「しかしカフェの利益だけでどうやって戦闘ヘリを…?」 「うふふ、私たちのカフェはズッケロだけじゃないんですよ?」 そう言って手渡された何枚かのショップカード。 「近くに用事があったら、是非寄ってみてください。」 ───── 暑い。コーラップス汚染によって砂漠化したウクライナ内陸部の夏は、アフリカのそれと遜色ない致死性を持つ。 たとえそこが浄化済みの衛星都市内部だとしても、熱気と日差しは容赦なく侵入する。 ここは中核都市ハリコフ近郊の繁華街、冬にはクリスマスマーケットで賑わう街頭も、今は歩く人もまばらだ。 除染の手間を惜しんで車で来なかったことを後悔するが、もう手遅れだ。額からは汗が吹き出し、石畳に落ちた水滴は染みを作る間もなく蒸発していった。 「ダメだ、どこかで涼もう。」 土地勘はあまりないが、以前スプリングフィールドに渡されたショップカードにこの衛星都市の名前があったことを思い出した。 「ICEステーション、か。涼むにはちょうどいい名前だな。」 名刺入れから取り出したカードを検める。黒字にボールドな文字の厳ついデザインだ。とそのとき、 「お前、ここら辺じゃ見ない顔だな。同行願おうか。」同時に背中に棒状のものを突き付けられた硬い感触があった。 「クソ……ッ」成す術なく両手を上げる。乱暴に腕を後ろに回され、手錠が掛けられる。そのまま頭を掴まれて、有無を言わさず近くの雑居ビルの一室へ連行された。 そこは殺風景な取調室だった。粗末なパイプ椅子に、傷だらけのテーブル。床には薄茶けた染みが点々としていて、壁にはハーフミラー。空調だけはしっかり効いているが、今は冷や汗が更に冷えて風邪を引きそうだ。 「ようクソ移民、ハッピーか?」さっきと同じ声の主がテーブルの向かいに座る。顔は対暴徒用のゴーグルとプロテクターで覆われ表情は伺えない。だが……これは知った声だ。 「お前、まさか870か。」「なんだァ? 俺様のことをお前呼ばわりか? タフガイぶるんじゃねえぞ。」銃口が顎に突き付けられ、引き金が引かれる──「ポンッ」 飛び出してきたのは00B(ダブルオーバック)ではなく造花の束だった。「やっぱり覚えてた? 指揮官。それとも今は別の名前がある?」「指揮官でいいよ」 「じゃあ私のことはレミーって呼んでね。今はそういうことになってるから。」ゴーグルの下からニヤついた顔が現れた。 「で、哀れな移民くんはなんで自分がここに連れて来られたのか分かってる?」レミーがコピー用紙をテーブルに叩きつける。飾り気のないセリフ体で書かれた表題は「ICEステーション:供述調書テンプレート」、その隣には鷲のエンブレム。下の方に目を遣ると「不法就労(アンフェアトレード・コーヒー)」「フェンタニル密売(テキーラ・カイピリーニャ)」「偽装留学ビザ(インド風/中国風ピザトースト)」の文字、更にその下「職員使用欄」には「テースト・オブ・プランテーション(ワッフルチキン)」「MAGAミール(ステーキ・フリーダムフライ・コーンブレッド・アップルパイ)」「2nd Amendment(BBQブリスケット・銃持参の方割引)」。メニューから顔を上げると、レミーのドヤ顔。「さっさとゲロっちゃいなよ! あ、あたしはこの『お前のものは俺のもの(バドワイザー)』ね。」 「つまりここはそう言う店ってことね。」「ご明察~、結構繁盛してるのよ。流石スプリングフィールドのプロデュースね。」 確かにブースの壁越しに何やら聞き覚えのある声が漏れてくる。「ムショにブチ込んだよ!」「強制送還の鐘が鳴ってます!」「グリースガン…?」 「ハハハ……みんな元気そうで何より……」「で、供述は? 調書が白紙だと怒られるのはあたしなんだから。」「じゃあこのアルカトラズ・オン・サンフランシスコベイ(アイスコーヒーフロート)を一つ……」「そんだけ? まあいいわ、他のみんなにもドリンク頼んであげなよ。」そう言って椅子を蹴り飛ばすとレミーはブースから出て行った。 嵐が過ぎ去り一息つく。「まったく、春田さんはなんてものを作ってるんだ……」 通路を物々しい装備のキャストたちが行ったり来たりしてドリンクやフードを運んでいる。大体がバイザーを下げているから視線が読めないが、なんだかこちらを横目に見ている気がする。やはりグリフィンを出た人形たちを、春田さんがこうして食わせてくれているのだろうか、だとしたら感謝をしてもしきれない……「ハロー、クソ指揮官! 注文のコーヒーフロートだ、ありがたく飲みな!」レミーが戻ってきて乱雑にグラスを置いた(コーヒーは半分くらい溢れたのではないか)。「ああ、いただくよ。」 深くローストされた苦みとアイスクリームの甘さが普段以上に沁みる。これは外の暑さのせいだけではないだろう。870は相変わらずムードもクソもない女だ……だが10年経っても昔と同じく接してくれることはむしろ有り難くすらあった。10年か、何の話を聞こうか、そう思って彼女の顔を見る。私の視線に気付いたレミーが先に口を開いた。 「あによ、あたしの顔になんか付いてるっての?」バドワイザーを缶から直接飲みながらドスの利いた声を響かせる。 「大体こんなハリコフの衛星都市くんだりに何しに来たのよクソ指揮官。まさか本当に移民になったんですなんて言わないでしょうね?」 「ハハハまさか、依頼された品物の納品に来ただけさ。」「ふーん、こんな所にねえ……そのお届け先ってさ、ひょっとしてテワカン・カルテルの連中じゃないでしょうね?」 レミーが声のボリュームを抑える。「そのひょっとしてだけど? 中身は知らないわ。どうせ商品の『ハッピーパウダー』なんでしょうけど、私も長生きしたいからね。」「はー呆れた。ホント金ないのね。もうちょっとマシな仕事選んだら? あんなケチなチンピラども、仕入れもできずに野垂れ死ねばいいのよ。まあいいわ、アンタみたいなボンクラに依頼するくらい奴らも首が回らなくなってるって事だからね。」一気にまくし立てる。「アハハ……」私は痛いところを突かれて笑うしかない。 「昔だったら半グレの1つや2つ、暇つぶしにぶっ潰してやったんだけどね、今はスプリングフィールドに目立つことはするなって釘刺されてるから。一休みしたらこんな街さっさとバイバイしな? あんなのと付き合ってて良いこと一つもありやしないんだから。」「ご忠言痛み入るよ。それで……」 「あのチンケな賞金ハンターの野郎はここか! 出て来やがれ!」突然店の入口の方から怒号が聞こえてきた。 「何しに来やがったメキシコ野郎、客なら客らしくしやがれ!」「テメエらには用は無ェ! オイ、ブリーフだかパンティだかの賞金・クソ・ハンター! 居るのは分かってるんだ。俺達の商売道具をトウモロコシ粉とすり替えるなんてナメた事しやがって! 落とし前は付けてもらうぞ!」メキシコ訛のロ連共通語だ。 「今の話本当?」「いや知らん……怖……」ブースの隙間から様子を伺う。「クソッタレ。」さっき納品したギャングのボスだ。浅黒い肌にドレッドの髪、大きく開いた胸元からは隙間なく彫られたタトゥーがこちらを威嚇している。 「ブルって隠れても無駄だぞ! クソ野郎は臭いで分かるんだ。オラ、グズ共もさっさと探しに行け!」手下が店内に押し入ろうとする。 「客じゃねえ野郎に出す酒はねえし、ましてやその賞金ハンターだかも知らねえよ!」チンピラの前にフル装備のキャストが立ちはだかった。その威圧感に思わず立ちすくむチンピラ。 「ボ、ボス……」「フン、腰抜けが。見た目はご立派だが所詮コンカフェ風情だろうがよォ!」腰からデザートイーグルを抜き、そしてすかさず一発! キャストの脚に向けて.50AEが放たれた。「さあ行け!」倒れたキャストの上からチンピラたちがなだれ込んでくる。 「野郎……!」私は反射的に銃を手に取るとブースを飛び出し……「!!」 「まあ待ちなって……」私の首根っこをレミーが後ろからつかんで引き止めたのだ。「レミー……? どうした?」彼女は俯いて肩を震わせている。そうだ、10年守ってきた店を荒らされるのは、誰だって辛いだろう……。「私のせいで、済まない。」 「フフフ……」「え?」レミーはゆっくりと顔を上げる。「フフフフ……」そこには満面の笑みがあった。手にしたレミントン870に素早くシェルがロードされる。「この時を待ってたのよ! おいテメエら! 今の銃声を聞いたか!? ここからは我々の正当防衛だ! 一人も逃がすな!!!」「「「「イエス・マム!!!」」」」 そこからは一方的だった。ブランクがあるとは言え元PMCの戦術人形にチンピラごときが敵うはずもない。それに加えてこちらは対暴徒のフル装備だ(後から訊いたところ全てロ連内務省の現用装備だったらしい)。かくして哀れテワカン・カルテルは一日で壊滅することとなった。 ───── 「全くひどい目に遭ったわ。」「この度は失礼しました~。手間賃と慰謝料を上乗せしますから~。」画面越しにカリーナが頭を下げている。 どうやらこの仕事の依頼自体が当局によるギャング弱体化作戦の一環だったらしい。 つまり商品の代わりにタダのデンプンを流通させて、資金源を絞ってやろうということだ。ただ、私がさっさと街を離れずに油を売ってたことと、ギャングの連中が予想より短気だったこと、そして元グリフィンが集まったフロント企業の存在で、話がここまで大きくなったということだ。全く、それに付き合わされる側にもなって欲しい。 「で、あのコンカフェはどうなったの。私が厄介事を持ち込んでまたスプリングフィールドに迷惑を掛けたんじゃ合わせる顔がないわ。」「それなら安心してください! こちらの方から現地の治安当局にはスジを通しましたので。」 それを聞いてホッと胸を撫で下ろす。「それと、」「なに?」 「テーブルチャージのサービス券が届いていますよ♪ 今度はもっと時間のある時に来てください、そしたら特別尋問室でコッテリ絞って差し上げます、ですって。」 (終われ)