わき腹がじくじくと痛み、だらだらと血が漏れ落ちる。 「百蓮殿!?」 「よそ見して勝てる相手ではないでしょう。私は大丈夫です」  いつも通りの平坦な声で嗜めれば、ザンメツモンは不承不承ながらも敵に向き直る。持っていたハンカチを傷口に押し当てて前を向けば、下手人の敵テイマーとデジモンたちは変わらずこちらを睨みつけていた。  1対2の数的に有利な状況下を活かしてはなった、ザンメツモンに対する意識外の角度からの奇襲。それを防ぐために割って入った百蓮は、直撃こそ免れたもののわき腹をえぐられる事となった。  流石に慮外の出来事であったのか、二人いる敵方のテイマーのうち一人は普戒態勢を解かないながらも顔面を蒼白にしていた。もう片方は、百蓮にいまだ戦意があるのを見てか変わらず殺意を迸らせている。自身が下劣な人身売買組織の構成員であることを考えれば、むしろ顔面蒼白な方の反応が優しすぎるとも思わなくないな、とこんな時にぼんやりと百蓮は考える。  百蓮の負傷から膠着していた戦場であったが、やがて敵方が動き出したことで戦いの口火が再び切られた。しかし、やはり1対2では厳しく、ザンメツモンも攻撃をさばくのに手いっぱいで攻めあぐねている。いつものように指示を出してサポートを…と声を張り上げようとした矢先、百蓮の視界がぶれた。なんとか転倒は免れるものの、百蓮は頭を抱えながら地面に膝をつき、咳を受け止めた掌にはべっとりと血がついていた。 「百蓮殿っ!!!」 「隙ありだっ!」 「ぐっ!?…おのれえ!!」  相棒を助けに行きたいザンメツモンであるが、敵はそんな事情を汲むことなどしない。肩口を切り付けられたザンメツモンは苛立たしげに刀を振るうが、防がれて金属音だけが虚しく鳴った。 (.....まずいですね、このままでは負け……いえ、それ以前に長引けば)  翳んだ目でザンメツモンを見上げながら、働かない頭を動かして百蓮は戦況を分析する。ただでさえ数的に不利の状況下で、自身は負傷し、ザンメツモンも救護には来れない。それを考慮していくうちに、百蓮の脳に一つの文字が浮かび上がった。 (…………【死】) 「あはは…………それは絶対に嫌ですね」  ふらりと、百蓮は立ち上がった。 「おおっ、百蓮ど……の…?」  幽鬼のような様相に、ザンメツモンは異常を感じて言葉を止めた。敵方も、尋常ではない百蓮の様子に息をのんでいる。 「何のために……あんな組織に身をやつしてまで………こんなところで」  ぶつぶつと言葉を吐き散らす百蓮の左手が、おもむろに光を湛えだした。傷口から滴った血で真っ赤に染まったバイタルブレスが、赤黒い光を迸らせる。 「死にたくない....死んで堪りますか……」  柳のように揺れる肢体から溢れ出る、響く呪詛、強まるグロテスクな色の光。それらはやがて、ザンメツモンを包むようにまとわりついていく。 「おおおおっ!?こ、これはっ!?この力はぁっ!!??」  ザンメツモンの絶叫をバックに、やがて百蓮は動きを止め、敵に向き直る。充血した瞳が、敵を射抜いく。それは、今巻き上がる光の如く、真っ赤に染まっていた。 「だから………貴方達が死んでください」 【斬滅獣 進化】 【究極体】 【凱王獣】 ※エピローグ 「おや、こんな所で隠れて喫煙かい?」 「……大丈夫ですよ。コレ電子タバコですし、ニコチンもタールも入っていないので」  ひと屋に併設されている職員用の簡易診療所の非常階段にて、百蓮は愛甲に声を掛けられた。いつもと変わらない様子の愛甲に対して、百蓮は少々バツが悪そうに口を開く。 「…すいませんでした、ターゲットを取り逃がしてしまって」 「うーん、まあそうだね。だがまあ今回は、君が究極体への進化へと至れた記念にお咎め無しとしよう」 「いいんですか?」 「ふふ、流石にそんな大怪我までした部下に鞭打つ程、私は鬼上司じゃないよ」  穏やかな笑みを湛えながら言った愛甲は、百蓮に背を向ける。 「さて、そろそろ夜も更けて寒くなる。病室で船を漕いでいたコテモンが目を覚ましたら厄介な事にもなるだろうし、早く戻りたまえ」 「…そう言えば、ムシャモンが成長期まで退化したの、今回ぎ初めてでした」 「彼もそれ程頑張ったのだろうさ」  軽口を叩きながら屋内へと戻って行く愛甲であったが、不意に足を止め、振り向き百蓮を見据えた。 「………究極体は、基本的にデジモンの進化の極北だ。その力を得たならば、この世界で出来る事も格段に増える。期待しているよ?生源寺百蓮」  言い終えると、愛甲は今度こそ中へと戻って行く。足音が遠ざかり聞こえなくなって行くのを確認すると、百蓮は夜空を見上げ、一言を漏らした。 「……底の底まで、いかされそうですね」  そして百蓮は、何かを誤魔化す様に電子タバコを大きく吸い上げるのであった。