「という訳で、大失敗よ大失敗……はぁ……」  「痛いってもんじゃなかったわよ、あの砲撃……あれで最大出力じゃないなら、ライジンモンが負けたのも分かるわ……」 缶に入ったレモネードを飲み干しテーブルへ勢いよく置くと、林花英(イム・ファヨン)とノヘモンはため息をつく。向かいでは苦笑いを浮かべる鳥谷部晶子とシーチューモンが魚の刺身を口に運び、その横には、左の手の甲にまでタトゥーを入れた、紺のワークジャケットを着たスキンヘッドの大男と、ライフジャケットをつけた二足歩行のオルカのようなデジモンが、眉一つ動かさずに無言でビールを飲んでいる。 片桐篤人達の始末、並びに鬼塚光や日野勇太の確保に失敗したファヨンは、パートナーが一定の回復をするまで身を隠し、即席のログハウスを作成した後、ひと屋の本部とデジタルワールド・バロッコにいる幹部に連絡を入れたが、鳥谷部もマリナスが何故か、食べ物や飲み物を持って来た。 何故?とファヨンは思ったが、湧いてきた嬉しさから何も言わず、ログハウスに2人とそのパートナーを招き入れると、自分も買い溜めた冷凍のフライドチキンを用意し、即席のログハウスのテーブルに盛られた食事や飲み物はおよそ、デジモンに人間を売って金を稼ぎ、デジタルワールドの侵略を行なっている組織幹部の集まりとは思えないものとなった。 「丁度、よそのデジタルワールドと重なった子達が片桐達と一緒に居てさ……オークションに出せそうだったから試したけど……欲張ったのが間違い」 そんなホームパーティのような場で出るはずもない言葉を、ファヨンがどこかバツが悪そうに話すと鳥谷部が一瞬、何か押し込むように細い目を動かした。 「こいつ、そのよそのデジタルワールドの男の子を随分と気に入ってさ、不審者同然だったわよ」 「不審者じゃなくてお姉ちゃんだけど」 ノヘモンの暴露に、支離滅裂な発言で返した直後に悲しげな表情でテーブルに突っ伏すファヨンに、周りは困惑の表情を浮かべることしかなかった。 「反応消えてるし多分、元のデジタルワールドに戻ってるんだよね……。 ああ、こうなる前にハグでもチューでもしとくべきだった……このままお別れなんて、お姉ちゃんはすごく寂しいよ勇ちゃん……」 「酔っておられるのかファヨン殿は」 「残念だけど素面よ」 視線すら向けず発したノヘモンの言葉に、シーチューモンは自分のテイマーである鳥谷部に視線をやると、彼女からも困った笑みだけが返され、シーチューモンは渋い顔で諦め、オレンジチキンを啄み始めた。 「で、さ」 テーブルに突っ伏したままだったファヨンが、ポニーテールを束ねるゴムに手を触れると突如、感情の薄い声と共に顔を上げる。目の潤みはいつの間にか消え去り、冷たい淀みが混ざったダークグリーンの瞳で、鳥谷部の方を向いた。 「片桐と犬童は北に向かったよ。鳥谷部さんがそっちだよね?」 鳥谷部はフライドチキンを咀嚼したまま、頷いた。 「……灰かぶりの城、アタシも行く?」 ほんの少し前とは打って変わったファヨンの様子に鳥谷部は動じることなく、こめかみに人差し指を当てながら考える様子を見せると、少しして、申し訳無さそうに口を開いた。 「ごめんなさい。もう百蓮ちゃんに声かけちゃったのよ。ファヨンちゃん達はまず、回復優先して?」 「百蓮オンニ(姉さん)なら間違いないか。それなら……回復したら南かな?」 「待った。その前に東に来てくれ」 それまで無言だった大男がビールを飲み干し、少し申し訳なさそうな掠れた濁声に、ファヨンは少し意外そうに目を見開くと、聞き返した。 「マリナスアジョシ(おじさん)がアタシに頼むなんて……東、そんなにヤバいの?オルカモン」 「情けない話でありますが、アンフィモンの攻撃が想像以上に激しく」 マリナスと呼ばれた大男と同様に、それまで無言で飲み食いしていたオルカモンも、ビールを一息に飲み干すと、そのまま不甲斐なさを恥じるようにため息をつき、顔を俯けた。 「厳しい任務だと覚悟はしていたが、流石に助力が必要になってな」 「アラッソ(分かった)。回復したらすぐ行く」 「それにしても……岩瀬殿は何をしているのでありましょう。マリナス殿」 「居ない者の話をしても仕方なかろう」 不在の幹部の名前を出すオルカモンに、マリナスは考える様子を見せることなく宥め、オレンジチキンをビールで流し込んだ。 「なんか前から忙しそうだったし……ご飯、食べれてるのかしら?どこかで様子を見に行かないと……」 「多少付き合いが悪いのは構わんが、前々から何をしているかは気になる所ですしな」 鳥谷部とシーチューモンも揃って心配する様子を見せながら、刺身を口にする。ファヨンも同じように刺身を咀嚼する間に、思い出した様子で小さく声を漏らした。 「しかし、アイツが幹部か……アタシ、幹部になるの百蓮オンニあたりかと思ったから意外よ」 「ま、あいつ片桐に負けて叩き直されたみたいだし……期待込みなんじゃない?」 「今更ボスの決定への疑問か?」 ファヨンとノヘモンのやり取りに、マリナスが濁声で割ってはいると、2人は特に考える様子もなく「それもそうか」とだけ言い、二杯目のレモネードに飲み始めた。 「で、さ。皆…その取り逃がした子は日野勇太って……ふわふわした赤い髪で……あったかそうな橙の目してて……」 「喋るな不審者。あんたの性癖はどうでもいい」 「不審者じゃなくてお姉ちゃんなんだけど!」 「向かっているのはこっち、か……コレをどう使っていくか、考えないとね」 ファヨンとギリードゥモンがふざけたやり取りを始めた傍らで、鳥谷部はポケットから取り出した空色のデジヴァイスと、首にかけた【愛情】の紋章をしばらく、じっと見つめていた。 ───── 纏った炎が薄くなり、骨の身体が見え始めたヘルガルモンに向かって、ロコモンは猛進する。三幸は、血走った目でロコモンの装甲を見渡し、爪で傷つけた箇所を確認し、煙突付近に一際大きな傷を、見つけた。 轢き潰す。そう威圧するように汽笛を鳴らし迫るロコモンの圧を跳ね除け、三幸は、決断した。 「ヘルガルモン!煙突近くの傷を狙え!」 ヘルガルモンが、戸惑ったように咆哮して跳躍するも、その瞬間にロコモンの煙突から放たれた爆弾が、跳躍したヘルガルモンに直撃し、空中で姿勢を崩し、落ちて行く。 魔狼の体は猛進する鋼鉄の塊に触れると。重い音と共に錐揉みしながら跳ね飛ばされ、地に叩きつけられた。 その瞬間、画面が三幸の敗北を宣告した。 「ファ……ああ!また!!」 VRゴーグルを乱暴に外し、三幸は眼前の仮想戦闘シミュレーターに向かって何かを言いかけたが、他人の視線を感じ、恥ずかしさと苛立ちを感じながら、ゆっくりとゴーグルを立てかけた。 三幸が篤人と出会い11日が経った。何者かの襲撃を受けた翌日に日野勇太達と別れた後、改めて北に向かいアヌビモンが話した施設、アリーナにたどり着いた。テイマーになってから経た時はファングモンに買われ、篤人と出会った11日間。全て足りないのは、仕方がない。初陣で打ち破ったフウジンモンも、篤人の助力もあり、相手が既に消耗していた状態だったのが、あまりにも大きい。 だからまず、この施設の仮想戦闘シミュレーターで、少しでも多くの経験を積む。篤人もデストロモンへの進化の制御を目的に同じようにシミュレーターを利用しているが、三幸の元へは度々訪れる。 本当はまだ、自分が少しでもついているべきだが、必ず一人で戦って、勝たないとならない時が来る。篤人は申し訳なさそうに話していたが、三幸には、嫌な気持ちは不思議と無かった。 そんな篤人の顔を思い出すと、三幸の苛立ちは少しばかり、収まった気がした。そしてそのまま、再びゴーグルを手に掛けようとした。 「おい。少し休めよ三幸」 ファングモンの苛立ちと疲れが混ざった言葉に、三幸の手は止まり、パートナーである赤い狼に、ゆっくりと視線を向けた。 「今のはねぇぞ……最初に見たろあの蒸気の爆弾……それなのに何で跳んだ?」 その言葉から先程の戦いを振り返ると、三幸は目を開いて、「あっ」と小さく声を漏らした。その反応を見たファングモンは、顔を一度俯けてから、何かを押し込んだ表情を、三幸に向ける。その間に、パートナーの指摘を受けた三幸の胸中からは、先程消えたはずの苛立ちが、再び現れ始めた。 「ちょっと頭冷やせ。さっきから判断おかしいぞ……オレも体力使ってるんだぞお前……」 まだ何かを堪えた様子ではあるファングモンの言葉に、三幸はそれまでの戦いを振り返ることなく、湧き上がった苛立ちを優先し、一度ファングモンの方を振り向いて、告げた。 「いえ、もう少しだけやりましょう……こういう風になる時もいつか、きっと来ますから」 そのまま再びゴーグルに手を伸ばそうとした所で、ファングモンが、吠え声をあげた。 「ミユキ!一旦止まれよ!どんだけムキになってんだお前!?」 狼の低く、荒い吠え声を聞いた三幸は、特に恐怖を感じず……むしろ、内心で何か暗いものを燃やしながら、黙り込んだ。 「大体お前!危ない戦い方を選びすぎなんだよ!ユウタにもこの前言われたろ! もっと「ファングモン」 続けて話すファングモンを三幸は遮り、それから息を吸うこともせずにファングモンに大股で歩み寄ると、臆することなく顔を近づけた。 「確かに今のは私の間違い!でもそれならば……あなたも!早く言ってくれてもいいのでは!!」 ファングモンは三幸の、テイマーの言葉に……はっきりと怯んだ。その様子を見た三幸は、パートナーの話をもう少し話を聞こうとすらせず、感情に任せて言い返した事で、彼女の苛立ちは後悔へと、一気に変貌した。 不快な沈黙と他の利用客の視線。感情に任せた自分の情けなさ。あらゆる形で突き刺さる居心地の悪さに二人は呻くのを堪え、黙るしかなかった。それから間もなく、駆け足気味で響く聞き慣れた靴音に気が付いた三幸は、不快な心地から解放された安心感から、重く息を吐いた。 「おいおい、どうした二人とも」 「……何でも、ねぇよ。オレは少し休む」 駆け寄ってきた篤人とジャンクモンに目線も合わすこともなく、ファングモンは低く吐き捨てると背を向けて歩く。三幸はファングモンを一瞬、追いかけようとしたが、篤人に「待っま」と声をかけられ、苦い表情のまま唾を飲み込んで足を止めた。 「あ、篤人さん。そ、その……」 「大丈夫。まず、何があったか教えて」 殆ど間を置かない返しに、三幸はどこか逃げ道を塞がれたような気持ちとなり、思わず後退る。それから反射的に、まだ視界に残っていたファングモンに目を向ける。その背中と足取りはどこか、まだ感情を飲み込めていないような、硬さがあった。 「そっか、喧嘩になっちゃったか」 「取っ組み合いまではしてないんですが……はい……」 顔を俯けながら情けない気持ちで話す三幸の言葉に、篤人とジャンクモンは一度、シミュレーターの記録を見返し始めた。それから顔をこわばらせると、ジャンクモンが、三幸のほうを振り返った。 「昨日からやり始めて……今日はもう86戦目……ミユキちゃん、やりすぎだぜ」 いざ自分がこなしてきた回数を耳で聞いた瞬間、三幸は背中に重石が引っ掛けられたような感覚に見舞われ、背を少し丸めた。篤人は硬い表情のまま「まずは犬童さんも一回休もうね」と言うと、それに頷いた三幸を見て、何か考えるように視線を泳がせながら「えっと、さ」と辿々しく、話を始めた。 「僕は、だけど。喧嘩になることは、必ずしも悪いことだとは思ってないよ」 辿々しくも、どこか優しいその言葉に三幸の背中の重石は、軽くなったように感じた。 「ファングモンもあの様子なら、頭に血は昇ってねェはずだ……まず謝りに行きなミユキちゃん」 「それは分かるんですが……その……」 「大丈夫だよ」 三幸の戸惑った様子に、篤人は柔らかい表情を作りながら、言った。 「仲直りの方法は、人間もデジモンも同じだよ」 ──── シミュレーターから離れた広間で、ファングモンは体を丸め床に座り込み、体が重くなる気まずさを抱えたまま、11日以上前の自分を思い出す。 ダークエリアの森の中で、ガジモンであった頃から弱ったデジモンや警戒の薄いデジモンを、時には罠にかけ、時には奇襲し、一匹で生きてきた。そんな生き方だからこそ、獰猛・狡猾なファングモンに進化したのだろう。デジモンの生き死にを思えば、後ろ指を指す奴もいれど、否定もされない、どこかにはあるような生き方をしていた。 それからある時ふと、きっかけもなく思ったことだった。自分はいつまで、こんな生き方をしていればいい?そうぼんやりと考えた。それから生き方は変わらず、だが、胸中に薄いモヤを感じながら過ごしていた中で人間を……テイマーを売る組織があると耳にした。 知った瞬間、ファングモンはそんな組織……【ひと屋】のオークション会場を訪れた。侵入者を阻む砦のような外装にも関わらず、入るだけなら誰でも出来た。多数の装飾に彩られた綺羅びやかな空間。だがその裏には紙切れで一枚で隔たれたドス黒い物に、誰しもが気付いているが。当然、ファングモンも本能的に気が付いた。 やがてオークションが始まり、デジモンに連れられた中年の男が壇上に現れる。理解の及ばない恐怖に顔を歪ませる人間に構うことなく【力】を望むデジモン達が金で争いを始める。粘ついた熱を帯びた何かに突き動かされて湧き上がった、濁った高揚感。それはまだ見ているだけであったファングモンにすら感じられた。 やがて打ち鳴らされたガベルの音。800万bitで競り落としたデジモンが壇上へ上がり、怯える人間に「お前を食うつもりはない」と言いながら引き連れ行く。そしてまた、次の人間が現れオークショニアが開始価格を口に出し、再び争いが始まる。 そんな濁り淀んだ、触れてはいけな光と熱。それを見たファングモンは、短絡的に思ってしまった。 もっと強い力があれば、テイマーがいればこんな世界で、こんな真似して生きなくてもいいはずだと。 そして今から11日前、考えもしなかった形でテイマーを……犬童三幸を落札し、彼女を出品した組織と争うことになった。 いきなりフウジンモンと争うことになり、一時は終わったと思ったが、テイマーの助力と進化もあり勝利を収めた。奇跡だ。そう思いながら見えたものは、触れたいと思えるような、光。 しばらくして敵のテイマーとの争いに敗北もしたが、その時にファングモンの腹の底に芽生えたものは仄暗い物ではなく、あの敵を打ち破りたいという熱だった。 それらを合わせ、ファングモンは考えもなく自然の口走ったことは、世界を救ったテイマーの、パートナーになる。だった。 (……どうしろってんだ) そんな始まりを想起した後にすぐ、誰かとの喧嘩どころか、言い争いさえした記憶のないファングモンの胸中に、今まで感じたことのない焦燥が、風船のように膨らんでいく。何の言葉も浮かばない。どんな顔をすればいいか分からない。自分のテイマーの顔を一瞬思い浮かべ、すぐにまた頭の隅に追いやろうとする。それまでの生き方に、今になって後悔が浮かぶ。 あんな始まりからの関係だ。内心、三幸にどう思われてても仕方ない。だが、どういうことになろうとも、このままでいるのだけは嫌だ。 だが、何を言えば良い?どんな顔をすればいい?それがファングモンには、分からない。小さく舌打ちをして、湧いた悲観が苛立ちに変わる。心中のモヤが、トゲに変わり始めようとした所で、聞き慣れた声と靴音に、ファングモンは頭を上げた。 「ね、ねぇ。ファングモン」 後ろから聞こえた三幸の声に、ファングモンは一瞬体を跳ね上がらせた後、緩慢な動きで顔を向けた。三幸は軽く息を吐き、まだ何かを探るような様子で、口を開いた。 「ま、まず……さっきはごめんなさい……」 謝罪の言葉を聞いたファングモンは、一度視線を逸らして、返す言葉を考え始めようとした所、三幸が間も置かずに「それとですね」と前置きを始め、目を細めた。 「な、何か……食べたいもの……ない?」 ファングモンは続いた言葉を聞き、三幸の顔を見るまで抱えていた気持ちを一旦、頭の隅に追いやる。それから意を決した表情で体を起こして三幸に近づき、目を逸らしながら、話した。 「な、なら……行きたい、ところ、ある」 ──── アリーナに併設されたカフェで、クリームや蜂蜜の甘い匂いやコーヒーの香りが漂う中、ファングモンとテーブルに向かい合った三幸は、少し戸惑い気味にパンケーキを切り分け皿に移すと、ファングモンは細長い口で勢い良くそれに齧りつき、呑み込んだ。 「あ、あの……ファングモン……本当にここ……ですの……?」 口をつけたコーヒーの苦さから、三幸は眉間に皺を寄せ口をすぼめながら、ファングモンの表情を改めて見つめる。凶相の赤い狼の顔は、少し前に争いかけた時のものとは違い、目を丸くしてどこか楽しげであった。 「おいミユキ。冷めねぇうちに食えよ。次はワッフルくるぞ?」 「えっ……あっ……はい……」 やはり楽しげに聞こえるファングモンの言葉に三幸は戸惑ったまま、自分の皿のパンケーキを口に入れ、その甘さから自分も、頬を緩ませ、あっという間に空にした。 「んー美味し……ですが、ファングモン?何故、ここに来たいと?」 空になったパンケーキの皿にフォークを置き、少し気分が上向いた声音で問う三幸に、ファングモンはワッフルを齧りながら彼女から目を逸らすと、気恥ずかしそうに小さく唸ってから、口を開いた。 「……行きたかったんだ、ダークエリアにいるときから、こういう所」 その言葉に三幸は目を丸くした後、考えた様子でデジヴァイスを操作し、残高の確認を行った。ファングモンはその様子に構うことなく、言葉を進める。 「オレな……お前と会う前からダークエリアで追い剥ぎやってたの、あそこから出てこういう生活もしたかったのもあるんだ」 ファングモンの言葉に三幸は呆気に取られ、気を取り直そうとして残ったコーヒーを一気に飲み干し……その苦さからむせ込み、うめき声を上げた。 口の中の苦味に耐えかねた三幸は、目を細めたままコップの水を一気に飲み干すと、パートナーの言葉と11日間を振り返り始め……僅かな沈黙の後に、苦々しい顔でファングモンを見据え、答えた。 「……思えばあなたのこと、ちゃんと分かってませんでしたわ、ファングモン」 「オレもだ。お前のこと殆ど分かってねぇ」 今度はファングモンが、三幸から一度顔を背け応えると、三幸は小さく唸ってから、ファングモンにデジヴァイスの残高画面を見せ、問いかけた。 「でしたらファングモン。何から、知りたいですか?私はあなたがいま、食べたい物から」 「ならオレは、お前が食いたい物」 ファングモンの返しに三幸は笑い返し、メニュー表へと手を伸ばした。 ──── 「ふぅ……これ、晩御飯食べなくていいですわね……」 「これでまた食べたら篤人も流石にびっくりし睨むな睨むな、悪かったから」 ナポリタンを平らげ口についたソースを拭き取りながら、三幸は赤らめた顔でファングモンを睨みつけると、ファングモンはその圧に押し負けて、少しずつ仰け反っていく。 「……篤人さんは、食べてくれる方がずっと良いって言ってましたもん」 「なにがもんだよ。後それ、こんな状況になってもって言葉が前に……だから悪かった唸って睨むな、グルルモンかお前は」 気恥ずかしそうに三幸が目を逸らしたのも束の間、今度はテーブルに手をつき狼のような唸り声を上げながら再びファングモンを睨む。更に体を仰け反らしていくファングモンだったが、いま流れてる空気に和やかで、気まずさは無い。 それを感じだったファングモンは、本当に言いたかったことを反芻し、まごつき、目線しばらく泳がせながら、口を開いた。 「ミユキ……さっきは、悪かった」 その言葉聞いた三幸はすぐ、少しだけ緩んだ口元を戻すと、背筋を伸ばしてファングモンを見据えた。 「謝るべきは私だけです。本当にごめんなさい。完全に頭に血が昇っていました」 頭を下げるということをはっきりと知らないファングモンの目にも、三幸の深く下げた頭には、何かがはっきりと込められてるように感じ、目を逸らさずに、続けた。 「……オレも、一回休めなり、ちょっと落ち着いた方がいいなり、もっと早く言うべきだった」 「なら、これからは遠慮なく言ってくださいね。私……その……短気で喧嘩っ早いから……」 頭を上げてから苦笑いを浮かべ頬をかく三幸はすぐ、前から言おうと思ってたと言わんばかりに表情を変え、口を開いた。 「今更ですがファングモン。私達、随分と変わった形でパートナーになりましたね」 喉に張り付いた何かを、必死に飲み込もうとする顔で話す三幸に、ファングモンの目にかつて見えた淀んだ光の幻覚が映り、苦々しく目を瞑った。 「そんな始まりでも、あなたは世界を救うテイマーのパートナーになるって言ってくれましたよね。 あの言葉、私はすごく好きですよ?」 「ミユキ……」 その言葉に、ファングモンの視界の裏に見えた気がした淀んだ光は、いつの間にか消え去っていた。安心した声音でパートナーの名前を呟き、笑って彼女のブラウンの瞳を見つめた。 「どんな始まりであろうとも、その後にどう歩むか……だからその、まだ私と歩んでくださいね、ファングモン」 笑って語る三幸に、ファングモンは同じように笑って喉を鳴らした。 「ってことでファングモン!まだ頼みたいものありますわよね?」 「お前さっき何言ったか忘れたのかミユキ!?だから唸るな!お前はワーガルルモンにでもなる気か!?」   ──── 「ふぅ……ようやく、灰被りの城が見えてきましたね、鳥谷部さん」 「私も足が棒になりそうよ……いっそファヨンちゃんと変わってもらうべきだったかしら」 「途中まで私に捕まっていたでしょう母上……」 幹部の集まりから2日後。マグマから沸き上がり、足底から頭上までうだる熱気の中、代わり映えのしない黒と赤の山道の果てにある灰色の城を眺め、生源寺百蓮が残った水筒の水を飲み干し、いつもより薄地のセーターの襟首を前後させている。鳥谷部もシーチューモンの指摘に苦笑いで返事をしながら、改めて百蓮達に顔を向けた。 「……早く終わらせて、お風呂に入ります。あの城ならば広いお風呂もあるでしょう」 「拙者としては、冷酒でもあればなおよし、でござる」 百蓮とムシャモンの言葉に笑って返した鳥谷部は シーチューモンに水を飲ませ、自身も顔に滲んだ汗をハンカチで拭き取ると、城の周辺を見渡す。マグマを内堀の代わりに見立てた城の狭い入り口に、見張りのデジモンが2体……それだけであった。 「斬りますか?すぐに終わりますが」 「いや。それより……涼んでから行きましょう」 「……然らば」 百蓮の問いに、鳥谷部はすぐに空色のデジヴァイスを取り出して答え、シーチューモンをクリスペイルドラモンへ進化させ、猛烈な吹雪を巻き起こす。見張りのデジモンは突然の吹雪に狼狽え、足元から瞬く間に凍き、物言わぬ氷の塊へと変貌した。 「ふぅ、涼しい……鳥谷部さん。前より出力上がってますが……それの、おかげですか?」 「多分よ。社長さんから貰ったけど……使いこなせては、いないわ」 氷の塊は、火山地帯の中ですら薄っすらとした冷気を漂わせながら、鳥谷部達の体を少しずつ、冷やしていく。その心地良さに一息つきながら話を振ってきた百蓮に、鳥谷部は首から下げた【愛情の紋章】とその持ち主の空色のデジヴァイスを交互に見た後、思い出したかのように手を叩き、百蓮の方を向いた。 「そうだ百蓮ちゃん、終わったら何食べる?」 「は?何故そんな話を……」 これから城の主であるサンドリモンを打ち倒す。にも関わらず、子供に夕食の希望を聞くように話す鳥谷部に百蓮は呆気に取られ、しばらく黙り込んだ。 「拙者、鳥谷部殿はハンバーグなるものが得意と聞きましたが」 「なんであなたが答えるのよムシャモン……まぁでも、興味は、ありますが」 「決まりですな母上……そろそろ参りますか?」 「そうね。少し楽になってきたし……行きましょう」 ヒビが入り始めた氷塊に目をやると、鳥谷部達はそのまま悠々と城門へ向けて歩き出した。 それから間もなく、氷塊が軋んだ音を立てヒビ割れ砕けたが、誰一人として振り返ることはなかった。 「妙ねぇ……誰もいないってことは、無いはずなのに」 石と灰で作られ、散発的に飾られた絵画やガラス細工、そして【理想の王子様】なる作品名で作られた、顔の見えない男性のガラスの像。武骨さとガラスの透明感が混ざり合う奇妙な城内を、鳥谷部は疑問に思いつつ、周りを見渡しながら進んでいく。 「気配は感じますが……それにしては、少ない」 「策はあるはずでござろう……このように!」 会話の最中に、柱の影から飛び出してきた何者かを、ムシャモンは一瞬でザンメツモンへと進化し、レイピアでの一撃を軽くいなすと、そのまま六本の刀で襲撃者、グラディモンを容易く斬り伏せた。 「うむ。中々……と言った所でござるな」 「サンドリモンのやり口を考えると、ここにいる者の質は保証されてるはず……まさか、これを続けるのが策ではないでしょう」 【王子様】とやらを求め、強力なデジモンや優秀なテイマーに、ガラスの靴の形をした招待状を渡し、時にはばらまに、触れた者をこの城に転送する。思い出したサンドリモンの手法に、百蓮は無表情のまま周りを見渡し、先を少し考えた様子を見せた。 「ええ、当然、今のが策ではありません」 瞬間、女の声と共にカラフルなガラス細工で彩られた大きな扉が、軋むような音を立ててひとりでに開くと、それからまた女の声と、ほの暗く見える扉の奥から薄ぼんやりとした細い輝きが見えた。 「どうぞ玉座の間まで、お越しください狼藉者の皆様……歓迎しますよ」 一方的な言葉の後、扉の向こうから迫る無数の光線をクリスペイルドラモンが氷の外殻を砕かれながらも全て防ぎ切った。 「随分と手洗い歓迎をしてくれる……」 吐き捨てたクリスペイルドラモンと共に、4人は扉の奥へと、足を進めた。 「改めまして。灰かぶりの城へようこそ」 赤い絨毯の敷かれた広間に、透き通ったガラスの玉座が二つ。そのうちの一つに座る城の主であるガラスの足を持つ女性型のデジモン……サンドリモンが立ち上がると、空の玉座に手を触れ、ガラスで隠された顔からも感じられる侮蔑の目で鳥谷部達を見下ろしている。 「ひと屋の方々ですわね……さて、私の王子様になりたいと、ここまで来て頂けるとは……冥利に尽きるというものです」 「百蓮ちゃん、王子様になりたい?」 「いえ、私にそういう趣味はありませんが……」 鳥谷部の冗談に百蓮が目を細め返すと、咳払いをしてからクリスペイルドラモンが口を開いた。 「我々が欲しいのはこの城と、貴殿の集めた王子様候補とやらだ」 「……でしょうね」 サンドリモンがため息をつきながら、傍らに立てかけた大時計を肩に担ぐと、瞬く間にバズーカへと変形したそれに白い光が収束させながら、サンドリモンは事務的に話し始めた。 「生憎ですが人もデジモンも、殆ど逃がしました。ここにいるのは、私の手勢のみです」 大時計へ収束する白い光が、処刑の時刻を告げるように、巨大なレーザーとして放たれる。ザンメツモンの獄門縛による咆哮がほんの一瞬、処刑の時を遅らせるも、止まらない。罪人となるクリスペイルドラモンは、己の氷の外殻や爪を全て、身を護るために大盾として展開する。 閃光が氷の盾に触れ僅かに押し合った後、薄氷が割れる様な音と共に、クリスペイルドラモンをレーザーが呑み込んだ。 サンドリモンは何も言わず、赤い絨毯の敷かれた階段を大時計を担いだまま、ゆっくりと降りていく。やがて光と煙の中から、失った両手を氷で急速に再生させていくクリスペイルドラモンが、サンドリモンを睨みつけていた。 サンドリモンは特に驚いた様子は見せず、鳥谷部と百蓮に視線を移し踵を返すと、静かに告げた。 「あなた達も舞踏会へとご案内しましょう。どちらが参りますか?」 「ダンスかぁ……浮気して消えた旦那と社交ダンスに参加したっきりかしら」 サンドリモンの言葉に、鳥谷部は細い目で困ったような笑みで返すと、同じく目を細めた百蓮のほうを振り返った。 「というわけで百蓮ちゃん、ムシャモンさん。こっちも骨が折れると思うけど、お願いね」 「構いませぬが……その、鳥谷部殿。クリスペイルドラモンの腕は……」 「やぁねぇ、あの子はそんなヤワじゃないの。 ……ちゃんと、やり返さなきゃいけないしね」 ムシャモンの心配するような問いに、鳥谷部は朗らかに、そして僅かに低い声音で返すと、何かを感じた百蓮は僅かに肩を跳ねさせ、ムシャモンは目を閉じ、沈黙した。 「お決まりならばこちらへ」 サンドリモンが短く言い切り、歩み始める。それからすぐ、腕の再生を終えたクリスペイルドラモンが呼吸を整えると、無言でサンドリモンの後に続く。 「頑張ってね二人とも」 先程の声音が嘘のような優しい声で、鳥谷部は百蓮達に手を振りながら、クリスペイルドラモンと共に、サンドリモンに続いた。 「……ザンメツモン。鳥谷部さんの言う通り……こちらも中々、骨が折れますよ」 「心配ご無用。サンドリモンに挑む鳥谷部殿と比べれば、マシでござるよ」 百蓮も入ってきた扉を振り返り、複数の足音や羽ばたきを耳にしながら、小さく呟いた 「ザンメツモン、超進化」 ザンメツモンの体が輝き姿形を変わっていく中、遠くからも鳥谷部の「超進化」という声が小さく聞こえると、熱気だらけの世界に身を切るような冷たい風が吹き、やがて綺羅びやかな玉座の間に、雲一つ無い城内にも関わらず、白い雪が降り始めた。 それからすぐに、灰かぶりの城は吹雪に包まれると……火山に聳え立っていたガラスと灰の城は、白い雪と氷で塗り潰された。