-1- 20XX年、人類は外宇宙との交信に成功した。 いや、状況を鑑みれば”外宇宙”が”人類”との交信に成功したと言った方が正確だろうか。 かつての宇宙開発競争にて行われた度重なる異星文明へのメッセージ送信。 それは真に交信を目的としたものではなく半ば技術の誇示めいた行為であったが、ある集団によってそれは解析され返信を試みられた。 最初にあったのは地球人が送ったものと同じく電波による、複数回の短いメッセージだった。 地球からのメッセージのうち、一部の箇所を復唱するような単純なメッセージ。 それらには全て同一の識別IDの付与が確認された。 人類はそれを”挨拶”であると判断し、一部によって地球語による正しい挨拶のメッセージの返信が行われた。 しかしその「外宇宙からの返答」には様々な疑念があった。 計器の故障、あるいは観測員の誤認ではないか。 返信が早すぎる、地球人による悪戯ではないのか。 侵略宇宙人が知的生命体の居場所を特定するためのものなのではないか。 様々な憶測が飛び交う中、ちょうど最初の返信までと同じ期間を経て更なるメッセージが送られてきた。 最初の挨拶とは異なり長大な情報を何度も継続的に送る、それは何らかの装置の設計図だった。 地球のものより遥かに進んだ技術であろうと推測されるその構造物は人類に異星人の存在を認めさせるに相応しい代物だった。 惑星間脳波通信「エンパシー・リンク」。 異星文明が後の交信のために送ったとされるその装置の技術は副産物として人類の言語の壁を消し去り、通信距離の概念を覆した。 「エンパシー・リンク」により異星文明との交信は加速した。 最初の交信で行われたのは、宇宙開発技術者の代表による自己紹介だ。 人類は「アースリング」として異文化交流への喜びと感謝を述べ、異星文明からの返答は「エデン公国民」は人類を新たな同胞として受け入れる、というもの。 そのエデン公国という名は「奇しくも人類にとって楽園を意味する単語と一致した」ための物ではなく、「人類の文化に置いて正しく翻訳された楽園の意味」を表す物だった。 これを聞いた地球人からは楽園の民を自称するなど大仰で傲慢だとする意見も散見されたが、彼らから新たな技術がもたらされるに従ってそれは賞賛へと変わって行く事となる。 地球人類の在り方を変えたとされる大きな技術は2つ、「アンブロシア」と「ハーモニア」だ。 万能医療ゲル「アンブロシア」を用いた治療技術はあらゆる病魔を根絶し、生体統治システム「ハーモニア」は地球上の飢えと争いを物理的に消滅させた。 それらに「エンパシー・リンク」を加えた三大技術革新は、人類の技術を1000年分は進めたとされている。 名実ともに”楽園の眷属”と化した地球は、圧倒的な支持を以て彼らの招致を決定した。 とはいえ、圧倒的技術力によってリアルタイム星間通信を実現した彼らでも物理的距離を覆すまでには至っていない。 物理的接触を行うのは母星を離れ天の川銀河系内を航行していた移民船団によるものとなった。 数年の後、太陽系に到達した船団は火星のテラフォーミング実験施設「アレス・ガーデン」へと降り立つ。 地球に中継される邂逅の様子は、またしても人類を驚かせた。 未だ過酷な火星環境下、無骨な宇宙服に身を包む人類の前に宇宙船から姿を表したのは一糸纏わぬ生身のエデン公国民たちだったのだ。 生命としての格の違い、そしてその美しい姿。 身長は140cmほど、色彩を失ったかのようなモノクロームの硬質な皮膚、しなやかで肉感的な肢体、水晶のような大きく輝く瞳。 甲殻様の表情を感じさせない無機質な相貌や節くれ立った外骨格の関節に尾骶部から伸びる長い尾、そして陽光を反射する煌めく薄羽が人類とは異なるルーツを感じさせる。 彼ら、いや、”彼女ら”は一様に瓜二つの絶世の美少女の姿をしていたのだ。 その映像は地球メディアによって瞬く間に拡散され、これまでとは異なる新たな熱狂を巻き起こした。 SNS上で誰かが例えた「天上の女人部族(Celestial Amazones)」という名称はいつしか広く定着し、エデン公国民は通称「CelA(セラ)」として親しまれるようになった。 そして迎えた地球降下の日。 セレモニーのためにエデン公国艦隊は地球上空を飛び回し、式典用のポッドは地表の都市に向けて放たれた。 歓声の中開かれたハッチから現れたCelAたちはしかしどこか苦しげで、地球の様子に困惑しているようだった。 周囲を包む必然の熱狂を不審なもののように見回し、その歩みを止める。 無機質な相貌は不自然に紅潮し、膝をついて崩れ落ちる者まで出る始末。 心配して駆け寄った地球の外交官の一人がCelAの肌に触れた瞬間、事件は起こった。 -2- 『CelA暴走!?外交官一名が重傷、現在も交戦続く』 映像中継の中止されたCelAの歓迎式典の様相を代わりに伝えたのは、そんなネットニュースの見出しだった。 曰く地球人類の姿を目にしたCelAはこれまでの理知的な態度とは一変、獣のように狂暴化し鋭い尻尾状の器官で外交官の一人を貫いたという。 各種メディアには一拍置いてその外交官が餌食となり悲鳴を上げる瞬間が拡散、浮足立つ人類は予想外の惨劇に混乱を起こした。 歓声が一瞬にして静寂へと変わり、絶叫と共にCelAが外交官を取り囲み次々と尾を突き立てて行く凄惨な映像。 テレビ局各局がこぞって緊急特番を放映し、ネットメディアには様々な賛否が飛び交った。 人類側の対応に不手際があったのではないかと考える者、CelAは最初から侵略宇宙人だったと唱える者、これがCelAの言う”文化交流”の正しい幕切れなのだとする者。 しかしその大半がそれを身近に迫る恐怖だとは捉えず、画面の向こうに映る退屈を紛らわす新たなコンテンツであると捉えていた。 そんな傍観者たちを嘲笑うように、情報端末は一斉にその画面に警告を促す。 『エデン公国艦隊が各地で降下を開始、直ちに避難されたし。』 一体何が起きているのか、正しく理解できている地球人は一人として居なかった。 未曽有の脅威が、地球全土を襲おうとしていた。 -3- 「アンブロシアを早く!外傷の確認も急げ!」 怒号と悲鳴が飛び交い、どこともつかないほどにアラーム音が鳴り響く慌ただしい院内。 歓待セレモニーの行われるはずだった場所よりほど近い医療施設、アンブロシアの普及によって今やまばらな患者が見られるばかりだったそこは多くの負傷者で埋め尽くされていた。 ストレッチャーは足りず、患者たちの一部は床に直接寝かせられている。 その光景は、まさに野戦病院さながらであった。 現場では未だ交戦が続いているが、狂暴化したCelAには「一度刺傷した相手からは興味を失う」という奇妙な特性が確認されていた。 また戦闘に集中しているのか、あるいは別の要因からかは不明だが、軍が到着してからはCelAは民間人にほとんど手を出さなくなったという点も報告されている。 それらの事から幸いにもと言うべきか、実質的に軍を囮にすることで犠牲者への対処は出来る状態となっていたのだ。 院長は指示を飛ばしながら自らも運び込まれる意識を失った患者の容体を確認する。 腹部の傷は激しく腫れ上がっており、CelAの体液と思われる白い液体が大量に流し込まれているようだった。 ひどく衰弱した様子だが、出血はそう多くない。 恐らく大きな血管に傷は付いていないものと思われる。 異物の除去さえ行えば、あとはアンブロシアで治療が可能だろう。 患者の体力を奪う原因と思われるCelAの体液の除去を目的に院長は手術を開始する事にした。 — 緊張した手術室の中、切開した傷口を見てにわかにどよめきが広がる。 外見こそ謎の液体でグロテスクになっているが、傷口そのものはあまりにも綺麗すぎるのだ。 大きな血管を傷付けていないどころの話ではない、筋肉も内臓もほぼ無傷のまま的確に身体の最奥まで尾をねじ込み体液を注入しているのだ。 まるで予め人体の構造を熟知していたかのような、そうでなければ鋭敏な感覚と高度な知性によって尾を完全に制御しての行動としか思えない所業だった。 (まるで奇跡か……それとも、CelAは本当に狂暴化などしているのか……?) 院長の脳裏を疑念が過るが、今はそれどころではない。 吸引機によって体液の除去を行わなければ。 腹腔内を満たすCelAの体液はひどくべた付いており、除去には手間がかかるが院長は細心の注意を払って作業を続ける。 白い体液はまるで生き物のように、名残惜しむかのようにゆっくりとチューブの中を這って行く。 除去作業は順調に見えたが、半分ほど除去したところで院長はその手を止めた。 いや、止めざるを得なかったと言うべきだろうか。 残りは患者の内臓と強固に癒着しており、除去が不可能だったのだ。 どうするべきか悩んでいるうちにも患者の症状は悪化していく。 「院長、これ以上は患者の体が持ちません」 「ああ……アンブロシアを塗布!縫合を行う!」 異物は残ったままだがこれ以上の手術は続行不可能だ。 あとはアンブロシアの浄化能力と引き出される人体の治癒力に託すほか無いだろう。 術中の患者の容体と、後に控える無数の被害者、そのどちらを取っても今はこれが最善の行動だと思われた。 (アンブロシアが反応しない……治癒できない未知の毒素か……?) しかしその頼みの綱のアンブロシアは持ち前の即効性を発揮することなく、CelAの体液が変化した白濁したゲルの上で動きを止めていた。 明らかに不自然な現象だが、これ以上は手の施しようが無い。 縫合を行う最中、癒着したゲルが不自然に脈動し不気味な反応を見せたような気がした。 — 「トリアージは済んだか?次の患者を早く!」 声を張り上げる院長の元に、困惑した様子の若い医者が駆け寄ってくる。 「それが院長……全員が同じような傷を負っているんです」 腹部への刺傷および体液の注入。 その過程で腕や足に軽微な外傷も見られるが主な被害は全て同一であった。 (何かがおかしい……一体何が起きているんだ……?) 一見無秩序に思えるCelAの狂暴化現象だが、その中には確かな理性と何らかの現象が隠されている。 それが事態を収束させる鍵のようにも思えたが、生憎答えは見つからなかった。 窓の外を見ると遠くに新たなポッドが降下して来るのが見えた。 この異常事態の裏に、一体何が隠れているのだろうか。 我々に出来ることはただ増え続ける被害者を少しでも治療することだけだった。 -4- とある国のCelA降下予測地点にて───。 「誤報じゃないのか?」 「でも予定外の降下は事実だって」 「一体何の目的で……」 「軍にも甚大な被害が出てるらしいぜ」 「噂じゃ地球式の歓迎が気に入らなかったとか……」 襲撃に備え待機中の兵士たちは、その現実感の無さからかどこか気の抜けた様子だった。 本来ならば彼らを窘める立場にあるはずの隊長ですら神妙な面持ちで本部からの指示を持つばかりだ。 人類の遥か先を行き高度な平和を実現しているはずのエデン公国が、一体何を目的に敵対しているというのか。 一切の事情も分からないままただ目の前のCelAたちが見せる謎の行動に対処するほか無かった。 じきに上空の宇宙船から放たれたであろうポッドが目視範囲にまで接近する。 「通信は繋がらないのか!」 「ダメです!応答ありません!」 「そうか……」 事件発生直後から定期的に行われているエデン公国船団への通信要求はもはや形ばかりのものとなりつつあった。 無駄を悟りながらも隊長はエンパシー・リンクの非常回線での最後の通信を試みる。 元はエンパシー・リンクの概説と共にエデン公国から伝わったそれだが、恐らくこうなっては意味を成さないだろう。 「エデン公国に告ぐ!ただちに許可なき降下を中止せよ!さもなくば武力行使に出る!」 相変わらずポッドは無機質に降下を続け、一切の応答を行わない。 やむを得ず軍による対空砲火が開始される。 ゆっくりと降下していたポッドは難なく撃墜されるが……爆煙の中、墜ちるポッドの残骸から無数の影が飛び立つ。 砲火に晒されてなお自身の羽で羽ばたき降下を試みるCelAたちの姿であった。 それらに向けて兵士たちは銃を構える。 隊長はやや逡巡した後、発砲の号令をかける。 「異星人による空挺攻撃と見做す!目標12時の方向より降下中のCelA、火器による迎撃を開始!」 各々に照準を合わせ引き金を引くが、CelAの飛行能力は予想を遥かに上回った。 飛行を開始したCelAがまず最初に行ったのは即席の飛行編隊を組むこと。 迎撃を予期していたのか、それとも乗り合わせていたのがよほど訓練された兵団であったのか、ともかく一糸乱れぬその動きは見るものに機能美を感じさせる洗練されたものであった。 発砲を受けてCelAの編隊は即座に全方位に向けて離散、各自での回避行動へと移る。 踊るように銃弾を避けながらも、CelAは降下速度を緩める事は無い。 恐怖心はおろか一切の感情を感じさせないその動きは、最早彼女らの意思ではなくもっと大きな何かに突き動かされているかのようだった。 先頭のCelAが部隊の真ん中に静かに着地する。 彼女を取り押さえようと周囲の兵士が構えるのを冷ややかに一瞥したかと思うと、目にも留まらぬ速さで鋭い尾を周囲に旋回させた。 それはまるで、一陣の風が吹いたかのようだった。 構えようとしていた兵士たちは風を合図にするように一斉に地に伏し、その誰もが白い粘着質の体液を注入されおぞましく膨らんだ腹部と傷を持っていた。 少し離れた位置の兵士が追撃を警戒してCelAに向かって構えるが、CelAは動かない。 今まさに膨大な体液を放ったであろうゆらゆらと揺れる尾の先端からは未だその残り香が糸を引いて不気味に垂れていたが、次第に尾は動きを止めゆっくりと重力に従って下がって行く。 消耗しているのだろうか、と思い好機を逃さぬよう発砲を開始しようとする兵士だったが、それを察知したように上空から新たなCelAが次々と降下して来る。 CelA一人で一体どれだけの人数を一瞬にして無力化したというのだろうか。 そんな相手がまだ上空に無数に控えているこの状況は、まさに絶望であった。 遠くで対空砲の破壊される音が聞こえた。 CelAたちに武装した様子は無い。 生身でそれをやってのけたのだろう。 今自分がこの引き金を引いたら、戦火をものともせず目の前に立つこの美しき女王と決定的に敵対する事になるのだろうか。 気付けば兵士の一人は銃を捨て、体を弱々しく震えさせながら立ち尽くしていた。 そんな様子を見てか、彼の前に降り立ったCelAは小さな体で背伸びするようにして安心させるかのように抱きしめた。 涙、よだれ、尿、恐怖の限界を迎えあらゆる体液を溢れさせる男の体にCelAはその長い尾を慈しむように絡ませ、腹腔目掛けて鋭く突き刺した。 — 圧倒的な戦力差と何よりこの未知の状況に対する士気の低さから、戦況は絶望的であった。 「『ハーモニア』に現状を伝えろ!防衛プロトコルの起動を要請するんだ!」 指揮官はもはや現状の戦力での打破は不可能と見て応援を要求するほか無かった。 「それが……『ハーモニア』は完全に沈黙しています。『正常な生命活動を維持』のまま一切の指示を受け付けません」 しかしハーモニアが返すのは平和な日常と何ら変わらぬモニターサインだけであった。 指揮官は頭を抱える。 異星人からもたらされたシステムを当てにした我々が愚かだったのだろうか。 それとも、この惨劇が彼女らの『正常』だとでも言うのだろうか。 人類の手に余るこの小さくも恐ろしい侵略者たちに、一体どのようにして立ち向かえと神は言うつもりなのだろうか。 -5- 澄んだ風の吹く山間の村、牛はのんびりと草を食み鶏は忙しなく鳴き騒ぐ農家の日常の一幕。 放牧場の見張りをしているのは幼い長女、他の子は父の農作業の見習いだった。 エンパシー・リンクによる通信網が整備されてもこのような牧歌的な風景は残されていた。 それは表向きにはハーモニアによる管理リソースの及ばない土地として認識されていたが、実際には意図して作られた小さな幸せを守るための”閉じた世界”であった。 CelAの来訪を祝う外の世界からは隔離され、慎ましやかな日常を送る小さな家族。 そのような存在こそが真の幸せには必要なものだとハーモニアは知っていたのだ。 しかしそんな遠い外の世界での出来事だったはずのCelAの来訪は、今や地球全土を巻き込む大事件へと発展しつつあった。 雲のかかった山々と青空との境目を飛ぶ、鳥よりも遥かに大きく速い影。 降下地点を離れ更なる獲物を求めて彷徨う一体のはぐれCelAだ。 CelAは少女の姿を視認し、瞬時にその目の前へと舞い降りる。 CelAの存在すら噂に聞く程度であった少女にとって、ましてやCelAの狂暴化などまるで知った所ではない。 少女は自らと同じほどの背丈の天空からの異形の来訪者を、まるで奇跡を見たかのように大きく目を見開いて呆然と眺めていた。 無知にして無垢なるこの村の最初の犠牲者が発生する惨事の直前かに思われた相対する二人の少女の姿は、静寂によってその予想を裏切る事となる。 狂暴化の渦中を逃れたためかCelAは落ち着き払って、しかし異様な物を見るような目で少女の姿をじろじろと眺め回す。 相変わらず周囲には家畜の鳴き声ばかりが響き、日常が異変を塗りつぶして行くかのようだった。 長い静寂を破ってCelAは少女に言葉を投げかける。 「……××、××××?」 虫の音とそっくりの、けれどそれとは異なる規則性と抑揚を感じさせる奇妙な声。 それは少女に何事かを語りかけている事を理解させるには十分だったが、その意味までは伝える事が出来なかった。 「××××。×××××××××××」 言語による疎通の不可能を知ったCelAはある装置を取り出して見せる。 個人用のエンパシー・リンク端末だ。 しかし少女はそのような装置を持ち合わせておらず、首を傾げるばかり。 再び二人の間に長い沈黙が訪れようとした時、納屋の方から少女の母親が必死の形相で駆けてくる。 CelA狂暴化の報を知った彼女は農具を武器代わりに娘を守るため立ち向かおうとしたのだ。 母親は娘を庇うようにCelAの前に立ち、ヒステリックな金切り声を上げて反抗の意思を示す。 母親の影に隠れる少女には、CelAが一瞬母親の姿を見て陰惨な笑みを浮かべたように見えた。 CelAは農具を構える手を信じられないほどの力で取り押さえ、身動きの取れない女の腹に素早く尾を突き立てて体液を注入した。 身体の内側からの焼け付くような痛みに耐えかねて母親はその場に倒れこんだ。 一瞬遅れて少女は何事かが起こった事を察知し、恐怖に泣き叫ぶ。 その声を聞いたCelAはそれまでの穏当さが嘘だったかのように、嗜虐的に口元を歪めて少女を組み伏せた。 白く粘り気のある体液が滴る尾を嬉しそうにくねらせながら、幼い少女の柔肌に突き立てる。 少女の悲鳴が響いた後、牧場に立つ人の姿は一つとして無かった。 -6- CelAの襲撃が開始されてから数日、戦火は地球全土に及んでいた。 人類の持つあらゆる兵器はCelAの行動を封じるには至らず、戦況は劣勢を極めている。 降伏してこの戦火が止むというのであれば地球上の全人類が迷わず同意するであろう状況だが、残念ながら未だエデン公国船団との通信は通じないままだ。 この厳しい現状を打破する唯一の手がかりは、CelAの最多降下地点であるとある都市での謎の報告。 『人類が全滅したのち、CelAたちもその姿を消した』 事実として都市の生命反応はごく少数を示しており、都市を襲ったはずのCelAはその後の移動もポッドでの帰投も確認されていない。 原因は不明だが、何らかの原因あるいは何者かの介入によってCelAたちの数が減っているとしか思えない状況だ。 増え続けるCelAの襲撃から逃れるには、この現象の根本を突き止めるほか無い。 残り僅かな兵力をふり絞り、軍は調査隊を派遣する事にした。 — 調査隊の行軍は夜を徹しての徒歩で行われた。 空路に関してはもはや地球の制空権はCelAが握っており、陸路においてもエンジンの駆動音はCelAを引き付ける現象が確認されていたためだ。 幸いにも報告通り一切のCelAとの遭遇は起きないまま調査隊は目的の都市周辺へと到着し、謎の現象について探るべく散開する。 兵士の一人、都市の中心へと向かっていた者がふと物音を聞きつけて物陰に隠れた。 周囲に響くのは地面と硬質な何かがぶつかる規則的に繰り返される音、CelAの足音だ。 こちらに気付いている様子は無く、悠然と緊急停止した車両で溢れる大通りを進んでいるようだった。 消えたはずのCelAがなぜ居るのか、静かに足音のする方へにじり寄りその正体を探る。 そこにあったのは目を疑うようなおぞましい光景だった。 無数のCelAが路上に放り出されて息絶えており、その屍は山のように積み重なっていたのだ。 曲がりなりにも人型宇宙人であるCelAの無残な姿に兵士は恐怖と吐き気に襲われるが、調査のためだと雑念を振り払い、勇気を振り絞って再びその全容を確認する。 CelAは道路の端に押しのけられるように積み重なっており、中にはまだ息があるのか微かに羽や手足を動かす者も居た。 足音がしているのはそのCelAの山と山の間、狭い通路のように開けた隙間の奥からだ。 ここからだとCelAの山や車両が邪魔で見えない。 兵士は危険を承知で近くのビルへ上る事にする。 「なんだ……これは……!」 驚嘆の声が思わず兵士の口をついて出る。 廃墟と化したビルの内壁は、半透明のカプセル状の物体で埋め尽くされていた。 大きさは片手でギリギリ持てるほど、触ってみると表面は柔らかく弾力のある材質で中には液体が詰まっていた。 例えるならまるでそう……卵嚢のような塊がそこかしこにへばりついているのだ。 兵士は不気味なその塊に不吉なものを感じ、できるだけ刺激しないように階段を上がる。 上階から地上を見下ろすと、先ほどの足音の主の姿が確認できた。 思わず息を飲む。 そこに居たのは身長2mほどの大柄なCelA……ただしその特徴であるモノクロームの色彩を捨て、ベージュ色の肉感的な肌色をした個体だったのだ。 例えるなら芸術作品の裸婦像がそのまま抜け出してきたかのような、緻密な美がそこに体現されていた。 悠然と歩く所作すらも計算され抜かれたように機能的で、死体の山すら彼女の美にひれ伏しているように見えた。 よく見ればその翼は抜け落ち、細く鋭かったであろう尾はぶよぶよと肥大化しているようだった。 明らかに何らかの形態変化を経ている個体だ。 彼女の足元にまだ息のあるCelAが縋り付く。 巨大なCelAはそれを冷酷に見下ろし、急所を狙うようにして鋭く蹴り飛ばす。 まさに女帝の所作だった。 女帝CelAはひとしきりCelAで形作られた通路を練り歩くと、満足したように足を止めた。 女帝の胸郭が広がるのが僅かに見て取れる。 彼女は大きく息を吸って、そして吐き出した。 「キャァァァァァァァァァァァァ!!!!!」 人間の悲鳴のような、本能的な嫌悪感を呼び起こす鳴き声だった。 そしてそれは兵士が何度も耳にした、”人間が極限に置かれた時”の悲鳴にそっくりだったのだ。 兵士は一瞬怯み目を離しそうになるが、何とか気力をふり絞って観察を続ける。 すると驚くべき事が起こった。 女帝の鳴き声に呼応するようにCelAの山から生き残りが身体を引き摺り出し、上空にはどこからか新たに呼び寄せられたCelAたちが飛び交っているではないか。 女帝はCelAを意図して呼び寄せているのだ。 しかし、それがなぜ個体数を減らす結果に繋がるのか。 その答えはすぐに明らかとなった。 集まったCelAは一斉に目にも留まらぬ早さで女帝へと襲い掛かったのだ。 女帝は徒手、あるいは肥大化したその姿からは想像もできないほどの高速の尻尾捌きでそれらを軽くいなす。 ある者は即座に路上の山の一部となり、ある者は空中で姿勢を立て直し、またある者は女帝の攻撃を回避あるいは防御して無傷でやり過ごし再度の攻撃を試みる。 無益にも思えるCelA同士の仲間割れだったが、その様相は次第に変化して行く。 女帝がCelAの攻撃を受けるようになった。 攻撃に成功するCelAは先ほど女王の迎撃をやり過ごす事に成功した個体だ。 最初はそれを、優秀な攻撃者であるのだと認識していた。 だがその判断は半分誤りだった。 攻撃に成功したCelAは、体液の注入により消耗し動きに精細を欠くようになる。 こうなってはもはや女帝の餌食だろうと思われた次の瞬間、女帝は見逃すようによろけて身体にまとわりつくCelAを優しく跳ね除けたのだ。 そのようなやり取りが、何度も何度も繰り返される。 自身を傷つける、脅威であるはずの相手を贔屓するような不自然極まりない行動。 やり取りを経るうちに女帝の尾はさらに膨れ上がり、苦しそうにその先端を震えさせる。 しかし女帝は傷を負う毎に、尾を醜く肥大化させる毎に喜びを湛えた笑みをその顔に浮かべるのだ。 兵士はそれを見てようやく気が付いた。 これは戦闘ではなく、選別なのだと。 女帝は優秀な攻撃者を待っているのだ。 CelAの体液は毒などではなく、遺伝子だったのだ。 限界を迎えた女帝は、周囲に纏わり付くCelAをこれまでとは比にならない激しい動きで迎撃する。 それは終了の合図。 まだ体力の残っているであろうCelAもその動きを止め、女帝の次の動きを静かに待った。 肥大化した尾の先端が開き、肉襞が露わになる。 先ほど見たのと同じ、半透明のカプセルが尾を蠕動させながら次々と吐き出される。 沈静化したCelAはそのカプセルを周囲のビルへと運び込んで行く。 人間そっくりな女帝の見た目、人間そっくりな女帝の声、選別の戦闘行為、そして今女王の行っている産卵。 その全てに合致する答えが兵士の頭に浮かび、絶望と滑稽さに思わず乾いた笑いが漏れる。 人類はおそらく、発情期の雌のCelAにそっくりなのだ。 CelAは最初から狂暴化などしていない、ただその交尾が人類の想像を絶するほどあまりにも激しすぎたのだ。 そしておそらく人類は、人類がCelAを恐怖する限り、永遠に彼女たちの交尾対象となり続けるのだろう。 人類は、異星人のセックスによって滅亡を迎えようとしている。 気付けば兵士は自身も女帝CelAの前に立っていた。 それは他のCelAと同様彼女の美に魅せられてか、あるいは自棄からの行為だったのかもしれない。 しかし女帝は彼に訝しむように顔を近付けた後、全てを悟ったように優しく抱きしめた。 女帝の目にはようやく、人類の正しい姿が映ったのだ。 人類はその大半を失い、深い絶望を知って初めて熾烈な戦火の終わりを見ようとしていた。 -7- 地球における原始的知的生命体の有害性とその処遇について 本報告書は、我々が接触した惑星「地球」の原始知的生命体「アースリング」に関する調査結果と、接触時に発生した大規模な事故についての総括、並びに生存個体の処遇に関する提言である。 結論から述べれば、アースリングは我々エデン公国民の生理機能を著しく攪乱する「特級指定有害種」であり対等な外交関係の構築は不可能、極めて危険であると断定する。 1.アースリングの特徴と有害性 アースリングの体躯は我々よりも大柄で体色は常にベージュ色(公的文書にあるまじき卑猥な表現となるが、彼らの猥褻性を正確に伝えるため敢えてそのまま記述する)、さらに求愛信号と99.8%一致するパターンでの発声が確認されている。 これらは我々エデン公国民に対し「超正常刺激」として作用する。 本来環境や個体密度によって流動的に変化する雌雄同体種である我々に対し、アースリングの過剰な「メス的形質」はその9割以上を「発情したオス」へと固定化するに至った。 彼らの存在そのものが、我々に理性を失わせる強力な催淫剤として機能するのである。 2.事故発生機序 本事案(地球全土への無差別降下及び交接)の引き金となったのは、アースリングが開催した「歓待セレモニー」である。 彼らは無防備にも上記の「卑猥極まりない外見」と「求愛同然の大歓声」によって我々の代表団を包囲した。 これにより本来理知的で自制心に富むはずの代表団員は致死級の性的刺激に晒され、交尾フェロモンを規定値の50倍以上分泌する異常事態に陥った。 彼らがアースリングに対し行った激しい交接行動は本能の暴走による不可抗力であり、”彼らに一切の責任は無い”事をここに強調しておく。 3.被害状況 アースリングは我々の生殖器官を受け入れる身体的強度を持たず、我々の遺伝子に対する免疫も無かった。 そのためアースリングはその個体数の90%以上を交接の過程で損耗・死亡した。 一方でアースリングからの過剰刺激を受け続けた結果、一部のエデン公国民(特に代表団及び初期降下部隊)は現在も極度の興奮状態から回復出来ずにいる。 彼らは自責の念に駆られながらも、アースリングへの発情を抑えられない苦しみの中に今もいる。 4.今後の処遇と管理方針 以上の点からアースリングを野生のまま放置する事は、我々にとっても彼らにとっても極めて危険である。 よって我々は「種の保護及び安全管理」の名目において「全個体の捕獲・隔離(*1)」、「文化の保存(*2)」の措置を実行した。 (*1:生存しているアースリング及び近隣惑星で作業中だった個体を全て回収、特別保護区へと収容。) (*2:彼らの未熟ながらも愛らしい文化を記録・保存し、我々の管理下で平穏に継続させる。) アースリングと我々の共存は、対等な友人としてではなく「管理」によってのみ実現されるものと考える。 評議会におかれてはこの稀有で魅力的な種族の保護活動に対し、引き続きのご理解とご支援を賜りたい。