夕食後、かぐやは上機嫌で寝そべっていた。  太るよ、と言いたくなるが、今のかぐやの体にそんな機能はない。  彩葉は黙って皿を洗う。 「彩葉~? まだ~?」 「まだ」  28歳にして何かと体の変化に敏感になりつつある彩葉としては、たまに実装したろかと思わなくはない。その度に、無駄な機能のために時間と労力を使ってはならない、壊れた食洗機を買い替える方が大切だと自分に言い聞かせる。  そもそも、元のかぐやだって暴食と自堕落の権化だったのに、体型が変化する兆しはなかった。数日で赤ちゃんから大人になり、髪の色も肌の色も変化自在な宇宙人ボディ、当時はなんとも思わなかったが、今は少し羨ましい。  大体、最近急に体重が増え始めた原因はかぐやだ。  この欲深怪獣は料理趣味が復活し、8千年を取り戻せとばかりに食べまくるばかりか、こちらにもバンバン振る舞ってくる。  こちらはもう28歳なのだ。10代の頃のようにいくら食べても太らない体ではないのだ。(当時ちゃんと食べていたかというのは置いておく)  「彩葉ぷにぷにだ~」とか「もうちょっとお肉ついててもいいんじゃない?」とか言いながら、カロリーの高い料理を作りまくり、もう本気で太らせにきているとしか思えない。まあ、今でようやく適正体重に乗ったところではあるのだけど……。これ以上はちょっとまずい。  残せばいい? かぐやを前にして、できるわけないでしょ。  8千年でデリカシーを学ばなかったのかと、一度問い詰めたことがある。ちゃんと毎日の美味しい食事に感謝していると、しつこく前置きしたうえで。 「でりかしぃ? 知ってる知ってる~。人の気にしてること言っちゃいけないとか、そういうことでしょ? かぐやちゃんもしっかり成長したからね~」  わかってやってんのかい。 「彩葉と一緒のご飯食べれるのめっちゃ嬉しいし、彩葉が美味しそうにご飯食べてるの見るのめっちゃ好き。あと、彩葉ちょっと細すぎない? どんどん作るからいっぱい食べて!」  そう言われたら、もう何も言えない。  ジムに通おうにも、かぐやが寂しがるからなかなか家を空けられない。  最後の皿を洗い終え、カゴに置くなり彩葉は思わず頭を抱えた。 「……彩葉?」  ててて、とすかさずかぐやが寄ってくる。 「具合悪い? 疲れた? 大丈夫?」  先程までの上機嫌はどこへやら、心配を通り越して怯えすら滲ませた表情で彩葉の顔を覗き込む。 「大丈夫。最近お腹周りがきつくなってきたことにちょっと思いを巡らせてただけ」 「そっかぁ。どれどれ」  切り替え早いな。どれどれじゃないよ。つまむんじゃないよ。 「かぐやさん喧嘩売ってらっしゃる?」 「売ってないよ~。彩葉のお腹ぷにぷにだ~」  こんにゃろう。 「かぐや~? いつまでも怒られないと思ってたら大間違いだからね~?」 「えー。彩葉怒っちゃヤダー」 「そう思うならやめてね? あと、もう少しカロリー抑えた料理にして」 「彩葉また痩せちゃうじゃん!」 「それでいいんだよ!?」 「ヤダヤダ! せめて適正体重はキープして!」 「大丈夫だって……。今までもそれでやってきたんだから」 「ダメ! 忙しいとか言ってすぐご飯抜くじゃん! かぐやが見てるところではちゃんと食べて!」  終いにはオカンみたいなことを言い出す。いや、うちのはぜんぜん違うけど……、とにかくこうなったらもう勝てない。 「わかった、わかったから」  両手を上げて降参のポーズ。 「でも私、体重落ちにくくなってきてるからね。そこんとこよろしくお願いしますよ」 「わかればよろしい! かぐやにまかせときー」  かぐやの機嫌がコロッと変わる。  それで安心してしまう自分が情けない。  かぐやは満足気な表情を浮かべながら、彩羽の手を取り、ソファに連れて行く。  彩葉が腰を下ろすと、その右隣にべったりくっついて座った。 「ね、彩葉」 「んー?」 「久々に喧嘩しちゃったね。ドキドキした?」  ……喧嘩? 喧嘩と言えるのか今のは……。 「ちょっとだけね」  嘘だけど。  思えば、かぐやと本気の喧嘩はしたことはなかった。  高校生の頃、苦労して貯めたなけなしのお金を使われた時は何故かすぐに許せてしまったし、母親とのことに口を挟まれた時も、不思議と怒る気にはならなかった。どちらも、かぐや以外だったら絶対殴り合いになってただろうに。 「彩葉に追い出すよーって言われたらどうしようかと思った」 「言わない言わない」 「えー。じゃあ、かぐやが家出する?」 「なんでよ」  子どもみたいに話が飛躍する。思わず笑ってしまった。 「映画だと喧嘩したら出てくじゃん? そういうルールなんじゃないの?」 「ルールって」 「家出するならどこにしよっかな~」 「かぐや~? 家出してもすぐ連れ戻すからね?」 「彩葉に見つからないところに隠れるし」 「今まで言ってなかったけど、かぐやの体に発信機仕込んでる」 「え!? うそ! どこ!?」 「ウソ」 「……ほんとに?」 「ほんと。仕込んでない。まだね」 「まだ!?」 「家出するとか言うなら仕込んじゃおうかな~」 「コワ~」 「ふふん。かぐやに人生捧げてるんだから。簡単に逃げられるなんて思わないでよ」  会話が途切れた。ぷっつりと。  急にテレビの音声だけになり、唐突に白々しい空間になる。 「かぐや?」  顔を覗き込む。  真っ赤だった。 「い、いろは」 「え、何。どうしたの」 「もっかい、もっかい言って! 人生捧げてる~ってやつ!」 「やだよ、恥ずかしい」 「え~!!! めっちゃ刺さった! もっかい聞きたい~! 聞きたい聞きたい!! もっかい言ってー!!!」 「いや、改めて言おうとするとめっちゃ恥ずかしいし……」 「言って~!!!」  飛びかかってくるかぐやと格闘していると、今度は脇においたタブレットから、 『彩葉~?』 「ヤチヨ!?」 『ヤッチョにも言って~!』  ああ、もう。  めちゃくちゃ。