。

「今回は、って、……ちょっと待て、お前らの使う蘇生魔法って、その、成功率はいくらぐらいなんだ」
「確率、ですか？　……そうですね、ええと……大体、二分の一といったところでしょうか。こればかりはかけてみないとわからない、神の与え給うた試練ですから」
「に、二分の……、そ、そいつはもし外れたら、どうなる？　もっぺんかけ直してくれるのか？」
「どうしても、と仰るお連れの方がいれば、ご寄付を賜る代わりにそうすることもありますが……基本的には、試練の機会は一度のみです。ええ、試練ですから」

　男の背筋が凍りつく。
　自分はすでに二回、蘇生魔法をかけられている。
　二分の一を二回かけたら、成功率は四分の一だ。
　つまり、残った四分の三の確率で、男は復活を果たすことなくそのまま死んでいたということになる。
　（学のない男でも、この手の初歩の確率論くらいは知っている。賭場では重要な知識だからだ）

「……あのう、大丈夫ですか？　顔色が優れないようですが……」
「ひ、ひいっ！」

　いつの間にか間近で男の顔を覗き込んでいたシスターに、男が慌てて飛び退る。
　先程までの威勢はどこへやら、恐怖に顔を引きつらせて尻もちをつく男を見て、シスターはどこか安心したように微笑んだ。

「よかった。その様子ですと、もうすっかり"腹の虫"は収まったようですね。
　わたくし、また先程のように手荒な真似をされるのではないかと、内心少し怯えていたんです」

　まるで震えを感じさせない声音でおっとりと喋りながら、シスターが膝の汚れを払いつつ立ち上がる。
　その所作はあくまで緩やかで、しかし微塵も隙を感じさせないものだと、今更ながらに男は気付いた。
　もしここでまた男が襲いかかれば、その度に彼女はいとも容易く男の息の根を止め、そして何度でも『試練』を与えてくるのだろう。
　それに気付いて、男はもう完全に戦意を失っていた。

「では、これからはどうか善なる道を歩まれますよう。
　たとえ血に濡れた道を歩んできた者でも、生きてさえいれば、誰しもひとつ、新たな善行を始められるのですから」
　
　やわらかく微笑んで、シスターが男に背を向ける。
　彼女がてくてく日向に歩いていって、建物の影に消えていくその様を、男は凍りついたように眺め続けていた。




