﻿【あの日の灯火】


「出せー！　出しなさいったら！」

　海底魔城の奥、水牢の間にカリブディスの怒気に満ちた金切り声が響いていた。

「おーおー、魔海王様も随分威勢のいいガキをさらってきたもんだ」
「ッ……、誰！？」

　気付けば、入口の壁にもたれかかるように大柄な人間の男が立っていた。
　その左腕には、見るからに凶悪そうな鉤爪の義手が嵌まっている。

「名乗る程のもんじゃねえさ。ただ、ガキの見張りを仰せつかっただけのチンピラよ」
「あんた……フォルネヴァイアの傘下に入ったっていうヒレ無しね！　今に見てなさい、あんたらなんかパパが全員やっつけちゃうんだから！」
「クク……、ガッハッハッハ！」

　突然大笑いし始めた男に、カリブディスが顔を真っ赤にする。

「な……何がおかしいのよ！　嘘じゃないわ、すぐに……」
「そうじゃねえ。別に止めやしねえよ、出たけりゃ出ればいいじゃねえか」
「はぁ！？　敵の本拠地にさらわれて、こんな牢屋に閉じ込められて、出ていけるわけないでしょ！」
「そりゃ、おめぇが弱えからよ」

　カリブディスの息が止まる。銛のように鋭い男の視線が、その瞳を射抜いていた。

「一ついいこと教えてやるよ、嬢ちゃん。本当に欲しいもんってのはな、誰かに与えられるもんじゃねえ」

　怒りでも憎悪でもない、別の何かに燃えるような獰猛な目だった。
　少女はまだ知らない。その炎の名が、『野心（ユメ）』と呼ばれていることを。

「奪うか、誰かを屈服させて勝ち取るしかねえのさ。自由も、力もな」

　そう言うと、言いたいことは言ったとばかりに男はカリブディスに背を向ける。
　命拾いした、という安堵を王族としての意地でねじ伏せて、カリブディスはその背に叫んだ。

「ぁ……、ちょ、ちょっと！　……見張りなんでしょ……どこ行くのよ……！」
「言ったろ。欲しいもんを貰いに行くのさ。フォルネヴァイアがテメェの親父と睨み合ってる隙にな」

　そう言って義手を軽く掲げると、それきり男はどこかへと去ってしまった。

　──これは、今よりずっと昔の話。
　後に魔海大戦と呼ばれる激戦の前夜、あの日カリブディスの心に灯った、種火の話だ。



