ウマ娘とは適切な距離感を保つ事が大事だ、トレーナーさん達は教わるそうだ。
何を当たり前のことを、と思ったがどうやら担当ウマ娘との距離感を誤り寿退職するトレーナーさんがそこそこいるらしい。
私達思春期のウマ娘達に理解を示し、トレーナーさん達が入れ込み過ぎて気が付いたら両想いになっていた、という事だとか。
両想いならまあいいのでは、とは思うものの確かに私達ウマ娘の人生の道を早期に狭めてしまうのは良くないこと…なのかもしれない。
――だが、私の人生観は、すでに粉々に砕かれていた。
「はぁ…っはぁーーッ…！」
口から涎が垂れる事も意識の埒外に抛ち、私は呼吸を整える。
「どうしました、グラス。今日はここまでですか？」
「…ッ！…ハァッ…まだ…ですっ…！！」
呼吸を一瞬止めて集中。ウマソウルを再構成して全身に行き渡らせ、勝負服の損傷を補修。体重を預けていた薙刀を構え直す。
――人間に大してウマ娘は身体能力が圧倒的に高く、似た外見をしていてもその膂力、脚力、動体視力等は比較にならない。
だが例外は存在する。少なくとも目の前に一人。

「いいですか、グラス。貴女は強い。その身体能力は間違いなく私を上回っています。」
整った呼吸を繰り返し胸を上下させ、気を練り続けつつトレーナーさんは私を見据える。
そう、私は速く、そして私は力強い。しかし彼は私より遅い動きで私を追い越し、私より弱い力で私を圧倒する。
「ですが、それだけでは駄目です。貴女はその力に振り回されている。そんなもの無くとも貴女は強いはずです。」
こちらの息が整うのを待ってくれている。自分の身体の回復に手一杯でそう気付くまでに時間がかかった。
「ありがとうございます。トレーナーさん。」
いつも通りの大和撫子のような微笑みを、私は返すことが出来ただろうか。彼も微笑んでくれた。
ウマソウルを身体中に奔らせ、勝負服の装着を解除する。同時に薙刀も消失し、無手となる。
いつもどおりの軽装のジャージ。私と彼との間を流れる風が、気が、肌を通して視える。

「…正しい判断です。」
そうだ。勝負服も薙刀もいらない。私には私の身体がある。この手は刃、この脚は翼、この心は牙。
長拳の構えを取り。トレーナーさんと瞳を交わす。拳は流星、足は矢、目は稲妻、身体は龍。
「…行きます。」「来なさい。」
今日こそ、この距離を縮める。決意は足を震わせ、土煙を巻き起こしながら、私を前へと吹き飛ばした。