雑踏と雑音が無秩序に響く街並みを、詰襟を着て眼鏡をかけた少年、片桐篤人は浮かない顔でその一部に溶け込み、帰路を行く。声を掛ける者などいない中、誰にも聞こえないであろう言葉を、ため息混ざりに呟く。 「やっぱり、姉さんの顔見たくないな……」 昨日の夜、姉と言い争いになった。何が切っ掛けかも、何で嫌だったのかも篤人の頭には残っていない。元々、仲は良くはなかった上に、姉は受験を控えて気が立っていたとはいえ、不満から素っ気なく対応したのがまずかった。姉はそれで、感情的になってしまい、自分も頭にきて言い返してしまった。 「志望校変えなよ姉さん。高校で全部決まる訳じゃないんだからさ。 僕より頭良いなら、分かるだろそのくらい」 その言葉を聞いた姉は、無言で筆入れを篤人に投げつけると、二度と顔を見せるなと一方的に言い。部屋のドアに鍵を掛けた。それから篤人は朝から姉と顔を合わさないように過ごし……いつもと違う帰路を選び……菓子店でチョコチップクッキーを幾らか買って、謝ることにした。 朝起きて、昨日は悪かった。と言ってしまえば終わった話だというのに、何を無駄なことをしたのだろう。親に不要な心配をさせた挙句、余計に顔を合わせたくない気持ちが、出てきてしまった。 永遠に家族と顔を合わせず過ごすことなんて出来無いが、それでもまだ顔を合わせたくない。そこまで思った矢先だった。 「……声?」 雑音や雑踏とは違う、はっきりと自分に向けられた「こっちにきて」という声を、篤人は聞き取ると……少し考え、それが聞こえた路地裏に向かってしまった。   (何してるんだろ僕……でも、けが人でもいたら嫌だしな……) 何かあったら、僅かしかない財布の小銭をばら撒いて逃げよう。そう考えながら篤人は、コンクリートに囲まれた人気のない路地裏を、幾らか散らばったゴミと料理店のダクトの臭いを堪えながら、進んでいく。 「大体、他の人は何をしてるんだよ……こんな所に来る奴も来る奴だろ……」 声が近くなると同時に、篤人には不満が沸いてきた。何で動かない、何で自分が動いたと。こんな危ないかもしれない場所に居る奴のために。向ける先のない不満を一人で吐き出しながら、突き当たりまで進むと、人はいない。篤人はしばらく周りを見渡すと、人の代わりに0と1の黒紫の丸い何かが、ゴミに紛れて置かれていた。 声は何故か、それから聞こえていた。 「……何これ」 篤人はそれを、直感的に触れるのはまずいものと感じ取って、再び周りを見た。誰もいない。でも、何かが居る……というより、有ると感じる。 「アレ、どう見ても生き物じゃないしな…」 そう感じた瞬間、篤人の頭の中には、何も見なかったことにする。という選択肢が現れ、すぐにそれを選び立ち去ろうとした。。だが瞬間に足元が突然消えたように感覚に見舞われた。 「っ!なに!?なんだよこれ!!」 足元には、黒紫の渦。混乱と恐怖心から、篤人は必死に藻掻くが、感覚が消えた足を、必死にばたつかせることしか出来なくなっていた。 「誰か!助けて!動け……」 声を張り上げる篤人はやがて、渦に飲まれた。路地裏には彼の鞄と、同じ言葉を繰り返す黒紫の何かが、ポツンと置かれたまま不気味に残されていた。 「……は……故……い……」 僅かに、聞こえた声に気付いて、篤人は声を堪えながら、目を開ける。視界に広がった空間は、僅かに光と、それで微かに見える錠の掛けられた扉の2つ。 「どこだよここ……」 呟き、立ち上がるため手を動かそうとした瞬間に、手がロープで縛られてることに気づく。暗く冷たいものを全身に感じながら体を起こし、声の聞こえたほうに、耳を近づけた。 「仕方ないですね……近くの入り口を使いましょう」 「運がねぇな……っかしよぉ、本当にコレがオークションに出す奴なのかぁ?」 「社長が見えてるものは、わかりませんよ岩瀬さん。私なら、あっちを選んでしまうでしょうね」 「デジモンチームのリーダーと、どこにでもいる中学生ならば、百蓮殿と同じように、拙者も前者を選んでしまいましょう……何が見えているのやら」 何人かの男と女の声と共に、自分が閉じ込められた何かを叩く硬い音から、篤人の身体から湧き上がったほの暗い恐怖が波紋のように広がると、体が震え始めた。 (オークション?デジモンチーム?何を言ってるんだ……というかここ、どこで……何されたんだよ!?) 逃げたいが、何をすればいいかも分からない。救いを求める言葉は、声を発したらまずいという理性で、奥歯で噛み締め必死に堪える。 疑問と恐怖ばかりが篤人を支配する中、咆哮と共に真っ暗な空間が大きく震え、篤人は壁に打ち付けられた。 「完全体が2体!?よりにもよってこのタイミングでか!?」 「対処なら私が……ムシャモン!」 外から、慌てた声が聞こえた。壁に打ち付けられた痛みで呻きながら、篤人は突然、目の前に光が差し込まれたことに目を見開いた。 なだらかに続く平原に、遠目から見たら電子機器や家電のようなオブジェ。自然風景と機械が共存した理解の追いつかない、空間。 知らない世界。篤人は思考をそこで止め、少しずつ外に近づく。周りには何者も居ない、平和な光景は喧騒と咆哮が支配していた。 もしかしたら、誰も気づけないかもしれない。 (……今しかない!) そう思った篤人は、縛られた腕に構わず、走り出した。外に出た一瞬、巨大な骨の怪物と、装甲を身にまとった怪物の姿が見えた。それでも篤人は、恐怖から漏れかけた叫びと上がりそうな息を堪え、必死に走った。 「ちっ、ロクなモンがねェ……」 錆びだらけの廃工場の中、ジャンクモンは悪態をつきながら、車輪と手を動かし進む。 仲間とはぐれ、武器になるジャンクパーツの数も、心許ない。単独では構造物を分解するのも一苦労な彼は、何でもいいからと撃ち出せる物を集めようと廃工場に入ったが、大したものは無かった。 「仕方ねェ。よそに行くか……そっちになんかありゃ良いんだが……」 不安で顔をしかめながら、廃工場から出ようと荒れ地となった外に前脚を出した瞬間、影が見え、足音が聞こえた。 「くそっ!敵じゃねぇよな……!?」 ジャンクモンは身構え、ズタ袋の中身を撃ち出す用意をしたが、影が近づき、その足音の主を見た瞬間、呆気に取られ、動きを止めた。 「おいおい!なんでこんな所に人間がいるんだよ!?」 「ぬいぐるみ!?ビーバー!?いや、どっちにしても喋れるの!?」 ジャンクモンは目の前に現れた人間を、無言で見据える。黒い髪に黒い服を着て、眼鏡をかけた少年。自分が直接見たことはないが、自分の持つ情報ではどこにでもいるような少年。しかし、手はロープで縛られ……息を荒くし、顔を青くしている。 何があった?そう聞こうと思った矢先に、人間は涙を浮かべた縋るような目で、口を開いた。 「君……喋れるなら、僕の言葉も分かる?」 「ん?おう……どうした?」 人間が、安心したようにため息をついた後、やはり縋る目で、続けた。 「……この縄、切れる?……お礼なら……出来るからさ……」 人間が、自分の服のポケットを確認するように縛られた手で叩いた。それを見たジャンクモンは少し考えた後、人間にしゃがむように伝え、手を縛る縄を前歯で噛み切った。 人間はそれから、手を何度かブラブラと動かし、安堵の表情を浮かべながら「ありがとう」という言葉と共に、ポケットから包装された菓子を取り出し、ジャンクモンに渡した。 「なんだこれ!?うめェ!」 自分の目の前でクッキーを齧る存在を、篤人は必死に作った笑みで見守る 齧歯類のような前歯と金属の両手、後脚の代わりのタイヤ、空き缶で作られた大砲を持つ奇妙な人形。何故喋れる。言葉が通じる。それだけのことで、自分は助けを求めた。本来ならば姉への謝罪の品を手放して。 (彼?が多分善良で良かったけど…) なりふり構っていられなかった咄嗟の行動とはいえ、そう動いた自分への疑問が浮かんだが、それ。飲み込む。しばらく咀嚼音を聞きながら、篤人は意を決し自分の膝丈ほどの大きさの人形に、再び話しかけた。 「美味しいなら良かった……僕は片桐篤人。君は?」 「カタギリアツト、か……俺様はジャンクモン。ま、この辺で生活してる一デジモンだよ」 デジモン。その言葉でふと、囚われた中で聞こえた言葉を思い出したが、篤人は一度それを頭の片隅に置き、話を続けることにした。 「改めてだけどありがとうジャンクモン……で、さ。ここ、どこか分かる?」 「何もしらねェのか?どう説明すっか……」 ジャンクモンは一度言葉を止め、俯いて小声で呟きながら考えた様子を見せた。それから残ったクッキーを丸ごと口に入れて噛み砕いから、篤人のほうに顔を向けた。 「ここはデジタルワールド・バロッコ。一番良さそうな言い方は……お前らの居る所とは違う世界だな」 ジャンクモンの言葉に、篤人はどこか納得した直後に、思考が一気にかき乱される。 「違う、世界……」 「アツトがどうやって来たのかは知らねェが、時々いんだ、デジタルワールドに来ちまう人間」 「……ねぇ、帰る手段分かる?もしくは、知ってそうな……デジモンいる?」 全身から吹き上がってきた悪寒や、脳から次々と浮かんでくる不安や負の感情を口に出すことを堪え、篤人は声を震わせながら、必死に話をつなげることにした。 「……んー……俺様は分からん。分かりそうな奴は……多分……ん?」 その篤人の顔と声音を見ながら、思い出そうと少し間延びした調子で話していたジャンクモンの言葉は突如止まった。篤人もそれを見て何事かと思った時、すぐに土を踏む音が複数、聞こえた。それから間もなく影が見え始め……黒いスーツに暗い紫のワイシャツを着た染めた金髪の男と、巨大なカマキリの怪物が現れた。 「……なんだ。お前も腹減ってんのか?」 ジャンクモンの言葉に男はポケットに手を入れたまま答えず、篤人とその周りに目をやってから鼻で笑い、口を開いた。 「……おい。そのガキを寄越しな」 篤人は男とカマキリの怪物の姿を見て、怖気と同時に強い感情が湧き上がる。足を震わせながら男を睨み、虚勢に突き動かされるように口を開いた。 「な、なんだよ急に!僕に何の用だ!!」 「用なら大アリだ片桐。【商品】が逃げたらオークションにならねぇんだ」 「……あァ?商品?オークションだァ?」 男の言葉に篤人より、ジャンクモンが早く反応した。少し遅れ、篤人は【商品】が自身だということを、飲み込めずに口を開いたまま、棒立ちして沈黙する。男はその様子を見て、侮蔑するようにジャンクモンに答えた。 「あぁそうさ。現実じゃ何の役にも立たない無価値なガキでも、俺達の客には金を払う価値がある!」 ジャンクモンは男の言葉に眉を顰めた後、篤人のほうに視線をやり、黙り込んだ。 「てめぇみたいな文無しのクソネズミには用はねぇ!そいつは社「パラボリックジャンク!!」 ジャンクモンは言い終わるのを待たず、男に向けて空き缶の大砲から錆びたネジやクギを放つ。放物線を描くジャンクの砲弾を見た男は、表情を変えた。だが男の横に立つカマキリの怪物が鎌で防ぐと、男は軽く息を吐いてから、怒鳴った。 「……スナイモン!ガキの確保の前にクソネズミをぶっ殺せ!!」 「ジャンクモン!?何したの!?」 「アツト!さっさと逃げろ!!」 ジャンクモンの言葉で、篤人の足は反射的に駆け出そうとした。だが、カマキリの怪物……スナイモンが男の怒声に応えて鎌を振るうと、生み出された真空の刃が再び放たれたジャンクパーツごと、ジャンクモンの手を容易く切り裂きた。そして、彼の悲鳴を堪えた唸りを聞き、篤人の駆け出そうとした足が、止まった。 「無駄なことしやがって……スナイモン!今度は直に切り裂いてやれ!」 男の指示に、スナイモンがゆっくりとジャンクモンに近づき始める。両手を失ったジャンクモンは、タイヤを逆回転させ、後退る。 その光景を見た篤人は、止めていた足を動かし……ジャンクモンのほうに向かうと、そのまま彼を抱えて工場の奥へと走り出した。 「おいバカ!なんで逃げ「いいから!とにかくあるもの撃って!!」 抱えられたジャンクモンの困惑混ざりの荒げた声を篤人が遮る。ジャンクモンは不満そうに唸ってから、大量のジャンクパーツを扇状に放った。 篤人が走りながら、一瞬だけ振り返る。スナイモンは錆びた鉄の雨を、両手の鎌で切り裂きながら篤人達を追いかける。その数の多さに部品が幾らか命中するが怯んだ様子もなく、前進を続ける。 「あるだけ撃ってジャンクモン!追いつかれたら終わりだよ!!」 「わーってるよそんくれェ!でももう撃てるもんが殆ど……」 ジャンクモンが言い終わる前に、スナイモンはたまたま地面に散らばった球体のバーツを踏み、バランスを崩した。その瞬間、ジャンクモンはほぼ反射で、錆びた鉄の玉をスナイモンの足めがけて打ち込むと、スナイモンはそのまま転倒した。 男がスナイモンを罵る声が聞こえたが、篤人はそれに構わず、廃工場の奥へと駆けていった 必死に駆け抜け、どこで曲がったかも覚えてないような先にあった一室に駆け込むと、息を切らせながらジャンクモンを降ろし、自分も汚れた床に構わずに座り込んだ。 「バカ野郎!俺様ァ逃げろと言ったろ!助けても何にもならねェだろ!」 「……何にもならないのは、君も同じだよ。なんで助けたのさ」 「知るか!あのヤローにムカついたら知らねェうちに動いちまったんだよ!」 「僕も同じだよ、体が勝手に動いた」 篤人の言葉に怒りを露わにしていたジャンクモンは急に黙り込んだ。灰色と埃だらけの一室……元がなんの工場だったかも分からない空間の中、篤人はゆっくりと、口を開き始めた。 「君と同じ。あのチンピラの話聞いたらムカついてきてさ……そのクセに怖くて、逃げたのに」 そして篤人はすぐ、三角座りの姿勢となり、顔を膝に埋めながら涙声で後悔するように、言った。 「本当にバカだよ僕は。ごめん、関係ないはずだった君を巻き込んで」   「そうかもな。だが俺様、そういうバカは嫌いじゃねェ」 慰め混ざりにジャンクモンの言葉に返事もせず、篤人は顔を埋めたまま、言葉を続ける。 「……ここから、どうしよう。僕に何が……」 「いや、出来る事があるかもしれねェ」 そう言うとジャンクモンは空き缶の大砲から、黒と紫のツートンカラーの機械を、篤人に向けて撃ち出した。 「わっ!……何、これ?」 篤人は撃ち出された機械を咄嗟に両手で掴むと、片手で握れる程度の大きさをした、その機械をまじまじと見つめた。 「デジヴァイスって言ってな……どこで拾ったかもう忘れたし、誰のものかも知らねェが……使えそうだし持ってたんだ」 「そんないい加減な……で、どういう機械?」 「俺様もちゃんとは知らん。だが、デジモンを進化させられる代物らしい」 「なるほど……殆ど分からないコレに、奇跡を託せか。なら、さ」 篤人は奇跡の縋り先をズボンよポケットに一度仕舞うと、制服のポケットに入ったチョコチップクッキーを、全て取り出した。 「最後の晩餐。本当は姉さんに謝るために買ったものだけど……君が食べなよ」 「そりゃありがてェが……やめとくぜアツト」 包装を開けようとする篤人をジャンクモンが制止すると、篤人は目を丸くして手を止めた。それからジャンクモンはバツの悪そうに、目線を逸らしながら、言い始めた。 「どうせなら……あの野郎をぶちのめしてから、二人で食おうぜ」 ジャンクモンの言葉に、篤人はしばらく沈黙した後……笑いもせず、彼を見据えて、ポケットのデジヴァイスを力強く握り締め、答えた。 「そうだね。そっちのほうがきっとおいしい」 篤人が言い終えた瞬間、閉じた鉄の扉の方から甲高い音が響き、2人は同時に振り向くと、崩れ落ちた扉の向こうに、男とスナイモンがあざ笑うような顔で立っていた。 「袋のネズミってやつだな……ガキ共々無駄な手間取らせやがって!!」 男の怒鳴り声に篤人は僅かに体をビクりとさせたが、歯を食いしばって堪え、睨みつけた。その様子を見た男は鼻で笑った。 「ビビってるクセして粋がってんじゃねぇ!クソネズミとガキで俺達を相手に何が出来るってんだ?アァ!?」 「……やってみないと分かんねェだろ!?」 男とジャンクモンの言葉に、篤人は一瞬だけ目を閉じた。それから握ったままのデジヴァイスを、ゆっくりと取り出した。 「て、てめぇ!?なんでデジヴァイスを……」 狼狽する男に、篤人は足を震わせながら、デジヴァイスを更に強く握り締めた。 「お前の言う通り。僕は無価値で何も出来ないかもしれない」 弱気な言葉と裏腹に、篤人が目にも声にも怯えの色も無く男を見据ると、デジヴァイスは、ほんの僅かに輝き始めた。 「……お、おいアツト!?お前何……」 自身の身体が輝き始め、ジャンクモンも狼狽えるが篤人はそれに構わずに、続けた。 「だからと言って何もしないでいるもんか!やるよジャンクモン!!」 更に光は強まり、篤人はまるで、その言葉を今までに何度もしてきた事のように、叫んだ。 「……進化!」 白い光に包まれたジャンクモンは、その姿形を、戦車のキャタピラも持つ存在へと変化させる。それから少しずつ、光が掻き消え……暗い緑の装甲に覆われた恐竜と戦車を合わせた兵器のような存在が露わになった。 空き缶で作られ、ジャンクパーツを放つ大砲は、敵を打ち砕く本物の弾丸を放つものへと変わり、ネズミのぬいぐるみは、敵を打ち砕く兵器へとその姿を変え、変貌したその名を叫んだ。 「……タンクモン!!」 「何の繋がりもねぇのに進化だぁ!?オークション組だとしてもこいつぁ……」 「繋がりならあるよ。ねぇ、タンクモン」 「おう……言ってやんな、篤人」 狼狽える男に、篤人が冷たく言うと、タンクモンもそれに同調するように、どこか少し楽しげに、篤人に言った。 「お前が気に入らない。ぶちのめしてやりたい。これが今ある、僕らの繋がりだ」 それからすぐ、篤人の声音の裏に籠もった激情に応えるように、タンクモンは両腕のマシンガンをスナイモンに向け、一斉に撃ち始めた。 錆びつき、価値の無い鉄クズではなく、敵を撃ち抜く無数の銃弾が、火花を散らしながらスナイモンに一斉に降り注ぐ。スナイモンざ鎌で防ごうとするも、銃弾の雨の全てを防ぐことが出来ず、身を撃ち抜かれ、苦痛から甲高い叫びをあげながら、それでもタンクモンへ突進していく。 「何してやがるスナイモン!!相手は進化したてだぞ!?」 「喚くのがお前の役目?そのデジモン……スナイモンが可哀想でならないよ。 とんだ役立たずと組まされてさ」 篤人の挑発に男は青筋を立て、小指のない左手を震わせ、息も吐かずにスナイモンに向けて八つ当たり混ざりに叫んだ。 「スナイモン!!ガキをぶっ殺せ!!!」 男の怒りに、スナイモンは躊躇したように反応すると、叫びと共に鎌を振り回し銃弾を薙ぎ払に、篤人に向かって突撃を始めた。 「ぃっ……タンクモン!!」 コンクリート床を踏みつけながら猛進するスナイモンの圧に、篤人は怖気で止まりそうな足を必死に動かし、距離を取ろうとした。目の無い顔が自分に向けられた瞬間、その圧力で縮みそうにすら感じた。体が震え、涙が浮かぶ。それでも動かなければ死ぬ。その一心で、切った啖呵のことすら記憶から消し飛ばし、足を動かす。 タンクモンが、動き始めたスナイモンに引き続きマシンガンを放つも、スナイモンは突如、宙へと浮いてそれを躱した。 「甘いんだよ!そのまま殺れスナイモン!!」 僅かに汗を流しながら、男が叫ぶ。スナイモンはそのまま急降下し、上空から鎌を振り下ろした。 風圧が、迫る。鈍く光る鎌の切っ先が自分の身体に迫り、触れてもいないはずなのに、吹き上がった血が、見えた。 その瞬間、タンクモンがスナイモンの横から体をぶつけ、装甲もマシンガンを切り裂かれながら、スナイモンを軽く吹き飛ばした。 「俺様の後ろに隠れてなアツト。あのテイマー、完全に頭に血が上ってやがる」 「っ……ありがとう。でも、君は……」 腰を抜かして這いながら、タンクモンの後ろに入った篤人が彼に礼を言うと、片腕のマシンガンを引き裂かれ火花のように0と1を散らすタンクモンは、痛む素振り見せず、スナイモンを見据えたまま、篤人に告げた。 「次で決めるんだ。お前のありったけ、俺様によこしな」 自分の、ありったけ。言葉の意味もやり方も分からないにも関わらず、篤人はデジヴァイスを握りしめると……血液、感情……自分の中に流れる物を全て、電気信号を通じて手に握る機械に送るよう、イメージした。デジヴァイスは何故かそれに応え、強く輝き始めた。 「邪魔しやがって……そのガラクタごとぶった切れスナイモン!!」 スナイモンが、再び鎌を振り上げて突っ込んできた。タンクモンも篤人も、それを身動きもせず睨みながら、叫んだ。 「タンクモン!撃て!!」 「……ハイパーキャノン!!」 タンクモンの頭部の砲身から放たれたミサイルが、スナイモンに向かって炎の線を引きながら、一直線に進んでいく。スナイモンはそれを切り裂こうとしたが、鎌がミサイルに触れた瞬間、鎌が粉々に砕け散った。 「な……なんだと……ミサイル如きに……」 男は、絶望から掠れた声で呟く。そんな無力な声をあざ笑うかのように、ミサイルがスナイモンの外殻に触れ、廃工場を揺るがすような勢いで爆ぜ、スナイモンの体が、吹き飛んだ。 体の全てが消える間際、スナイモンが表情のない顔で、何かを言いたそうに男と篤人を見た。それから絶叫を残して0と1へと姿を変え、天井があるはずの空へと消えていった。 それを見届けたタンクモンも、ジャンクモンへと退化し……篤人と共に、男を睨みつけた 「スナイモ……く、くそぉ!!」 男は、逃げようと篤人達に背を向けた。だが次の瞬間、鈍い音と共に男はうつ伏せに倒れ込む。パラボリックジャンク。ジャンクモンが放った用途も分からぬ錆びた鉄球が、男の背に当たり、鈍い音を立てて床に落ち、転がっていく。 すぐに男は立ち上がろうと、コンクリート床に両手をつき、頭を上げようとした。その瞬間、息を荒くしながら走ってきた篤人が片足を振り上げると、男の頭を勢いよく、踏みつけた。 「お、おい!?アツトお前何しやがる!?」 「ぐがっ……て、てめえ!俺達に……ひと屋に逆らうのか!?【賞品】の分際で……ごっ!!」 篤人は怒りに任せ、男の頭を再び踏みつけた。それから一度大きく息を吸い、怒り一色に変わった黒目で見下ろし、静かに口を開く。 「お金と食べ物を置いていけば見逃すよ。【商品】に負けるようなお前に残ってる価値なんて、それしかないんだよ【不良品】」 「てめぇ俺をナメ「早く決めろ」 言い放った自分が驚く程に冷たく、どすを効かせた声で篤人は男の頭を踏みつけたまま見下ろし続けた。それから男は、たくさんのものを押し殺したように呻いて、自分のデジヴァイスを操作し始めた。 「アツト、お前すげェ奴だな?初めての戦いだろ?勝っちまうとは……」 「君が頑張ってくれたからだよ、ジャンクモン」 男が逃げ去った後、篤人はジャンクモンと共にすぐ、とにかく遠くに逃げることに決めると、行き先すら決めず、とにかく雨風を凌ぐ場所を求めることにした。そして2人はいま、休むために大樹に寄りかかりながら、最初の戦いを振り返り始めた。 「最後のはあれっきりにして欲しいがな……俺様もアツトのおかげ助かったんだ。ありがとう」 「……嫌なもの見せて、ごめん」 「まァ、気持ちは分かるしよ、これっきりにすりゃいいってことよ」 苦笑いを浮かべ話すジャンクモンに、人の頭を踏みつけた感触を思い出した篤人は、足の裏の不快感に顔をしかめながら、話を続けた。 「……この先、どうしようね」 「知らん。出来るのは、生きることだけだ」 生きる。その言葉を聞いた瞬間、篤人はポケットにしまったデジヴァイスを握り、内容も操作法も分からない機械の画面を、意味もなく見つめ、呟いた。 「……生きてさえいれば、帰れるかな」 「保証はしねェ。けど、生きてなきゃ奇跡は起きねェよアツト」 「……とにかく僕は、生きなきゃいけない、か。」 生きる、この言葉で篤人は何故か、胸中に渦巻く冷たく苦しいものが引っ込んだように、皮膚のすぐ裏に感じた嫌な感覚も消え去ったように感じ、意を決して、ジャンクモンを見つめた 「お願いがあるんだジャンクモン。僕を君の……テイマーにしてくれないか」 篤人の真剣な言葉にジャンクモンは、笑い声で答えた後、少しバツが悪そうに口を開いた。 「こっちの話で悪いが……俺様もヤバい状況だったから。進化も出来る以上、頼みてェのは俺様だぜ」 その言葉を聞いた篤人は嬉しそう息を吐くと、少し前の話を思い出し、ポケットに入れたチョコチップクッキーの包装を破りジャンクモンに渡すと、最後の一つは自分で持った。 「これから、よろしくねパートナー」 「おう。頼むぜテイマー」 同時にクッキーを噛み砕いた音が、篤人の耳には心地のよいものに感じられた。 「ゲートの不具合、完全体の襲撃、それに伴ったオークション出品予定者の脱走……なんだい?この情報の洪水は……」 「更にたまたま、デジヴァイスを持っていたデジモンに進化され、岩瀬さんも敗北し……社長?」 顔に複数の切り傷のある百蓮と呼ばれた女は、自分でも信じられない事のように、社長と呼ぶ金の義眼をつけた長髪の女に、視線を時折逸らしながら話す。社長は百蓮の報告を聞き……心底愉快そうに、笑い始めた。社長の傍らに控えたシスタモンは、一瞬だけ社長の方に顔を向けた後、再びどこを見ているかも分からない表情で、微動だにせず立ち尽くす。 「災難だな百蓮!奇跡みたいな話に直面するなんて!!いや、一番の災難は岩瀬かな!?」 しばらく天を仰いで笑い続けた社長は、軽く息を吐くと真顔に戻り、百連に無感情な目を向け、同じような声音で話し始めた。 「バロッコにいるなら問題ない。彼の捜索と確保は君に任せたよ、百蓮」 「えっ……」 その目とは裏腹な優しげな言葉で、百蓮は目を丸くして声を漏らすと、咳払いをしてから背筋を伸ばし、戸惑い気味に答えた。 「勿論、力は尽くしますが……ファヨンさんか……フウジンモンさんを動かした方が良いのでは?」 「当面の間さ。彼の価値を測る意味もある」 「価値……」 社長の言葉に、百蓮は内心薄ら寒いものを感じながら、少し間を置き、瞬きしながら話を続けた。 「……動かすのは当面、成熟期まででしょうか?」 「うん。それで頼むよ」 百蓮が一礼して退出すると、社長は小さくため息をつき、傍らに控えたシスタモン・ノワールに顔を向け、小声で話しかけた 「全く、準備の終わりが見えてきた所で……とんだ奇跡的なトラブルだよ」 「でも、そいつが粘るだけ価値は上がっていくんでしょ。そっちを取ったじゃない、真優美」 ひと屋の創業者、愛甲真優美はパートナーの言葉に、自嘲交じりの乾いた笑いで答えた。