ナイフを持ち出した時のオモニとアポジの顔が、いまだに脳から離れない。クマンへ(やめろ!)と叫んだ顔と同時に響いた両親の足音が、耳に残り続けている。料理のためにナイフを握れるようになったのは1年以上前。それでも、人の体を刺した感覚は手に残り続けている。 その時の自分の顔はきっと、地獄の鬼のように醜いものだったのだろう。サジャンニムの勧めで体を流した時に顔にこびりついていた血がシャワーで流れたのをみて、心臓が止まったような……思えば、ここで止まるのが一番の幸せだったかもしれない感覚と、やったことに泣き叫びもしない自分がいて、私はそれを、とてもあっさりと受け入れた。 それからひと屋で、ギリードゥモンと共にサジャンニムの望み……世界への復讐のため、手を汚す日々が始まった。 生き残った選ばれし子供が一人、それからオークションで買われたテイマーがダークエリアから抜け出した。アヌビモンのデジコアを撃ち損ね、続いてソフィー・カンブルランを逃し……失態続きだが、サジャンニムは何故か私を叱責もせず、幹部へと任命した。 困惑と、嬉しさが半々だった。それだけの貢献をしてきたと思って、困惑は飲み込んだ。 そしてバロッコへの侵攻……サジャンニムの復讐の第一歩が本当の意味で始まった……にも関わらず私は、与えられた純真の紋章もデジヴァイスも、忘れた。金の大半を移したのにも関わらずだ。 今思えばその直後に片桐に出くわした以上、不幸中の幸いだった。奴があのデジヴァイスを見た瞬間、確実に問い詰め、間違いなく私を殺そうとする。確実に4対1になる。勝てるどころか、ラフレシモンを出したとしても逃げる自信すら沸かない。 運が、良い日だった。あそこで戦闘を回避し、勇ちゃんにも会った。 きっとどこにでもあると思うカレーの匂いと味が、忘れられない。最後に家族みんなで食事を取れたのがいつかすら忘れた私の中に、暖かなものに満たされていく。 日野勇太。優しく、甲斐甲斐しく、可愛らしい子。一緒にいる鬼塚光が棘や不満を見せても、彼の行動を大きく否定はしない様子で何となく、分かる。そうなるまでの過程はきっとあったが、それはいい。 かつて弟が欲しかった事を思い出した。きっと、勇ちゃんみたいな弟がいたら、私も何かが違ったかもしれない。でも、やることは決まってる……心配ない、二人とも、オークションに出せるだけのテイマーだ。 ……兄さんは、どうしてるだろうか、知りたくないのに考えてしまう。 勇ちゃんとまた会えた。この偶然を、私は奇跡だと信じる。作り上げた【貪食の森】で、光ちゃんどころかヴォーボモンともはぐれた所を、保護出来た。 デジヴァイスにその反応があった瞬間、私は殆ど本能で動いた。勇ちゃんだけを切り離すように銃撃を行い、配下も強襲を繰り返し……目論見通りとなった。 シニシヨ、カムサハムニダ(神よ、感謝します)。そう何度も唱えなから彼を、今は私の住んでるこの拠点に泊まって良いと言った。それでも彼は、光を探すからと断ったが、最終的に折れて、申し訳なさそうに、付いてきてくれた。シニシヨ、カムサハムニダ。 それからは袋麺を啜った時の安心した彼の顔に、私も……自然と、笑ったと思う。ギリードゥモンはそれでも、何も言わずにいた。彼は安心した顔で食事をして、お風呂にも入り、眠った。自分が使うシャンプーの僅かな石鹸の匂いで、彼の運命が自分の手中に入っているとはっきりと気付いた瞬間、黒く濁ってドロドロとしたものが、アタシの中に湧き上がった。 このままいけば、アタシは勇ちゃんとずっと一緒にいれるかもしれないと。 翌日、食料の調達に行くとアタシが出ていった間、やはり勇ちゃんは光ちゃんを探しに出ていった。予想はしていたことだから、既に手は打っていた。 昼過ぎ、傷つき疲れ果ててソファーに座り込む彼に、申し訳ない気持ちを抱えながら、傷の手当てをする、アタシに申し訳なさそうに謝ったけど、彼はきっと明日も外に出て、みんなを探しにいくだろう。何かを感じ取った様子が無い限りは、対応はこのままでいいはずだ。この森からは、私のそばから決して離さない。 治療してる時に一瞬だけ、勇ちゃんの視線を胸元に感じた。あの子も男の子だ。嫌悪感は無い、むしろ自分のスタイルが、初めて少しだけ恨めしく思えた気がする。 ……明日から攻めた下着をつけようか。疲れ果て眠る彼を見て、そう思う。 不思議と、よく眠れた。今日は先に起きた勇ちゃんが朝ご飯を作ってくれていた、ギリードゥモンは寝坊助めと私を煽ったが、その声音はいつもより優しい気がした。 ああ、こんな日が続いてほしい。それでも勇ちゃんは今日もまた、光ちゃん達を、森の出口を探すために外に出て、延々と森を彷徨い、最後にはこの家に着く。アタシはただ苛立ちと焦りを肯定して手大丈夫、きっと会えるからと、勇ちゃんを抱きしめる。少しだけ顔を赤くする彼が、愛おしくてたまらない。 食べ物は、幾らでもある。安心して、いつまでもいて良い。もし、悪いと思ってるなら……またあの時みたいにカレーを作って欲しい。これだけ伝えると彼は、心底から笑った。 その日光みたいな暖かな笑みと橙の瞳が、ずっとアタシにだけ向けさせたい。 光ちゃんが、片桐達の手を借りて森に踏み込んできたと部下から報告を受けた。この【貪食の森】は、部下やギリードゥモンと相談しながら、最初はファラオモンの支援のために時間稼ぎと【仕入れ】のために作った森。片桐達はどうせ迂回する。それでも十分だと思っていたが……勇ちゃんがまた現れ、片桐達も多分、彼を助けにこの森に来た。 こうなったら、想像は出来ることはだ。勇ちゃんと光ちゃんの関係は、はっきりと分からない。ただの友達とか仲間で終わってはいないことだけは想像出来る。だから助けに来る。自然なことだ。 だから、勇ちゃんに気づかれる前に、全員排除する。