「バレンタインチョコぉ?」 2月の頭の頃、水龍軍拠点内の執務室にホムコールモンの素っ頓狂な声が響いた。 「そうなの!リアルワールドだと今ぐらいの時期にね、みんなにね、チョコをあげるんだって!だから私も…」 「はぁ…いいかオイナ、私達は軍隊だ。遊んでる暇はない。それにデジモンとして、ニンゲンの模倣ばかりを行うのは誇りに欠け──────」 そこまで言ったところで、彼は眼前の幼女の瞳が潤んでいることに気づいた。 「…………だめ?」 「…………………………。はぁ…」 こういう場面でホムコールモンが彼女に対しため息をつくときは、概ね了承の前振りであった。 父親が娘に対して甘くなるのは、人間でないデジモンという種族でも、ましてやそれが偽りに満ちた関係だったとしても、変わらないらしい。 いや…彼の感情はむしろ、父娘というよりも、若者が想い人に向けるそれであったのだろうか。 「わかった。欲しいものをマーメイモンに言いなさい。」 「やったぁ!ありがと、ホム!」 ウキウキとした足取りで執務室を後にするオイナを見るホムコールモンの目は、どこか虚であった。 ───────── 「あの…オイナ様…本当にこれだけの量をお求めに?」 「うん!」 困惑気味に話すマーメイモンに、幼女は元気に答える。 「しかし…これだけの量のチョコレートというと…1000人分ぐらいになりますよ?」 「みんなにあげるんだったらそれでもぜんぜん足りないぐらいでしょ?」 水龍軍は、分裂した元水龍軍の人員をホムコールモンが半ば無理やり纏め上げることで成り立った軍である。 当然、他のネオデスジェネラルの軍勢と比べれば少ないが、それでも万はくだらない。 「確かにそうでございますが…お作りになられるには些か多すぎるかと…」 「まぁまぁ、いいじゃありませんか。」 そう横から口を挟んだのは、オイナの乳母係を勤めていたユキダルモン。 「オイナ様のやりたいことなのでしょう?私も手伝いますとも。」 「ありがとユキダルモン!マーメイモンも手伝ってくれるでしょ?」 「……わかりました。」 彼女はかくも、甘やかされながら育っていた。 ───────── さて、材料が揃ってしまえばやることは一つ。チョコ作りである。 人間がチョコを作る際の工程というと、まずはチョコレートを包丁で細かくし、 コンロにかけた鍋で生クリームと混ぜて溶かしたものを、型に流し込んだら冷蔵庫で冷やす。と言ったところだろう。 しかし、今回これをやるのは水龍軍の姫君。彼女がそんな普通のやり方をするわけもない。 「マーメイモン、準備できたよ〜!」 「お任せください!ノーザンクロスボンバー!!」 巨大な鍋に詰め込まれた大量のチョコレートに、丁寧に清められた武器を使ったマーメイモンの攻撃が叩き込まれ、それらはものの数十秒で粉々に変わった。 「じゃあつぎは…あっため始めていいよ〜」 「はいはい…わかりましたよーっと…」 その鍋の下で待機していたのは、炎巌背負いし四つ足の竜デジモン『ヴォルクドラモン』であった。 当然、水棲系と氷雪系で構成されるこの軍にはいないデジモンだ。 しかし、水龍軍の首魁たるホムコールモンは、元を正せば火竜将軍直下の粛清部隊の出。火竜軍への伝手は豊富なのであった。 「ったく…久々にあいつの方から呼んできたと思ったら、まさかコンロ代わりにされるたぁねぇ…後で美味い溶岩奢ってもらわにゃぁなぁ…オイ嬢ちゃん!どのぐらい火力出せばいいんだ?」 「えーっとねー…50℃ぐらい?」 「はいはい…そんな温度出すのは逆に大変なんだぜ全く…メラモン辺りにやらせりゃいい仕事をどうして俺に振るかね…誰か嬢ちゃんに適材適所っつーもんを教えてやってくんねぇかぁ?」 「不敬ですよヴォルクドラモンさん。ちゃんと様をお付けして呼んでいただけます?」 「……はいはい、嬢サマね。」 釘を刺したユキダルモンに、ヴォルクドラモンは皮肉混じりに返すのであった。 ───────── そうして出来上がった大量の溶けたチョコに、これまた大量の生クリームが流し込まれる。 「はぁ…はぁ…これだけあると…まぜるのたいへん…」 いくらデジモンであると言えど、オイナはまだ子供。ヘラで混ぜるだけでも重労働なのであった。…もっとも、これだけの量を混ぜるのは誰にとっても重労働なのだが。 「ふぅ…あ、そろそろ火止めて!」 「あいよー嬢サマー。」 そこからはユキダルモンやマーメイモン、ついでに通りすがった水龍軍の構成員まで巻き込み、カップへと流し込む作業が続いた。 何せ量が量である。これが行われているのが悪の組織の拠点の一つということも考えると、もはやバレンタインというよりは、何かしらの密造のような光景であった。 「なんとか終わりましたね…」 「まだだよマーメイモン!ちゃんとテンパリングしないと!」 「それではこの私にお任せください、オイナ様。」 乳母係のユキダルモンは彼女の前に出ると、両手を合わせて構えを取る。 「ユキダルモン、ワープ進化!」 雪が彼女の体に集って巨大な卵の形になったかと思うと、それにヒビが入る。 「スカーディモン!」 割れて中から出てきたのは、巨大な雪だるまのようにも見えるパワードスーツを纏ったデジモン『スカーディモン』であった。 「すご〜い!ユキダルモンって進化できたんだ!」 「これでも昔は魔将の女と呼ばれたデジモン、低温域の操作には多少慣れていますのよ。」 「氷牢魔将スカーディモン…ホムコールモンのやつとの一騎討ちの後に水龍軍に降ったとは聞いてたが…まさかガキのお守りしてるたぁな…」 「ヴォルクドラモンさん。ホムコールモン様にもオイナ様にも不敬ですよ。」 「わーったわーった…」 スカーディモンに対しては、流石のヴォルクドラモンもいつもの調子というわけには行かないのであった。 ───────── そうして訪れた2月14日。 水龍軍拠点内の大広間に、水龍軍の所属者が1000体ほど集められていた。 「今日は一体なんなんでしょうねヒョーガモンのアニキ?」 「どうせまた処刑なんじゃねえか?見せられるだけじゃ飽きちまう。たまには俺たちにもやらせてほしいモンだぜヘッヘッヘ…なぁスノゴブ?」 「流石アニキぃ!未来の水龍将軍!」 「フン…貴様のように野蛮なものが将軍の名を戴けるものか。」 「そのいけスカねぇ声、シーチューモンの野郎か!やろうってんなら俺ぁいつだって構わねえんだぞ!」 「ああいいだろう!今日こそ貴様に礼儀というものを教えてやる!」 「やめなさい!あなた達だってホムコールモン様に呼ばれたのでしょう!争いは戦場でなさい!」 「げっ…アリエモンの姉御…」 そのようにして騒々しかった大広間だが、やがてホムコールモンが現れると、それが嘘であったかのように静まり返る。 「喜べ皆の者!お前達は我が水龍軍でも選ばれし者だ!なぜならば…お前達は!オイナからのバレンタインチョコを賜る権利を得たからだ!!」 一瞬の沈黙の後、再び周囲は騒がしさを取り戻した。 ワイワイと盛り上がる一同に、今度は少女が語りかける。 「みんな、いつも私やホム、それにイレイザーさまのために頑張ってくれてありがと〜!今日は私から、みんなにプレゼントだよー!」 我先にと殺到するデジモンたちに、彼女は一人ずつチョコを渡し始めた。 「ヘッヘッヘ…こりゃありがてぇや」 「光栄でございます、オイナ様。」 「嬉しいこった…戦いにも身が入るってもんよ!」 そんな少女の姿を、ホムコールモンは後ろから眺めていた。 「よぉホムコールモン。」 そんな彼に話しかけるものが一人。 「…お前か。わざわざ来てもらって悪いな。」 ヴォルクドラモンである。 「お前、殺し以外にも育成の才能があったんだなぁ。見ろよ、あの様子。」 「バカにする。将軍として戦士ぐらい育てられずどうする?」 ホムコールモンの返答に、ヴォルクドラモンは軽く頭を抱えた。 「そっちじゃねぇ、嬢ちゃんの方だよ。」 「オイナか。彼女を立派なデジモンに育てれば、イレイザー軍にとっても有益だからな。」 それは確かに偽りなき彼の考えだったが、一方で本心がそれだけであるわけもなかった。 「お前繕うなぁ、昔から。」 「繕う?どういうことだ。」 「だってお前、うちの部隊にいた時も──────」 うちの部隊にいた時も、ここで功名をあげりゃ、いつかはオキグルモンに仕えることができるかもしれないって思ってんのを繕って、テラケルモンのためっつって戦ってたろ? そう言おうとして、ヴォルクドラモンは口篭った。 (今のこいつの前で、あの裏切り者の名前を出すのは良くねぇか。) 「…?どうした、話せよ。」 「なんでもねぇ。それより美味い溶岩奢ってくれよ。嬢ちゃんの人使い、中々荒かったんだぜ?」 「わかった。この基地がある山は活火山でな、火口から入れば食べ放題のはずだ。」 「そりゃ嬉しいねぇ…じゃ、早速行ってくるとするか。」 「あまり暴れるなよ。噴火でもされるとまた引っ越すハメになるからな。」 ───────── それから数時間。 大人数に対し、オイナはようやくチョコを渡し終えた。 「一人で渡し終えるなんて。てっきり私たちがまた手伝うことになるものだと。」 「あの子はやる時はやる子ですとも。イレイザー様も、そうお作りになられたはず。」 マーメイモンとユキダルモンが話す横で、彼女はホムコールモンの元へ、後ろ手に何かを持ちながら駆け寄った。 「ホム、はい!」 「疲れただろう?今日はもう……これは?」 「ホムの分のチョコ!ちゃ〜んと取っておいたよ!」 幼女の手に握られたそれを見て、彼は喜びと困惑が半々といった様子になる。 「気持ちは嬉しいが…何度も言うようだが、私は鎧をつけているから物は食べられないんだ。」 「そんなのわかってる!だからほら!チョコドリンク!」 丁度ホムコールモンの手に馴染むサイズのカップに注がれたそれにはストローが刺さっていて、外せぬ装甲を纏った彼の口でも容易に飲むことができた。 「………どう?」 「美味しいよ。…こんなに美味しい物を摂ったのは…久々だ。」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 氷牢魔将スカーディモン 水竜軍団時代には『魔将の女』と呼ばれた、凍獄と呼ばれる牢屋を作り出す能力を持つデジモン。 水竜軍団では反逆者や捕虜を自らの能力で閉じ込めておく役割を担っており、 彼女に目をつけられれば二度と逃げることは不可能であると言われていた。 かつて、自らの子供として育てていた人間が突如姿を消してしまったことにより、強い『喪失感』を抱いた結果、 それがキーとなってユキダルモンからポーラーベアモン、そしてスカーディモンへと進化する力を身につけた。 ”子供”への想いが長い時を経て変質した結果、誰かを自らの手元に閉じ込めておくことに快楽を覚えるようになり、イレイザー軍へと堕ちた。 しかし、本物の子供に対する態度は、未だ善良な母親のそれである。 水竜将軍離反事件の後はどの陣営にも着く意思を見せていなかったが、再興を志すホムコールモンと一騎打ちの形で交戦、 その強さに感服したことによって水龍軍団に所属する運びになった。 ネオデスモンを介してデジモンイレイザーからホムコールモンの元へとオキグルモン未熟体が送られた際には、オイナと名付けられた当該個体の乳母役を買って出ている。