「お互いに、礼。」
「ありがとうございました。」
今日の稽古が終わり、防具のお手入れをしてお片付け。トレーナーさんと一緒に剣道場の清掃を行います。
「やはり君は筋が良いな…教え甲斐があるよ」
「ありがとうございます。私も教わり甲斐があります。」
彼が武道を教えていた経験があったと聞き、私も教わってみたいとお願いした所、快諾して頂きました。
柔道、剣道、銃剣道の3つなら教えられるが…と言われた為、剣道を希望しました。
日本の武を学べる絶好の機会、それもトレーナーさん手づから教えて下さるとあっては逃す手はありません。
最初は装備の付け方から始まり、素振りや摺り足といった基本の練習をし、今ではトレーナーさんと模擬的な試合も行える程です。
しかし、試合では今まで一度も彼に勝てたことがありません。

ウマ娘の身体能力は人間を凌駕している。しかしそこに例外は存在するのです。
私も負けるのは嫌いです。大嫌いです。それが例え教えて下さる先生であっても、そしてそれがトレーナーさんであっても。
彼もそれを理解してくださっています。だからか初めて試合を行う時、こう言いました。
「グラス、君は飲み込みが早い。ルールは問題ないだろう。反則と手加減は禁止。全力で勝ちに来る事。それでは始めよう。」
練習に付き合ってくれているエルとそのトレーナーさんがオイオイオイ死ぬわコイツデースと茶化しましたが、トレーナーさんはひと睨みでそれを黙らせました。本気のようでした。
試合場で互いに構え、開始の合図がかかります。何度も教わった正眼の構え。正面には似た格好をした一回り大きなトレーナーさん。
言われるまでもなく、私は負けるつもりなど毛頭有りませんでした。集中し、相手の呼吸を感じ取る。レースでも変わらない基本の所作。

背中と尻尾が焼け焦げるような違和感。トレーナーさんの気にあてられたと気付いた時には、私の膝は地に付いていました。
「グラス！？」
エルが駆け寄りますが彼女のトレーナーさんがそれを静止します。
「グラスワンダー。」
トレーナーさんの声が耳を貫きます。
「大丈夫か？」
私の心を抱きしめる優しい言霊。しかしその芯に宿る精強な炎を感じます。
「すみませんでした。大丈夫です。」
そう、これは仕合。レースと何も変わらない。命を燃やし明日を掴む為のたたかい。
なんと痴がましい。私の不退転はまた切り伏せられた。身体を鉄にし、喉から力を張り出します。
「…勝ちます。」
「よろしい。」
胆力を気炎で補い、震える腕に喝を入れ、二戦目が始まりました。
そこからは無我夢中、教わった通りの動きでトレーナーさんの隙を伺い、攻め、守り、競り合い、そして負けました。
輸攻墨守、そう感じていたのは私だけかもしれませんが、それでも、あの瞬間のトレーナーさんの眼は忘れられませんでした。
たたかうひとの目、否、捕食者の口腔のような、見る者の心を貪る眼光。
食べられてしまいたい。私だけを食べて欲しい。
否、私が喰らってやる。
私の臓腑に大きな楔が打ち込まれたようでした。


「今日も勝てませんでした…悔しいです。」
「私も悔しいな…君はどんどん強くなっている。」
あれから何度目かの稽古。この本心のぶつけ合いが心地良いです。
「もうすぐ次のレースだ。次の稽古はそれが終わってからにしよう。」
「…はい。」
「グラス、自主練も禁止だぞ。」
「はい、はい、わかりましたよ。」
不満ですが、勝手は許されませんね。
「じゃじゃウマ娘め…では次のレースまでトレーニングに集中してくれたら、何かお願いを聞いてあげようか。」
「…本当ですか？」
胸が少し、熱くなります。

「もちろん、あまり無茶なことは言わないでくれよ。」
「えぇ。ではまずそのお願いですが、私が優勝したら聞いて頂く、ということにしても宜しいでしょうか？」
これは枷。いいえ、不退転の炎を心に灯すための宣言。
トレーナーさんもグラスらしいと承諾して下さいました。ええ、その言葉に二言はありませんとも。
何をお願いするかはエルと相談してみましょう。あの子となら素敵なお願いも見つかりそうです。
「ではトレーナーさん。おやすみなさい。」
「おやすみグラス、しっかり風呂に入るんだぞ」
彼の汗の匂いともお別れ。お風呂が恋しいです。
明日からはまたレースに向けて、彼と共に己を磨くことと致しましょう。
私は決して負けません、あなた以外には絶対に。


炎熱のターフが狂気を孕む。それぞれの望み、
それぞれの運命。せめぎ合う欲望と絡み合う縁。
バ群を潜り抜けた時、突然現れた一刻の安らぎ。
沈みゆく太陽に2つの影が重なる。
次回「うまぴょい」
夜のメジロが茶番を隠す。