ウマ娘とは適切な距離感を保つ事が大事だ、トレーナーさん達は教わるそうだ。
何を当たり前のことを、と思ったがどうやら担当ウマ娘との距離感を誤り寿退職するトレーナーさんがそこそこいるらしい。
私達思春期のウマ娘達に理解を示し、トレーナーさん達が入れ込み過ぎて気が付いたら両想いになっていた、という事だとか。
両想いならまあいいのでは、とは思うものの確かに私達ウマ娘の人生の道を早期に狭めてしまうのは良くないこと…なのかもしれない。
――だが私の人生観は、すでに粉々に砕かれていた。
走る、疾く走る。私の大好きな事を、彼もまた大好きだった。それだけではない。
人間はウマ娘に勝てない？嘘でしょう？だって彼は私より速い。少なくとも今は。
今日も彼と並走し、彼に負かされ、彼から学ぶ。それでいい。少なくとも彼の次に私は速い。
「風力、温度、湿度、一気に確認。」
ターフで指を一本天に向け、トレーナーさんはそんな事を言う。
片手にストップウォッチ、もう片手に持ったサングラスを目元へ運び、こちらへ振り返る。
「ハッハッハ！さあ行くぞ！スズヤ！」
「スズカです…」

彼とのトレーニングはいつもシンプルだった。ただ走る。一緒に走る。
そして周回遅れにされる度に並走しながら走法についてのアドバイスが一言。
周りからはあんなのトレーニングじゃないなんて声もあったが、私は楽しかった。
そしてデビューしてから各地のレースに彼と一緒に向かうとき、彼はとても楽しそうにしていた。
「スズヤ、俺はこう思ってるんだ。レースは素晴らしいものだと。各地のレース場にある名産！建築物！
　応援してくれる人々との触れ合い！新しい体験が人生の経験になり得難い知識へと昇華するっ！
　しかし目的地までの移動時間は正直面倒だ、その行程がこの俺なら破壊的なまでに短縮できる！」
「駄目です。ちゃんと電車で行きましょう。」
「…体調でも悪いのか？スズヤ。」
「…スズカですっ」
時折捕まらないスピード違反者の噂を聞いたので、釘を差すのを忘れないようにだけしている。


先頭は譲らない。彼一人を除いては。だがいつかは彼の先の景色が見たい。
彼に勝ちたい。その一心でレースは１位を取り続け、次のレースまでの間彼に挑み続ける日々。
ひた走り、デビューから１年が過ぎ、２年目の春も終え、秋も間もなく終わる。
11月、秋の天皇賞。1番人気に推された私はいつもどおり先頭を駆け続ける。
大逃げなんて言われても実感が沸かない。だからインタビューの受け答えもいつも曖昧になってしまう。
逃げている訳じゃないんだ。追いかけているんだ。私より遥かに先にいる彼の影を探しているんだ。
芝を踏み潰して後ろへ蹴飛ばす。もっと早く、もっと強く。聞こえない彼の足音を探して。
第4コーナーが見えてきた。もうすぐこのレースも終わる。次のレースは何だっただろうか。
それよりも彼に勝ちたい。だからもっと早く。
違和感。今踏み出したのは右足か…左足か。刹那私の速さに歪みが生じ、振る腕に狂いが生じた。


次の瞬間、私は彼の腕の中にいた。遅れて生じる爆発のような足音と烈風。
「無事か！スズカ！」
「…スズカです」
「合ってるだろう？」
遅れて生じる観客のどよめきを笑い飛ばし、彼はそのまま私を抱き上げて医務室へと運んでくれた。
診断の結果、私のケガは左足首の軽い捻挫のようなものだった。しかし、ウマ娘の全力疾走が足に掛ける負担は尋常ではない。
もしあと一歩、左足を踏み込んでいたら、二度と走れなかったかもしれないと言われ、私は青ざめた。
医務室には理事長さんとたずなさんが来て、トレーナーさんがお叱りを受けていた。
「危険ッ！レース中のターフに飛び込むなど自殺行為ッ！」
「ハッハッハ！また世界を縮めてしまいましたなァ！」
「もう、トレーナーさんの乱入でレース場は大騒ぎになってますよ」

「すいませんねぇ！ですが速さは何よりも優先されます。つまり速さを求めるスズヤの脚を守る事
　これは私の担当としての行動の基本原則そのために悩んでいる時間は無駄以外の何物でもない
　だから即決即納即効即急即時即座即答！彼女を助けただけです！」
「トレーナーさん、サイレンススズカさんを守るのは結構ですが、やり方があまりにも強引すぎます…」
「警告ッ！トレセン学園にも先程から問い合わせが殺到！」
「そいつぁ素敵ですね理事長！だが俺はウマ娘ではありませんので入学式のスピーチは辞退させて頂きますよ！」
「我々とて庇うにも限度というものがある…全く、君は誰の味方なのだ。」
「愚問ですなぁ理事長！俺は俺の味方です！」
「謹慎ッ！反省を忘れずになっ！」
私は療養、トレーナーさんは暫くの間謹慎ということになった。
レース自体はレース場自体も含めて滅茶苦茶になったが、診断結果が世間に知れると結果的にウマ娘を救ったトレーナーという風評が広がり、
トレーナーさんの謹慎は解除され、むしろ表彰されることになったようだ。


暫くの後、私と彼はまた芝の上で並んで立っている。
「いいんですかトレーナーさん。今日は表彰に呼ばれているのでは？」
「性に合わない時間のムダさ。それよりも俺達はもっと速くなりたい。そうだろう？…だから！」
そう言ってポケットからストップウォッチを取り出すトレーナーさん。
でもいつも不思議と時計が狂ってしまうようで、あまり役に立っていません。
「少しお休みしていましたし、最初はペースを落としますか？」
「愚問だなスズヤ。俺は誰より速く走れる男だぜ？」
「スズカですっ…さあ、行きますよ。」
今日もまた楽しいレースが始まる。この距離をいつか縮めてみせる。