﻿【呼ばれ慣れた名】


「おい」
「…………」

　広大な森を見下ろす、山道をゆく二人がいた。
　一人は陰鬱な雰囲気を纏い、鉄の棺桶を背負った長身の男。
　一人は黒髪を艶めかせ、全身を黒衣に包んだ年若い少女。

「……おい」

　先程の呼びかけを黙殺した少女に、再び男が声をかける。

「『おい』、じゃない。失礼でしょうが。──我が名は†天逆の魔戦士アズライール†。すでに何度も告げたはずだ」

　奇妙なポーズをビシっと（歩きながら器用に）決め、少女が憮然とした表情で返した。
　少しの沈黙を挟んで、男がぼそりと呟く。

「……長いだろ、名前が」
「だからって『おい』で済ますな。ゴホン……用があるならきちんと呼ぶがいい」
「…………」

　男は再び黙り込んだ。

「……ちょっと。用があるんじゃなかったの」
「いや、いい」
「こら！　あきらめるな！」

　結局、男はそのまま歩みを止めないまま黙り込み。少女もしばらく騒いでいたが、結局は大人しくその後をついていくのだった。
　二人の旅は、今のところいつもこんな感じだ。


＊　＊　＊


「天逆。アズ。ズラ……、ライ。イル。……イール？　……アズール……」
「……ねえ」

　何やらぶつぶつと呟きながら前を歩く男に、今度はアズライールが声をかけた。
　別にたいした内容ではない。そのブツブツ呟くの気持ち悪いからやめて、くらいのことを言うつもりだった。
　少しの間をおいて、男がぶっきらぼうに返す。

「『ねえ』じゃねえ」
「何よそれ。やり返したつもり？　……っていうか、そう！　名前よ、名前！」

　思い出したようにアズライールが叫ぶ。

「アンタ、まだ名前聞いてないんだけど！？」
「…………」

　信じられない、といった表情でアズライールが叫ぶ。
　たしかに（旅荷物を紛失したからとはいえ）男に勝手についていってるのは自分だ。
　だからって、名前も告げずに数日を過ごすか、フツー！？
　先日立ち寄った街だって、こいつは危うく自分を置き去りにして旅立ちかけた。そーゆー奴なのだ、コイツは。

「いい加減、名前くらい教えなさいよ！　じゃないとアンタのこと、ずーっと『金髪陰気男』って呼ぶから！　大体ねえ、昨日だって……」
「サーヴァイン」
「……え」

　予想外の耳慣れない単語に、キーキーとわめいていたアズライールがピタリと静まる。
　男が足を止め、こちらを横目で振り返っていた。

「サーヴァイン・ヴァーズギルトだ、アズ」

　最低限のことだけを告げ、男──サーヴァインが、またさっさと歩き出す。

「アズ……」

　アズライールはしばらくその場で立ち止まっていたが、やがてハッとしたようにサーヴァインの背を追った。


＊　＊　＊


「ねえ」
「なんだ」

　森の先の街道へ合流する、下り道をゆく二人がいた。
　一人は陰鬱な雰囲気を纏い、鉄の棺桶を背負った長身の男。
　一人は黒髪を艶めかせ、全身を黒衣に包んだ年若い少女。

「考えたんだけど。アンタって名前長いわよね」
「……悪かったな」

　眉間に皺を寄せているのが後ろからでもわかる声音で男が言う。
　特別気にしているわけではなく、これがこの男の普通なのだと少女は少しずつ理解してきている。

「だから……サーとかヴァインとか、色々考えたんだけど。これからアンタのこと、ギルって呼ぶから」

　男の肩がぴくりと動き、その歩調が止まった。
　その顔がどんな表情を浮かべているのか、後ろを歩くアズライールからはわからない。

「……な、なによ。嫌だった？」

　なにかまずいことを言っただろうかと、アズライールがオロオロとたじろぐ。
　男はしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。

「……いや。好きに呼べ」

　そうして、またさっさと歩き出してしまう男の背を、なんだコイツは、と思いながら少女が追う。
　二人の旅は、今のところいつもこんな感じだ。





