「アンタ、アイツとヤったろ」 何を――と誤魔化す間すらない。髪の根元を強く握られ、顔を引き上げられ―― やはり感情の薄い目が、俺をじいっと見ている――だが、意図するところは明白だ。 「よりによってあんな――」 ちっ、と軽い舌打ち。その音だけで俺の脳内の危険信号はうるさいぐらいに喚き散らす。 そして俺の身体は、重力に引かれてずだん、と床に叩きつけられるのだった。 「キューの野郎、露骨に勝ち誇りやがって――アンタがそんな大層な男か?ああ?」 怒り。その感情の向くのは、あの少女に対してよりも――彼女を拒絶しなかった俺に対して。 拒絶しようがなかった、との言い訳が通る状況下ではない。言ってどうなるというのか? 抑えきれない激情に駆られて、カツンカツンとヒールの先が床を蹴り回す。 それが俺の身体にぶつけられていないことを喜んでいる自分が情けない―― 歪な円を描いて、少女は俺の周りをぐるぐると廻る――視線をちらちらと投げかけながら。 メンバーの一人と肉体関係を結んでしまった、という事実は、もう帳消しにはならない。 そのことが一層、彼女を苛立たせるのだった。自分が一番、との自負があればこそ。 「そっか。そうだよな――」 不意に足音が止まる。彼女は俺の背後、表情の見えない位置にいる。 声色にも、感情が乗っていないように思うのは――俺の気のせいであってほしい。 布の擦れる音――俺のものではない。では誰の?柔らかなものが落ちる音がする。 下手に動けば怒りを買うとわかっていながら、不安に駆られて振り向こうとする俺の顔に、 何か人肌の、薄っすら湿ったものが被されて、目の前が真っ暗になる。 機能しなくなった視覚の代わりに、聴覚と視覚がフル回転を始める。 「目、開けんなよ――…かしい、からな」 目隠しから漂う匂いと熱の正体を探るのに夢中な鼻のせいで、よく聞き取れない。 どこか薄っすら香る酸っぱさと――それで隠しきれない、異性の、匂い。 顔に伸びそうになった俺の手は、あっさりと横から掴まれ、自由を奪われる。 もう一方の手も、膝か何かを押し当てられた強い痛みのせいで、動かしようがない。 その状態で、自分の服がどんどんと引き剥がされていく恐怖たるや―― 顔に押し付けられているものの匂い、裸にされつつあるという状況証拠からすれば、 これから何をされるかは、ほとんどわかりきっている。だというのに俺は、 少しでも自分の助かる道を探し、身体をじたばたと蝉のように動かす。 すると下顎にがつん、と硬いものが当たった。本気の一撃ではない。だが、これ以上は―― 「アイツだけじゃ、なくなっちまえばいいんだよ」 見えないはずの表情が、これ以上なくはっきり見えたような気がした。 そして想像通りに、人間一人分の体重が、俺の身体の上に掛かってくる。 ぺた、ぺた、と彼女の手のひらが胸板の上を這う。何かの位置を定めるために。 しばらくして止まった手は、ゆっくりと身体の重みを預かって――圧迫感を強める。 「こーら、動くな…アタシも、こういうの、は…」 あの時と同じ、嫌な緊張を引き起こす人肌の温もり――若い女の、柔らかな肌。 胸板経由で肋骨を圧されて息が詰まり、指先が段々と痺れ始めてきた。 その指に、何か柔らかなものが絡む――いや、捕まえるように、絡んで、くる。 ほんの少しの間の後に、少女の何かを堪えるような吐息が、生々しく耳に届いた。 「――っ!ぁ、ぐっ…!」 俺の指を絡め取るそれは、力をより強くし、掌に汗をこすりつける。 いつしか片手ではなく両手ともに、同じ――彼女の指が、絡められていた。 「へへっ…ざあまみろ、キューのやつ、何が、自分だけの、だ…」 言葉と言葉の隙間に、短な吐息がふっ、ふっ、と繰り返し挟まる。 やがてゆっくりと、息の音は離れ――代わりに、ねちゃねちゃとした水音がし始めた。 速度は極めて緩やかで、思い出したようにしか、動きもしない。 それだというのに、この行為がもうどうにも止められないことだけははっきりしている。 少女は自分自身、どう動けばよいのかの手立てすら知らぬ見切り発車で、 ただ対抗心のためだけに、俺の身体で無理やり処女を捨てたのだ―― 「どうだっ…!キューより、アタシの方がっ…!」 その言葉には、自信よりも遥かに強い不安が付きまとっている。 独りよがりにすらなりきれず、自分がこの先どうすればよいかを見失っている―― 胸板から手がどけられて、久々に深く息を吸った俺は、右手に絡んだ指がいつの間にか、 ほどかれていたことに気がついた。そして顔の上の目隠しを掴んで、一気に引き剥がす。 その赤い布地は、度々見ていた彼女のチューブトップだった。 目に流れ込んでくる光に、思わず目を瞬かせて――逆光になった少女の顔を見る。 ぽたぽたと垂れてきていたものは、彼女の食い縛った口から垂れ落ちた唾液の粒であり、 それと混ざった、年相応の幼さの残った目尻からこぼれた涙でもあった。 ああ、どうして俺は―― 自分を襲ってきている女の頬骨に手を伸ばし、涙を拭うような真似をしてしまったのか? 少女は驚いた風に、俺の手を見た。頬ずりをし返すように、顔を寄せ――手を重ねてきた。 冗談じゃない。まるで俺がこの女に、絆されでもしたような格好じゃないか。 監禁し、危害を加え、仲間内のトロフィー代わりに弄んできている連中相手に、 どうして俺が心を開く余地があるのか――そんな理性の訴えとは別に、 悲しくも合理的な俺の下半身は、種を撒くチャンスを逃しはしない。 自分の下で情けない顔をして射精感に耐える雄に――少女は沈む込むような笑みを投げ掛ける。 「最初はアイツへの嫌がらせのつもり、だったけどさ――」 顔を赤くしながら、少女は言う。顔を青くしながら、俺は言葉を待つ。 「わかってるよ、無理やり、だったんだろ?」 そのまま、頬に唇が当たる――し慣れていない、無骨なキス。 「返事はさ、言えるときでいいよ」 いよいよ俺の首は締まる。一人では済まずもう一人――そしてこのことが一人目の、 キュー、と呼ばれた彼女に露見したなら、どうなってしまうことか? 「ちょっと痛いけど、我慢しろよ――」 急に耳の付け根を掴まれる。すぐさま、ぶつり、と何かが突き立てられた。 肉を貫く痛みは、すぐさまもう一方の耳にも重なり――ずきずきと痛み始める。 「へへっ…アタシとお揃、いいだろ」 手鏡をこちらに見せて、少女は見せつけるように己の耳にぶら下がるピアスを揺らす。 俺の耳にも――同じだけの太さの針が、裏側までしっかり貫通させられていた。 「しばらくしたら、ちゃんと付けてやるからな…」 俺の耳たぶを嬉しげに撫でながら――彼女はにやにやと笑った。 それが俺に対する、所有物への刻印であることは疑いようもない。 もし、このピアス穴を俺が塞ぐようなことがあったなら――あるいは“誰か”がそれを見たなら。 肉体の所有権は既に俺自身にはなく、目の前の恐ろしげな女たちの手元にある。 そのことを改めて思い知らされて――俺の胃はぐるぐると熱くうねり始めた。