考えないようにしていても、見ないようにしていた現実はやって来る。 「‥‥っ」 村に昔から伝わる、夜這いの風習。 その対象が、出来たばかりの彼女、レラが受け止める番が来た事を。 そして、俺がレラと交われる順番は、大分先であり。 それまでに、レラが他の男を受け入れるという事実を。 「ほら、嫌とか、怖いとかは思ってないよ。ずっと昔から続いてることだから。 ‥‥その、最初の相手は、貴方の友達の彼だって、決まったんだ。 ごめんね、本当は貴方と――でも、これは仕方ないから。 あの人も優しい人だし、きっと大事にしてくれるって、皆も言ってるし‥‥だから、心配しないで?」 レラは、俺に対して申し訳なさそうにしながらも。 その実、元来の好奇心の強さから、どこか期待しているようにも見えて‥‥。 俺は、そんなレラの姿を見ていられなくなり、思わず視線を逸らした。 「大丈夫、レラが決めたことなら、別に。俺も、村の風習だって、割り切れるからさ。 それに、アイツならまあ、酷い事はしないだろうしさ、大丈夫だと思う‥‥からさ。」 俺はそう呟くと、その場から立ち去る。 その夜は、全然眠れなかった。 (どうして、よりによって――そう考えても仕方がない。村の決まりだ。 昔からずっと、皆がそうして来た。 だけど、納得なんてできるわけがない、それでもレラは、笑って受け入れていた。 だったら、俺には何も言えないじゃないか‥‥) 「レラ、おはよう」 「あ‥‥うん、おはよう」 朝になり、俺はレラに挨拶する。 しかし、どこかぎこちない雰囲気。 それもそのはずで、昨夜のこともあってか、お互いに気まずさがあったからだった。 だが、そんな俺達を余所に、村の人々は普段と変わらず生活している。 「えっと、ね。昨日のこと、彼氏の君には、ちゃんと全部話しておきたいの。 彼、すごく優しかったよ。 最初、布団に入った時はやっぱり少し緊張してたけど、 ぎゅっと抱きしめてくれて、『怖がらなくていいよ』って何度も言ってくれた。 手を繋いだまま、ゆっくり髪を撫でてくれて――それだけで、少しずつ安心できたんだ。 初めて触られて服を脱がされるのも、恥ずかしくてドキドキしたけど、 ゆっくり焦らず触ってくれて‥‥何度もキスしてくれて。 最初は頬に、だんだん胸とか首筋に。 それで、指で撫でられると、力が抜けて、そのうち、気が付いたら自分からも手を伸ばしてて‥‥ それでね、前戯っていうのかな、 私の……あそこを、舐めてくれたの。 最初はすごく恥ずかしかった。だって、ちょっと毛深いし、あんな場所を口で舐められるなんて思ってなかったし‥‥ だけど、舌で優しく撫でられて、 『レラ、ここ気持ちいい?』って何度も聞いてくれて…… 最初はくすぐったいような、でもだんだん頭が真っ白になるような感じで…… そのまま何度もイッちゃったと思う。」 その描写ひとつひとつが、 俺の知らないレラの姿で満たされていく。 アイツの舌に、レラの声に、レラの熱に…… 本当は全部、俺だけが知っていたかった。 それなのに、アイツは先に全部を知った。 しかも、生々しく、幸せそうに語られるたびに、 自分はレラの彼氏だ、という小さな自尊心が、じわじわ壊れていく。 「それから、ね?あの人のおちんちんを口に咥えるように言われて‥‥ 正直、初めてで、びっくりしたし、少し戸惑ったよ。 でも、『ゆっくりでいいよ』『無理しないで』ってずっと声をかけてくれて。 口の中に入れると、不思議な感触で、 唾液でヌルヌルしてて、温かくて‥‥ 舌で触ったら、どくどくって脈打ってて――なんだか、変な気持ちだった。 変な味もしたけど、嫌な感じじゃなかった。 頭撫でながら気持ちよさそうにしてて‥‥それ見てたら、ちょっと自分も嬉しくなっちゃって。」 自分の中に黒い感情が膨らむのを止められなかった。 アイツのモノは昔、一緒に川で泳いだ時に見て、自分よりもずっと大きかった。 それを、レラが口に入れて、舌で味わった―― 想像しただけで、胸が締め付けられるほど苦しい。 レラの唇や舌が、俺のじゃなく、アイツのを優しく包んで、 アイツはそれを“気持ちよかった”と顔に出して‥‥ 自分だけが知らない顔を、レラが他の男に見せている。 耐えがたいほどの嫉妬で、呼吸が浅くなっていく。 もし、自分の番が来れば。 比べられるんじゃないかと、不安になる。 「それから‥‥えっと、中に入れてもらって‥‥ 最初は痛いのかなって思ったけど、 ゆっくり動いてくれたから、すぐに気持ちよくなったんだ。 おちんちんが奥まで届いて、奥まで擦られて、変な声が何度も出ちゃって。 恥ずかしかったけど、優しくしてくれて、抱きしめられてるうちに、全部どうでもよくなったの。 途中からは、もう夢中で、何も考えられなかった。 気が付いたら三回‥‥中で出されて、 そのたびにお腹の奥まで温かくて、じんわり広がる感じがした。 ぎゅっと奥で動けなくなるくらい強く抱きしめられて‥‥なんか嬉しかった、かも。 終わったあとも、しばらく抱きしめてくれて、 『レラのはじめて、貰えてちょっと嬉しかった』って言ってくれて、私も嬉しかった。 不安だったけど、これなら私でも、えっちするの、嫌いじゃないかもって思っちゃった。 正直、頭が真っ白になってる間は、何も覚えてない瞬間もあったくらいだし。 終わった後、お腹の奥があったかいの、ずっと続いてて。 自分でも、ちょっと恥ずかしいくらいトロトロになっちゃってたかも。」 レラの中に、何度も、俺じゃない男の精液が流し込まれて、 レラの中があいつのもので満たされて、想像するだけで、おかしくなりそう。 その度にレラが“気持ちよかった”と、幸せそうに思っている。 自分の知らない快感、あいつにだけ許されたレラの表情。そして、それを俺は知らない。 レラの初めてを貰った男も‥‥俺ではなくアイツで。 レラは、アイツの腕の中で果てる時、何を思ったんだろう。 (分かってる。この村では、ずっとこうやってきた。 誰もが受け入れて、当たり前にやり過ごしてきたんだ。 ‥‥夜這いに文句を言うのは女々しい。こんな風に嫉妬して、苦しくなってる自分が、情けなくて仕方ない。 “男ならどっしり構えてなきゃ”、なんて頭では分かってる。 でも、心が追いつかない。何度も何度も、アイツの名前や、想像でのレラの快感に濡れた声が、頭の中をこだまする。) 「ああ、えっと‥‥うん。レラが、嫌だと思うような初体験じゃなくて、良かったよ。」 俺は、どうにか笑ってそう言う。 レラは、そんな俺の気持ちに気付くはずもなく。 「うん、本当に良かった。これなら、今日の夜這いも‥‥」 そう言いかけて、レラは口を噤む。 「相手が決まったら、また教えるね?」 「あ、ああ‥‥お願いするよ」 ふと、レラの話を聞いていた時。 どこか生臭い、かすかな匂いが鼻をかすめた。 (――精液の匂いだ。 昨夜、アイツのものを口に含んで‥‥飲み込んだんだって、言ってたし。 もちろん、レラはきっと今朝しっかり歯を磨いて、湯あみもして、俺と会う前に“全部”落とそうとしたはずだ。 だが、胃袋に流れ込んだものは、いくら外から洗っても、消しきれない―― レラの口から吐かれる吐息の奥に、その香りが残っている。 あの唇が、舌が、あの喉が、アイツの物を咥え、飲み込んだ証拠。 何度も頭で分かろうとしてきた風習の現実が、匂いとなって俺の鼻腔に焼きつく。) このままここに居ると、おかしくなりそうで。 俺は、家の手伝いをしないとだから、等と言って、逃げるようにその場を後にした。 村の広場。 アイツが井戸の前で水を汲んでいた。 気付かぬふりをして背を向けようとしたが、いつも通りに声をかけてきた。 「おう、早いな。今日は畑に出るのか?」 声も表情も変わらない、昔からの友人のまま。 けれど、彼の視線が一瞬、俺の顔を確かめるように揺れたのを見逃さなかった。 「ああ‥‥今日も、いつも通りだよ。」 何気ない挨拶。普段と同じ、素っ気ないほどの会話。 あえて、昨日のこと――レラの“初夜”に触れようとしない。 むしろ、意図的にいつもより一歩距離を取っているようにも思えた。 (分かってる。俺がレラの彼氏だって知ってるんだ。 それでも、村の風習だからと、“夜這いの権利”を行使した。 友人の彼女だからと拒否すれば双方の家のメンツに傷が付くし、 それならせめて、レラの初体験が嫌な物にならないようにした方が良い、なんて考えたんだろう。 だけど、そんな事を言ったって、俺が苦しいのは分かってるから、あえて触れないんだろう。 それが分かるから、余計に胸が苦しくなる) 俺は今、こいつのことを羨み、自分の小ささ、情けなさに打ちのめされている。 笑おうとするたび、心に錘が結ばれたみたいで、言葉に棘が混じっている気がする。 いつも通り、の筈なのに、何もかもがぐちゃぐちゃで。 陽が沈むと、今日も夜這いの時間が来る。 「‥‥今日も、ちゃんと伝えておこうと思って」 静かな声で、レラが話し始めた。 「今夜、夜這いに来るのは――村の鍛冶屋さんなの。 ほら、前にお祭りの時に鉄細工をくれたあの人‥‥。 でも、大丈夫。悪い人じゃないし、昨日みたいに、きっと優しくしてくれると思う」 一つ一つ言葉を選ぶように、淡々と語るレラ。 ――村では、こうして毎晩、別の男が“順番”にレラを抱く。 それが“普通”で、“女の子の役目”として誰もが受け入れてきた現実。 レラは、その“役割”に忠実であろうとしている。 心配しないで、と笑う微笑みが、余計に胸を締め付ける。 「じゃあ、その‥‥レラが嫌じゃないならさ、それで」 それ以上言葉を繋ぐのをためらった俺に、 レラは「ありがとう」と笑って答えた。 (感謝されるような立場ではない。むしろ自分が不甲斐なくて泣きたいくらいだ) 翌日。 レラの家の前に向かうと、家の前に立っていた彼女が、俺の存在に気が付き、手を振る。 「あ、おはよう」 「ああ、おはよう」 俺はそう答えるのが精いっぱいだった。 「えっと‥‥正直、まだ足に力入らないかも」 レラは何か言いたそうにして、言葉を濁す。 「その‥‥今日の報告、するね?その、昨日と全然違ってて‥‥びっくりした。 おちんちん、君の友達よりも、ずっと‥‥臭くて、硬くて、熱くて‥‥。 多分だけど、あの人先にちゃんと洗ってきてくれてたんだと思う。 鍛冶屋さんは、仕事終わりで、そのまま来たから‥‥えっと、雄の匂いがして。 そう言いながら、少し困ったように、でも隠さず続ける。 「最初は、また‥‥おちんちん、咥えさせられて。 正直、匂いが強くて、ちょっと大変だったけど‥‥ でも、『慣れた方が良いぞ』って頭押さえられて口の中、いっぱいになって‥‥ あ、でもでも、本当に慣れちゃったっていうか、その、嫌な臭いじゃないかもって思えるようになったから、大丈夫だよ? えっとね、ちゃんと奥まで咥えられるように教えて貰って、それからは何度も口の中に射精されて。」 「‥‥」 何も言えない。 レラを傷付けるような事を、つい零してしまう気がして。 「それから四つん這いにされて‥‥後ろから入れられて。 すごく、荒っぽくて‥‥一昨日みたいに、優しくゆっくりじゃなくて‥‥ 一回、射精してもらうまで、四回もイかされちゃったの。 もう、頭が真っ白で、腰も勝手に動いちゃって‥‥こういうのもあるんだって、ビックリした。」 レラは少し頬を赤らめながら、でも淡々と続ける。 「それで‥‥えっと、結局五回も中に出されて。力も抜けて、イクのと一緒に、気付いたらお漏らしまでしちゃったんだよね。 鍛冶屋さん、すごく激しくて‥‥最初は恥ずかしかったけど、止められなくて。 えっと、ね?もし貴方とえっちするとき、そうなっちゃったら引かないでほしいなー‥‥って。」 レラは、真剣な表情で俺を見つめて言葉を続ける。 彼女の不安と正直な気持ちが、言葉の端々から伝わってくる。 それは、きっと俺を信じているからこその“お願い”だった。 でも、俺はその言葉を受け止めながら―― 自分がひどく情けないことに気付いてしまう。 (俺は本当に、レラをそこまで感じさせてやれるんだろうか? 鍛冶屋のおじさんは、レラを何度も絶頂させて、お漏らしさせるほどに夢中にさせて、最後には身体も心も全部蕩けさせてしまった。 昨日も、そうだった。レラは初めての相手に、全部委ねて、気持ち良かった、って言ってた。 でも俺は――) 自分の物は一昨日のアイツの物よりも小さい。 経験だってない。 どんな風に触れてあげたらいいかも分からないし、 レラを夢中にさせる自信なんて、これっぽっちもない。 (きっと――レラをそこまで感じさせてやることも、 絶頂させて、溢れるほど満足させることもできないんじゃないか‥‥?) 口に出せないまま、ただ心の中で自分の未熟さと、不甲斐なさ、 そしてどうしようもない劣等感だけが、ひたすら膨れ上がっていった。 レラはそっと手を握り返してくれる。 その温もりすら、少し、痛かった。 腰が痛いから、と休む宣言して、 「じゃあ、またね」 と手を振るレラ。 そんな彼女の後ろ姿を見送りながら、俺は自分の無力さを痛感するのだった―― だけど、どれだけ無力さを痛感しても、嫉妬に狂いそうになっても、夜這いはまだ終わらない。 「今日の相手はね、村の北側の家の‥‥そうそう、あの子が相手なんだ。 まだ子供って思ってたけど、もう“夜這い権”を抽選で貰える年だから、って。少し早い気がするけど‥‥でも、手ほどきしてあげてって」 「そう、か」 レラの無邪気な笑顔に、思わず目を背ける。 この村では、夜這いは順番制だ。 だけど、夜這い出来る年齢になったからと、その権利が自動的に与えられるわけじゃない。 若い間は、夜這い出来るのは、抽選で選ばれた者だけ。 大体は、俺と同じ年齢で、夜這いの権利を得る。 「それじゃ、行ってくるから‥‥」 レラはそう言って、いつものように手を振って、村の北側の家に向かう。 (‥‥少年か。 たぶん、初めてなんだろうな。 経験もないだろうし、身体もまだ大人になりきれてないはずだ。 逸物も、アイツや鍛冶屋のおじさんほど大きくはないだろうし―― きっとレラも、昨日や一昨日ほど大変じゃないし、乱れることも、きっとないはず) そこまで考えて、自分に、胸がざわついた。 (何を安心してるんだ、俺は。 小さいから大丈夫、なんて安心して、相手の強さや大きさや経験で、嫉妬するか安心するかを天秤にかけている) そして、そんな自分が嫌になり、自己嫌悪で吐きそうになる。 朝が来て、レラの報告が、また始まる。 「おはよう。今日もちゃんと話すね。 えっと、何から言おうかな‥‥胸も、お股も、舌で何度も何度も舐められて。 くすぐったいし、恥ずかしいし、でも、どんどん気持ちよくなってきて‥‥ それで、服を脱いでもらったら、おちんちん、そんなに太くはなかったんだけど、びっくりするくらい長くて。 お腹の奥まで届くみたいで‥‥不思議な感覚だった、かな。 それで、“僕の物になって!”ってずっと言い続けてて‥‥。 それでね、後ろから何度も何度も奥に射精されて、最後には根負けしちゃって、つい“君のものです”って口にしちゃったの。 言った瞬間、ものすごく嬉しそうにして、一晩中‥‥どこからあんな元気出るんだろうね‥‥。 あ、でも!今朝になって慌てて『あれは流れで言った事で、本気じゃないからね?』って訂正はちゃんとしたから!ちゃんと! 言わないと、ちょっと終わらない感じがしたから、渋々、だよ?‥‥困っちゃうよね」 初めてなのに。 いや、初めてだからか。 レラに対して、思いっきり性欲と独占欲をぶつけたのだろう。 その痕跡が、レラの話から生々しく伝わってきて‥‥胸が苦しくなる。 昨夜の“安心”はどこかに消え、俺はまた、嫉妬と自己嫌悪の波に飲まれていた。 「そんなに心配しなくていいからね! 昨日の子、確かにおちんちん細いのに長くて、 奥の方までしっかり届いて――ちょっと驚いちゃったけど、その分、気持ちよかったからさ。 それに、射精されるたびに、ちゃんと私もイってたから‥‥ 痛い事とか、苦しい事とか、嫌な事をされて従わされたって訳じゃ全然ないの」 (的外れだけど、レラは本当に何も悪くない。むしろ俺の不安を取り除こうとしてくれている。 なのに――なぜだろう、俺の心は、少しも救われない) その日の夜。 もう、感覚がマヒしたのか。 それとも、諦めてしまっているからか。 俺はもう、レラの報告を、ただ黙って聞くようになっていた。 レラは、少しだけ言いにくそうに続ける。 「今夜の夜這いの相手‥‥村の西の方に住んでる、あの人なの。 ちょっと女癖が悪いって、村でも噂になってる人。 私も、これまでに何度かすれ違ったことあるけど‥‥少し目つきが鋭くて、他の女の子たちにも色々ちょっかいを出してるって聞いたことある」 彼女は、唇を噛みしめる。 「正直に言うと、少しだけ不安なんだ。 でもね、大丈夫。どんな事があっても、ちゃんと全部話すから。 もし何かあったら、明日すぐに貴方に話すから。」 彼女の瞳は、俺に「信じて欲しい」と告げている。 「わかった」 だから、俺は、そう答えることしか出来ないでいた。 「‥‥ありがとう。最近クマ酷いよ、ちゃんと寝なよ?」 なんて言いながらも、レラはどこかソワソワしていて。 きっと、今夜の準備が色々あるのだろう。 そして――夜が来る。 次の日。 レラの様子はどこかぼんやりしていて、まるで夢の中にいるようだった。 俺が「昨日はどうだった?」と尋ねても、レラは顔を赤らめて、甘い声でただこう呟くだけ。 「‥‥凄かった♡ 気持ちよかった♡」 それだけ。 今日は何も、内容を話してくれない。 どんな体位だったのかも、どこをどう愛撫されたのかも、どれだけイカされたのかも、俺が苦しくなる位に教えてくれるのに。 何一つ分からないまま、レラの頬には微熱の名残があって、その視線はどこかとろけていた。 「‥‥それだけか?」 思わず聞き返す。 詳しく語られても、苦しむのは俺なのに。 「うん。それだけ♡」 はぐらかすように笑うだけで、細かい話は出てこない。 (‥‥何をされたんだ) 分からない、ということが、逆に胸をざわつかせる。 すると、レラは唇に人差し指をあてて、 少し困ったような、それでいてどこか甘い笑みを浮かべながら答えた。 「えっと‥‥多分、概要は言っても、大丈夫、だよね? あのね‥‥昨日の夜の人に“彼氏に毎日詳しく教えてる”って言ったら、“じゃあ今日はゲームをしよう”って言われたんだ。 愛撫されてる間、自分から“交尾したい”ってお願いしなければ、最後までおちんちんは入れないで夜這いを終わりにしてくれるって。 でも、もし我慢できずに私からおねだりしちゃったら、その日はどんなことされたか、彼氏には一切教えちゃだめ。 教えて良いのは感想だけにしてね、って――そういうルールだったの」 「‥‥」 「ごめんね、全部話すって言ったのに、敗けちゃったから、どうしても詳しくは話せないんだ。 でも、一言で言うなら‥‥“凄かった♡”ってことかな」 レラは、少し恥ずかしそうに笑う。 俺は、思わず唇を噛む。 (“負けた”‥‥つまり、レラが自分から挿入をおねだりしたってことだ。 どれだけ激しく愛撫されて、どんなに気持ちよくされて、レラは耐えきれなくなって。 最後に、自分から“欲しい”と懇願した。その姿も声も、俺の知らないものだ。 詳しく教えてもらえない分だけ、余計に頭の中で色々な想像が暴走して止まらない。 レラの体が、心が、どんなふうに蕩けていったのか‥‥) 男に媚びへつらうレラの姿が頭に浮かんだ瞬間、 胸が痛みだす。 そして、レラはふと何かを思い出したように、 「そうだ、一つだけ――内容について“これだけは教えてもいいよ”って言われてたことがあるの」 と、いたずらっぽく目を細める。 「えっとね、 私が我慢できなくなって、おねだりしちゃった時の台詞―― これだけは、伝えてもいいって約束だったの」 レラは頬を赤くしながら、恥ずかしそうに息を飲み、 自分の太もも力をぎゅっと入れ、顔を真っ赤に染めながら、 その“おねだりの台詞”を再現するように、甘くとろけた声で囁く。 「‥‥おちんちん、欲しい、です‥‥♡中、グチャグチャにして‥‥♡ 奥まで、いっぱい突いて‥‥っ、いっぱい、いっぱい精液をください‥‥♡ もう、我慢できないから、おちんちん‥‥ください‥‥っ♡」 想像が、どんどん膨らむ。 嫉妬で頭がぐちゃぐちゃになる。 「その時の私は、もう頭が真っ白で‥‥“お願い、入れて”ってなっちゃって‥‥ それで、約束通り、昨日のことは、それだけしか教えられないんだ、ごめんね?」 レラは、どこか満たされたような、それでいて少し罪悪感の滲む瞳で俺を見つめ、 そんな恥ずかしそうな仕草は、俺の妄想を更に駆り立てる。 俺は思わず目を逸らしてしまう。 胸が痛くて苦しくて、しどろもどろに返事を返すので精一杯だった。 「そ、そうか‥‥」 そして、こんな醜態を晒すくらいならと、逃げるようにその場を去るのだった。 (情けない、情けない、情けない。) だけど、夜の報告は、ちゃんと聞く為、レラの元に足を運んでしまう。 また胸がキリキリと痛みだす。 「‥‥ねえ、今日の夜這いの相手なんだけど、 村でも評判の、農家の逞しい男の人なんだって。 腕も太くて、背も高くて、昔、収穫祭の時に米俵を何袋も軽々持ち上げてた人、覚えてる?あの人なの」 「‥‥ああ、覚えてる」 レラが抱かれる相手の事を考える度に、胸が締め付けられる。 報告を受ける前から、雄として敗けを認めてしまう。 レラは、俺の心境になんて気が付くはずもなく。 結局、次の日の報告は案の定。 「昨日の人、見た目だけじゃなくて、夜も一番逞しかった‥‥あんなに大きいの、初めて見たかも。 最初は、本当に入るのかなって思ったのに、私のあそこ、しっかり奥まで咥えこんじゃって‥‥ 徹夜でずっと抱かれて、精魂尽き果ててもうへとへとかも。シーツも凄い事になっちゃってるし‥‥ ふぁあ‥‥ぁ、ごめんね、寝てないからさ、報告終わったら家に戻って寝ちゃうね‥‥今日の夜這いのお相手に失礼だし‥‥」 ある意味で、予想していた通りの報告だった。 視線を落とすと、彼女の脚はぴたりと閉じることができず、自然にがくがくと開いてしまっている。 何度も繰り返された交わりの痕跡が、そのまま彼女の体に現れていた。 「凄いよね、まだちょっと何か入ってるみたいで‥‥脚、開いちゃってる。だから、もう休むね?」 「‥‥ああ、お休み」 俺は、そう答える事しかできなかった。 レラは、そんな俺の様子なんて気にも留めず、そのまま家に戻っていった。 もう、嫉妬で狂いそうになる気力すら残っていない。 夜になると、レラはしっかりと元気を取り戻していた。 「今夜の夜這いの相手、村の外れに住んでる、ちょっと影が薄い男の人‥‥そうそう、その人。 ほら、あまり人前に出てこないし、 祭りでも隅の方にいて、みんなに話しかけられても小さく返事するだけの‥‥ 実は私も、これまでほとんどちゃんと話したことないんだよね。 まあ、こんな機会でも無いと関わらない相手だろうし、今はちょっと確かめてみようかなー、位の気持ちだよ」 レラは、少し照れたように笑いながら、そう話す。 「‥‥そうか」 俺は、そんな返事しかできなかった。 レラの背中を見送りながら、 “影の薄い男”というイメージに、勝手に「きっと大したことはない筈だ、そうであってくれ」と思ってしまった自分と、 そんな風に比べてしまう自分自身に、また、静かな自己嫌悪を覚えていた。 (‥‥相手の“格”で、安心したり不安になったりするの、ほんと、最低だな) その夜、村の小道をひとり歩いていた。 眠れなかった――胸の奥がずっとざわついて、息苦しい。 最近ずっとこうで、正直体調は最悪だ。 (もう、どれくらいまともに寝られていないんだろう) 気だるい身体に夜風が触れ、少しだけ気分が落ち着いたかと思った、そのとき。 ふいに、遠くから甘い声が夜気に混じって聞こえた。 はっとして足を止める。 その声は、どう考えてもレラのもの―― しかも、息が漏れるような、蕩けた響きが混じっている。 気付けば足は勝手に、声のほうへと向かっていた。 小さな家の窓辺に立つと、灯りの漏れる隙間から中の様子が見えた。 そこには、信じられない光景が広がっていた。 部屋の真ん中、布団の上。 レラが男の上に跨り、全身をむき出しにして、汗ばんだ肌を揺らしている。 髪は乱れ、肩から胸元、白い肌が夜灯りに浮かび上がっていた。 彼女は必死に腰を振り続け、 自分の中に繋がっている男をもっと奥まで、もっと強くと欲しがるように、 身体を上下に揺すっていた。 レラの口からは、甘くて切なげな喘ぎ声が、何度も何度も漏れ出ている。 「んっ‥‥♡ あぁっ‥‥もっと‥‥っ、ここ、いい‥‥♡」 窓の外から見ているだけなのに、 その声が、まるで耳元で囁かれているかのように絡みついて離れない。 レラの裸は、今まで一度も見たことがなかった。 なのに、初めて見るレラの身体は、他の男を受け入れ、他の男のために快楽に身を委ねている。 彼氏の癖に、初めて見る裸は、他の男の夜這いのおこぼれ。 帰らなきゃいけない。 けれど、どうしても目が離せなかった。 胸が締め付けられて、苦しくて、情けなくて。 だけど、息をひそめて窓辺に立ち尽くす自分がいる。 窓越しに、ただじっと見つめていると―― レラの動きがどんどん激しくなり、 両手で男の肩にしがみついたまま、腰を大きく前後に打ち付けるように揺らしはじめた。 「やっ‥‥ぁっ、もう‥‥くるっ‥‥♡ あっ、あっ、ああっ‥‥♡すごいの‥‥くるっ♡」 ビクンと、跳ねるレラ。 「出てる‥‥♡なか、いっぱい‥‥♡ あ、あっ♡出てるの、わかる♡お腹の中、熱ぅい♡ これっ♡これ、すご‥‥♡全部‥‥♡」 やがて、背中をぐっと弓なりに反らせて、首を仰け反らせ、声をあげる。 「ああっ‥‥♡だめっ、イく、イくっ‥‥イッてるぅ‥‥っ♡」 毒みたいに、魂に染み込むレラの声。 絶頂の余韻が部屋を包む中、レラは男の上に崩れ落ちてしばらく動けなかった。 だが、ゆっくりとレラが腰を持ち上げ、陰茎を引き抜くと、 何も言われなくても自然に男の太腿の間に身体を這わせ、むき出しのものを、自分から唇で包み込んだ。 「ん‥‥ちゅ♡んっ♡ん‥‥♡」 そのまま、優しく舐め始める。 レラは、男の精液と自分の蜜が混じったそれを、 丹念に舌で舐め、唇で吸い、根元から先端まで丁寧に、まるで労わるように咥え続けている。 瞳はとろけ、ほのかな微笑みを浮かべながら、まるで当然のように、ただ夢中になって奉仕していた。 次の瞬間、男の体が小さく震え、その瞬間、レラは目を閉じて―― 喉を鳴らしながら、嬉しそうに何度も飲み下していく。 「‥‥ごく♡ごくっ‥‥♡ん‥‥ふぁ‥‥♡」 唇の端から、ほんの少しだけ白い雫がこぼれそうになるが、 レラは慌ててそれを舌で掬い、しっかりと全部舐め取る。 今夜の相手に、心も身体も夢中になっていたことが、一目で伝わってしまう。 「えっと‥‥ね、もっとしてほしいな‥‥♡ 今度は、私が下になるから、いっぱいいっぱい、乱暴に‥‥して?」 男はレラの願いを受け止め、優しくその身体を抱きしめて、今度は逆に、力強く押し倒していく。 レラは嬉しそうに笑い、足を大きく開いて、新たな快楽を、心から求めるように、何度も腰を揺らし始めるのだった。そして、まるで自分の所有物のように彼女の体を組み敷く男。 「あっ‥‥はぁっ‥‥来たっ♡ぎゅーってっ♡うんっ♡そのまま‥‥♡ぐりぐりっ♡腰ぐりぐりしてっ♡もっと奥まで、奥の奥までっ♡きて♡きてっ♡きてぇ♡」 「もっと、もっとして‥‥♡これっ♡これ、すごいっ♡お腹の奥っ♡おかしくなっちゃう‥‥っ♡」 「だめ、もう無理♡イっちゃう‥‥♡また、またイッちゃう♡や、やあ‥‥♡やぁっ、あ、あ、あぁぁぁ~~っ♡♡」 「いく♡いく♡イっちゃう♡またイっちゃう……っ♡あっ♡あっ♡あぁあ‥‥♡ぁ‥‥あっ♡もうだめっ♡止まらないっ♡」 「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~っ♡」 気がつけば、俺の手はズボンの中に伸びていた。 目の前の淫靡な光景に引きずられるように、自分のものを強く握りしめ、 ただ、レラの快楽に溺れる姿を見ながら、何度も、何度も、自分を慰めていた。 レラが最高潮に達して泣き叫ぶその瞬間、 俺もまた情けなく、窓の外で小さく果ててしまっていた。 翌朝。 気だるい身体を起こし、いつも通り、レラの所へ向かう。 いつも通り、きちんと身支度を整え、表情も穏やか。 昨夜、俺が窓の外から見た光景―― 背中を弓なりに反らせ、何度も何度も絶頂し、男に夢中でしがみついていた、あの姿とは違い、 今のレラは、まるで何事もなかったような顔で淡々と話し始める。 「昨日の夜は‥‥うん、普通だったよ。 うん、相手も優しかったし、特に困ったこともなくて。 最初は少し緊張してたけど、途中からは自然と任せる感じになったし、 特別に何かあった、ってわけじゃなかったかな。 あっちもあまり強引じゃなかったし、静かに終わったよ」 そう微笑んで、何かの感情を押し隠すでもなく、短く報告を終える。 ――俺は、返事ができなかった。 昨夜、窓越しに見てしまった光景が、頭から離れない。 レラが夢中で腰を振り、男の上で背中を大きく反らし、 熱っぽく何度も絶頂し、膣で男の物を貪っていた。 喘ぎ声が夜風にとろけて、唇で、舌で、何度も男を悦ばせていた―― だが今、レラの口から語られるのは、まるでまったく別の夜の出来事。 頭の中で、ぐるぐると考える。 もしかしたら、 俺を心配させたくなくて、あえて「特別なことはなかった」と嘘をついているのかもしれない。 あるいは、 昨日の彼との交尾が、あまりにも夢中で、本当に心も身体も蕩けてしまったから、 罪悪感や照れくささで、わざと素っ気なく語っているのか。 それとも‥‥ そもそもレラにとっては、あのくらいの快楽や熱情なんて、 もう“特別”ではなくなってしまっているのかもしれない。 問いただすこともできず、 ただレラの、淡々とした声と、 昨夜の淫らな光景の余韻だけが、 胸の中で何度も何度も反響していた。 レラは、俺の胸の不安や寂しさを感じ取ったのか、 優しく微笑んで「私、君への想いは変わらないからね」と、何度も言葉にしてくれる。 その瞳は嘘をついているようには見えないし、 彼女の声色も、たしかにあの日々と変わらない温もりに満ちている。 だけど―― それでも、心のどこかで割り切れない感情が渦を巻く。 俺への想いが変わらなくても、周りの景色が凄まじい勢いで変わり続けているのを感じる。 広いレースのコースで、俺だけがスタート地点で棒立ちになっている気がした。 自分の気持ちも、立ち位置も変わらないまま、 毎晩、違う男たちが、レラのもとにやってきては、彼女を快楽で満たし、熱や痕跡を身体の奥に刻みつけていく。 そのたびに――レラの中の“体験”や“記憶”や“幸福”は俺をどんどん追い抜いて、彼女の心と身体に新しい“順位”を刻んでいく。 気付けば、俺はもう、とっくに周回遅れなのかもしれない。 他の男たちは、俺の知らないレラを、どんどん手に入れて。 知らない声、知らない喘ぎ、知らない幸せを分け合っている。 そんな想像が、止まらない。 そして、それから地獄みたいな日々が続いて。 とうとう今日、自分に“夜這い”の順番が回ってきた―― 村の決まりに従い、やっとレラを抱く番だ。 それまで、数え切れないほどの夜を、 俺は外から、誰かに抱かれるレラを想像し、 時には覗き見て、ただ身を焦がしながら耐えてきた。 その日が来ても、心の中は重く、期待よりも、圧倒的な不安と、 何より“自分でレラを満たせるのか”という怖さしかなかった。 他の男たちに、たくさんのことを教え込まれて、 何度も、何人もの腕の中で絶頂し、体も心も女として磨かれてしまったレラ。 今さら俺の抱き方で、本当に満足してくれるんだろうか。 膝が少し震えたまま、 それでも腹をくくって家を出る。 外に出ると、ちょうど家の前にレラが立っていた。 彼女は、どこかバツが悪そうに、俺の顔を見るなり、少しだけ視線をそらし、 口元をきゅっと引き結んで、しばらく無言だった。 レラは、しばらくうつむいたまま、ぎゅっと袖を握りしめていた。 俺が何も言えずに立ち尽くしていると、 やがて、レラはほんの少しだけ顔を上げて、小さく微笑んだ。 「‥‥ごめんね、せっかく来てくれたのに、 でも――もう夜這いは、おしまいなの」 レラは深く息を吸い、小さく微笑んだ。 そして、お腹を撫でながら。 「‥‥妊娠が分かっちゃったんだ。お腹に赤ちゃんがいるの。 だから、夜這いはこれでおしまい、なんだって」 俺の胸に、深く冷たい杭が刺さった。 自分にやっと順番が回ってきたその直前、 レラはもう“夜這いの終わり”を宣言された。 自分が“レラを抱く”という初めての夜は、 永遠に来ないのだと、はっきり突きつけられる。 「‥‥子供が生まれたら、その父親の妻になるの、分かるよね? 魔法で調べるから、間違いなんて起きないって。 貴方は‥‥ううん、言わないでも‥‥してないから、違うの、分かるよね? ごめんね、本当に‥‥」 優しい声だけが、やけに遠くに聞こえた。 「‥‥おめでとう、って‥‥言えばいいのか?」 自分の声が、ひどく遠く聞こえる。 レラは、少しだけ困ったように笑って、 「‥‥うん。ありがとう」 レラは、どこか寂しげに微笑みながら、そっと俺の前に膝をついた。 「本当はね、こういうこと、もうしてあげちゃダメなんだよ。だって私は、もう夫のものだから‥‥」 そう言いながら、優しく俺のズボンに手をかける。 ためらいがちにファスナーを下ろし、下着をずらし――俺の小さなものが露わになる。 「ぇ‥‥ぁ、かわいいね」 その声は、どこか本当の意味を曖昧に包み込むような響きだった。 レラは一瞬目を見開いて、けれどすぐにふっと微笑む。 「今日は特別だからね。 最後に、恋人だった君に、してあげられる最大限‥‥」 そう囁くと、レラは柔らかな手で俺のものを包み込み、ゆっくりと手首を動かす。 指先の温もりと、今まで一度も味わったことのない柔らかな感触が、 一瞬にして全ての理性を吹き飛ばす。 情けないほど、早く――手が往復しきる前に下腹の奥が痙攣し、 あっけなく白濁が零れ落ちた。 「あっ‥‥」 自分でも驚くほど、何もできなかった。 レラは驚くでもなく、微笑んだまま手を離し、 「もう、出ちゃったんだね‥‥」 少しだけ、残念そうな表情を浮かべていた。 だが、すぐにまた優しい顔に戻り、 「‥‥これでおしまい。ありがとうね」 そう言いながら、俺の頭を撫でると、立ち上がって背を向ける。 それからは、何か会話した記憶が無い。 ただただ、立ち尽くしていた。 友人だろうか。 鍛冶屋だろうか。 少年だろうか。 女遊びが好きな屑だろうか。 力自慢だろうか。 根暗な彼だろうか。 レラが、毎晩のようにいろんな男たちの腕の中に抱かれていた姿、 その全てが、今さら頭の中で生々しく蘇ってくる。 誰のものでもないと思っていたレラが、 今はもう、誰か“別の男”のものになり、 そのお腹の中で、見えない父親の命を育てている。 (いったい誰が‥‥? どの夜、どの男のものが、レラの中で新しい命になったのか。 友人なら――嫉妬と悔しさで胸が潰れそうだ。 鍛冶屋なら――その体格や腕の太さを思い出すだけで、惨めな気持ちになる。 少年なら――初々しいと思っていた自分の立場が、余計に虚しく感じる。 女遊びの屑男だったら――悔しさと怒りが入り混じる。 力自慢の男なら、レラを力ずくで夢中にしたのかと、想像してしまう。 影の薄いあの男なら――そんな存在にさえ、レラは取られてしまったのかと、どうしようもなく情けなくなる) 俺にはもう、レラを取り戻す事等出来ないと分かっているのに。 村に新しい噂が流れはじめたのは、ある穏やかな昼下がりのことだった。 「レラが結婚したらしいぞ」「子供ももうすぐ産まれるんだと」 井戸端で話す女たち、畑仕事の合間に立ち話する男たち、 誰もがその話題を当たり前のように受け入れていた。 俺はその言葉を、遠くからただぼんやりと聞いていた。 耳に届いた瞬間、何も感じないふりをした。 けれど、胸の奥が強くざわめくのを止められなかった。 (結婚‥‥本当に、レラはもう俺のものじゃないんだ) レラの夫が誰なのかを、確かめることさえしなかった。 村人たちの噂話から、その名が漏れることがあっても、 自分の耳に届く前に、心を固く閉ざしてしまった。 ただ、家の中で、 閉め切った障子の隙間から射す日の光をぼんやりと眺めていた。 外の声も、鳥のさえずりも、風の音も、 すべてが遠くに感じられた。 時が流れた。 レラが村で結婚し、子供を産み、 新しい家庭を築いたという噂を、 もう何度も耳にした。 村は変わらず日々を重ね、 季節は何度も巡ったけれど、 俺の中の時間は、あの日から止まったままだった。 最初のうちは、朝になるたびに、 「今日は外に出てみよう」 そう思う日も、ほんの少しはあった。 けれど、戸口まで歩いても、 すぐに胸の奥が締めつけられるように苦しくなって、 扉を開けることもできずに引き返してしまう。 やがて、人と会うのも億劫になり、 誰かが訪ねてきても、 気配を殺してやり過ごすことばかりが増えた。 食事はいつも簡単に済ませ、 庭の片隅で育てた野菜や、 残っていた米をすこしずつ崩しながら暮らした。 季節が移るたびに、 窓の外の景色だけが変わっていった。 時折、外から子供のはしゃぐ声や、 村の祝いごとの賑やかな気配が届くことがあった。 その中にレラのものかもしれない笑い声を聞くと、 胸がちくりと痛み、 その度にさらに深く布団にくるまった。 村の誰も、もう俺のことを気にかけなくなっていった。