「お化けは正体不明でなければいけない」 友人が言っていた持論だ。 アイツは嘘つきで適当な事ばかりいう奴だったけれど、これはその中でも本当の事だ。 どういう経緯で友人になったかは忘れたけど、話が合うのもあって、ちょくちょくファミレスで会って、くだらない話をする仲だった。 その時の事を、思い出す。 「ほら、ホラー映画の怪物がさ、身長体重が表記されて、力はどの位、どういう風に呪い殺してくるのか。分かっちゃったらもう、日曜朝のヒーローと比べるとパワー不足だなぁ、とか感じちゃわない?」 「ああ、偶に聞く奴だな」 「そう。正体不明であればあるほどいい。だって対処のしようがないんだもの。分かれば分かる程、羆なり台風と同じカテゴリの恐怖になる」 ドリンクバーのグラス片手に、アイツは語った。 「現実のお化け‥‥例えばさ、心霊写真は画像の加工、呪いというのも病気かもしれない、そう定義すれば、大した事は無くなる訳だ。」 「結局正体を暴いたらそうじゃなかったってなら、お化けが居た事にならないだろ?」 「まあね、お化けの正体を暴くって事は、それがお化けじゃないと定義する事になる。」 その言葉に、ふと。 「そういや、山の中で急に力が抜けるヒダル神の正体は低血糖症、とか言うよな」 そういう話を、聞いた事があると思って。 「ああ、そういうのもあるな。信仰されてた何かが、実は科学的に説明出来る現象だった、みたいなの。」 「で?そんな話をするって事は、何かあったのか?」 「そうそう、あったのよ。まさに、そういう話が」 友人はそう前置きすると、俺に語り出した。 「俺の住んでるマンションは知ってるだろ?あの、人気のない廃れたマンション。 駅前の大通りを抜けて、暫く歩いた所にある、3階建ての奴。 帰って来た頃に、コン、コン、と廊下で音がしてさ。 最初は気にならなかったんだよ。 でもその内さ、日が経つ度に廊下の端で聞こえてたのが、俺の部屋の前に近付いて来たんだよ。 コン、コンって音が、廊下の端から続いて、俺の部屋の前まで続くんだ。コン、コン、コンって音が。 でさ、家の前まで音が聞こえるようになってから、何か変なんだよ。 最初は気付かなかったんだけど、なんか変な匂いがしてさ。 生臭いっていうか、なんていうか‥‥表現の難しい匂いがしたり、 風呂場からゴポゴポ、って音がするようになったり。 それで、寝てる時に夢で女が部屋に来て、一歩ずつ俺の元に近付いて来るような夢を見るようになったりしてさ。」 「‥‥ま、ここまでがホラーっぽい話だ。 ネタ晴らしになったら、一気にチープな話になるから、ここまでは割とホラーっぽく語ってみたんだが、どうだった? ここからは正体明かし、というか種明かしみたいな話になるから、面白くないのは勘弁してくれよ。 匂いがするのが酷いってんで、業者を呼んだんだ。 それで、その業者が俺の部屋を調べてたんだけど、排水管が詰まってたみたいでさ。 髪の毛の塊みたいな物が出てきて、詰まりが無くなったら、変な匂いもしなくなったし、風呂場のゴポゴポって音もしなくなった。 そうして一段落して考えてみると、廊下の音も、ウォーターハンマー現象‥‥水道管を急に閉じた時の音だって思ってさ。 結局、お化けなんて居なかったってオチ。」 「幽霊の正体見たり枯れ尾花、って奴だな、解決したらつまらん話だ」 話を聞いている内にグラスの中の氷が溶けて、カランと落ちる音がした。 「ま、お化けとか怪異とかって、大体こういうオチに落ち着くよな。」 結局、その日は適当に語り合って、深夜まで駄弁っていた。 アイツは、時折こうして変な体験を語ってくれて。 最後に会った時は、ちょっとやつれてて。 「あの時話した話覚えてるか?排水管詰まってたって話の時、夢見たって奴」 「ああ、覚えてる。結局夢は夢だったんだろ?」 「いや、それがさ‥‥匂いも音もしなくなったんだけど、夢だけ見てさ。やっぱ呪いとかそういう‥‥」 余りにもやつれてたから、心配になって。 「体調悪いんじゃねえの、病院行ったらどうよ?」 「ああ、そうしてみるわ」 それがアイツと話した最後の会話になった。 『精神の病気だって、医者に言われた。一応軽度みたいだから、こうしてスマホも使わせて貰えてるよ、こう言うのも何だけどさ、呪いとかじゃ無いって分かって安心したよ』 『おう、その内見舞いに行ってやるよ』 メッセージアプリでのやりとり。 翌日、アイツは死んだ。 葬式に行ったけど、遺体の状態が酷いと、見れせてくれなかった。 首が捻じれてただの、顔が潰されただの。 噂だけしか聞いてないけれど、病院の病室で起きる死因じゃない事だけは分かった。 ‥‥ああ、結局なんの話をしてたんだっけか。 アイツが体験した、排水溝の詰まりと、夢の話。 結局アイツの言う事が正しいなら、あれはただの排水管の詰まり。 女の夢も、精神の病気。 だから、オチも何も無い筈なんだけど。 数年前、アイツが死んでからずっと夢を見る。 寝ている俺に、女が近付く夢だ。 排水管から変な匂いもする。 風呂場からはゴポゴポって音もする。 一回引っ越してみたりもしたけど、夢はそのまま、すぐに音も匂いも追いかけてきた。 たぶん、業者を呼べば。 排水管の奥に、毛か何かの塊が見つかるんだろう。 病院に行けば、精神の疲れやストレスで、そういう幻覚を見てる、って診断されて。 ‥‥そして、その後は。 数年が経ってるのに、俺が無事なのは、やっぱり。 アイツが言っていた事を思い出して、律儀に守り続けているからだろう。 正体を暴こうとしたら駄目なんだ。 曖昧なままそこに居て貰わないと駄目なんだ。 光を当てたら駄目なんだ。 暗闇がそこに無いと駄目なんだ。 だから、曖昧なままお茶を濁して、推測もしないで何も考えないで、 何をしてくるかも分からない事に震えないと駄目なんだ。 きっと、俺はアイツの語った大嘘の「正体」を聞いてしまったから、狙われたんだ。 お化けに逢ったら、気まぐれに牙を剝いてこない事を祈って、許して貰えるように怯えないと駄目なんだ。 だから。 「お化けは正体不明でなければいけない」