後日談 翌日 やっぱりヤチヨが拗ねた。 恥ずかしい動画を撮られたことはそれなりにお冠だったらしい。 朝からの実験のためにタブレットを起動するといつもは挨拶をしてくるヤチヨだが今日はずっと背中を向けている。 なんならプンプンという音が聞こえてきそうな怒りアイコンのおまけ付きだ。 素体を除いたヤチヨと直接的に関わる実験は基本は私一人で担当するようにしているし、今日の実験はマージンを取って一日時間を確保している。 だから少しの遅れぐらいは問題ないが、一日中これでは流石に困ってしまう。 ヤチヨもなんだかんだでこの実験がヤチヨのための大事な実験だと理解しているから、こういうときは大抵時間を置いて始めるものだが原因が私ということもあって少しバツが悪い。 「ごめんってヤチヨ、私が悪かったから」 「それなら昨日の動画は消してほしいなー」 「ごめん、それは無理」 かぐや配信挨拶(ヤチヨver.)なんて永久保存して国宝(閲覧権限:彩葉限定)にしなければならないものを消せるわけない。 「ふーんなのです」 こうなると当然ヤチヨもそっぽを向いてしまう。 そんなヤチヨも可愛くて見つめていても飽きないが、それはそれ、これはこれ、仕事は仕事、なのでなにか解決策を考えねばならない。 ツクヨミデートで機嫌を直すときもあるが、どちらかというと私にもご褒美のようなものなのでこれはあまり意味がない。 いくつか考えるがなかなかこれといった解決策は思い浮かんでこないが… 仕方ない、責任ある立場として背に腹は変えられない。 「代わりになんでも言うこと聞くから、ねっ?」 ネットミーム的に少し怖いがヤチヨもあまり極端に無理なことは言ってこないはずだ。 なんとかこれで許してくれないだろうか。 「!!!!!!!!」 うわっ……ヤチヨのツインテが激しく逆立った。 あまり見ないレアな現象だ。 数秒逆立った髪がしんなり落ちてくるとそのままゆうに10秒ぐらいはフリーズする。 ちょっとまずったかもしれない… ヤチヨの頭脳で10秒考えて弾き出される提案が何になるかまったく予想がつかない。 ゆっくりと振り返るヤチヨは隠しきれない笑みを口角ににじませながら─ 「じゃあねえ…」 ゴクリ 「彩葉には──今の姿でアバターを作ってもらおうかな?」 「へぇ…?」 いかん、変な声が漏れた。 今の姿でアバター? 今の姿って…今の姿(27)? たしかに私のツクヨミでのアバターは基本的に9年前のままだ。 個人的にも会心の出来で気に入ってるし、たまにアクセやカラーを変えたプリセットも作っているが結局は元の姿に落ち着く。 定期的に年齢などに合わせて更新する人もいるが私はやっていない。 今もたまにヤチヨとのライブなんかもやってるし、私だけ育ってしまってもバランスが悪いという理由もある。 あと今の私は少しは名の知れた研究者にもなった。 ツクヨミのプロジェクトにも参画しているし明言こそしていないが私=いろPであることはある種公然の秘密というか、そこそこ繋げて考える人もいる…はずだ。 そんな私が今の姿でツクヨミに入るとなると── 「あのー…ヤチヨサン?それはちょっとー…」 「なんでもって言った」 「それはちょっとした言葉のアヤといいますか…」 「なんでもって言った」 どうやらヤチヨも引く気は無いらしい。 確かに恥ずかしいのは私だけだしそれなりの覚悟はしたうえでの提案だったのだがちょっと斜め上過ぎた。 さーてどうするか…… 逃げ道を探して私もそれなりにフルパワーで天才的頭脳を回転し始めようとしたが── 「彩葉……ダメ?」 ぐうううううぅぅぅぅぅぅぅぅ… ヤチヨは画面いっぱいに潤んだ瞳を携えて悲しそうな表情を映す。 顔がいいし原因は私だし声色も本気で悲しそうだしなんとかしてあげたいと思うし顔がいいし… とりあえずスクショしながら数瞬思い悩んだが…まあ結局は私にヤチヨの頼みを断れる訳はないのだ。 「分かった……でもライブとかでは使わないとか制限は付けさせてよね」 「やったーー!!やっちょ大感激!!!!」 さっきまでの涙はどこへやら、今度は画面中を飛び跳ねて全力で喜んでいる。 そんなに嬉しいか…… これから実験だというのに朝のやり取りだけで急激に活力が失われていく感じがする… それもテンション高めに喜ぶヤチヨを見つめていると、まあいいかという気分になってくる。 まだYC型ボディの完成は先の予定だし、更新したアバターを使ってヤチヨより高い視点であらためてツクヨミを一緒に歩き回るのも新鮮かもしれない。 しばらくするとようやく落ち着いたヤチヨが近づいてきてタブレットの画面に狐の手を差し出す。 「ほら約束ね、彩葉」 「はいはい約束約束」 私も狐の手をタブレットにコツン、とくっつけて約束を交わす。 いくらかやる気も充填できたことだし実験の準備を始める。 新しいアバターができたら少しぐらいはやり返そうかな、なんて考えれば少し足取りも軽くなる。 超頑張ってムリすればクールビューティーに振る舞うことも…まあできなくはないし、それでヤチヨに思いっきり至近距離で愛を囁いてやるんだ。 私も至近距離のヤチヨにK.O.されるのは目に見えてるがそれも仕方ない ──だって私達はお互いが大好きなんだ。