金。 金属の金ではない、カネだ。 地獄の沙汰すらそれが要るのだから、デジタルワールドで必要とされるのは言うまでもないだろう。 そして、残念ながら今俺達の財布はピンチである。 原因は…… ─ 「あー…酷い目に会った」 「…また壊しちゃったね」 物質世界(マテリアルワールド)からデジタルワールドにある拠点に帰還した俺と相棒のアグモンは、テーブルの上に散乱した「なにか」の残骸を見つめ合う。 デジヴァイスだ、様々なタイプがある中の、iC(アイシー)と呼ばれている機種。 主な機能は、人体から発生する未知のエネルギーデジソウルをペアリングしたデジモンへと注入し進化を促す、というもの。 後はまぁ通信とか決済とか、おおよそスマートフォンに付いてる機能全般だ。 ……壊れていなければ。 壊れた原因は先程の戦闘だ、加熱する戦いの中で注ぎ込まれた俺のデジソウルが許容量を越え、耐えきれずに自壊した。 「だから言ってるじゃないか、安物を買うからこうなるって」 「しょーがねーだろー、正規品クソ高いんだからー」 このデジヴァイスiCは元を辿っていくと100%物質世界側で作り出されたものらしい、しかも公的機関に配備されてるヤツだとか。 そんな物が俺達のようなロクデナシ共の手に届く頃には、ルートを巡りに巡って恐ろしい額が付く。 とてもじゃないが買っていられないので、機能をマネたコピー品を使っているわけだ。 その結果がジャンク屋行きの箱に積み上がったデジヴァイスの残骸達だが……。 俺はソファに深く座り込むと、大きめのため息をして呟く。 「ちょろい仕事のはずだったのに」 その呟きに反応するようにアグモンの方からコポコポと液体を注ぐ音が聞こえて来る、いつものコーヒーだ。 「……あれは予想してなかった、はい」 「ん」 アグモンから渡されたコーヒーのマグを受け取って口をつける。 温度はやや熱め、でもこれでいい。 舌と喉を痺れされる液体の熱と対称的に、頭の奥が冷えていくような感覚がある。 「…」 「…」 マグを半分ほど飲み終える間の、短い静寂。 その後に俺はソファから立ち上がり、テーブル上に仮想のディスプレイを映し出す。 「よし」 頭は冷えた、デブリーフィングを始めよう。 ─ まず、事の発端はある依頼だ。 暴走したデジモンを討伐しろ、数は一体。 危険度指定はBクラス。 生死は問わない。 それ以外はエリアの指定と報酬額のみが記された、シンプルな依頼文。 「いいからぶっ殺してこい」という俺達にとってちょろい仕事の部類に入るこれを受けて、俺達は物質世界へと向かった。 実際ターゲットであるカブテリモンは難なく見つけられた、逃げ出すでもなく指定エリアにわざわざ留まっていたのだ。 後は吹き飛ばして帰るだけ…と思った矢先、ここで第一の問題が発生した。 「同業者」だ、どうやら依頼主は兎に角さっさと対象を始末したいらしく、俺達が受けた後も掲示を続けていた。 その結果発生するのはデジタルバウンティハンター同士による獲物の取り合いであり、どう足掻こうが早いもの勝ちになる。 そして第二の問題が発生、その競合相手が最悪だった。 その場に居たのは無口なディノビーモンを連れた金髪の女、ハンターとして登録された名前は「カノン」だ。 彼女達とは何度か獲物の奪い合いが起こっていた。 確か俺達の獲物を、眼の前であのディノビーモンに横取りされたのが発端だったと思う。 ハンター同士の激突自体はそう珍しくない、だが同じ相手と何度もぶつかるとなると確立は下がる。 ともかく、奇しくも同じ依頼を受けた双方によるカブテリモンの奪い合いが始まる…と思われたが、違った。 何を考えているのか知れないが、奴らはカブテリモンを庇いその場から逃走したのだ。 これが第三の問題、さっさと終わらせて帰るどころかターゲットの追跡を余儀なくされた。 もちろんその費用はこっち持ちである、経験上経費の交渉が通ったことは無い。 そうしてこちらの世界でしばらく追跡を続ける内に、それは起こった。 依頼内容の更新だ、報酬額は釣り上げられ危険度はAへと上昇、そして討伐対象の追加。 ─協力者の討伐 そこには暴走したデジモンの逃走を手助けした者達として、あの女とディノビーモンが指定されていた。 コイツは丁度いい、いい加減見飽きた顔を始末出来る上に懐も温まる。 そう思い依頼の継続を宣言すると、見る見る内に報酬額に釣られたハンター達が情報共有チャット上へと集まってきた。 これなら暫くは放って置くだけでいい、何もしなくても目撃情報は集まっていくし、向こうは追っ手を退ける度に疲弊していく。 後は消耗しきった所を潰せば楽勝だ。 実際に当初のターゲットだったカブテリモンの方は楽にデリート出来た、どう手懐けたのか定かではないが、限界を迎えて地に伏せたディノビーモンとあの女を庇うように飛び出して来たのだ。 続く二撃目で終わりだと、そう確信してトリガーを引いた。 しかし、必中必殺の距離で撃ち出された砲撃が標的を貫くことはなかった。 『変異種防壁(イリーガルプロテクト)』という、ごく限られたデジモンだけが持つ特殊な防壁によって全てが弾かれていたのだ。 その発生源はストライクドラモンと、パートナーらしきシュウと呼ばれていた男。 これが四つ目の問題だ。 この乱入者に時間稼ぎをされている間に、心身ともに疲弊しきっていたディノビーモンとあの女は活力を取り戻す…どころか究極体デジモンであるグランクワガーモンへの進化をして見せた。 そして加熱するグランクワガーモンとの戦闘中に、注ぎ込まれ続けた俺のデジソウルに耐えきれずにデジヴァイスは限界を越えて機能を停止。 戦力を大幅に削ぎ落とされた俺とアグモンは泣く泣く撤退した…… というのが事の顛末だ。 ─ そして今回の依頼のうち達成したカブテリモン分の報酬、発生した経費諸々、デジヴァイスの交換……。 それらを計上すると、見事に赤字である。 「どうするアカツキ、あの二人にリベンジマッチでも仕掛けるかい」 「やめとく、見な」 宙に浮かんだディスプレイをスワイプして操作すると、先程まで俺達が受けていた依頼のページが映し出される。 解決済み、という文字の後ろ、依頼内容の詳細部分が再び書き換えられている。 「…あの二人の手配が取り下げられてるね」 釣り上げられた報酬額諸々が、カブテリモン単体を指したものへと戻されていた。 これではあの二人を襲撃したところで1bitの儲けも出ない、憂さばらし以上の意味はないだろう。 「そういう事、無駄骨折ってもしゃーない」 それよりも次の仕事に手を付けないとここの家賃すら危うい。 そう思って依頼掲示板をスワイプしていると。 「アカツキ、ちょっとストップ」 アグモンが何かを見つけたらしく、俺から操作を奪ってページを2つほど前に戻す。 「これだ」 爪の先で指差された依頼名にはこうある。 『デカクチモン捕獲依頼』 「捕獲かぁ」 「報酬額をよく見るんだ」 「んー?」 アグモンの言う通りに報酬額の部分へと視線を移す。 まず前提として、討伐と捕獲では当然後者のほうが難易度も危険性も高い。 こちらはデリートしないように加減しながら戦う必要があるが、向こうは気にせずに全力で殺しに来る。 よって、基本的に捕獲依頼の報酬額は高くなる…なる? 「なんだこりゃ!」 報酬がべらぼうに高い、いくら難度が高いからってそうそう桁が一個増えたりはしない。 一体どんな裏があるのかとターゲットであるデカクチモンについて調べていると、程なくしてある地方新聞の記事が見つかった。 『人喰らいの犠牲者、6人目』 『人喰らい、またも出現。犠牲者ついに7人に』 山に住み着いたデカクチモンが、周辺住民を捕食したというニュース記事だ。 コレだけなら山に踏み入った人間が野生動物に食い殺された、なんて話と大差ない。 だが相手はデジモンで、現場はマテリアルワールドと来ると話が変わる、何が起こるかは予測不可能だ。 ……この事件の被害者は全員「生きて」いる、ただし無事とは言い難い。 デカクチモンに捕食された後、栄養として必要な肉体のデータだけが摂取されて人間の人格は不要なデータとして排泄されたのだ。 そしてデジモンの排泄物は、時折それ自体がデジモンとして活動することがある。 結果、被害者達は元の人格を保ったままスカモンとして姿を変え保護される事となった…。 ここまでが最新情報だ、今のところ犠牲者は七人で収まっているが野放しなのも変わらない。 そしてこの依頼が駆除ではなく捕獲なのもコレが原因だ、デカクチモンのデジコア内部には食われた人間たちの肉体データが残存している。 デリートしたら最後、被害者達は一生をスカモンの姿のまま過ごすことになる、と。 「もし失敗してデリートしてしまったら、七人分の傷害罪が課せられる訳だね、あの国の法だと」 「だから報酬の割に誰も受けてないんだな」 報酬とリスクを比べて後者のほうが上回っていると、そう判断した者が多いということだ、何なら俺もそう思う。 「いや、一人いるみたいだ」 そう言われて受諾者を見ると、たった今この依頼を受けたハンターが出てきたようだ。 同時に募集締切のカウントが開始、他に受諾者が居ないならコイツだけで報酬は独り占めだ。 「やべっ」 普段だったらこんな依頼はスルーしているだろう、だが今の俺達は赤字を抱えている上にデジヴァイスまで失っている。 代替え品のデジヴァイスの用意諸々を含めるとこの報酬額は見逃せない、もう一人と山分けになってもだ。 慌てて依頼の受諾ボタンをタップしすると、無事に契約が成立する。 すぐに依頼内容の詳細と捕獲作戦についての資料が送られて来た、後は他のハンターとの打ち合わせ用の鍵付きチャットルームのキーだ。 こいつで作戦会議してから来い、ということだろう。 俺は添付されたリンクを開いてチャットルームへと入室、そう間を置かずにもう一人のハンターも入ってきた。 相手の姿はノイズの濃いフィルターで隠されている、よって顔も声も不明、これはお互いに同じだ。 同じ依頼をこなす以上報酬は山分けとなる、だから今ここで相手の情報を得て先に潰しておく…なんて足の引っ張り合いを防ぐための保護だ。 そんなものは協会の管理外で勝手にやってくれ、と。 「…アンタがもう一人のハンター?」 先に口を開いたのは向こうだった、その声は機械的に変換され特徴のないものへと変えられている。 「あぁ、よろしく」 「んじゃ早速、ターゲットについて確認だけど……」 お互い、適当に挨拶を済ませた後は余計な会話は無くすぐに本題に入る。 指定エリアはマテリアルワールドにある私有地の山、デカクチモンの被害が本格化してからは地元警察と電捜(警視庁電脳犯罪捜査課)が完全に封鎖しており、関係者か迷い込んだバカくらいしか人間は居ない。 依頼の完遂条件はデカクチモンの捕獲、これには専用の装備が支給される。 この装備が対象のデジコアに接触すると、デジモンを構成しているテクスチャとワイヤーフレーム全てをデジコア内部へと強制的に格納する。 これでデカクチモンをデジコアのみの状態に変え、安全に輸送出来る状態へとパッケージングするということらしい。 あとはデジコアを送り届ければ依頼は完了、その後のことは向こうが勝手にやるだろう。 このためにはデカクチモンのデジコアを露出させるか、デジコアまで捕獲装備を貫くだけのダメージを与えられて、かつ撃破しないだけの手加減が要求される。 撤退と作戦の延期は可能だが、失敗…デカクチモンのデリートは許されていない。 報酬は早いもの勝ちではなく二人で山分け、これまでの経験上この部分に関して交渉は無意味だ。 その後は作戦決行日や当日の動きなどを打ち合わせて、短い作戦会議は終わる。 「じゃ、予定通り現地集合で」 「りょーかい」 俺の返答を最後に、チャットルームは解散された。 その後、今回の依頼に必要な諸々をリストアップしていく、買い出しの時間だ。 一通りリストに加えた後で、最後にアレを付け加える。 「さて、と…」 アグモンはすでに出る準備が出来ている、そろそろ「早くしなよ」なんて言葉が飛んでくるので腹をくくろう。 腰が重たい理由はたった一つ、コレが一番重要で、一番財布へのダメージがデカいからだ。 「……デジヴァイス買うかぁ」 俺は道中、ずっと頭の中で収支の計算を行っていた…。 ─ そして捕獲作戦当日、俺とアグモンは指定エリアの山を訪れていた。 どうやらある程度人の手が入っているようだ、お陰でここまで舗装された登山道を登ってくる事ができた。 が、送られてきた資料によると、最新の目撃情報から推測されたデカクチモンの潜伏先は道を外れた木々の中だ。 恐竜型デジモンの巨体を上手いこと森林で隠しながら逃れている、と。 そうして暫く歩き続け、もう一人のハンターとの集合地点にたどり着く。 どうやら先に着いていたようで、パートナーであるデジモンに寄りかかり、手持ち無沙汰そうにスマートフォンを眺めていた。 逆光で顔はよく見えないが…。 ……? なんだか、この二人組に見覚えある気がする。 そんなことを頭の片隅に置きながら、俺は二人に声をかける。 「よぉ」 俺の声に相手が振り向き、そして。 「ん…アンタがもう一人のハ…」 顔を見た瞬間、お互いの動きが凍りついた。 そこに居たのは、竜の腕と昆虫の羽を持った合成獣(キメラ)デジモン。 ─ディノビーモン 完全体 フリー種 突然変異型 そして金髪と青い目に、荒っぽい口調をした女。 ハンターとしての登録名はカノン、とそのパートナーのディノビーモン。 俺達が先日敗退した相手が、その場に立っていた。 「…」 双方凍りついたまま微動だにしない、だが思考だけは動き続けている。 とりあえず、真っ先に出てきた言葉は… 「うげっ、オマエかよ…」 …浮かんできた言葉と全く同じ物が、先に相手の口から出てきた。 「そりゃこっちのセリフだっての」 よりによってコイツが味方かよ。 依頼を受けた時点ではハンター同士はお互いの顔も名前も分からない、初めからグループで依頼を受けてるなら話は別だが。 だから場合によっては以前敵対したハンターと他の依頼では協力関係になる、なんてことも起こり得る。 起こり得るとはいえ、この組み合わせはちょっと運が悪すぎやしないか。 「これはまた、随分と奇遇だね」 俺とこの女が睨み合う中、アグモンとディノビーモンも同様に対峙する。 「…」 ディノビーモンからの答えはない、だがその赤く輝く複眼ははっきりとアグモンを睨みつけている。 「相わからず無口だね」 アグモン側もだ、普段の気だるげな目はどこへやら、恐竜型デジモンらしい鋭い眼差しを突きつける。 「…」 静寂の中俺とカノン、アグモンディノビーモンの四人による睨み合いが続く。 暫くそうしていた後、先に口を開いたのは俺の方だった。 「チッ…足引っ張んなよ」 「オマエ達こそ、下らない事考えるなよ」 そう言いながら、お互いに一歩ずつ後ろに下がっていく。 「ま、背中から撃たないって約束だけはしてやるよ、今だけはな」 そして十分距離を取ったところでほぼ同時に背を向け、予定の配置位置へと向かった。 …今この場所でやり合っても意味がない、どころか消耗したところにデカクチモンと鉢合わせする可能性すらある。 流石に向こうもそれを理解しているらしく、渋々といった様子だが大人しく引き下がったようだ。 今はそれでいい、依頼に集中するとしよう。 「よし、アイツらの事は後回しだ、気ぃ張らないと死ぬぞ」 「わかってるさ」 既に道から外れて森の中に足を踏み入れている、ここはもうデカクチモンのテリトリーだ。 一瞬でも油断したら最後、俺達が八人目の被害者となるだろう。 俺とアグモンはお互いの死角をカバーするように向き合い、索敵しながら森を進んだ……。 ─ やがて俺とアグモンは予定のポイントへと到達、ここまででデカクチモンとのエンカウントはなかった。 では、作戦通りに進めるとしよう。 俺はジャケットのホルダーからデジヴァイスを取り出し、左手に構える。 「アグモン」 そして右手に意識を集中、すると手の中に灰色のエネルギー体が現れる、これがデジソウルだ。 このエネルギーをデジヴァイスを介してデジモンへ注入することにより、本来であれば長い年月を要するデジモンの進化を即座に引き起こすことが出来る。 「準備はいいよ」 相棒からの了承もあったので、始めるとしよう。 「デジソウル」 俺はデジソウルを集中させた右手をデジヴァイスの真上へと動かし 「フルチャージ!」 デジヴァイス上部に備えられた注入口に思い切り叩きつけた。 そうしてデジヴァイス内部で変換されたエネルギーが、今度はアグモンへと照射されていく。 「アグモン、進化!」 それを受け取ったアグモンの身体は、卵状の光の膜のようなものに包まれ肥大化する。 半透明の膜の向こう側では、巨大化したアグモンの姿がジオグレイモンのものへと変わっている、だが進化はそこで止まらない。 ジオグレイモンへと姿を変えたそのデジモンの全身に、機械のアーマーが取り付けられていく、胴体、左腕、頭部、最後にバックパックの接続。 進化の完了と共に光の膜は砕け散り、どこか揺らいでいたようなデジモンの姿が確実なものとなる。 機械化された半身と、左手に構えた巨大なリボルバー、そして飛行能力を備えたそのデジモンの名は。 ─ライズグレイモン 完全体 ウイルス種 サイボーグ型 青いライズグレイモンが、巨体で木々を薙ぎ払いながら降り立つ。 これで俺達の準備はできた、後は事前の作戦会議で機動力に自信があると言っていた向こうがデカクチモンを叩き出して誘導する。 ─見つけた。 程なくして、開きっぱなしにした通信回線からデカクチモン発見の報告が上がってきた。 「じゃあ誘導よろしく、しくじって喰われんなよ」 ─余計なお世話だクソッタレ、ディノビーモン!パターン7EE! その直後、遠くの方から木々の倒れる音と咆哮が聞こえてくる、始まったか。 俺はデジヴァイスを操作して周辺のマップを表示する、地図上には周辺の地形に加え、マーカーが三つ。 一つは俺達、一つはカノンとディノビーモンだ。 奴らのマーカーは移動し続けある一点へと向かっている、三つ目のマーカーである狙撃ポイントだ。 この位置関係なら地形に阻まれず、一直線にデカクチモンを狙い撃てる。 ─ほらほらこっちだデカブツ! 聞こえてくる声の後ろには、ディノビーモンのものであろう羽音が激しく響く。 山の封鎖によって腹を空かせたデカクチモンは馬鹿正直に突っ込んでくるだろう、それを躱しながら誘導するには確かにあの機動力はうってつけだ。 そうしてマーカーは順調に狙撃ポイントへと近づいていく。 ではこちらも仕事をこなすとしよう。 「ライズグレイモン」 「わかった」 俺の言葉に応じてライズグレイモンが動き出す。 足を半歩前に出し、左腕のトライデントリボルバーを前方に構える。 脚の爪は山の地面へと深く食い込みフットロックの機能を発揮、バックパックのウイングは折り畳まれバランサーに。 最後にリコイル(反動)を制御する部分を除き関節各部をロック。 これでライズグレイモンは、自分自身を巨大な砲台と化した。 「リコイルアブソーバーは正常稼働、各部センサーも正常…トリガーの権限を渡すね」 ライズグレイモンが各部のセルフチェック結果を伝え、その巨大なリボルバーキャノンの発射権限が俺へと譲渡された。 同時にデジヴァイスから空間にホログラムが投影され、仮想的な引き金が俺の眼前へと現れる。 コレでも俺は射撃にはそれなりに自信がある、このように完全な狙撃体勢へ移行した時なら、ライズグレイモン本人より俺が撃ったほうが精度が高い。 ただしこの体勢に移行したライズグレイモンはすぐには動き出せない、各部の関節は完全にロックされ、バックパックのブースターも振動を抑えるために停止してしまっているからだ。 今襲われたら間違いなくひとたまりもないだろう。 ─おい、そろそろポイントに着くぞ! 向こうのマーカーが、間もなく狙撃地点へと重なる。 「分かったよ」 今のは、俺の代わりにライズグレイモンが返答した。 「─」 俺は既に狙撃姿勢へと移っている、徐々に周りの音が意識からシャットアウトされていくこの状態では返事は不可能だ。 ─……。 回線の向こうの音、木々を抜けていく風の音、山自体が発する音、あらゆる音が消えていき。 ただ意識だけが、マップ上のマーカーへと集中している。 狙撃ポイントとまであと、3、2、1。 「っ」 一度だけ、短く息を吸って止める。 0。 マーカーがポイントと重なり、同時に前方の木々が薙ぎ払われディノビーモンが勢いよく飛び出してくる。 そして、その背後を追うものがあった。 胴体とほぼ同じサイズの巨大な頭部を持ち、ディノビーモンへと迫りくる恐竜型デジモン。 ─デカクチモン 成熟期 ウイルス種 恐竜型 「Aaaaaaaaaa!!!」 咆哮を上げたデカクチモンが、ディノビーモンを捕食するために口を大きく広げた。 その姿を捉えた瞬間。 BANG。 俺は頭の中でそう呟いて、トリガーを引いた。 それと同時に頭上から空気を引き裂く轟音が立が上がり、トライデントリボルバーより砲弾が放たれる。 射線は良好、撃ち出された弾は一直線にデカクチモンへと向かって行く。 ─躱せっ! 前方ではディノビーモンがデカクチモンの噛みつきを寸前で回避し、デカクチモンは何も無い宙を噛み砕く。 これで最も強靭な防御力を誇る頭部が前方へと突き出された状態となった、当然だが側面は全くの無防備だ。 その隙だらけの横っ腹に、トライデントリボルバーの砲弾が直撃する。 「Gyaaaaaaaaa!!!!??」 デカクチモンが悲鳴を上げながら体勢を崩し、その場に倒れ込む。 まずは一発目、装填されていたのは体表を削ぎ落とす低威力弾頭だ。 見事に直撃したおかげで、狙い通りデカクチモンの胴体内部に球体状の構造物が確認された、あれがアイツのデジコアだろう。 「着弾を観測、観測データから誤差修正、x+3ポイント、y-4ポイント」 ライズグレイモンが一発目の着弾から照準の誤差を割り出し、二発目の照準補正を行い始める。 「完了…二発目は装填済み、撃てるよ」 その言葉に応じるように、もう一度息を吸い込む。 「Urrrrrrrr……」 ダメージで倒れ込んでいたデカクチモンが、唸り声を上げながらゆっくりと身体を起こす。 当たり前だがデカクチモンはぐるりと身体を動かし、その頭部を砲弾が飛んできた俺達の方へと向けた。 その動きで、巨大な頭の陰に露出したデジコアが隠れ射線から外れる。 このままでは仮に直撃しても頭部で砲弾が受け止められてしまう。 ─ディノビーモン!下から突き上…パターン6D6! そこでアイツらの出番だ、ディノビーモンは深く踏み込んで一瞬だけタメを作った後、一気に飛び出してデカクチモンの下顎へと強烈なアッパーを食らわせた。 それをモロに受けたデカクチモンの頭は真上に大きく跳ね上げられ、再び胴体が無防備に晒される。 今だ。 二回目の引き金で、捕獲用の専用装備が詰め込まれた砲弾が撃ち出される。 空気を引き裂いて進む砲弾は寸分の狂いもなく、吸い込まれるようにデカクチモンのデジコアへと飛んでいく。 対するデカクチモンは頭部へ強い衝撃を受け目をチカチカとさせている、完全に無抵抗だ。 そうして砲弾はあっけなくデジコアへと着弾し、デカクチモンの全身が中心から末端にかけて解けるように薄れてゆく。 デジモンがデリートされる時の光景に似ているが違う、解けた0と1の羅列達は霧散するのではなく、中心であるデジコアへ向けて流れている。 全てのデータがデジコアへと圧縮、格納され、デジコア自体も小さく縮んでゆく。 そして全てのデータが格納された後には、デジコアが丸ごと閉じ込められた小さな箱だけが取り残された。 …どこか冷凍庫のようなデザインをしているのは、きっと開発者の趣味だろう。 デカクチモンの姿が消え、森は元の様子を取り戻す。 同時に、向こうの方から作戦の成功を確認しに来たのであろうディノビーモンが飛んでくる、背中にはカノンを乗せて。 ディノビーモンが俺達の側で停止し、その背から彼女が飛び降りると早速問いてくる。 「終わったか?」 俺はデジコアが収められた小さな箱を見せ、答えた。 「あぁ」 それが合図だったかのように、互いの緊張の糸がほぐれていく。 ずっと逃げ回っていたカノンはディノビーモンの寄りかかって深い溜め息を、俺とライズグレイモンもずっと狙撃体勢で気を張りっぱなしだったので両肩をぐるぐると回してほぐす。 「疲れた…」 誰がともなく、全員から同じ言葉がこぼれた。 仕事は終わりだ。 ─ その後、デカクチモンのデジコアが収められた収納容器は、無事に依頼主へと送信された。 デジタルバウンティハンター協会に掲示された依頼はあくまでもデカクチモンの捕獲までだ、デジコアが無事なことが確認され次第報酬は支払われるだろう。 ここから先は向こうの仕事だ、デジコアから被害者達の肉体データをサルベージ出来るかどうかは彼らに掛かっている。 デジヴァイスに表示された依頼達成の文字をお互いに確認すると、俺達四人は再び向き合う。 「依頼達成…報酬は協会の取り決め通り折半だ、異存無いよな」 「ああ」 今ので最後の確認事項も終わった、同時に一時的な協力関係は解消され、この場に留まる必要ははない。 「…」 にも関わらずお互いにまだ顔を突っ突き合わせているのには、理由がある。 まず前提として、俺達の間に流れている空気は決して「ソリの合わない相手となんとなく気まずい雰囲気」なんて生温いものではない。 「…」 殺気だ。 俺達はデジタルバウンティハンター、賞金稼ぎだ、本来なら戦う相手を感情で選ぶべきではない。 だが、それでも互いに思うところはある。 俺達の方は以前より獲物を横から掻っ攫われて報酬を横取りされている、それに先日の戦闘ではコイツ等が原因で赤字という痛手を受けた。 ライズグレイモンも、ほぼ敗北と言っていいあの戦闘結果には納得していないだろう。 「…」 向こうだって顔を見飽きてるのは同じのハズだ、幾度の衝突を経て未だにディノビーモンとライズグレイモンの決着らしい決着は着いていない。 それに何を執着しているのか知らないが、俺達がデリートしたあのカブテリモンについて恨みを抱いているらしい、言葉は無くとも向けられた視線には強い憎悪が見受けられる。 睨み合いを続ける度に張り詰めていく空気の中、何度も考え直す。 仮にコイツ等を倒してもビタ1bitすら儲からない、と。 そんなことは嫌でも理解している、どうせ始末するなら賞金の掛かっている相手にするべきだと。 同じ結論にたどり着いてはいやしかし、を繰り替えす。 だが何度考えようと答えは変わらない、だからこそお互いに臨戦態勢を解いていないのだから。 俺は脚に力を込めて初撃の準備をする。 ……全く合理的でない戦いを、それでも尚選ぶというなら。 この先は、ただのケンカだ。 ─ 「シッ!」 静寂を切り裂いて先に仕掛けたのは俺の方だった。 右足を思い切り蹴り上げ、棒立ちの喉元を狙ったハイキックがカノンへと迫る。 「っと」 向こうはそれをサイドステップで左に躱すと、勢いのまま俺の脳天目掛けて踵落としを仕掛けてくる。 当然当たるわけにはいかないので、俺は回避代わりに思い切り前へ踏み込む。 両腕を構え、肘を前方へと突き出したタックルだ。 「やばっ」 振り下ろされた脚が地面に叩きつけられ、隙が出来た腹へと突撃がモロに刺さる。 「ぐっ…」 カノンはそのまま被弾箇所を抱えて後ずさる、俺もそこに追撃はせずにその場で構えを直す。 お互いに一度距離を取って仕切り直しだ、だがまずは初撃を貰った。 そして戦端を開けた俺達の姿を見て、後方でも戦闘音が聞こえだす。 『ソリッドストライク!』 ライズグレイモンとディノビーモンの衝突だ。 ─ 「シッ!」 緊迫した空気を切り裂くように、相棒のアカツキが攻撃を仕掛ける。 それを合図としてボクとディノビーモンも動き出す、まずディノビーモンがその場で羽をはためかせふわり、と宙に浮く。 「─」 羽音か、はたまた叫び声か、ディノビーモンは判別不能のノイズを響かせる。 『ヘルマスカレード』 そう思った次の瞬間には、ディノビーモンの姿は視界から消えていた。 強みの超高速移動だ、ボクの視覚センサーには残像のみが残され本体の動きを捉えきれていない。 『ソリッドストライク!』 視覚はあまり当てにならない、そのため当てずっぽうで進路上を予測し左腕のリボルバーキャノンを振り回す。 「─」 「ちっ…」 だが流石に速い、なんなく打撃を躱したディノビーモンからカウンターの刺突を背中に貰ってしまった。 ボクの視界へオーバレイされたインターフェイスに、被弾箇所が赤く表示される。 左肩だ、関節を破壊してトライデントリボルバーを使えなくするのが狙いだろう。 視覚以外の各種センサーも全くディノビーモンの速度についていけていない、このまま続けていてもすり潰されるだけだ。 この状況を塗り替えるには、相棒からデジソウルを注入して貰ってシンプルに出力で上回ってしまえばいい。 だが、同じデジソウルを使うアカツキとカノンは、相手の動きを妨害するために互いに互いを封じあっている。 切り抜けるなら別の一手が必要だ。 「──」 ディノビーモンが一際大きなノイズを上げ、スピードが更に跳ね上がる。 視覚にはただ、瞳の残光が描く真っ赤な軌跡だけが残され、それを追う度にすれ違い様に爪の斬撃を受ける。 徐々にボクの視界に表示されたダメージ蓄積値は赤く染まり、身体の各所がエラーを吐き始める。 サブルーチンによって常に監視しているアカツキと彼女の動きを見るに、向こうもまだ決着は着いていない。 デジソウルの注入は見込めないだろう。 なら一か八か、賭けに出るとしよう。 「…らぁっ!」 ボクはダメージの蓄積によってやや動きの鈍くなった左腕を真上に振り上げ。 『トライデントリボルバー!』 装填された砲弾の最後の一発を、空へ向けて放った。 轟音を上げて打ち上げれた砲弾は、空を目指して真っ直ぐと飛翔して行く。 「─」 対するディノビーモンはボクの意図を測りかねたのか、頭を頭上へと向ける。 その動きが生み出した一瞬の隙を突いて。 「イグニッション」 砲弾が一定の高度へと達した瞬間に、ボクは遠隔操作でそれを起爆した。 はるか上空から空気が爆ぜる音が響き渡り、周囲一体に鉛玉の雨が降り注ぐ。 これがトライデントリボルバーに装填されていた最後の一発、拡散弾だ。 本来なら狙撃が失敗した場合やボク達が囮役を務めることになった際、デカクチモンの頭を吹き飛ばしてディノビーモンが捕獲用装備をデジコアに突き刺す…というサブプランのためのものだ。 それが今役に立った。 空から降り注ぐ鉛玉の雨は、超高速移動を繰り返すディノビーモンの機動力を削ぎ落とす。 当たり前だ、あの速度で真正面から弾丸の幕にぶつかったら一瞬で穴だらけになる。 もちろんボクだってこの雨の範囲内に居る、ダメージ蓄積値を示す表示は真っ赤な斑点模様で染められ、警告音が頭の中でやかましく響く。 どちらが先に削り切られるか、デスマッチの始まりだ。 「──」 そして思惑通りにディノビーモンは急停止し、ボクはそこへ思いっきり左腕を叩きつける。 『ソリッドストライク!』 無防備に晒されたその腹に、リボルバーカノンの砲身がめり込んだ。 「─」 ノイズの様な呻き声を上げ、衝撃を受けたディノビーモンが吹き飛ぶ。 そのままディノビーモンを追撃するために突進の構えを取り、そしてあることを思い出した。 ……この弾丸の雨、どうやってアカツキが凌ぐか考えてなかったな。 ─ 「オラァ!」 「がっ」 カノンの足払いをモロに喰らい、俺は体勢を崩す。 初撃こそキレイに決まったものの、今は見事に押され気味だ。 そのまま地面へと転がされ、仰向けに倒れた俺の上にカノンが跨る。 まずい、完全にマウントポジションを取られた。 「これで終わりだ」 そう言って振り上げられた拳には、デジソウルが強く込められており。 一瞬のタメの後、それは俺の顔面目掛けて振り下ろされた。 「ぎっ…」 俺は咄嗟にデジソウルを腕に集中して防御姿勢を取ったが、その上からでも強い衝撃に襲われる。 名実ともにぶん殴られたような衝撃に脳が揺れるが、痛みに悶えてる暇などない。 「ふっ」 上の方から短く息を吸う音が一瞬だけ聞こえてくる、二発目のパンチが飛んでくる合図だ。 「っ!」 慌てて顔の前でガードしていた腕を開き、二発目がどこ狙いか確認する。 既に拳は振り下ろさている、場所は…腹! 寸前でデジソウルによるガードが間に合い、腹部への打撃のダメージは最小限に抑えられた。 「え、ぐ…!」 が、それでも衝撃は内臓へと伝播し、身体の下の方から徐々に吐き気が浮かび上がる。 そのまま左右交互に三発目、四発目とパンチが連続で繰り出される、狙う場所は当然バラバラだ、どうやっても防御の手が追いつかない。 「ぐぁ…」 段々と意識が揺らいてきた、流石にヤバイぞ。 状況を打開出来ずに手をこまねいていると、カノンは右の拳にデジソウルをより強く、一点に収集させる。 トドメの一撃だ。 「やべっ…」 「さよなら」 拳が一際高く振り上げられたその時。 『トライデントリボルバー!』 後方で戦っていたライズグレイモンとディノビーモンの方から、大きな爆発音が響き渡った。 その音にカノンは手を止め振り返り、俺も爆発が発生した上空を見上げる。 どうやらライズグレイモンがトライデントリボルバーの砲弾を、ディノビーモンではなく空に向けて撃ち出したらしい。 はるか上空で起こった爆発と、爆発の中心点から拡散する「なにか」を見るとまるで花火のように見える。 だが、拡散しているのは火花ではない。 「や…やっば…」 それは無数に分裂、拡散した子弾であり、降り注ぐのは鉛玉の雨だ。 当然俺達もその散布界に入っている、今すぐ身を隠すか、デジソウルを防御へフルに回さないと穴だらけになるだろう。 背後を確認したカノンは俺へのマウントを解除し逃げ出そうとするが、そうはさせない。 「お前…やめろ!離せっ!」 「ヤだね」 相棒のナイスアシストを無駄にはしない、俺は逃げ出そうと上げた相手の腰を、両脚でホールドして元のポジションへ引きずり戻す。 降り注ぐ弾丸にはコイツを傘に使おう、コイツの防御にプラスして俺自身もデジソウルで防御を固めればまぁなんとかはなる。 多分。 「離せっ!」 今度は逆に、向こうが逃げ出すために必死で俺を殴りつける。 だがさっきよりずっと狙いが甘い、両腕によるガードが余裕で間に合う。 そうやって競り合っている間にも、弾丸の雨は刻一刻と降り注いでくる。 「さよなら」 意趣返しを込めて、先程の相手のセリフを返す。 そうして、ついに俺達の頭上へと弾丸が迫ったその瞬間。 「───!!!」 甲高いノイズを発しながら、ディノビーモンが突っ込んできた。 そのまま俺達と弾丸の間に挟まる位置で止まり、大きく腕を広げて立ちはだかる。 「ディノビーモン!」 どうやら俺達…ではなくこの女の盾になるつもりのようだ。 直後、鉛玉の雨はディノビーモンへと着弾し、全身の装甲と弾け合って甲高い音が鳴り響く。 「─!」 ダメージは確実に蓄積している、行けるぞ。 やがて拡散弾の飛来は収まり、周囲は一瞬だけ静けさを取り戻す。 「─」 身を挺して俺達の盾となったディノビーモンはフラつき、かろうじて立っているという状態だ。 「ディノビーモン!」 「ぐえっ」 しのぎきったと安心した一瞬の隙を突いて、カノンが俺の顔面を殴りつけて抜け出した。 そのままディノビーモンへと駆け寄り、懐からはディスク状の何かを取り出す。 あれは回復フロッピーだ、ディノビーモンを治療するつもりだろう。 ここまで追い詰めておいてそんな事許すか。 「っ!ライズグレイモンっ!」 叫びに応じたのか定かではないが、俺のそう叫ぶと同時にディノビーモンの身体が吹き飛ばされる。 「やぁ、アカツキ…ひどい顔だね」 ライズグレイモンによる突進だ。 奇妙なことに、これで俺とカノン、ディノビーモンとライズグレイモンの四人が立ち並ぶ最初の形に戻った。 先ほどと大きく違うのは、全員がズタボロという点だ。 ライズグレイモン、ディノビーモン双方ともダメージが大きく蓄積し、傷口からは細かいデータ片が漏れ出ている。 取っ組み合いを続けていた俺とカノンも大差ない、少なくとも俺は全身がズキズキ痛むし、口の中は血の味でいっぱいだ。 それと頭もクラクラする、後で検査が必要だろう。 だが、それでも。 「残念だけど、ボク達の勝ちだ」 ライズグレイモンが、関節のあちこちからスパークを上げながらも左腕を上げる。 その照準は真っ直ぐにディノビーモンを捉えている、必中必殺の距離だ。 対するディノビーモンは身体に力を込め立ち上がろうとするが、受け続けたダメージによってすぐに姿勢を崩す。 終わりだ、今度こそ本当に。 「…だ」 「あ?」 ディノビーモンと共に吹き飛ばされていたカノンがゆっくりと立ち上がる。 俯きながら何かを呟いたが、よく聞こえない。 「まだだ」 はっきりと聞き取れた、と思った瞬間に彼女は顔を上げ、俺達を睨みつける。 「まだ終わりじゃないっ!」 そう叫ぶと同時、彼女の全身からデジソウルが爆発的に溢れ出す。 以前の戦闘で見せたグランクワガーモンへの進化か! 「土壇場での逆転劇ってか!そう何度も通用するかよ!」 対する俺も同じだ、一度全身から吹き出すデジソウルを右手に込め、デジヴァイスへの注入を準備する。 デジヴァイスの破損リスクはこの際気にしない、ありったけのデジソウルをライズグレイモンに注ぎ込んでやる。 お互いにデジソウルを集中させた手を高く掲げ 「デジソウルっ!」 もう片方の手に構えたデジヴァイスへと叩きつけようとした、その瞬間。 「アカツキ!ストップだ」 「は!?」 肝心のライズグレイモン本人から待ったが掛けられた、一体何なんだ。 「何を」 食ってかかろうとするカノンをライズグレイモンが片手で制し、そしてその指を口元に添え静かに、のジェスチャーをして見せた。 「静かに、よく聞くんだ」 突然のことに向こうすら黙ってライズグレイモンの言葉に従う。 言われた通り耳を澄ますと、遠くの方から警報音の様な音が聞こえてくる。 これは…この国の警察車両のサイレンか! 「警察か」 「そういう事、撤退の時間だよ」 先程のライズグレイモンが放った砲弾の爆発音を聞きつけたのか、この山へと警察が入ってきたようだ。 依頼は既に完了している、俺達はあくまでも依頼主の許可があってこの私有地に立ち入っているのであって、終わった後はただの侵入者だ。 その侵入者達がド派手にドンパチやっているとなれば当然、警察が動き出す。 この国の警察に捕まると厄介だ、デジタルバウンティハンター協会は身元の保証などしてくれない、よって撤退以外に選択肢はない。 どれだけ口惜しかろうが、だ。 俺はデジヴァイスを操作しデジタルワールドへの帰還ゲートを生成、前方の二人の動きに警戒しつつ後退する。 「んなっ、待てお前ら!」 「─!」 「……あー!もう!分かったよ!」 追撃しようとするカノンをディノビーモンが制する、向こうも警察の厄介にはなりたくないらしい。 回復フロッピーをありったけ投げつけてディノビーモンを治療すると、その背に乗って飛び去った。 「覚えとけよ!」 去り際にそんな言葉を残して。 「こっちのセリフだ」 既に向こうの姿は見えない、俺は誰にでもなくそう呟く。 …これで戦闘は終了。 残念なことに、今回も決着が着くことはなかった。 ─ 「痛ってぇ…」 その後デジタルワールドの拠点へと帰還した俺達は、まずはお互いの治療から始めることにした。 アグモンの方は回復カプセルを噛み砕くだけでいいが、俺はそうもいかない。 応急処置として折れてそうな部分の固定と、腫れ上がった顔へガーゼを当てる。 ダメージのほとんどは打撃による内蔵と骨へのものだ、後は病院に任せよう。 「改めて見ると酷い顔だね」 アグモンは内出血で腫れ上がった俺の頬を指してクスり、と笑う。 「うるせぇ」 俺はアグモンの鼻先を軽く小突くと、そのままいつものコーヒーを受け取る。 「いっつ…」 マグを傾け中の液体を口に含むが、切れた口内の痛みと混ざる血で味がよく分からない。 俺はそのまま机の上にマグを置き、空間に仮想のディスプレイを立ち上げる。 画面に出したのは俺達の口座だ、そこに書かれた数字の桁を二人で指差して数えていく。 「ククク…」 「フヘヘっ…」 俺達二人は揃ってほくそ笑む、今回の報酬がキッチリと振り込まれていた。 「これだけあったら暫くは遊んでいられる」 アグモンの言う通りだ、暫くの間依頼には一切手を付ける必要はないだろう。 「……あぁ」 だが…。 「どうしたんだい」 返答に間を置いた俺の反応を見てアグモンが問う。 「ん」 俺はテーブルに置かれたデジヴァイスを指して答える。 「…やっぱ、デジヴァイスが保たねぇよなって」 買い替えたばかりのデジヴァイスだが、既に端っこの方にヒビが入っていた。 今回の戦闘では完全体への進化を行った以外、特に過剰にデジソウルを注入した覚えはない。 よって、もう既に進化するだけでデジヴァイスの方が耐えられていない。 「アカツキ、まさか」 「あぁ」 アグモンは俺の意図を察したのか、目を見開く。 まぁ当然か、今回の稼ぎが八割がた消し飛ぶのだから。 「正規品のデジヴァイスiC、買っちまおうぜ」 俺達がこの先やっていくには、間違いなく必要になる。 俺はそのままブラックマーケットのページを開き、デジヴァイスを店頭受け取りで購入する手続きを進める。 あとは微かに震える手で購入確定ボタンを押すだけだ。 「えいっ」 「…あーあ」 購入ボタンを押すと同時に消え去った預金額を見てアグモンがうなだれる。 「暫く休めると思ったのに…」 残念だが休暇は返上だ、怪我の治療を終えたらすぐに次の依頼に取り掛かろう。 金。 金属の金ではない、カネだ。 地獄の沙汰すらそれが要るのだから、デジタルワールドで必要とされるのは言うまでもないだろう。 そして、金を稼ぐのに金が要るというある種のジレンマもいつだって変わることはない。