「ハナコ…君はこれまでの旅路でたくさんの人に出会って、たくさんの想いを受け取ってきたんだね」  冥界、メーフ村…  ヨモツライト鉱石から新しい武器を作り出しながら、父…武器職人ハルオは穏やかに笑う。  炉に宿る冥界特有の紫色の炎を眺めるハナコはどこかぼんやりとその言葉を聞いていた。  早世した父との思い出はほとんどない…だが、この優しい声色はしっかりと魂の奥底に刻み込まれていた。 「本当に立派になった…早くに死んでしまった僕が言うのも何だけど、とても誇らしいよ」  炎の中から特異な形状の大斧鎌が取り出され、ハルオがハンマーを振るう。  規則正しい金属音が武器工房全体に響き渡る中、彼は滔々と言葉を続けた。 「この旅はもうすぐ終わるかもしれない…けれど君の人生はこれからもずっと続いていく…」  額の汗をぬぐい、ハルオはしっかりとハナコを見据えた。  冥界で再会した父と娘の視線が交錯する。 「ハナコ、これからは君が他人を想えるようになりなさい…それが君を育ててくれた人たちへの恩返しだよ」 「うん、父ちゃん」  静かなメーフ村に、その後も規則的なハンマーの音が響き渡っていた。  * * * * * *  王都モトマトー、ノットリタイン邸。  住まう主を失い一連の騒動で荒れ果てた館の前に二つの人影が現れた。  そのうちの一人は小柄な清掃員…勇者学園用務員クリンであり、もう一人は黒髪のメイド…王妃親衛隊ハナコである。  極めて珍しい組み合わせに、クリンは横目でちらりと隣のメイドを窺って溜息を吐いた。 「隠密メイドが一人派遣されるって聞いたけど君か…」  どこか冷淡さを感じる口調はいつもの優しい用務員さんではなく元“勇者の魔王軍”幹部…クリンの言葉である。  そんな彼の口調もどこ吹く風、ハナコはけろりとして言葉を返した。 「そりゃあの騒動の当事者ですからね、むしろ私以外誰がいるんだって感じで」  思い返すは、聖夜の惨劇未遂事件…  昨年のクリスマス・イヴに実行されたテローデ・ノットリタイン卿による大規模なテロ計画は王妃シュガーとその手勢により速やかに壊滅された。  しかしその裏で謎の魔族や国外の反社会勢力の暗躍が発覚しており、テローデ主導の単独犯ではないことは明らかであった。  テローデが裏で繋がっていた連中…その手掛かりをアジト跡地から探るためにこの二人が派遣されたのだ。 「しかし…わざわざ調査なんてしなくてもあのハゲ本人に吐かせたら良いんじゃないです?」 「大抵は諜報部の方で吐かせてるよ、ただ裏で糸を引いてる魔族が曲者でね…テローデに手を下させる一方、全貌をほとんど知らせていないようなんだ」 「…ようは単なる操り人形ってわけですか…気持ち悪いわね、潰したいならコソコソしないで真正面から来なさいよ」 「世の中の人間が全員君みたいに単純なら世界はもう少し平和だったろうね」  二人は情報交換をしながら広い庭を通り、やがて館の扉の前に到達…そこでクリンは今一度ハナコの顔を見上げる。 「ここから先は危険だけど本当に行く?おそらく君の面倒を見れるほど余裕はないよ」  そんな突き放すようなクリンの言葉にハナコは不敵に笑い、先んじて館の扉へと手をかけた。 「あんまり子供扱いしないでよクリンさん、これでも一年前はA級(に昇格するかもしれない)冒険者として名を馳せてたんだから!」 「そこ罠あるから気をつけてね」 「あんなハゲの邸宅なんて今まで踏破してきたダンジョンに比べたら余裕余裕!とっとと終わらせてクレープでも食べに―――」  ハナコが扉を開いた瞬間、ロック解除の手順を誤った侵入者へと向けてトラップが発動。まるで獣のアギトのように無数の槍が飛び出した。  それらは油断しきったハナコへと喰らいつき、哀れ串刺しメイド肉の出来上がりか…そう思われるも彼女はそうはならない。  飛び出した槍はその身体に触れるや否や、枯れ木のようにメキメキとへし折れて粉々に砕け散る。  内気功による肉体硬化である。咄嗟に発動したその技は肉体をダイヤモンド並みの硬度へと変えるのだ。  破片となり散らばる槍の残骸の中、ビリビリに破れたメイド服を纏ったハナコは引き攣った笑顔で後方のクリンへと振り向く。 「…ほら、大丈夫でしょ?」 「暗殺学コースなら即落第」 「うぐっ…!」  ともあれハナコの実力と館の危険性を再確認したクリンは瞬時に彼女の衣服を修復、改めて調査すべく入館する。  それ以降はさすがに彼女も警戒したのか慎重に探索を進め、清掃員とメイドの二人は館の奥へ奥へと進んでいく。  道中、大量の罠をかいくぐりながらいくつかの証拠物品を入手…浮き上がってきたのはヒュドラと九頭竜という二つの組織の存在だった。 「ヒュドラと九頭竜か…ヒュドラは昔からいたけど、九頭竜は最近になって急に台頭してきた組織だよね」 「なんでもヒュドラの幹部が独立して作った組織らしいですよ、うちのパーティも冒険の最中に何度か戦いました」 「迷惑な話だ…ヒュドラも昔はもっとまともな組織だったんだけどなあ」 「…そうなんですか?どこにでも湧いて暴れ回ってるイメージしかないですけど」  非合法組織ヒュドラ…かつての権勢は凄まじく、あらゆる闇の商売を裏で取り仕切っているとされたほどだ。  その闇社会の帝王の前では王侯貴族すらおいそれと逆らえず、迂闊に手を出そうものなら翌朝には門前にその者の屍が飾られたという…  しかし恐ろしい存在ながらも一線を超えなければ手出しはしない…それがこれまでのヒュドラだった。だが、ある日を境にその様相は一変する。  大魔道士マーリンによって最大市場のブラックマーケットが潰されるのに伴い重要幹部たちが一斉に捕縛、ヒュドラは存続の危機に瀕することとなる。  そうした動乱の中から突如台頭してきたのが元ヒュドラ幹部のザモ率いる九頭竜…今やヒュドラをも喰らい尽くさんとする巨大組織である。  死を目前にした手負のヒュドラは形振り構わなくなり、これまで引いていた一線を自ら超えながら暴力によって勢力回復を図るようになった。  対して九頭竜は着実に勢力を伸ばし、かつてのヒュドラの残骸を飲み込みながら闇社会の帝王への道を驀進している。  大蛇と巨竜…もとは同一だった二つの存在、それらは睨み合いながら無法都市ゴク=アックを中心に周辺諸国へも触手を伸ばしている。  その二組織のレンハートでの勢力拡大の足がかりとして、現体制に不満を持つテローデが利用されたというわけだ。 「彼らにとっては国内外に不安定要素が多すぎるレンハートは絶好の餌場なんだろうね」 「ムカつくわね…次見つけたら絶対叩き潰してやる!」 「当たり前だよ、この国興すのにどれだけ苦労したと思ってるんだアイツら…誰一人楽には死なせなからな…」  自分の怒りの数倍の熱量で返ってきたクリンの怒気にハナコは若干冷静になりながら、館の最深部…一つの扉の前で足を止めた。  部屋の中に微弱な気配が一つ…練気術の使い手でなければ気づかなかったほどの巧妙に隠蔽された気配だ。明らかに只者ではない。  クリンも瞬時に察したようで、二人は顔を見合わせると最大限警戒しながらその扉を開いた。  そこに立っていたのは… 「おや…不法侵入ですか、いけませんねぇ…住居侵入罪は三年以下の懲役又は十万G以下の罰金です」  にこやかな笑みを浮かべる黒スーツの男…罠だらけの無人の館には違和感しかない存在である。  温和な言葉とは裏腹に張り詰める殺気の中、クリンが肩をすくめて言葉を返す。 「こっちは掃除屋なんでね、持ち主の許可を得た上で色々片付けに来たんですよ」 「これは失礼、清掃員の方でしたか!いやあ、ご苦労様です!私、こう見えてとても綺麗好きでして…こんな汚い館など本当は入りたくなかったんです…」 「ならこんなとこで何やってんのよ…国家権力としてはご同行願って事情聞くしかないんだけど」 「フフフ…ウチのカスどもがここにゴミを残したままムショ入りしたものでね…仕方なく回収に来た次第です」  その言葉で確信する。  この黒スーツはどちらかの非合法組織の構成員、見つかるとまずい証拠品を始末しに来たエージェントだ。  隠す気もないその言動に身構える二人に対し、男は丁寧に一礼して名乗りを上げる。 「申し遅れました…私はヒュドラの顧問弁護士、組織ではセンセイと呼ばれております」  弁護士…そう名乗りながら彼の所作には一部の隙も存在しない。  むしろ気配の消し方や全く音を立てない挙動、罠を一切発動させずにこの部屋まで到達しているところからクリン同様アサシンである可能性が高い。  そしてその実力は言わずもがな…自身がヒュドラであることを隠しもしないということはここで二人とも始末する気満々ということだ。  だが、相対するのはかつての魔王軍幹部であるクリンと現レンハート最強格の戦士であるハナコ…この二人を同時に相手取って圧倒できるほどでは決してない。  このレベルの実力者がそれを察せられないはずがないが… 「おっと…そういえばこちらには実はもう一人いましてね…ソルト!」 「「何!?」」  驚愕する二人の眼前、一礼する弁護士の側に闇から溶け出すように現れたのは一人の獣人の少女。  センセイのように気配を隠していたのではない…まるで空間転移したかのように突如として出現した。これまでの気配が完全に無だったのだ。  だが、二人が驚いたのはそこではない… 「王妃様と同じ顔…!?」  見開いたハナコの瞳に映るのは、幼くはあるものの間違いなくレンハート勇者王国王妃シュガー・ディ・レンハートの顔。  ボロ布と隠密用のボディスーツを纏った彼女は、無感情に冷徹な視線をメイドへと返す。  王妃様に親戚はいなかったはず…じゃあ単なる他人の空似…?いやいやいや、それにしても似すぎだし何より今のは認識阻害…  大混乱するハナコの横で、クリンはまったく別の驚愕を覚えていた。 「バカな…バックドアシリーズだと…!?」 「おや、さすがによくご存知なようで…彼女はなかなかに優秀な構成員ですよ」  バックドアシリーズ…かつて“勇者の魔王軍”で運用されていた人造獣人。  各国に送り込まれた彼女らは、勇者ユーリンの“勇者の魔王”討伐後に役目を終えてそれぞれ潜伏地に馴染んでいったはずだった。  だが…そのうちの一人がヒュドラの手に落ち、こうして暗殺者としての機能を再稼働させているとは…  まるで想定外の事態にクリンの思考回路は高速回転…撤退し状況をユーリンたちに報告するか、ここで二名の身柄を押さえるかの二択を迫られる。  そんな局面で先に動いたのはハナコだった。 「クリンさん、ここは戦おう」 「ハナコ…あの少女は…」 「わかってます…いやなんで王妃様そっくりなのかとか実は全然わかんないんスけど、ここで逃したら絶対まずいってことはわかります」  ハナコは手にしたモップをクルクルと回転させ、特殊機構により棍へと変形させる。 「細かいことは後!今はとっ捕まえる!」  勇ましく構えたその姿に、クリンは彼女の母親である女戦士の背中を想起する。  ついこの前まで勇者学園にいた時は、潜在能力に対し精神的に甘ったれた子だったのに…この数年で随分と頼もしくなったものだ。  ほんの少しだけ感慨深くなりながらクリンもまた暗器を構えてセンセイと相対する。  二対二、張り詰めた緊張は極限まで達し…次の瞬間、四人はそれぞれ弾かれたように飛び出した。 「だりゃああああッ!!」  ハナコの棍が振るわれ、これまで何百もの魔族を打ち倒してきた棍術が破壊の風を巻き起こす。  対してバックドアシリーズ…ソルトと呼ばれた少女は木の葉のようにひらりと舞い、紙一重で回避するとカウンターで鋭い蹴りを見舞った。  並の人間ならば頭と胴が離れているような一撃をハナコは顔面で受け止め、ソルトは返ってきた手応えに思わず顔を顰める。 「硬った…!」  どうやら簡単に終わらせられる相手ではないらしい…  察した二人は互いに跳び下がり隙を窺いながらじりじりと間合いを取る。  睨み合い視線が交錯する中…ハナコは思わず呟いた。 「しっかしホント王妃様そっくり…正直滅茶苦茶やりづらいわ…!」 「…王妃…王妃サマねぇ…」  その呟きに対しソルトが浮かべた表情は…シュガーが絶対にしないような嘲りの笑顔だった。  あ、これ違うわ…とハナコが内心冷静になる中、ソルトは言葉を続ける。 「メイド…アンタが普段敬ってる相手が元は“勇者の魔王”の手駒って知ってた?」 「…は?」  どうやら知らされていないらしい。  今までメイドに対し隠されていた事実、それを明かしてやれることにソルトは愉悦に笑みを深め…大仰に手を広げる。 「バックドアシリーズ…天才、ジニアス・ラディシュ・バックドアによって造られた暗殺特化型人造獣人!」 「…!」 「それがアンタの言う“王妃サマ”、シュガー・ディ・レンハートの正体!アンタは何も知らずにソイツに甲斐甲斐しく仕えてたってワケ!」  衝撃。  しばらくの沈黙の後、ハナコはゆっくり口を開き… 「うん」  その反応に思わずソルトはずっこけた。  後、いまいち釈然としていないハナコへと怒鳴りつける。 「何なのよその反応の薄さは!!」 「…確かに驚くけどそこまででもないかなって…旅してた時、うちのパーティにメカ娘いたし…」 「それとこれとは話が違くない!?」 「そうかな…そうかも…」  思ってたリアクションと全然違う…!  ソルトがイライラと歯噛みする中、ハナコは仕切り直しとばかりに棍を構え直して宣言する。 「ま、王妃様の過去が何だろうが関係ない!私にとっては今の王妃様が大事!それだけよ!」  その言葉を聞き、ソルトの表情が消失する。  フラッシュバックするのは自身の最悪の過去…とある国の国王夫妻に拾われ子として育てられていたが、正体が判明した瞬間不穏分子として国を追われた日々…  どこに行っても野良犬の如く追い立てられ、寒さに震えながらゴミ箱の残飯を漁る…そんな彼女が最終的に行き着く先は非合法組織であるヒュドラしかなかった。  仕方ないと思っていた、何故ならば自分はバックドアシリーズ…殺戮のために造られた人形だ。決して幸せな生活など送れるはずもない。  だと、思っていたのに… 「許せない…!」 「え…?」 「バックドアシリーズが幸せになるなんて許せない…正体が知られた上で受け入れられるなんてありえない…!」  ソルトの纏う空気が一変する。  残忍な殺戮者のオーラにハナコは思わず寒気を覚え、気圧されるように数歩下がった。 「シュガー・ディ・レンハート…アンタはアタシが壊してやる…!!」  言うや否や、まるで掻き消えるようにソルトの姿が消失…直後、見失ったハナコの足元に出現しサマーソルトキックで腹部を蹴り上げる。  ハナコはくの字に身体を折るも、内気功で防御したためダメージはそこまで大きくはない。反撃の横薙ぎでソルトの脇腹を狙う。  しかし猫のように柔軟に地に伏せたソルトの頭上で棍は空を切り、再び隙を晒したハナコにソバットが襲いかかった。  強靭な肉体から放たれるその蹴りは文字通り殺人級…硬化した肉体に振動が伝わり骨が軋みを上げる。 (攻撃が…当たらない…!!)  先程からカウンターで放っているハナコの攻撃はその一切が回避され続けている。  まるで動きが全て読まれているような不気味さ…いくら内気功で防げるとは言っても微弱なダメージは蓄積し続けているのだ。  このまま長期戦になるとジリ貧だ…打開の一手を探るハナコが突きを繰り出したその瞬間、ソルトの体はダッキングでハナコの懐へと滑り込んだ。 「しまっ…!」 「見切ったわよ、メイド」  ボロ布が投げつけられてハナコの口元を覆う隙、背後に回り込んだソルトはサブミッションで彼女の関節を完全にロックする。  いくら内気功で硬度を高めようと、膝や肘が曲がる以上可動域そのものを硬化することはできない。そして… (ヤバ…!息が…!)  関節技と同時、口と鼻を覆ったボロ布が背後から締めつけられハナコの呼吸を阻害する。  練気術の原動力は呼吸である。それが封じられた以上、内気功は徐々に効力を失い硬度強化どころか剛力すら発揮できなくなるのだ。  ソルトはあのたった数回の打ち合いでそこまで見抜いたのか…ハナコはバックドアシリーズの戦闘センスの高さに改めて驚愕する。  逃れようともがくも、完全に極まったソルトの関節技は一切緩む気配がない。 「私はバックドアシリーズ…殺戮のために造られた人形…アンタらとは格が違うのよ…!」  そう勝ち誇るソルトの口調には優越感や嘲りは存在しない。ただ深い絶望と苦しみがあるだけだ。  彼女がここに至るまでに一体何があったのか…ハナコは心に引っかかるものを感じたが、今はそれを懸念している場合ではない。  やがてハナコは酸欠状態に陥り、次第に思考に靄がかかり始めてしまう… (ダ…ダメだ…!落ちる…!)  その時であった。 「ハナコ!……くっ、煙玉!」  クリンの呼ぶ声が響いた直後、白い煙が爆発的に拡がり部屋中を覆い尽くした。  ソルトが驚きロックが一瞬緩む中、ハナコは最後の力を振り絞り関節技を解いて細身の体を投げ飛ばす。  そうして自由と呼吸を取り戻した後、膝をつくも…その体はすぐに小柄な影に持ち上げられた。 「大丈夫か!?撤退する!」  館を脱出するクリンに抱え上げられながら、限界に達したハナコはついに意識を手放した。  * * * * * *  闇の中、倒れ伏したハナコは思考を巡らせる。  バックドアシリーズ・ソルト…彼女が抱いている憎悪や怨恨は強く、またヒュドラに加担してきた罪も重い。  王妃様を狙う叛逆の徒…同情の余地が一切ない悪党であるもハナコはどうしても彼女が憎み切れずにいた。  彼女がバックドアシリーズを名乗る声…あれはまるで、助けを求める悲鳴のような… 「変わらないな、お前は」  そんな声と共に、倒れ伏したハナコの傍で腰を下ろす者がいた。  動かない体で、目だけを動かして其方を見たハナコは…その懐かしい顔に呆気にとられる。 「イザ…ベル…?」  審判の勇者イザベル…勇者殺しの勇者。  知らずに彼女と知り合ったハナコは時に共闘し、時に友情を育み…やがてその過去と重ねてきた罪を知った時、本気でぶつかりあった。  そして最後は…――― 「お前はいつもそうだ、他人の事情など考えもせず自分の価値観でお節介を働く…仮にそれが迷惑だとしても」 「う…!」  これは夢だ。彼女がここにいるはずがない。  だというのに夢の中のイザベルは優しい言葉を一切かけもせず、ちくちく言葉でハナコを刺し続ける… 「『生きてさえいれば罪は償える』…私たちにとってその言葉がどれだけ残酷なのかわかっているのか?」 「いや…でも…死んだら何もできないし…」 「ノンデリ、その一言に尽きる」  ばっさりと切り捨てられ、ハナコは撃沈する。  言いたいことだけ言って夢の中のイザベルは立ち上がり…去り際にぽつりと呟いた。 「まぁ…お前はそのままでいい」 「え…?」  闇の中、歩き去っていくイザベルを目で追いながらハナコは必死に呼びかける。 「ちょ…ちょっと待ってよ、イザベル!!」 「お前のノンデリに救われる誰かも…多分いるから…」  小さくなっていくイザベルの背中に、ハナコは重い体を引きずって手を伸ばし… 「イザベル!!」  * * * * * * 「誰?その女」 「どわあっ!?」  目を覚ました矢先、自身の顔を覗き込んでいる顔に驚きハナコは思わず悲鳴を上げた。  一拍置いて、その顔が自身の仕える主…王妃シュガーのものであることに気付いてホッと胸を撫で下ろす。 「なんだ王妃様か…」 「なんだとはなんだ、不敬だぞ」  ハナコは自分が寝かされていた場所がレンハート城の医務室だと気付くとようやく現状を把握する。  あれだけ大口を叩きながら自分は負けた…そしてクリンに救い出された…そういうことだ。  そこでハナコははたと気付いてシュガーへと詰め寄る。 「そうだ…クリンさん…!クリンさんは無事だったんですか!?」 「クリンは……ハナコを抱えて撤退する際、敵の追撃を受けてしまって……」 「そんな…まさか…!」 「ああ…なんとか逃げ延びたものの、この城に辿り着いた時には息も絶え絶えで…ついには…」  重々しく首を振るシュガーに、ベッドの上のハナコは頭を抱える。  自分のせいだ…自分のせいでクリンさんは… 「いや、生きてるからね」  シャッと音を立てて開いたカーテンの向こう、包帯でグルグル巻きになったクリンとその側で苦笑する回復術師メーディックが現れる。  絶望の淵から一転、ずるりと脱力したハナコは思わず王妃を睨んでツッコんだ。 「リアクションが紛らわしすぎますよ!」 「ついにはこの医務室に運び込まれたのだ」 「見ればわかります!!」 「ベタなやりとりしてるなあ…」  ともあれ二人とも無事だった…ハナコは安堵して胸を撫で下ろすも、まんまと敵に証拠品を始末された悔しさは大きい。  人知れず歯噛みするハナコに、ミイラ男になったクリンが首を横に振る。 「奴らがバックドアシリーズを所有しているのは想定外すぎた…生きて情報を持ち帰れただけでも上出来だよ」  だが、国内で暗躍するヒュドラの尻尾を掴み損ねたのもまた事実…医務室を重苦しい沈黙が包み込む中、 シュガーが小さく頷いた。 「バックドアシリーズの件はこちらに任せろ…私が責任を持って始末する」 「しかし王妃様、あいつは王妃様の命を狙って…」 「探す手間が省けて好都合…ヒュドラの手に落ちた不良品は私が廃棄する」  静かな怒りを纏い立ち上がったシュガーの表情は冷徹…普段の王妃の顔とは異なるバックドアシリーズの一面であった。  恐ろしいながらもどこか危ういその姿に、いつのまにか医務室にいた数名…その先頭、娘の面会に来ていた戦士サキが立ち上がる。 「待ちなシュガー!大事な一人娘がやられたんだ、ここは私に譲ってもらうよ!」 「母ちゃん!」 「安心しなハナコ!母ちゃんがバッチリ仇を取ってやる!」  いきり立つサキの肩を軽く叩き、ゆっくりと前に出るのは大臣…ギルフォード・R・ワイズマン。  かつて貴族でありながらこの地を追われた彼にとって“勇者の魔王”軍の遺物は不倶戴天の天敵である。 「ここは私に任せてもらおう…先の大戦の後始末は私の代でケリをつける」 「大臣…」 「待ってくれ師匠!」  修羅のオーラを纏ったギルフォードに制止をかけるのは遅れて医務室にやってきた勇者王、ユーリン・レンハート。  彼にはバックドアシリーズの廃棄を止めさせ、シュガーを王妃として娶った責任がある。 「これは…俺と魔王との延長戦だ、俺が決着をつける!」 「陛下…公務放ったらかしてこんなところでマジ何してるんですか…」 「なんか知らないうちに皆が集まってるからつい…」  そんなユーリンの肩を叩きグッとサムズアップしたのはかつての仲間、勇者学園の新人講師ナータ。 「水臭いぜユーリン、ここは俺に任せてくれ!」 「えっ…誰…?」 「オレだってかつての勇者パーティの一員なんだ、こんな状況放っておけねえよ!」  喧々囂々。  それぞれが我こそはと主張する中、ハナコはグッと拳を握り締め… 「あの!」  静まり返る中、瞳に強い意志を宿して起き上がったハナコは頭を下げる。 「すいません、我儘とはわかってるんですけど…私にリベンジの機会をください!」 「しかしハナコ…バックドアシリーズは…」 「危険な相手ってことは承知の上です…でも、どうしてもあいつともう一度戦いたいんです!!」  医務室がざわつく。  ハナコの気持ちはわかる…彼女は負けたまま引き下がれる性格ではない。しかし一度負けた相手、二度目の敗北に命の保障があるとは限らない。  皆が判断しかねる中、最初に発言したのは…王妃シュガーだった。 「わかった」  短い一言だったがその判断はかつてのシュガーを知る皆の驚愕に値するものだった。 「ありがとうございます、王妃様!」 「ただし、言ったからには絶対に勝つこと…敗北は許さない」 「はい!!」  そのやり取りに、驚愕はさらに増す。  時に無感情に、時に気ままに振る舞うシュガーの心は誰にも…夫であるユーリンにすらわからない。  それがシュガー・ディ・レンハートという人間だと思っていた。  だが、その彼女が自分の意思を曲げてハナコの心に寄り添う決断をしたのだ…かつての仲間からすれば考えられないことだった。  唖然とした皆は思わず感嘆の声を漏らす。 「まさかあのシュガーがこんなことを言うなんてねえ…」 「立場は人を変える…ってことですかね…」 「うむ、まさかあのシュガーがな…世の中何が起こるかわからんものよ…」 「へへっ、シュガーが言うなら仕方ねえや!頑張れよ、ハナコ!」 「だから誰なんだよコイツは!違和感抱いてるの俺だけ!?」  にわかに騒がしくなった医務室の中…ハナコは決意と共に立ち上がり、気合を入れるべく自らの頬をパンパンと張った。  * * * * * *  その夜、月明かりに照らされるレンハート城…その城壁の上。  ユーリンとシュガーは珍しく夜の散歩をしており、伴っているのは僅かな兵士とメイドのみ。  妙な緊張感が漂うその行動は、誰が見てもあからさまな釣り餌であったが…襲撃者はお構いなしに現れた。 「シュガー・ディ・レンハート…!!」  闇から溶け出すようにして姿を見せたバックドアシリーズ・ソルトに対し、シュガーの冷淡な視線が突き刺さる。 「お前がソルトか…不愉快な面構えだ」 「バックドアシリーズが幸せに生きるなんてありえない…!壊してやる、アンタの全てを…!!」  一触即発、睨み合う同じ顔…その間に控えていたメイドの一人、ハナコがずいと割り込んだ。  憎悪の表情を浮かべたソルトは犬歯を剥き出しにして威嚇する。 「邪魔をするな、メイド!」 「そりゃするでしょ…これが仕事だし、リベンジマッチよろしく!」  退くつもりは一切ないハナコに、ソルトは忌々しげに舌打ちする。  どうやら避けては通れないようだ…ならば先の戦いのように速攻で片付ける他ない。  どちらともなく仕掛けた二人がぶつかり合う中、ハナコは声を上げる。 「陛下!王妃様!すいません!お城破壊します!!」 「構わない、存分にやれ」 「え゛!?」  手にしたモップは特殊機構により大斧に変形。剛力を発揮したハナコが思い切り振り下ろすと、巻き込まれた城壁の一部が発破されたかのように爆砕する。  しかし、その一撃はやはり当たらない…ソルトは夜空に細身をしならせて宙返りし、少し離れた手すりの上に器用に着地した。  ハナコはふんすと鼻を鳴らし、挑発的に言葉を飛ばす。 「今度はあの胡散臭い弁護士はいないみたいね!ヒュドラでも独断専行はまずいんじゃない?」 「あんな組織もうどうだっていい…シュガーさえ壊せればそれでいい!」 「退職届すら出さずにトンズラか…!お仕事ナメてんじゃないわよ!」  駆け出したハナコは今度はフルスイング、薙ぎ払いを繰り出した。  真正面から大きなモーションの見え透いた一撃…ソルトは鼻で笑いカウンターを狙うが、空振りした大斧が再び城壁を爆砕し破片を飛散させる。  まるで散弾の如く襲来する瓦礫にソルトはカウンターを中断、回避に専念するも…避けきれずいくつかの岩弾が体を掠めていく。 「チッ…!」  舌打ちするソルトに若干の動揺が生じる。  気配察知…常に追手に狙われ続ける環境にあったソルトはバックドアシリーズの機能の一つを異常なまでに進化させた。  ソルトは対象の攻撃気配を察知した瞬間ほとんど未来予知じみた攻撃軌道予測が可能となり、まさに絶対的とも言える回避能力を発揮する。  それはどんな達人の一撃であっても例外ではない…しかし、“攻撃”ではなく“現象”ならば話は変わってくる。  ハナコの一撃は読めてもその一撃が起こす破壊の影響までは読み切れない。即ち瓦礫の弾丸は目視で避けるしかないのだ。 (当たった…!スナイプ…あんたの言ってた意味がようやく分かったわ…)  ハナコの脳裏に去来するのはかつての旅の一幕…  敵の気配を読める危険な魔物、パルスリザードの群れを討伐するクエストを受けた時のことである。  あの時は…――― 『だああっ!ちょこまかとぉ!こんなのやってられないわよ!』  癇癪を起こし地団駄を踏むハナコ…アズライールの戦果は未だにゼロ。  パルスリザードたちは大鎌を容易に回避しながら、取り囲んだ彼女を爪や尻尾で袋叩きにする。  その攻撃自体は内気功でほぼノーダメなのだが…四方八方からべっちんべっちんと攻撃されるのはとにかく腹が立つ。  苛立つアズライールに、隣で成果を上げ続けるメトリが諭すように言った。 『アズ、パルスリザードは電気信号で敵対対象の攻撃気配を察知します。通常の攻撃を命中させるのは難しいかと…』 『じゃあどうすりゃいいってのよ!』 『魔導ミサイルなら読まれても回避は不可能です』 『…メトリに聞いたのが間違いだったわ』  腕パーツを展開、多数の自動追尾弾を放ってパルスリザードを仕留め続けるメトリ…そんな彼女から目を逸らし、アズライールはその隣に目を向ける。  そこではガンナーのスナイプが鼻歌混じりに射撃し続けており、あろうことかメトリをも上回る成果を上げ続けていた。  パルスリザードは遠距離攻撃すら察知するはず…一体どうやって… 『スナイプ!コツを教えなさい!』 『ははっ!こういう相手は狙っちゃダメだぜ、アズちゃん』  見てな、と言わんばかりに引き金を引いたスナイプ。  狙いもつけずに放たれた弾丸は明後日の方向に飛び…次の瞬間、弾丸の軌道に飛び込んだパルスリザードが撃ち抜かれて地に倒れ伏した。  あんぐりと口を開けるアズライールの手前、スナイプは気障ったらしく銃口から上がる硝煙を吹く。 『狙うんじゃなくて相手の動く先に攻撃を置きにいくイメージだね、ま…慣れれば簡単なもんさ』 『何言ってるのか1ミリも理解できないんだけど…』 『うーん、そうだねぇ………アズちゃんなら何も考えずに大鎌振り回してみたらどうだい?』  ―――…思考は現実に戻る。  一撃ごとに爆砕されていく城壁…その瓦礫の弾丸は着実にソルトを追い詰めていく。  強引にもほどがある対抗策、しかしそれに回避の一手しか打てない彼女の心を次第に焦燥が支配していく。  このメイドはあくまで前哨戦、ここで消耗しては本来の標的であるシュガーを倒すのに支障が生じる。  ここは無理にでも攻めに転じ一刻でも早く仕留めるべし。 「一度負けたくせに……出しゃばってんじゃないわよッ!!」  瓦礫弾をかいくぐり、ソルトは大斧を振り抜いたハナコの懐へと飛び込んでいく。  攻撃が当たらないことに対応したとしても呼吸を封じられれば練気術が使えないことには変わりはない…最大の弱点は据え置きだ。  ソルトが狙うのは内気功で硬化できない頸部の可動域。さらにその気道…呼吸器官を潰すべく刀のように鋭利な回し蹴りが放たれ… 「読み…通り!!」 「なッ!?」  ハナコの体が軽く沈み、内気功で硬化した箇所でソルトの回し蹴りを受け止めた。  渾身の一打…それが防がれたことによる若干の痺れに、一瞬動きを止めてしまったソルトの脚をハナコが剛力でがしりと抱え込む  再度、ハナコの脳裏にパルスリザード討伐の記憶が蘇ってくる…――― 『あの二人が全然参考にならないのはよく分かったわ…で、ギル!あんたはどうやってんのよ!』 『俺は…』  アズライールが話しかけて余所見をしたサーヴァインに、不意を打ったパルスリザードの一体が大顎を開いて食らいついた。  息を呑むアズライールとは対照的にサーヴァインは表情ひとつ変えず左肩で受け止め、抱き抱えるように魔物を捕えながら腹部にパイルバンカーを打ち込む。  臓物を撒き散らして倒れるパルスリザードに見向きもせず、サーヴァインは回復魔法を自身に施しつつアズライールへと目を向けた。 『こうやっている』 『あんたそれ…傍から見てて滅茶苦茶痛々しいわよ…』 『知るか、倒せればなんでもいい』  ドン引きするアズライールを尻目に、最早返り血だか自分の血だか分からない赤ダルマのサーヴァインは魔物の群れへと向かいのしのし歩いていく。  その背を呆然と見送るアズライール、そしてメトリとスナイプは呟く。 『あいつマジ何なの…』 『ギルはあの格好で街に帰る気でしょうか、ほぼ確実に衛兵に捕まると思われます』 『帰り道に温泉あったから入ってから帰ろうな…』  ―――…まさか、あの時のギルと同じ戦法を取ることになるとは。 「くっ…!離せ…!」 「…ギル!真似させて貰うわよ!」  ハナコは左腕でソルトを捕らえたまま右拳に練気を集中…気が発する圧力に周辺空気がビリビリと震え始めた。  何かがまずい…ソルトは両腕をクロスさせてガードの構えを取り、次に来るであろう一撃に備える。  本来、この体勢で相手にガードされていれば破壊力のある一撃を放つのは不可能だ…が、練気術にはその不可能を可能にする技が存在する!  それは東国では寸勁と呼ばれるワン・インチ・パンチ… 「†逆襲の……一撃突貫(バスターステーク)†!!」  ズン…と地響きのような音が響き渡った。  一瞬の後、ソルトの細身はきりもみ回転しながら吹き飛ばされ…城壁に強かに叩きつけられる。 「がはっ…!!」  肺の中の空気がすべて押し出され、ずるずると地面に崩れ落ちたソルトは何が起こったのか理解が追いつかず目を白黒させる。  たった一撃…その一撃がガードの上からバックドアシリーズの頑強な身体を打ち貫き、各機能を強制的に停止させたのだ。  相手の戦闘不能を悟ったハナコは深く息を吐き、ゆっくりと残心を解く。  そして、城壁際に倒れているソルトへと歩み寄り… 「………殺せ、敗北したバックドアシリーズに価値などない」  近づくとソルトは目だけを動かして睨み上げてきた。  あの一撃で意識を飛ばしていないとは…ハナコはバックドアシリーズの性能の高さに改めて驚きながら言葉を返す。 「殺すわけないでしょ、あんたには吐いてもらわなきゃいけないことがたくさんあるんだから…」 「拷問か……ま、いいわ……それが今の私にはお似合いね…」  諦めたように目を閉じるソルトを見下ろしながらハナコは溜息を吐く。  後、その側にしゃがみ込むと彼女の顔を見据えて続けた。 「あんたさあ…出自だか過去だかで何未来まで決めつけてんの?」 「……何だと…」 「バックドアだか何だか知らないけど、そんな過去に引きずられて生き方決めるなんてバカバカしいよ」  その言葉に、激昂したソルトが目を見開く。 「お前に何が分かる!!恵まれた世界で生きてきたお前に、この生き方しかなかった私の何が!!」 「何も分かんないよ、確かに恵まれた人生だしね………でもこれだけは分かる」  おもむろにハナコは立ち上がり、夜空に浮かぶ月を見上げる。  その脳裏に今までの旅で出会ってきた人たちが浮かんでは消えていった。 「こっから先どう生きるかってのは過去の自分じゃなくて今の自分が決めることでしょ」  ハナコは屈託なく笑い、ソルトはその笑顔に毒気を抜かれた。  釣られて呆れたように笑ってしまい、倒れたまま肩をすくめる。   「…それが王妃の命を狙った大罪人にかける言葉?」 「勿論、罪は償って貰うよ…相当しんどいからそこは覚悟しときなさい」 「フン…でしょうね…」 「ま、必死で頑張ればそのうち償えるでしょ……そうね、まずは…」  そう言ってハナコは周囲に視線を漂わせ、引き攣った笑顔を浮かべる。  滅茶苦茶に破壊されたレンハート城の城壁…月明かりはそれらも一切包み隠すことなく照らしていた。 「まずは、これ片付けるの手伝ってよ」  あんな技食らわせておいていきなり重労働すぎない…?  内心そうツッコミながらも、のそのそと身を起こしたソルトは差し伸べられたハナコの手を取った。