ふと、お姉ちゃんがいた頃の話を思い出した。カフェで新作のドリンクを二つ頼んだ帰り道、お腹をたぷつかせながら太ったらやだな…なんて思って、お姉ちゃんが来るまでに買ったファッション誌があったことを。 日常に戻りたいのなら、ファッションだって大事だと思う。お姉ちゃんが似合うって言ってくれたあの恰好をまたしたい。 そう思って、着合わせをどうしようかと参考元を探すために、その時の雑誌を手に取って……ふと、気づいてしまった。 表紙のモデルさんの指に、見慣れたリングが嵌っている。 バックナンバーを漁る。……ある。その前にもある。ずっと前からある…! スマートフォンで古い号の表紙を見ても、確かにそこに存在する銀の輝き… 会ってみたい。この人は一体どれだけ長く魔法少女をやって、どんな出会いと別れを経てきたんだろう。 ……だから私はその雑誌…BiBiを抱えて、見滝原から数駅の街、神浜へと足を伸ばした。 これが物語の始まり。…お姉ちゃんを失った私と、幼馴染を失ったあの人…七海やちよの、物語が繋がる、一歩目の出来事。 続きはKoitoboxで公開中です ──私は一人でやるって決めたの。迷惑だから近寄らないでもらえるかしら 嘘 ──また仲良くできるって信じてるから、わたしががんばらないと 嘘 ──やちよさんはおかしくなったんだよ。もう付き合う気にはなれないね 嘘 ──かえではレナの下僕でしょ!友達なんかじゃないわよ! 嘘 ……この街は嘘だらけなのに、まるで気分が悪くならない。 誰かを気遣う優しい嘘が街を堂々巡りしていて、お互いを気遣う気持ちがお互いを遠ざけている。 なんて優しくて悲しい街なんだろう。 ……美国先輩も、そうやって気遣って言ってくれたのかな。 ……当然答えはなかった。当たり前だ。もう美国先輩はどこにもいない。 …けれど、あの人たちはまだここにいて、それならまだやり直せる。 続きはKoitoboxで公開中です 神浜は広くて、街自体が東西の対立もあって魔女が出やすい環境になっている。 だから結界を感知することはそう珍しくない…というのは後から聞いた話。 その時の私はまた覚悟を決めて踏み入ったもので、だから中に入って血の匂いがした時に驚いて、使い魔たちや魔女がぼろぼろのバラバラにされていることに驚いて、……それから、倒された魔女から流血するなんてことがありえないことに気が付いた。 血みどろの嵐の真ん中には知らない魔法少女の姿がある。たぶん、盾だっただろうものが真っ二つに折られていて、その中からあふれ出しているのは口にするのも憚られるような悍ましい道具たち。 ……そして辺りに散らばる赤がこの人からだと気づいた時には、その片腕が失われていることに気づいたときには、そしてソウルジェムが真っ黒なことに気づいた時には、 ──私はひとりぼっちでした ──どこにもいていい場所なんてなかったんだ ──あなたに私が見えるなら、魔法少女なら見えるって気づいていたら ──生まれてきて、ごめんなさい 嘘。 最後の言葉が嘘だったなら、それは、それは…!! 続きはKoitoboxで公開中です 「あなたは、あまり動揺していないのね」 実際に誰かが魔女になるのを目にしたのははじめてだったし、ショックではあった。ただそれでも、知らないよりはずっとメンタルへのダメージは少ない。 あの後うまく戦えていなかった私を助けてくれたのは、私が探していた件のモデル…七海さん当人だった。 なんとかその場で魔女を倒すことができて、その日はご厚意で泊まらせていただいて… 「…困ったものね。まさか遺体になっても誰にも認識されないだなんて」 魔法少女の遺体は見つかるようにそっと置く。それは不文律だったらしいけど…彼女の最後の言葉からするに、なにかしらの魔法で一般人には見えなくなってしまっているらしい。 片腕を失い、1日で痛んだ遺体を2人がかりで修復して今この家…みかづき荘に寝かせている。 「二葉さな。水名の生徒で、数週間前から行方不明。親はそんな娘は知らないの一点張り」 家庭環境がよろしくないのは見てとれた。実の娘が行方不明になってそう言い張る大人を、親とは呼びたくなかったけれど。 「……ほんとうに、この街の魔法少女は面倒ごとばかり起こすわね」 嘘。 …つい口に出てしまって驚かれて、 続きはKoitoboxで公開中です …遺体を抱えたまま電車に揺られることになるとは思わなかった。 結局彼女の体をどうするか悩み続け、私は巴さんを頼ることにして、巴さんはずっとずっと悩んだ末に佐倉さんへとバトンを繋いだ。 そして今、私達は廃教会の傍の墓地にいる。 「……あんまりやりたくはないんだけどさ。……誰からも弔われない死者なんてあっちゃならないだろ」 佐倉さんは非常に難しい顔をしていたけど、その言葉に嘘はなくて、ゆまちゃんはずっとずっと、悲しそうに二葉さんの遺体を眺めていた。 参列者はたった数人、血のつながった肉親がいるのに並ぶことはなくて、誰にも知られないまま消えていった魔法少女に弔いをする。 「主よ、どうかこの哀れな子羊に安息を与えたまえ」 ……なぜか堂に入ったその祈りの言葉は、彼女への慰めになっただろうか。 …誰も訪れない墓に、体を埋める。残されていたわずかな遺品から、きっと好きだったのであろう人形劇のマスコットと一緒に、ゆまちゃんが小さな花を添えた。 それから、別れを終えて、亡くなった彼女への責任を果たした七海さんがふと口を開いて 「……あなた達はこんなところで生活しているの?」 続きはKoitoboxで公開中です 紆余曲折あり、佐倉さんとゆまちゃんが神浜に下宿することになった。 ひとつは、佐倉さんがゆまちゃんに泥棒をさせていたこと。これについては七海さんと巴さんがたっぷり絞りあげたので、佐倉さんはしなしなになっていた。 ひとつは、今の風見野に魔女が増えようがないこと。…あれ以来キュゥべぇを見つけ次第倒すようにした結果、街の中ではもう見ない。 …美国先輩が魔法少女たちを死なせた結果、魔女になる魔法少女がもういないこと。 近隣からの流入については、隣町で一番大きい見滝原は巴さんが入念な処理をしているため問題がないこと。 そんなこんなで風見野はたまに見に来ればいいだけになり…ゆまちゃんがふと知っている街並みで過去を思い出してしまうなんてこともあって、ホテルの部屋を勝手に使ったりするより健全な生活でしょ…と七海さんが押し切った。 いくつかの理由に嘘を感じたけど、それがなんなのかはまったくわからなくて…でも、 「これ以上こんな生活を送らないほうがいいわ」 嘘はついていない。 これが本心なら、どこか厳しくて壁を感じるだけれど、やっぱり本当は面倒見がいいのかななんて、そう思った。 続きはKoitoboxで公開中です 「私は七海やちよ」 嘘はついていない 「私はモデルをやっているわ」 嘘はついていない 「私はポイント9倍デーが好き」 嘘 ……最後のが嘘になるのは驚きかもしれない。どうしてだろう?私だってスーパーの娘だから、ポイント9倍なんてお客さんは大好きだろうと思うのに。 「なるほどね。本当に嘘か本当かしか判別できない、と」 思ったよりも融通が利かない能力なのはわかっていた。相手の嘘を感じ取れても、どういう意図かまではわからない。だから相手の発言の真意を知るためには踏み込む必要があって、私は興味本位でこの人に話しかけている。 「私が好きなのは…ポイント10倍デーよ」 ……………やっぱり、思ったよりずっとひょうきんで面白い人なのかもしれない。 「やちよお姉ちゃん、ゆまもお買い物行きたいなー」 「フフ。なんでも買ってあげるわね…なんでも…」 嘘。たぶんこれは予算に上限がある。 続きはkoitoboxで公開中です 太鼓の様な魔女だった。 やちよの小言がうるせーんだ、と辟易した佐倉さんとの当て所ない散歩の最中、強烈な穢れの反応に向かってみれば、そこには倒れ伏した片腕を失った魔法少女の亡骸がある。 強い血の匂いがして、竜の紋が入った陣太鼓の魔女が猪突猛進、こちらへと向かって来た。 なにかに飢えているようなそれは私たちを食べてしまおうとでもしていたのかもしれない。私一人ならやられていたかもとぞっとする。 乾坤一擲の一撃が太鼓を破り、結界が消失するとなぜか穴蔵だった。こんなところで彼女はなにをしていたのかな。 「……まぁわかっちゃいたけど、だめだな。やちよに連絡してくれよ。アタシらじゃこいつが誰なのかわかんないし」 二葉さんと同じ制服…多分彼女も水名女学園の生徒なのかな。 どんな人生だったんだろう。どんな願いをしたんだろう。 遺体は答えない。答える人は誰もいなくって… 強烈な違和感があるのに、私はそれの正体がわからずにいる。 「考え過ぎるなよ。重いぞ」 ……それでも…… 続きはKoitoboxで公開中です ゲームセンターで魔法少女が三人遊んでいるのを見つけて、向こうから声を掛けられた。 「見ない顔だから気になってさ」 嘘。 …ただ、嘘だからって断るのもよくない。向こうは三人組で、私になにか敵意があるわけでもなさそうで、だから誘われるままに対戦台に座ることにした。 「アンタ虫も殺せなさそうな顔してるけどレナの相手できるの?」 アーケードは慣れてないので、つまらない対戦になったらごめんなさい。それから、数戦。 「ちょっと今の設置技ハメでしょ!!?レナのシマではノーカンだから!!」 なんだかお姉ちゃんを思い出してちょっと元気が出る反応だった。 「…ごめんな、ケンカ売るような真似して。…かえでがさ、あんまり元気なくって」 「……こいつの友達が音信不通なのよ」 嘘。……レナさんは本当。疑いの目を向けると、ももこさんが喋り出した。 「……君さ、なんでみかづき荘に出入りしてるんだ? やちよさんに何かされてるのか?最近アタシらの知らない子が後二人もいるって」 ……この人たちは、やちよさんとなにかあったのかな。ともかく、別になにかされたわけじゃなくて… 続きはkoitoboxで公開中です 最近は週末になるといつも神浜にいるような気がする。あの時感じた違和感の正体を探るためだ。 街に慣れるためにゆまちゃんと一緒に歩く。 やちよさん曰く、もう少し慣れたら学校に入れることも考えているらしい。 …そんな私達を魔女が襲った。ここは大病院がそばにある。評判のいい病院らしいけど、やはり口づけを受けやすい人が弱った人多いのか、今日も結界内に成人男性が倒れていた。 今日の魔女はとても小さくて、毒をまき散らしている。頭から生えたチューブと青ざめた顔が特徴的で、結界内にはあちこちによくわからないものが転がっていて、……毒はゆまちゃんがなんとかしてくれるし、私も飛ばすものがたくさんあるのですごく楽に倒すことができた。 助け出した男性に声をかける。あなたは気を失っていたんです、とお決まりの文句だ。 「……ああ、済まない。こんなところで気を失うとは…いや、そもそも私が病院外にいることに気づかんとはな…」 私と同じ影を感じる。……誰かを失った人間の影。 「すまないね。娘を亡くしてからというもの、どうにも身が入っていないようだ」 …名札には、里見の文字。 続きはkoitoboxで公開中です 里見院長からいろいろと話を聞いた。 娘さんの死は、仲が良かった友達二人のお姉さんが交通事故で亡くなったことから始まったらしい。 ……それだけじゃなく、病院を最後に目撃情報が途切れた芸術家の少女のこと。 遺体安置所から監視カメラに映らない形で遺体が消失したこと…度重なる問題に疲れ切っているみたいで… ただ、そこで冷静に休むことを選択できる人だった。 「……働いていれば、忙殺されていれば、と思っていたんだが。それで仕事に支障を来していれば世話はないな」 ……そもそも見ず知らずの私たちに、そんなことを溢してしまう人でもないんだと思う。言葉には何の嘘もなかったから。 疲れた足取りで去っていく彼がもう二度と結界に捕まらないことを祈りつつ、私たちもみかづき荘に戻ることにして…… そして、そんな頭の中で疑念だけが膨らみ続けている。 ……帰り道、駅の前でビラを配っている人たちを見つけて、あの日を思い返してため息をついた。 栄総合の美術部にいた生徒らしくて、それが病院で行方不明になっていた芸術家の少女なんだろうなって。 ……病院で最後に、だから、多分、私たちが倒した魔女が…… 続きはkoitoboxで公開中です 神浜には調整屋というサービスがあるらしい。 東側の団地のシャッター商店街の隅でこじんまりと営業しているそれを、私はももこさんから聞いた。 ──怪しいし正直めんどくさいやつなんだけどさ、調整してもらうとすごく調子がいいんだ 私のことを疑っていたお詫びだったのだろうと思う。お代になるグリーフシードまで分けてくれた。 お父さんとお母さんを短期間で娘を二人失った親にはさせたくない……そう思う。 果たして何度目だろう。向かう途中で魔女の気配がして、…そして消えた。 件の調整屋に向かうと、そこに厳格そうな銀髪の魔法少女と、息も絶え絶えの多分大学生くらいの女性がいる。 「む……君は誰だ?」 射貫くような視線に、このタイプに嘘をついてはいけないと思って本当のことを言う。 「すまないが失礼する。……ふむ、なるほど。神浜の外の魔法少女か。…ああ済まない、顔を見ればわかるだけだ」 嘘。 「済まないが八雲も疲れ切っていてな。感じなかったか?さっきまで魔女がいたんだが…」 話を聞くと、執拗に脚を狙われ続けたらしい。 「一体何が目的だったのか、自分には目もくれずに脚ばかり狙っていてな」 続きはkoitoboxで公開中です いらっしゃいませ。そう口に出して、馴染みのお客様に接客をする。 誰もお姉ちゃんのことを触れようとはしない。当たり前だ。……みんな覚えているはずなのに、みんなの中でお姉ちゃんが過去になっていく。 言いようがないもやもやが広がって、お父さんとお母さんに心配されてしまった。 いけない…ちゃんと集中しないと。そう思って顔を上げると、いるはずのない顔が目に入る。やちよさんだ…わざわざ数駅離れたうちのスーパーにどうして? (急に来てしまってごめんなさい。…ゆまちゃんのことで聞きたいことがあって) テレパシーが送られてきた。 (髪が傷んでいてね。だから伸ばしたいなら切ってしまってから改めて伸ばしたらどう?って言ったのだけれど、切るのを嫌がるものだから) …過去は過去で、厳然と存在する。 忘れられても、消えることなく。…消したいものの方が強く痕跡を残して、こびりついている。 (お仕事が終わったらどこか喫茶店にでも。…あの子は…どんな目に遭ってきたの?) …だから多分、私も。きっとずっと、お姉ちゃんのことを忘れないままでいられるんだろう。 ……いいことなのか悪いことなのかは、わからなかった。 突然入ってきた女性に面食らって、休日のみかづき荘の平穏が破られた。 「あの子をどこへやったの!!」 やちよさんに掴みかかる女性がいったい誰なのかがわかる人は、ここにはやちよさんしかいなくて。 「行方不明になって…なんの傷もなく死んでしまって…!それだけでもあなたたちのせいなのに!」 …魔女化してしまったのかな。 「あの子の体をどこへやったの!?葬式から弾いたのにまだ私たちを傷つけるつもりなの!?」 やちよさんの顔がどんどん歪んでいく。ゆまちゃんはトラウマがぶり返したのか震えていて、佐倉さんはずっと女性を注視している。 「返しなさい!体を盗んだのはあなたたちでしょう!?」 ……そこまで叫んで、やちよさんが泣き出したのを見て、勘違いに気づいた女性はふらついたまま出ていった。 「みふゆ…」 絞り出されたようなかすれた呟きに、誰も答えられなかった。 「あー…バッドタイミング、だな」 …見慣れない女の子を一人連れて、悲しい顔をしたももこさんがやってきたのはそのすぐ後だった。 続きはKoitoboxで公開中です 静寂の中にすすり泣く音だけが聞こえて、全員が困る中で一番最初に動いたのはゆまちゃんだった。 泣いているやちよさんの傍に寄って、手を取って寄り添っている。 ももこさんは自分の考えを恥じるような顔をしていて、もう一人連れられてきた付属の制服の子は…表情がわからない。何を考えているのかが掴めない。 「あー…クソ。アタシらバカみたいじゃんか」 ももこさんがゆっくりと躊躇ってから。ぐいっと近寄って、 「なあやちよさん。アンタがアタシらに憎まれ口を叩いて遠ざけた。そうだな?」 「…………」 「やちよ……わたしも言ってくれないとわかんないよ」 嘘の音がしない。やちよさんはずっと泣いていて、それから絞り出すように声を出した。 「……私の傍にいたら、かなえみたいに…メルみたいに…みふゆみたいにみんな死んでしまう」 誰も何を言っているのか理解できない内に、やちよさんは自分の能力についての推察を話す。誰かを犠牲にして生き残る能力。 ……嘘は、ついていない。けれど、 「だから離れて。もううんざりなの。私は一人でやっていく…一人でやっていけるわ。あなたたちは、もういらない」 「嘘」 続きはkoitoboxで公開中です 私に嘘は通じません。そう伝えるとやちよさんはがっくりと肩を落として黙り込むしかできなくなってしまった。 「…自分の魔法を怖がる気持ちはわかるよ。あたしも言えた話じゃないしな」 誰もが沈黙するなかで、躊躇いながらも佐倉さんが口を開いた。 「ただまぁ…怖がりすぎるのはよくない」 …私自身、この能力が嫌になるときもある。この街は嘘ばっかりだ、なんて話じゃない。 この世界は嘘に溢れていて、私はその嘘の理由がわからない。ただ……一つだけ、聞いていたことがあった。 ──そうか、七海のところで世話に……なら伝えてほしい。梓になにかあった時、その後を頼まれている。いつでも頼れ…これは東西ではなく個人的な友誼だ 「みふゆが…十七夜に?」 彼女たちになにがあったのかを、私は知らない。だから伝えるだけで、その他に私たちから言える言葉は後一つだけ。 失ってばかりの私たちのいまを祝福するための、慰めで、希望の言葉。 ゆまちゃんが小さな手をやちよさんの頬に当てて、慈愛を込めて微笑んだ。 「いつかはいまじゃないよ」 誰かを救う誰かをこそ救う、魔法の言葉。 続きはKoitoboxで公開中です いつかは今じゃない……いずれ必ずやってくるけれど、それでもそれは今じゃないんだと、そう伝える言葉。 「ま、そういうことだ。アンタも怯えて縮こまるより、前出てみんな守るほうが好みなんじゃないの」 ぶっきらぼうな言い方だったけれど、佐倉さんの物言いは的を射ていると思う。……この人はずっと攻めて攻めて攻め続けてきた人だった。微妙な距離を感じつつも、その中で嘘がなかったとき、いつだって前に出てその槍で突破してきた人だった。 「みんないなくなってしまったの……」 枯れ果てた声で、手を握ってくれているゆまちゃんに縋るようで…… 「ももこ…鶴乃…いなくならないで」 来てくれた二人に、甘えるような声を出して。 「ごめんなさい……ごめんなさい。今度こそ私に守らせて……だから、私を一人にしないで……」 ゆまちゃんがそっと離れて、二人がやちよさんを囲んで抱きしめた。 ……これでもうやちよさんも一人になろうとはしないだろうと思う、それを見つめてほっとする私の頭の中で、何かが繋がろうとしている。 ……今この神浜で起こっている問題の情報が、やっと揃った……そんな気がする…… 続きはkoitoboxで公開中です 「来たわね、小糸」 玄関を開けていきなり名前で呼ばれて驚く。見ればみかづき荘にはゆまちゃんに佐倉さんに、何か虚脱したような顔の由比さんとリラックスしたももこさんが座っている。 「……まあ面食らうだろうけどさ、結構不器用なんだこの人」 「やちよは寂しがりだもんね!ふんふん!」 「うるさいわね!」 やっぱり、きっと愉快な人なんだろう。 ……それから、昨日の電車内で立てた予測を話す。水名の女生徒を狙う魔女がいること。その魔女が体を集めていること。 「……みふゆの遺体も、取り返せるかもしれないわね」 「アタシらで取り返してやろう」 後はどう呼び寄せるかだけど、それも考えてきた。狙っているということは、水名の生徒である…あるいはあったことを理解しているということ。それならもっとも簡単にそう思わせる方法がある。 「……いいのね?」 危険よ?とそう聞いてくれているけれど、私もこの一件に関わったものとして、…彼女の魔女化を見つめたものとして、その原因になった魔女に一矢報いたい気持ちがある。 だから、それを手に取った。 二葉さんが遺した、水名女学園の制服を。 続きはkoitoboxで公開中です 格好つけてみたはいいものの、着てみたら二葉さんの制服は胸元がぶかぶかだった。 やちよさんから撮影の時に使うらしいパッドをお借りして、足りないから別の布を詰めて、下着をお借りして…なんとか不自然ではない膨らみが生まれている。 どうにも正気に戻ってしまいそうになるけれど、これも魔女をおびき寄せるためだ。明らかに自分のものではない制服を着ていると悟られるわけにはいかなかった。 ……美国先輩やお姉ちゃんならこんなことしなくてよかったのに。 そう考えて、…久々に重苦しいことなく2人のことを思い出せた気がして笑った。 …大丈夫。辛い思い出や相反した感情だけじゃなくて、なんてことない他愛ない冗談のような思い出や想像だって私の中に残ってる。 今だけでいいから、お姉ちゃんの素直じゃない勇気と、美国先輩の目的のための意思を私に貸してください。 被害者が多かった水名区内を歩いて、夕方過ぎ。栄区との境界のあたりでとうとう魔女が来るときのあの間隔。 連絡をして、結界へと身を委ねる。 入った直後、体を奪い取っていたであろう魔女からの一撃が襲いかかってきて── 続きはKoitoboxで公開中です 魔女の一撃が頭を貫く。がくついた体は言うことを聞かないかのようにぐらぐらと揺れて、魔女の二撃目が脚を刈り取った。 ──のを、私は少し後ろから眺めていた。 殺されたはずの私が、解けてリボンになって、魔女へとバレないように絡みつく。 「これでいいわね。さあ、最深部まで追うわよ」 ──相手が複数の魔法少女を狩った強大な魔女かもしれないなら、最大限の戦力をぶつけるべきよ 頭の中の美国先輩がそう言う。だから私は、今日のために巴さんに助けを求めた。 ──逃げる魔女なら追い詰めればいい!巣の奥の奥まで追い込めば、もう逃げ場なんてないんだから! 頭の中のお姉ちゃんがそう言う。だから私は、囮を使うことにした。 ……あとは私の知り合った魔法少女達全員で、この結界の奥へと歩を進めるだけだ。 ヘンテコな絵が転がった空間の中に、場違いなほど明るい音楽が聞こえてきている。 その一方で空間は檻に覆われていて、進めば進むほど入り込んだものを外へ出す気が感じられない。 まるで所有権を主張するような。もっと言うなら、子供が駄々をこねてこれは私のだと叫ぶような…そんな結界だった。 そして、 続きはkoitoboxで公開中です カボチャにキャンディ、旋律の狂った明るい鎮魂歌。 結界の最奥部は檻に覆われた以外は概ねそんなものでできていて、その中心部にその魔女はいた。 頭部には棺桶のような、あるいは金庫のようなものがくっついていて、その中には行方不明になっていた著名な芸術家…アリナ・グレイの遺体が収まっている。 更に奥にはイーゼルとキャンパスらしきものが置かれていて、その横に…いくつかの腕と脚が、胴体が…人体構造がわからないのか適当に繋ぎ合わされたまま放置され、そしてそばの椅子には、 「みふゆ……」 魔力で綺麗に修復された遺体が座らされていた。 「モートセーフかしら。随分強欲な魔女のようね」 言い表す言葉を持たなかった私に、巴さんが答えをくれた。 この魔女がなにを思ってこんなことをしたのかはわからない。けれど脚や胴体があるのなら、私たちの知らない犠牲者まで出てしまっている。これ以上野放しにはできなかった。 だから……私たちの返答はたった一つ。 巴さんが伸ばしたリボンで魔女の体を拘束して、そこにここにいる全員の全力を叩き込むだけ。 それに耐えられる魔女なんて、いるはずもなかった。 続きはKoitoboxで公開中です ……それから、いろいろ大変だった。 魔女に繋ぎ合わされていた体については、せめてその一部だけでも発見させないと行方不明者の身元がわからないままになってしまうので、これも一回ばらばらにしないといけなかった。 遺体も各所にわざと発見されるように配置しなければならなかった。これも、魔法少女の責務なのかもしれない。 ……それから数日して、神浜市内で著名な芸術家が亡くなったという報道が流れて、それに伴ってバラバラ殺人が起きていると話題になって、結局犯人なんて捕まりようがないので風化していった。 けれど、私の中でこの事件は終わっていない。 その魔女が、そしてその結界の様子から、やちよさんとももこさんは果たしてそれが誰なのかを知っていた。 ──ちくしょう。かえでになんて伝えればいいんだよ 苦々しげに、吐き捨てるようにそう言った彼女の表情を、私は忘れることができないだろう。 ……彼女達から聞くのは憚られたけれど、だからって知らないで済ませようとは思わなかった。 だから報道で流れた、未だ行方不明のままのその名前…御園かりんさんについて聞くために、栄区でキュゥべえを呼び出した。 続きはkoitoboxで公開中です 「例によって僕らは感情を理解できない。起こったことをそのまま伝えるだけになるけれど、いいかな」 元からそこは期待してなかった。公園のベンチに座ったまま、地べたにお行儀よく足をつけているキュゥべえを見やる。 「僕らは強い因果を持っているアリナ・グレイに注目して、ずっとその動向を見守っていた。……ある日のことだ。街で魔女化寸前の梓みふゆを見かけた彼女は、何かしらの美意識に引っかかったのかひどく興奮していてね」 ──デッドとライフの境界線にいるフェイス……パーフェクトボディ……たまらないんですケド 「その後梓みふゆはなんでもなく魔女化してくれたのだけれど、アリナはその後もしばらく彼女を探していて、それを後輩…かりんにも話していたんだよ。水名の生徒らしいとか、その肉体美についてだとかね。それからしばらくして、かりんがアリナに手紙を手渡した」 そこからはいまいち要領を得なかった。その手紙に何が書かれていたのかをキュゥべえは知らなかったし、その後は突然いなくなったアリナさんを探してかりんさんは街を探し回ったらしい。 「アリナは契約した直後に自殺を図ったんだ。わけがわからないよ」 ──わたしがお手紙を渡しちゃったから、先輩は目を覚まさなくなってしまったの? 「君が手紙を渡した直後にアリナの様子が一変したのは事実だね」 よくもぬけぬけとそんなことを言える…と思ったけれど、ぐっとこらえる。 「追い詰められた人間の考えることは不思議だね。かりんはアリナが死んだという事実を受け入れようとしなかった。ソウルジェムは濁りに濁って、その間ずっとアリナが探し求めていた梓みふゆを探していた」 ──わたしが先輩が探していたパーフェクトボディさんを見つけたら、先輩もびっくりして飛び起きるに違いないの ……普通の女の子なら、いつか気づいて諦めて悲しみに暮れるだけになったんだと思う。魔法少女はそれが許されない。 「そうだね、彼女は限界だった。あとは知っての通りだ。魔女となって尚探し続けた彼女は、断片的な情報に該当する少女達を襲い続けた。水名に関係する女生徒で、豊満な子達だね」 やりきれない。 「僕らとしては、それに誘発される形で何人も魔女になってくれたから助かったよ」 それだけ聞ければ十分で、私はキュゥべえが座っているところに予め埋めておいた鉄片を動かして、その頭を吹き飛ばした。 こうして、事件は幕を閉じた。 ──みんな元気にしています。あなたのおかげで、もう一度仲間に戻れたわ ──かえではまだ時間がかかりそうだ。でもなんとか元気づけてみせるよ ──みんなでおいしいオムライスをたべにいきました!こんどは小糸おねえちゃんもいっしょにいこうね ──またいつでも頼って頂戴ね。美味しい紅茶と一緒に待っているわ。おいしいケーキ屋さんもあってね… スマートフォンにはいろんなメッセージが届いていて、失うものの多かった街で私たちが得た繋がりだった。 あの時期のように毎週末に向かうわけではないけど、それでも少なくとも月に一回か二回は遊びに行くようにしている。 逆に開けている風見野の様子を見に神浜から来てくれることもあったりして、私たちの繋がりが、途切れることはきっとない。 これがいつまで持つのかはわからない。けれどきっとこれからはこれが日常になっていく。他愛ない会話と、命がけの戦いが同居した生活が続いていく。 これからも続く物語の向こう側に、私の日常が形作られて行く。 美国先輩のことも、お姉ちゃんのことも、答えはまだないけれど……大切な何かが私の中に残っていると、そう思えた。