――また、夢を見ていた。 長く、永く。 理想を追い求めて、あるいは救いを探し続けて。 ただ彷徨い続けていたあの頃の、夢。 『……どうしてっ!』 目の前で、小さな女の子が泣いていた。 地面に膝をつき、嗚咽を漏らしながら、降りかかった理不尽の理由を問いかけている。 『彼女は、確かに悪いことをたくさんしました。 そして、これからも人に、デジモンに、そして世界に害をなす存在だったのかもしれません。 でも――』 声は震え、言葉は何度も途切れる。 『それでも…それでも彼女は、わたしのっ……!』 胸を締めつけるような叫び。 本当は、彼女みたいな子を救いたかった。 わたしは誰よりも、そう強く願っていたはずなのに。 『どうして、彼女を■したんですか…!』 今、この子を泣かせているのは―― 他でもない、わたしだった。 「全ての人が、デジモンが、必ずハッピーエンドを迎えられる世界を作りたい」だなんて。 そんな子供じみた理想を、たった一人の力で成し遂げられる世界なんて、どこにもない。 あったとしたらそれはきっと、何処かにできた歪を見て見ぬふりして作られた世界だと、今は思う。 だからこそ、人は叶わぬと知りながらも、少しでも理想に近づくために、互いに手を取り合って努力する。 そんな当たり前のことすら、あの頃のわたしは知らなかった。 だから。 記憶をすり減らして、感情を削って、魂を砕いて。 果てに『一度壊してそういう世界に作り直せばいい』だなんて。 そんな安易な答えに縋った成れの果てに。 ――また、わたしは間違えたのだ。 「――――――」 わたしは、目の前の少女を熱の通わぬ瞳で見下ろす。 そして朗らかに、透明な笑みを浮かべて言葉を紡いだ。 その言葉が何だったのかだけは、今でもどうしても思い出せない。 けれど、少女の顔に浮かんだあの表情だけは、今でもはっきりと覚えている。 涙で濡れた頬に表れたのは、不釣り合いなほどに歪んだ――壊れた笑み。 だからあの時、わたし、安里結愛は―― 『あぁ…あなたのような方が、本当の救世主なんですね』 ――きっと、取り返しのつかない罪を犯してしまったのだ。 *** 朝の雲雀の嘶きが、遠くで聞こえた気がした。 「うっ……」 胸の奥に残った重たい感触を引きずるように、わたしは目を覚ます。 夢の余韻が、まだ体の奥にまとわりついていた。 あの頃の記憶。あの子の泣き声。あの時、わたしが選んでしまった言葉。 そのひとつひとつが、じわじわと心の内を焦がしていく。 息を吸おうとしても、うまく入ってこない。 まるで、夢の続きに引きずり込まれそうな、そんな、胸の苦しさがわたしを苛む。 酸欠に喘ぐ脳は再びまどろみへと落ちていこうとして―― …酸欠? 「ん……んぐっ……?」 ――おかしい。 いや、これは比喩とか精神的な問題とかそういう話じゃなくって。 物理的になんか息苦しい! 急速に意識が覚醒する。 寝ぼけた頭ではすぐに状況を飲み込めないけど、体の感覚がようやく追いついてきて、そこでようやく理解した。 わたしの顔の上に、何かが乗ってる! 手を伸ばして、顔に張り付いていたそれをぺらりとつまみ上げる。 そして、視界が開けると同時に――あの大きな黄色い瞳と、ばっちり目が合った。 「……ギギモン?」 わたしが手を離すと、重力から解放された彼女の身体は、ぽすんと膝の上に落ちた。 黒い毛並みに、真っ白なお腹。ずんぐりしたぬいぐるみサイズの体型。 見慣れたその姿に、思わずため息がもれる。 わたしの――パートナーデジモンのひとり。 「おはよう、結愛」 ギギモンはしれっとそう言って、まるで自分が何かしたという自覚などないかのように尻尾を揺らした。 「おはようって……」 彼女の、そのどこ吹く風といった言い方にわたしは思わず顔をしかめる。 「なんで顔に乗ってたの? わたし、窒息するかと思ったんだけど」 不満をそのまま声に出してみれば、我ながら少し子どもっぽい言い方になってしまっていた。 ……だって、あんな状況で笑顔で目覚められる人がいるんだったら見てみたいものだっ! 口を尖らせ、抗議を込めてギギモンを見つめる。 しかし彼女は、わたしの不満など最初から見えていないように落ち着き払った声で返してきた。 「起きないのだから仕方ない、招集に遅刻しそうだったからな」 「……それでもさ、もうちょっと優しい起こし方あったでしょ!」 「どうも、うなされていたからな。こうでもしなければ、起きなかっただろう?」 「……っ」 出かけていた言葉が思わず止まった。 喉の奥がぎゅっと詰まって、声が出せない。 ――わたしは思い出す。 眠っていた間に見ていた、あの夢のことを。 息がうまく吸えないのは、もうギギモンのせいじゃない。 それはわたし自身の――まだ癒えきらない、ずっと抱えている後悔のせいだ。 「……そっか。ごめん、ありがとう」 小さな声でそう言って、わたしはギギモンを胸元へそっと引き寄せぎゅっと抱える。 黒い背中の感触。柔らかな重み。 その温かさが、ここが夢じゃなくて、確かな『現実』なのだと教えてくれる気がした。 「……」 だけど、それでもやられっぱなしは少し悔しかったので―― そのまま意趣返しのように、ギギモンのお腹に顔をぐりぐりと押しつける。 「おい結愛……はあ、まったく」 呆れたような声が頭上から聞こえてくる。 それでもやめずに、何度も、深く深く、深呼吸。 柔らかくて、優しい匂いが、わたしの中をゆっくり満たしていく。 ギギモンはくすぐったそうに少し身じろぎしたけれど、それ以上何も言わずに、じっとしていてくれた。 「落ち着いたか?」 しばらくしてから、彼女はまるでお母さんのように優しい口調でわたしに問いかけてくる。 ……なんとなく、それがおかしくって。 「……うん」 と、微笑みと共に自然に口から返事がこぼれた。 「ほら、早く身だしなみを整えてこい。のんびりしてる場合ではないぞ」 「はーい」 そうやって、わたしは跳ねるように布団を抜け出すと、洗面所へと足を伸ばした。 ***