﻿【───その日、デカパイに出逢う】



　「運命に出逢う」、という言い回しがある。
　それは愛であったり、友情であったり、時に死であったりするが、概ねそれまでの人生を一変させるような出会いのことを指す。
　そして俺のような冒険者にとっては、大抵は『冒険者を引退する契機』を最大限気取って語る時の言い回しでもあった。

　俺にとっての運命。　
　それは、デカパイだった。


　＊　　＊　　＊


　もう随分と昔の話になるが、俺は一角の冒険者だった。
　“唯一無二のオンリワン”といえば、古今無双の豪傑として、ちったあ界隈では知られた名だったと自負している。
　ハッキシ言って、俺は強かった。有り体にいって最強だった。
　まぁ世の中ってやつはアホほど広いし、別に世界の果てまで旅したわけじゃねえから実際はどうだったかなんぞわからんが、少なくとも無様に負けたことはない。
　そんな俺はあちこちを冒険し、あちこちを救ったりあちこちで暴れたりしながら、お気楽に冒険者人生を謳歌してたわけだ。
　……そう、あの日。
　立ち寄ったプロロ王国で、竜魔王ロードラゴに姫が攫われる国難に出くわすまでは。

　あの光景は、今でも忘れることはない。
　ロードラゴの吐く炎に逃げ惑う人々。その爪の一撃で崩れる王城の城壁。
　そうして露わになった王の間を守るように、あえてロードラゴの前に飛び出し、気丈な目で魔竜王を睨むプロロの姫君。
　ロードラゴがその身を乱暴に掴んで王城を飛び去る様を、俺は城下町から目撃した。
　その恐ろしい鉤爪に握られてなお、己を奮い立たせるように口を引き結んだ姫の顔を。
　そのすぐ下で風に揺れる、恐怖に震えるたわわな胸を。

　瞬間、俺は理解した。

「そうか、───俺は」

　呟くと同時に、すでに身体は駆け出していた。
　俺は一介の冒険者で、ここはたまたま立ち寄っただけの国。
　たしかにこのプロロは街にイカしたボインのネーちゃんが溢れ、歩くほどに感謝の念が浮かんでくる、そんな素晴らしい国ではある。
　だがそれだけで命を張れるほど、あの竜魔王という存在が易しい相手ではないことも本能で理解っていた。
　奴は強い。おそらく、俺が今まで戦ってきたどんな相手よりも。
　駆け出した俺の脳内で、理性が最大限の警鐘を鳴らす。


理性「冷静になれ！　奴はヤバい。おそらく、魔王と呼ばれる程の存在だ。いくら俺が強いといっても、勝てるとは限らないんだぞ！」
本能「でもあの姫さんヤバいくらい美人だったし乳も見たことないくらいデカかったぜ？」
理性「マジ？　やっぱり助けたらチューとかしてもらえるのかな」
本能「いや……あわよくば？　それ以上も？　ありえるやも？」
理性「じゃあ行くか」
本能「ああ、行こう」


　そういうことになった。
　果てしなく続くかに思われた理性と本能のせめぎ合いはかろうじて本能が勝利し、俺はそれに従うことにした。
　そこからは早かった。俺はとにかくロードラゴが飛び去っていった方に走り続け、野を越え山を越え川を越え続けた（といっても元々のどかな国なので、草原は風が気持ちよかったし、あんまり山は険しくなかったし、川は普通にしっかりした橋がかかってた）。
　道中で出てきたなんか部下っぽい魔物どもにタイマンを挑まれてはボコボコにし、また走り続けた。
　ゆく先々で魔物に支配された村があったりしたので、そこを仕切ってる顔役みたいな魔物もとりあえずブチのめしておいた。
　ある時、飛び去っていくロードラゴがふと追いかけていくこっちに気付き、「え……何あいつ」みたいな顔をしたことを妙に覚えている。
　ともかく、そんな感じで走りまくっていると、ロードラゴが降りていくのが見えたので、俺は決戦の時が近いことを予感した。案の定、そこにはあいつの実家らしき古城があった。
　城に飛び込んでいくと、結構強めの魔物が待ち構えていたので、俺は若干テンションが上がりつつそいつらをなぎ倒した。
　勢いのままに王の間らしき最深部（なぜか上じゃなくて地下のスゲー深いとこにあった）に飛び込んでいくと、そこにはついに竜魔王ロードラゴがいたのだった。

「ククク……ついにここまで来たか、勇者よ。……勇者、だよな？」
「勇者？　……まあ、たしかに俺ほど勇気のあるイカした男ってのはそうそういないだろうな。勇者といっても過言ではない」
「そうか……安心したぞ」
　
　なんで？　と思ったが、とりあえず飲み込んでおく。俺は空気の読める男だった。

「我が配下を倒し、ここまでやってくるとは殺すには惜しい男よ。どうだ……我とともに、世界を征服してはみぬか？」
「世界、だァ？」
「そうとも。我はこの国を足がかりに、やがて世界を征する者！　貴様が我が軍門に下るなら、その世界の半分をやろうではないか───」

　ほう、と俺は感心した。
　ここに来るまでに何体か……いや、何十体かの魔物を叩きのめしてきたが、そんな相手にまずは勧誘とはなかなかに度量の広い奴である。これが王というものか。
　そして、世界ときた。その言葉のスケールのデカさには、冒険者としてどこか気持ちの良い疼きも感じる。
　だが───

「ひとつ聞く。お前がさらった姫君は、どこにいる？」
「あの小娘か。安心せよ、まだ殺してはおらん。この奥の牢で暴れ疲れて眠っておるわ」
「そうか。なら、一安心だな」
「なんだ？　貴様、あの娘が欲しいのか。ならばそれもくれてや……」
「いらねえよ」

　俺は剣を抜き、構えた。ロードラゴもそれを見るや獰猛に笑みを作り、鋭い牙を見せつけながら翼を広げた。
　それを見たからか、それともこれまでにない死闘の高揚感に、身体が自然と応えたか。
　俺もいつの間にか、獣のような笑みを浮かべていた。

「誰かに与えられたモンなんざいらねぇよ。自分で旅してこその世界、自分で掴んでこその運命だろうが」

　そうして、俺とロードラゴの三日三晩に渡る死闘は幕を開けた。


　＊　　＊　　＊


　結論から言うと、俺は勝った。
　死闘すぎて何をどう戦ったのかもよく覚えてない程だが、気付けば俺は折れた剣を手に満身創痍で立ち尽くしており、目の前にはロードラゴの亡骸があった。
　俺はしばらく奴を──生涯最大の好敵手を見つめた後、ふと我に返って玉座の奥に歩き出した。
　玉座の奥……魔竜王の寝室。そこにはプロロ王国の姫君が囚われていた。

「……どなた？　もしや、プロロの者ですか？」
「あー、えーと……そういうわけじゃないんだが、あーいや、ですが、まあそのー、冒……勇者です」

　ちょっとカッコつけた。

「まあ！　このようなところまで、たった一人で……うれしいっ」

　魔族の前では気丈に振る舞っていたようだが、安心感から箍が外れたのだろう。
　駆け寄ってきた姫が倒れ込むように俺の胸に飛び込んでくる。その瞳には涙が浮かんでいた。
　……なんと美しい顔だ、と思った。
　むにゅ、と柔らかな圧迫感が俺の胸板を押し返す。その感触だけで、三日三晩戦い抜いた疲労が身体からビュッと抜けていくようだった。

「ああ、勇者様、どうか、どうか。お名前をお聞かせいただけないかしら」
「……オンリワン、と申します」
「ああ、ああ、オンリワン！　貴方こそ真の勇者だわ！　この御恩は、我が身を幾度捧げても足りませぬ。さあ……連れていってくださいませ、私たちの国へ」
「ええ。……ん？」

　囚えられて憔悴していた姫を胸の前で抱きかかえながら、俺は何か引っかかるものを感じていた。
　しかし、本能が「いや今の『我が身を幾度捧げても足りませぬ』って、もうそういうことじゃない？　OKってことじゃない？」と語りかけてくるものだから、その小さな疑問はすぐに消えていくのだった。
　これはもう、いくとこまでいくしかないだろう。
　姫を抱きかかえてプロロまで戻る道中、俺はそのことばっかりを考えていた。


　＊　　＊　　＊


　結論から言うと、俺は王になった。

「……なんで？」

　気付いたら王になっていた。
　王都に戻るとそこはすでに祝賀ムードで、俺はあれよあれよという間に王の間で当時の王から最大限の謝辞をもらい、なんか流れで次期王になっていた。
　……王様って、そういう感じでなるもんなの？　という疑問はあったものの、一介の冒険者風情にその辺の詳しい知識があるはずもなく。
　王様（よく見ると俺並に強そうな風格を醸し出していた）がこちらに向ける、なんだろう、同情……？　が少し混じった表情で、なんとなく察するしかないのだった。
　つまるところ、俺はハメられたのだ。
　いや、こちらも帰路の途中でしこたまハメたので自業自得といえるかもしれないが。

「ああ、オンリワン。……わたくし、今も怖いのです。これは全て夢で、朝、目を覚ましたらまたあの牢獄にいるのではないかと」
「おいおい、ばかなことを言うもんじゃないぜ。俺は確かにここにいる……どこにも行きはしないさ」
「ああ、ああ───オンリワン！　わたくしの運命のお方。どうか……どうかどこにも行かないで」
「フ……そんなに不安なら、朝までこの身を離さずいればいい。……俺もまだまだできるしな」
「まあ。……ウフフ」

　指を絡め合いながらそんな会話を交わしていた宿屋の夜が頭によぎる。
　今思うと完全に沸いていた。
　俺に理性が残っていれば逃げる選択肢もあったかもしれないが、理性は姫の胸に挟まれて全部出ていってしまっていた。
　……まぁ、やってしまったものは仕方ない。
　それに……もし仮に過去に戻ることができたとしても、俺は何度でもロードラゴと戦い、姫を助けることだろう。
　それほどまでに、姫は俺の好みドンピシャの、命を賭けるに相応しいと思えるイイ女だった。
　なにも身体のことだけではない。その気丈さ、気品、聡明さ、そしてふとした時に見せる柔らかさ──姫はおよそ俺の理想を具現化したような、恐らく世界で二度と出会えないような女性だった。

　───だからやはり、あの日が俺の運命だったのだ。
　

　＊　　＊　　＊


「んで、今は王様やってるってわけか。とんでもない出世だな、おい！　やっぱあれか？　敬語に戻した方がいいか？」
「茶化すんじゃねえ、ソロセン。お前だって知らねえうちに冒険者引退してんじゃねえか。……たしか、この辺の村だったか」
「ああ、魔獣から助けた村娘と、まぁなんだ、いい仲になってな。……あれが、俺の運命だった」
「……そうか」

　プロロ王城、応接間。
　とある日、狩りの獲物を献上しにきた狩人に見覚えがあって呼び止めてみれば、それは冒険者時代に見知った男だった。
　“孤狼のソロセン”。俺と同じく一人旅を好み、大型の魔獣を前に一歩も引かない勇猛さで知られた冒険者だ。
　ついぞ共に戦うことはなかったが、その勇名は当時も轟いており、俺も何度か会話する機会があった。まさか、知らん間に引退していたとは。
　これを逃す機会はないと思い、こうして静かな夜に酒を酌み交わしている。
　……この応接間には今、信頼のおける兵士と給仕しかいない。
　こうして旧知の人間と語らう間だけ、俺は王ではなく「元・冒険者オンリワン」になれるのだ。

「しかし、いいのか？　よくわからんが、王様ってのは忙しいんだろ？」
「いいんだよ。どうせお飾りの王だ。政治の難しい話はうちのカミさん……王妃が全部取り仕切ってるからな」
「ほー。そういうもんか」
「そういうもんらしい」

　お互い、本来の王族がどんなことをしているかなんてよくわかってないから、まぁそうなんだろうということで納得した。
　ちなみに俺の先代に当たる元・王様は、俺に王位を譲った後スゲー嬉しそうに元・王妃と別荘の城に引っ越していってしまった。
　元・王妃は今も現・王妃を支えて国政に力添えしているようだが、元・王は毎日狩りにいったり視察と称して国内を冒険しているらしい。クソ羨ましい。
　
「王……王、か。そういや、最近も勇者が王になった国があると風の噂で聞いたな」
「ほう。やっぱアレか、案外そういう国って多いのか？」
「さあな。なんといったか、魔王を倒した勇者がその跡地を人魔の国として興したとか……ああそうだ、レンハートだ」
「レン、ハート……」

　たしかに、聞き覚えがある。
　お飾りの王として玉座に座っている時に、使者がやってきていたはずだ。
　難しい話は全部カミさんが引き受けてくれていたから内容は知らん。

「それでな、ここからが面白い話なんだが……どうも、新しく王になったユーリンという男は、このプロロの出身らしいぞ」
「なに！？　マジか……そんなとこまで似てるのか……」
「ああ。案外、向こうも俺やお前さんみたいに“運命”に出逢っちまったのかもな」
「……ハハ」

　グラスに残っていた酒を呷り、まだ見ぬ異国の王に思いを馳せる。
　ああ、そうだったならなんと……愉快なことだろう！
　ふと、応接間の窓の外、いつになく大きな月が目に入る。
　……なんとも数奇な運命を辿ったが、俺に後悔はない。
　ユーリンとやら。お前はどうだ。悔いなく王をやれているか？
　ただ一つだけ、言えることがあるとするならば───


「ソロセン」
「……ん？」
「もし、ユーリンが俺達と同じく“運命”に出逢ったんだとしたら、一つだけ確かなことがある。わかるか？」
「あぁ？　なんだ急に……ああいや、まぁ、そうだな。わかるぜ。この国の男なら当然のことだ」
「だろ？　そのユーリンの“運命”の相手は───」
「ああ───」


「「絶対に、乳がデカい！！」」


　ダーッハッハッハ、と大声で笑い合う、酒が入った中年親父達。
　とても王族とは思えない、冒険者然とした酔っ払いの戯言を、呆れ顔の兵士と給仕、そして月だけが眺めていた。


