リオウ=ネイデース プロローグ  レンハート勇者学園、かの勇者王が治める国で設立された学府である。  多彩な講師陣、充実したカリキュラムでこの国のみならず世界を背負って立つ人材を育てている。  今日は学園の入学式、飛竜を駆り降り立つ少年がひとり。  リオン=ネイデース、レンハートと魔王領との境にある山に暮らす騎竜民族族長の末の息子である。  かの王と父とは、王が冒険者の身であった時に知り合い親交を深めたそうだ。  父がこの学園の噂を聞きつけた際に「面白そうだ」と思い、適齢であるリオウを入学させるに至った。  本人とすれば親元を離れることにこそ高揚感はあれど、周囲がみな強者であった環境から何者がいるかわからない場所に身を置くことは自身の成長に何かプラスになるのだろうかと不安も感じていた。  父は旅立つ息子に、ただ「世界を見て来い」と言っていた。  学園正門に立つ少年に周囲の奇異な目線が突き刺さる。  それもそのはず、少年の格好はパンツ一丁に真紅のマントという古式ゆかしいスタイルだからである。  どうすれば良いか思案するリオウに顔色の悪い男が話しかけてきた。 「き、君…制服はどうした?」 「鞄には入っちょいもすが、アンタは誰じゃっど」 「その言葉…君はお山の…。私はイタムナー、ここの講師をしている」 「先生やったか、失礼しもした」 「君たちの正装がその礼服であることは知っているよ。でもここは学園だ。どんな人種、種族であろうともみな同じ制服を着て過ごす。ここには上も下もないのだから。寮まで行って着替えてきたまえ、その竜もそこで預けるといい」 「ありがとうごわぁた」 「何、礼には及ばない。しかしまぁ入学式は静かにしていてもらえるとこちらとしては嬉しい。」  男はそう告げると片腹をさすりながら歩いて行った。  上も下もない、等しく生徒が学ぶ場。リオウの育った山では今でこそ父が族長であるものの、複数ある氏族のパワーバランスは拮抗している。  自身より数の多い別の共同体を支配するには自分たちがそれらより強くなければならない。  そう教えられて育ったリオウにとっては不思議な感覚が残った。  それはそれとして寮へ行き、竜を預け、だいぶ大きい制服に着られて講堂に向かった。  入学式は厳かな雰囲気で進められた。  魔学王と恐れられる学長の話は一部の学生にはとてもためになるが長い。  新入生の幾人かは脱落し、医務室まで運ばれて行った。  リオウはと言えば隣の人間が崩れそうになったのを支えて肩を組みながら最後まで話を聞き終えていた。  入学式後に構内を散策していると複数名の上級生に囲まれた。 「なんじゃきさんらは」  リオウが問いかけると答えることなく囲いは笑い始めた。 「なんだよその言葉遣い!今年はカッペが多くて困るぜ」 「そげんこっか。用がなかれば通して欲しかどん」 「何言ってっかわかんねぇんだよなぁ。一丁俺らが口の利き方を教えてやるぜ」  何人か肩を掴んだがリオウはびくともしない。 「な、なんだこいつ」 「ここは上下んなか学び場ち聞いた。喧嘩したくればそげん授業があっじゃろ。そん時にすりゃよか」 「うるせぇ!!」  突き出された拳を丈の長い袖から出た手が掴む。 「ぎっ!」  上級生の膝が崩れる。仲間たちはリオウの放つ圧に動くことが出来ない。  拳の軋みが痛覚を辿って顔に表れる。 「そこまでにしなさい」  全員が声の方向を見やる。  正門で会った顔色の悪い男が今朝以上に悪い顔色で立っている。 「新学期早々何をしとるんだ君らは。早く自分の科に戻りなさい」  手を摩りながら上級生が退散していく。  何度も振り返るその姿を追い討つようにリオウが声をかける。 「俺からは行かん。用があればいつでもそっちから来い。取りに来い。」 「こら!挑発してどうする」  イタムナーの声に少し肩を竦める。  だがリオウは嬉しかった。  「環境がいい」と思えたからだ。  自身の郷では年長者に意見をすることもあったが理に外れた行動をすれば言わずもがな叱られる。  ではここならどうか、外れた行動を取ったとしてもそれを止めてくれるような人間はいるだろうか。  そういった不安が解消されたのだ。 「イタムナー先生」 「何か?」 「先生には恐るっものがあっと?」 「私はだいたいのことが怖いよ。君もさっきの子らも。勇者一個人への羨望で出来たこの国で勇者を育てようとすることも。だからこうして常時胃が痛いのだ」 「先生ん教えば受くっにはどん組に行けばええと」 「私は勇者コースの専任講師だ。君は指揮官課程だろうが、まあ聴講に来る分には構わんよ」 「わかりもした」  イタムナーはまた腹を摩りながら歩いて行った。 「勇者んコース…面白そうじゃ」  晴れやかな顔で少年も歩き始めた。  ここで彼が勘違いしていることがあるとすれば、人への評価であろう。  イタムナー講師は確かに立派な方ではあるが、リオウが様々な経験を乗り越えた男の顔だと認識していたそれは凄まじい腹痛からきたものでもあったことを心に留めておかねばならない。  その日のうちにリオウは学生課に赴き、勇者コースに転籍した。  職員たちのする驚愕の表情とは対照的に、少年はやる気に満ち満ちた面持ちであったという。  それがもう数年前のこと。  身体の成長で腕が通りにくくなったブレザーは肩掛けマントのようになっている。  卒業がいつになるのかはわからないが彼はこの学園でのことを忘れないだろう。  来る魔王軍との全面戦争、仲間たちを逃すために殿を引き受け、鬼神の如き戦いの果てに命尽きるその瞬間まで。