「という訳で、大失敗よ大失敗……はぁ……」  「痛いってもんじゃなかったわよデストロモンの砲撃……ライジンモンが負けたの、分かるわ」 缶に入ったレモネードを飲み干しテーブルに勢いよく置くと、林花英(イム・ファヨン)とノヘモンはため息をつく。向かいでは苦笑いを浮かべる鳥谷部晶子とシーチューモンが魚の刺身を口に運び、その横には、左の手の甲にタトゥーがしている、ワークジャケットを着たスキンヘッドの大男と、ライフジャケットをつけた二足歩行のオルカのようなデジモンが、眉一つ動かさずに無言でビールを飲んでいる。 片桐篤人達の始末、並びに鬼塚光や日野勇太の確保に失敗したファヨンは、パートナーが一定の回復をするまで身を隠し、即席のログハウスを作成した後、ひと屋の本部とデジタルワールド・バロッコにいる幹部に連絡を入れたが、鳥谷部もマリナスが何故か、食べ物や飲み物を持って来た。 何故?とファヨンは思ったが、湧いてきた嬉しさから何も言わず、ログハウスに2人とそのパートナーを招き入れると自分も買い溜めた冷凍のフライドチキンを用意し、即席のログハウスのテーブルに盛られた食事や飲み物はおよそ、デジモンに人間を売って金を稼ぎ、デジタルワールドの侵略と組織幹部の集まりとは思えないものとなった。 「丁度、よそのデジタルワールドと重なった子達が片桐達と一緒に居てさ……オークションに出せそうだったから試したけど……欲張ったのが間違い」 そんなホームパーティのような場で出るはずもない言葉をファヨンがどこかバツが悪そうに話すと鳥谷部が一瞬、何か押し込むように細い目を動かした。 「こいつ、そのよそのデジタルワールドの男の子を随分と気に入ってさ、不審者同然だったわよ」 「不審者じゃなくてお姉ちゃん」 ノヘモンの暴露に、支離滅裂な発言で返した直後に悲しげな表情でテーブルに突っ伏すファヨンに、周りは困惑の表情を浮かべることしかなかった。 「反応消えてるし多分、元のデジタルワールドに戻ってるんだよね……。 ああ、こうなる前にハグでもチューでもしとくべきだった……このままお別れなんて、お姉ちゃんはすごく寂しいよ勇ちゃん……」 「酔っておられるのかファヨン殿は」 「残念だけど素面よ。どこまで性癖かは知らない」 自分のテイマーに視線すら向けずに発されたノヘモンの言葉に、シーチューモンはテイマーである鳥谷部に視線をやると、彼女からは困った笑みだけが返され、シーチューモンは渋い顔で諦め、オレンジチキンを啄み始めた。 「で、さ」 テーブルに突っ伏したままだったファヨンが、ポニーテールを束ねるゴムに手を触れると突如、感情の薄い声と共に顔を上げると、潤みはいつの間にか消え去り、代わりに冷たい淀みが現れた混ざったダークグリーンの瞳で、鳥谷部の方を向いた。 「片桐と犬童は北に向かったよ。鳥谷部さんがそっちだよね?」 鳥谷部はフライドチキンを咀嚼したまま、頷いた。 「あいつらの目的地はあそこの火山じゃないと思うけど……回復したらアタシも行く?」 ほんの少し前とは打って変わったファヨンの様子に鳥谷部は動じることなく、こめかみに人差し指を当てながら考える様子を見せると、少しして、申し訳無さそうに口を開いた。 「ごめんなさい。もう百蓮ちゃんに声かけちゃったのよ。ファヨンちゃん達はまず、回復優先して?」 「百蓮オンニ(姉さん)なら間違いないね。それなら……回復したら南に行こうかな?」 「待った。その前に東に来てくれ」 それまで無言であった大男がビールを飲み干すと、少し申し訳なさそうな掠れた濁声に、ファヨンは少し意外そうに目を見開くと、聞き返した。 「マリナスアジョシ(おじさん)がアタシに頼むなんて……東、そんなにヤバいの?オルカモン」 「情けない話でありますが……アンフィモンの攻撃が想像以上に激しく……」 マリナスと呼ばれた大男と同様に、それまで無言で飲み食いしていたオルカモンも、ビールを一息に飲み干すと、そのまま不甲斐なさを恥じるようにため息をつき、顔を俯けた。 「厳しい任務だと覚悟はしていたが、流石に助力が必要になってな」 「アラッソ(分かった)。回復したらすぐ行く」 「それにしても……岩瀬殿は何をしているのでありましょう。マリナス殿」 「居ない者の話をしても仕方なかろう。我々がバロッコに来る前から動いていたようだがな」 不在の幹部の名前を出すオルカモンに、マリナスは考える様子を見せることなく宥め、オレンジチキンをビールで流し込んだ。 「……ご飯、食べれてるのかしら?どこかで様子を見に行かないと……」 「多少付き合いが悪いのは構わんが、前々から何をしているかは気になる所ですしな」 鳥谷部とシーチューモンも揃って心配する様子を見せながら、刺身を口にする。ファヨンも同じように刺身を咀嚼する間に、思い出した様子で小さく声を漏らした。 「しかし、アイツが幹部か……アタシ、幹部になるの百蓮オンニあたりかと思ったから意外よ」 「ま、あいつ片桐に負けて叩き直されたみたいだし……期待込みなんじゃない?」 「今更ボスの決定への疑問か?」 ファヨンとノヘモンのやり取りに、マリナスが濁声で割ってはいると、2人は特に考える様子もなく「それもそうか」とだけ言い、二杯目のレモネードに飲み始めた。 「で、さ。皆…その取り逃がした子は日野勇太って……ふわふわした赤い髪して……あったかそうな橙の目してて……もしいたら教えて欲しいんだけど……」 「喋んな不審者」 「不審者じゃなくてお姉ちゃん!」 「向かっているのはこっち、か……コレをどう使っていくか、考えないとね」 ファヨンとギリードゥモンがふざけたやり取りを始めた傍らで、鳥谷部はポケットから取り出した空色のデジヴァイスと、首にかけた【愛情】の紋章をしばらく、じっと見つめていた。 ───── 纏った炎が薄くなり、骨の身体が見え始めたヘルガルモンに向かって、ロコモンは猛進する。三幸は、血走った目でロコモンの装甲を見渡し、爪で傷つけた箇所を確認し、煙突付近に一際大きな傷を、見つけた。 轢き潰す。そう威圧するように汽笛を鳴らし迫るロコモンの圧を跳ね除け、三幸は、決断した。 「ヘルガルモン!煙突近くの傷を狙え!」 ヘルガルモンが、戸惑ったように咆哮して跳躍するも、その瞬間にロコモンの煙突から放たれた爆弾が、跳躍したヘルガルモンに直撃し、空中で姿勢を崩し、落ちて行く。 魔狼の体は猛進する鋼鉄の塊に触れると。重い音と共に錐揉みしながら跳ね飛ばされ、地に叩きつけられた。 その瞬間、画面が三幸の敗北を宣告した。 「ファ……ああ!また!!」 VRゴーグルを乱暴に外し、三幸は眼前の仮想戦闘シミュレーターに向かって何かを言いかけたが、他人の視線を感じ、恥ずかしさと苛立ちを感じながら、ゆっくりとゴーグルを立てかけた。 三幸が篤人と出会い11日が経った。何者かの襲撃を受けた翌日に日野勇太達と別れた後、改めて北に向かいアヌビモンが話した施設、アリーナにたどり着いた。テイマーになってから経た時はファングモンに買われ、篤人と出会った11日間。全て足りないのは、仕方がない。初陣で打ち破ったフウジンモンも、篤人の助力もあり、相手が既に消耗していた状態だったのが、あまりにも大きい。 だからまず、この施設の仮想戦闘シミュレーターで、少しでも多くの経験を積む。篤人もデストロモンへの進化の制御を目的に同じようにシミュレーターを利用しているが、三幸の元へは度々訪れる。 本当はまだ、自分が少しでもついているべきだが、必ず一人で戦って、勝たないとならない時が来る。篤人は申し訳なさそうに話していたが、三幸には、嫌な気持ちは不思議と無かった。 そんな篤人の顔を思い出すと、三幸の苛立ちは少しばかり、収まった気がした。そしてそのまま、再びゴーグルを手に掛けようとした。 「おい。少し休めよ三幸」 ファングモンの苛立ちと疲れが混ざった言葉に、三幸の手は止まり、パートナーである赤い狼に、ゆっくりと視線を向けた。 「今のはねぇぞ……最初に見たろあの蒸気の爆弾……それなのに何で跳んだ?」 その言葉から先程の戦いを振り返ると、三幸は目を開いて、「あっ」と小さく声を漏らした。その反応を見たファングモンは、顔を一度俯けてから、何かを押し込んだ表情を、三幸に向ける。その間に、パートナーの指摘を受けた三幸の胸中からは、先程消えたはずの苛立ちが、再び現れ始めた。 「ちょっと頭冷やせ。さっきから判断おかしいぞ……オレも体力使ってるんだぞお前……」 まだ何かを堪えた様子ではあるファングモンの言葉に、三幸はそれまでの戦いを振り返ることなく、湧き上がった苛立ちを優先して、再びゴーグルに手を伸ばそうとした所、ファングモンが、吠え声をあげた。 「ミユキ!一旦止まれよ!どんだけムキになってんだお前!?」 狼の低く、荒い吠え声を聞いた三幸は、特に恐怖を感じず……むしろ、苛立ちを更に強く募らた。 「ファングモン!確かに今のは私の間違いでした!でもそれなら……あなたももっと!早く言ってくれてもいいのでは!!」 ファングモンは三幸の、テイマーの言葉に……はっきりと怯んだ。その様子を見た三幸は、パートナーの話をもう少し話を聞こうとすらせず、感情に任せて言い返した事で、彼女の苛立ちは後悔の念へと、一気に変わり始めた。 不快な沈黙と他の利用客の目線。更に、感情に任せた自分の情けなさ。あらゆる形で突き刺さる居心地の悪さに二人は、呻くのを堪え、やはり黙る。それから少しして、聞き慣れた足音に気が付いた三幸は、その不快な心地から解放されたことに安堵して、ようやく一度、息を吐いた。 「おいおい、どうした二人とも」 「……何でも、ねぇよ」 駆け寄ってきた篤人とジャンクモンに目線も合わそることもなく、ファングモンは低く吐き捨て、完全に顔を背けた。三幸は、そんなファングモンを見て苦い顔で唾を飲み込んでから、喧嘩になりかけた様子を篤人に気取られまいと、硬い笑みを浮かべた。 「あ、篤人さん。そ、その……そちらの、ほうは?」 「……僕よりも、君達二人の話が先」 殆ど間を置かない返しに、三幸は逃げ道を塞がれたような気持ちとなり、思わず後退りをした。反射的にファングモンを見ると、背中を向けてこそいるが、何か、自分と同じように硬く、苦々しい表情をしているんだろうな、と想像がついた。 篤人とジャンクモンはそれに構わず、シミュレーターを操作して戦闘記録を見返し始める。それから顔をこわばらせ、まずジャンクモンが、三幸のほうを振り返った。 「昨日からやり始めて……今日はもう86戦目……ミユキちゃん、やりすぎだぜ」 いざ自分がこなしてきた回数を耳で聞いた瞬間、三幸は背中に、重石が引っ掛けられたような感覚に見舞われ、背を少し丸めた。篤人も、ファングモンと三幸との間に流れた何かを察したのか、目を細めながら、話を始めた 「休んで犬童さん。記録を見たけど、少し前から負けがこんできてる」 「いえ!もう少し私は……あっ」 篤人の言葉を聞いてなお、三幸はシミュレーターに歩み寄ろうとしたが、一瞬で足がもつれ、転びかけた。篤人は咄嗟に手を伸ばし三幸の腕を掴む。それからすぐ、篤人は顔を背けながら手を離し、小さく謝った後、バツが悪そうな顔を俯けた。 「……本当に休んで。その無理、完全に悪い方向に出てるよ」 三幸は、ファングモンとの諍いで生まれた物とは、また別の不満を堪え、頷いた。 ──── シミュレーターから離れた広間で、ファングモンは三幸から離れた所で体を丸めて床に座り込むと、ベンチに座り項垂れる三幸に目だけを向け、気まずい沈黙の中で11日以上前の自分を、思いだす。 ダークエリアの暗い森の中、ガジモンであった頃から弱ったデジモンや警戒の薄いデジモンを罠にかけ、仕留め、糧にして生きてきた。そんな生き方だからこそ自分は獰猛・狡猾なファングモンに進化したのだろう。デジモンの生き死にを思えば、後ろ指を指す奴もいれど、否定もされない生き方。 そしてある時獲物を仕留めた瞬間に、ふと自分はいつまで、こんな生き方をしていればいいのかとぼんやりと考え、薄いもやを感じながらも変わらず過ごしていた中で人間を……テイマーを売る組織があると耳にした。 知った瞬間、ファングモンはそんな組織……【ひと屋】のオークション会場を、訪れた。侵入者を阻む砦のような外装にも関わらず、入るだけなら誰でも出来た。多数の装飾に彩られた綺羅びやかな空間の裏にあるドス黒い物に誰しもが気付いているような賑やかに聞こえるざわめき。当然、ファングモンも本能的に気付いた。 やがて行われたオークションが始まり、デジモンに連れられた中年の男が壇上に現れる。理解の及ばない恐怖に顔を歪ませる人間に構うことなく【力】を望むデジモン達が【金】で争いを始める。粘ついた熱を帯びた何かに突き動かされて現れた濁った高揚感。それは争いに参加はせず見ているだけであったファングモンにすら感じられた。 やがて打ち鳴らされたガベルの音と共に競り落としたデジモンが壇上へ上がり、怯える人間に「お前を食うつもりはない」と言いながら引き連れ行く。そしてまた、次の人間が現れオークショニアが開始価格を口に出し、再び争いが始まる。 そんな濁り淀んだ、触れてはならないと直感する光と熱。それを見たファングモンは、短絡的に思ってしまった。 もっと強い力があれば、テイマーがいればこんな世界で、こんな真似して生きなくてもいいはずだと。 それから11日前、考えもしなかった形でテイマーを……犬童三幸を落札し、彼女を出品した組織と争うことになった。 いきなりフウジンモンと争うことになり、一時は終わったと思ったが、テイマー達の助力と進化もあって、勝利を収めた。奇跡だ。そう思いながら見えたものは、触れたいと思えるような、光。 しばらくして敵のテイマーとの争いに敗北もしたが、その時にファングモンの腹の底に芽生えたものは仄暗い物ではなく、あの敵を打ち破りたいという熱と炎。 それらを合わせて旅とファングモンは自然と口走ったことは、世界を救ったテイマーの、パートナーになる。だった。 (……それよりも、どうすりゃいいんだよ) そんな始まりを想起した後にすぐ、ファングモンは三幸に顔すら向けずに、沈黙したままだった。 誰かとの喧嘩どころか、言い争いさえした記憶のないファングモンの胸中に、今まで感じたことのない焦燥が、風船のように膨らんでいく。何の言葉も浮かばない。どんな顔をすればいいか分からない。頭を上げた自分のテイマーの顔を一瞬見て、すぐにまた顔を逸らす。それまでの自分の生き方に、今頃になって後悔が浮かぶ。 だが、このままで良い訳もない。そう思った直後であった。 「ね、ねぇ。ファングモン」 戸惑った三幸の声に、ファングモンは一瞬体を跳ね上がらせた後、緩慢な動きで視線だけを返した。それを受けた三幸は、僅かに逡巡をした様子を見せ、目を泳がせながらも、口を開いた。 「な、何か……食べたいもの……ない?」 ファングモンはその言葉を聞き、言葉にしきれない気持ちを頭の隅に追いやると、意を決した表情で体を起こして三幸に近づき、やはり目を逸らしながら、思っていたことを、話した。 「な、なら……行きたい、ところ、ある」 ──── アリーナに併設されたカフェで、クリームや蜂蜜の甘い匂いやコーヒーの香りが漂う中、ファングモンとテーブルに向かい合った三幸は、少し戸惑い気味にパンケーキを切り分け皿に移すと、ファングモンは細長い口で勢い良くそれに齧りつき、呑み込んだ。 「あ、あの……ファングモン……本当にここ……ですの……?」 口をつけたコーヒーの苦さからか、三幸は眉間に少し皺を寄せ口をすぼめながら、ファングモンの表情を改めて見つめる。凶相の赤い狼の顔は、少し前に言い争いかけた時のものとは違い、目を丸くしてどこか楽しげであった。 「おいミユキ。冷めねぇうちに食えよ。次はワッフルくるぞ?」 「えっ……あっ……はい……」 やはり、楽しげに聞こえるファングモンの言葉に三幸は戸惑ったまま、自分の皿のパンケーキを口に入れ、その甘さから自分も、頬を緩ませ、あっという間に更に空にした。 「んー美味しかった……ですが、ファングモン?何故、ここに来たいと?」 空になったパンケーキの皿にフォークを置き、少し気分が上向いた声音で問う三幸に、ファングモンはワッフルを齧りながら彼女から目を逸らすと、気恥ずかしそうに小さく唸ってから、口を開いた。 「……行きたかったんだ、ダークエリアにいるときから、こういう所」 その言葉に三幸は、目を丸くした後、考えた様子でデジヴァイスを操作し、残高の確認を行った。ファングモンはその様子に構うことなく、気恥ずかしさから唸りながら、言葉を進めた。 「オレな……お前と会う前からダークエリアで追い剥ぎやってたのは、あそこから出てこういう生活もしたかったのもあるんだ」 ファングモンの言葉に三幸は呆気に取られ、気を取り直そうとして残ったコーヒーを一気に飲み干し……その苦さからむせ込み、舌を出しながら、うめき声を上げた。 口の中の苦味に耐えかねた三幸は、目を細めたままコップの水を一気に飲み干すと、パートナーの言葉と11日間を振り返り始め……僅かな沈黙の後に、苦々しい顔でファングモンを見据え、答えた。 「……思えばあなたのこと、ちゃんと分かってませんでしたわ、ファングモン」 「それはオレもだ。お前のことは多分、殆ど分かってねぇ」 今度はファングモンが、三幸から一度顔を背けながら応えると、三幸は考えるように小さく唸ってから、ファングモンに自身のデジヴァイスの残高画面を見せ、問いかけた。 「でしたらファングモン。何から、知りたいですか? 私はあなたがいま、食べたい物から」 「ならオレは、お前が食いたい物」 ファングモンの返しに三幸は笑い返し、メニュー表へと手を伸ばした。 ──── 「ふぅ……これ、晩御飯食べなくていいですわね……」 「これでまた食べたら篤人も流石にびっくりし睨むな睨むな、悪かったから」 ナポリタンを平らげ口についたソースを拭き取りながら、三幸は赤らめた顔でファングモンを睨みつけると、ファングモンはその圧に押し負けて、少しずつ仰け反っていく。 「……篤人さんは、食べてくれる方がずっと良いって言ってましたもん」 「なにがもんだよ。後それ、こんな状況になってもって言葉が前に……だから悪かった唸って睨むな、グルルモンかお前は」 気恥ずかしそうに三幸が目を逸らしたのも束の間、今度はテーブルに手をつき狼のような唸り声を上げながら再びファングモンを睨む。更に体を仰け反らしていくファングモンだったが、いま流れてる空気に和やかで、気まずさは無い。 それを感じだったファングモンは、本当に言いたかったことを反芻し、まごつき、目線しばらく泳がせながら、口を開いた。 「ミユキ……さっきは、悪かった」 その言葉聞いた三幸はすぐ、少しだけ緩んだ口元を戻すと、背筋を伸ばしてファングモンを見据えた。 「謝るべきは私です。ごめんなさい。完全に頭に血が昇ってました」 頭を下げるということをはっきりと知らないファングモンの目にも、三幸の深く下げた頭には、何かがはっきりと込められてるように感じ、目を逸らさずに、続けた。 「……オレは、一回休めなり、ちょっと落ち着いた方がいいなり、もっと早く言うべきだった」 「ならこれからは遠慮なく言ってくださいね。私……その……短気で喧嘩っ早いもので……」 頭を上げてから苦笑いを浮かべ頬をかく三幸はすぐ、前から言おうと思ってたと言わんばかりに表情を変え、口を開いた。 「今更ですがファングモン。私達、随分と変わった形でパートナーになりましたよね」 喉に張り付いた何かを、必死に飲み込もうとする顔で話す三幸に、ファングモンの目にかつて見えた淀んだ光の幻覚が映り、苦々しく目を瞑った。 「そんな始まりでも、あなたは世界を救うテイマーのパートナーになるって言ってくれましたよね。 あの言葉私、かなり気に入ってますよ?」 「ミユキ……」 その言葉に、ファングモンの視界の裏に見えた気がした淀んだ光は、いつの間にか消え去っていた。安心した声音でパートナーの名前を呟き、笑って彼女のブラウンの瞳を見つめた。 「どんな始まりであろうとも、その後にどう歩むか……だからその、まだ私と歩んでくださいね、ファングモン」 笑って語る三幸に、ファングモンは同じように笑って喉を鳴らした。 「ってことでファングモン!まだ頼みたいものありますわよね?」 「お前さっき何言ったか忘れたのかミユキ!?だから唸るなワーガルルモンにでもなる気か!?」 ──── 「ふぅ……ようやく灰被りの城が見えてきましたね、鳥谷部さん」 幹部の集まりから2日後、遥か底にあるマグマから沸いた、足底から頭上までうだる熱気の中、代わり映えのしない黒と赤の山道の先にある灰色の城を、生源寺百蓮が残った水筒の水を飲み干してから指差したのを見て、鳥谷部晶子は息を吐いて返答した。 「二人とも大丈夫?用意はしたとはいえ、流石に暑かったし、結構歩いたわよ?」 「ご心配なく。水はまだありますし……早く終わらせ、お風呂に入ります」 「拙者も心配ご無用。あの城に冷酒でもあればなおよしでござるが……どうでござろう」 百蓮とムシャモンの言葉に笑って返した鳥谷部はシーチューモンに水を飲ませ、自身も顔に滲んだ汗をハンカチで拭き取ると、城の周辺を見渡す。マグマを内堀の代わりに見立てた城の狭い入り口に、見張りのデジモンが2体……それだけであった。 「斬りますか?すぐに終わりますが」 「うーん……シーチューモン。暑いでしょ?体、冷やしてから行かない?」 「……お言葉に甘えます、母上」 百蓮の問いに、鳥谷部はすぐに空色のデジヴァイスを取り出して答え、シーチューモンをクリスペイルドラモンへ進化させ、猛烈な吹雪を巻き起こす。見張りのデジモンは突然の吹雪に狼狽え、足元から瞬く間に凍き、物言わぬ氷の塊へと変貌した。 「これの使い方も、少し分かってきたかしら」 作り上げた氷の塊の近くで体を冷やしながら、鳥谷部は首から下げた【愛情の紋章】とその持ち主の空色のデジヴァイスを交互に見た後、思い出したかのように手を叩き、百蓮の方を向いた。 「そうだ百蓮ちゃん、終わったら何食べる?」 「は?何故そんな話を……」 これから、あの城の主であるサンドリモンを打ち倒す。にも関わらず子供に夕食の希望を聞くように話す鳥谷部に百蓮は呆気に取られ、黙り込んだ。 「拙者、鳥谷部殿はハンバーグなるものが得意と聞きましたが」 「なんであなたが答えるのよムシャモン……まぁでも、興味は、ありますが」 「決まりですな母上……そろそろ参りますか?」 「そうね。少し楽になってきたし……行きましょう」 ヒビが入り始めた氷塊に目をやると、鳥谷部達はそのまま悠々と城門へ向けて歩き出した。 それから間もなく、氷塊が砕け散った音がしたが、誰一人として振り返ることはなかった。 「妙ねぇ……誰もいないってことは、無いはずなのに」 石と灰で作られ、散発的に飾られた絵画やガラス細工、そして【理想の王子様】なる作品名で作られた、顔の見えないガラスの像。武骨さとガラスの透明感が混ざり合う奇妙な城内を、鳥谷部は疑問に思いつつ、周りを見渡しながら進んでいく。 「気配は感じますが……それにしては、少ない」 「策はあるはずでござろう……このように!」 会話の最中に、柱の影から飛び出してきた何者かを、ムシャモンは一瞬でザンメツモンへと進化し、レイピアでの一撃を軽くいなすと、そのまま六本の刀で襲撃者、グラディモンを容易く斬り伏せた。 「うむ。中々の実力……と言った所でござるな」 「サンドリモンのやり口を考えると、ここにいる者の質は保証されてるはず……まさか、これを続けるのが策ではないでしょう」 【王子様】とやらを求め、強力なデジモンや優秀なテイマーに、ガラスの靴の形をした招待状を渡し、時にはばらまいて触れた者をこの城に転送する。思い出したサンドリモンの手法に、百蓮は無表情のまま周りを見渡し、先を少し考えた様子を見せた瞬間、カラフルなガラス細工で彩られた大きな扉が、軋むような音を立ててひとりでに開くと、それからすぐに女の声と、ほの暗く見える扉の奥から薄ぼんやりとした細い輝くが、見えた。 「どうぞこのまま、玉座の間までどうぞお越しください狼藉者の皆様……歓迎しますよ」 一方的な言葉の後、扉の向こうから迫る無数の光線をクリスペイルドラモンが氷の外殻を砕かれながらも全て防ぐと、苦々しい顔を浮かべながら「随分と手洗い関係だ」と吐き捨て、再び歩み始めた。 「改めまして。灰かぶりの城へようこそひと屋の皆様方……この玉座を、お望みですわよね?」 赤い絨毯の敷かれた広間に、透き通ったガラスの玉座が二つ。そのうちの一つに座る城の主……サンドリモは立ち上がると、空の玉座に手を触れ、ガラスで隠された顔からも感じられる侮蔑の目で鳥谷部達を見下ろしている。 「百蓮ちゃん、王子様になる?」 「私にそういう趣味はありません」 鳥谷部の冗談に百蓮が目を細め返すと、咳払いをしてからクリスペイルドラモンが口を開いた。 「我々が欲しいのはこの城と、貴殿の集めた王子様候補とやらだ」 「……でしょうね」 サンドリモンがため息をつきながら、傍らに立てかけた大時計を肩に担ぐと、瞬く間にバズーカへと変形したそれに白い光が収束させながら、サンドリモンは事務的に話し始めた。 「生憎ですが人もデジモンも、既にここから逃がしました。ここにいるのは私の手勢と、それでも戦うと決めた勇敢な者達です」 大時計へ収束する白い光が、夜の12時……処刑の時刻を告げるように巨大なレーザーとして放たれる。ザンメツモンの獄門縛による咆哮がほんの一瞬処刑の時刻を遅らせるも、処刑が始まった。罪人となるクリスペイルドラモンは、己の氷の外殻や爪を全て、身を護るために大盾として展開する。閃光が氷の盾に触れ僅かに押し合った後、薄氷が割れる様な音と共に、クリスペイルドラモンをレーザーが呑み込んだ。 サンドリモンは何も言わず、赤い絨毯の敷かれた階段を大時計を担いだまま、ゆぅくりと降りていく。やがて光と煙の中から、失った両手を氷で急速に再生させていくクリスペイルドラモンが、サンドリモンを睨みつけていた。 サンドリモンは特に驚いた様子は見せず、鳥谷部と百蓮に視線を移し、踵を返すと、静かに告げた。 「あなた達も特別に舞踏会へとご案内しましょう。どちらが参りますか?」 「ダンスねぇ……浮気して消えた旦那と社交ダンスに参加したっきりよ」 サンドリモンの言葉に、鳥谷部は細い目で困ったような笑みで返すと、反応に困って同じく目を細めた百蓮のほうを振り返った。 「というわけで百蓮ちゃん、ムシャモンさん。こっちはこっちで骨が折れると思うけど、お願いね」 「構いませぬが鳥谷部殿。クリスペイルドラモンの腕は……」 「やぁねぇ、あの子はあのくらいで負ける程ヤワじゃないのよ」 ムシャモンが心配するような問いに、鳥谷部はあくまで朗らかに、そして僅かに低い声音で返すと、何かを感じた百蓮も僅かに肩を跳ねさせ、ムシャモンは目を細め、沈黙した。 「お決まりならば、こちらへ」 サンドリモンが短く言い切ると、そのままガラスの足で玉座の間から移動を始めた。それからすぐ、腕の再生を終えたクリスペイルドラモンが呼吸を整えると、無言でサンドリモンの後に続く。 「頑張ってね二人とも」 先程の声音が嘘のような優しい声で、鳥谷部は百蓮達に手を振りながら、クリスペイルドラモンと共に、サンドリモンに続いた、 「……ザンメツモン。鳥谷部さんの言う通り……こちらも、骨が折れますよ」 「承知、ですが、サンドリモンに挑む鳥谷部殿と比べれば、幾分マシでござるよ」 百蓮が入ってきた扉の方を振り返り、複数の足音や羽ばたきを耳にし、目を細めながら呟いた。 「ザンメツモン、超進化」 ザンメツモンの体が輝き姿形を変わっていく中、遠くからも鳥谷部の「超進化」という声が小さく聞こえると、熱気だらけの世界に身を切るような冷たい風が吹き、やがて綺羅びやかな玉座の間で、雲一つ無い城内にも関わらず雪が降り始めると、それはすぐに、灰被りの城を白く包みこんだ。