宿屋の一室で、ズンダ―・エセック・ボルボレオⅣ世の悲鳴が部屋に響き渡った。 「あ゛ぁ゛っつ゛ぅ゛…効く~」 「そのおっさん臭い悲鳴なんとかなんない?ボルボレオさん」  ボルボレオの腎兪にお灸を施すのは平平凡凡のマジコモン。持病の腰痛が悪化し往生していた彼に救いの手を差し出したのは、偶々同行していたマジコモンだった。 『私が施術してあげようか?』 「いやはや、生まれ変わったようであります!さすが火属性の魔術師!熱を利用した治療術があるとは吾輩目から鱗であります!」 「…どうも」  お灸が終わり、腰を動かして感嘆の声を出すボルボレオを複雑な思いでマジコモンは見つめる。 「あたしの故郷の地方に生えている野草の絨毛から作った粉をね、肌にのっけて火をつけると、温熱効果で体の血行や肩こり・腰痛がよくなるのよ」  マジコモンは火属性に長けた魔術師、故郷ではマッチ代が浮くからと地元のじいさんばあさんに声を掛けられてはお灸の手伝いを度々行っていた。いつの間にか、彼女はお灸についてはちょっとした特技になっていた。 「言っとくけど、こんなの対処療法だから。本格的に治したいならその鎧は脱ぐことね」  何度か任務を共に遂行してわかったが、ボルボレオは正直あまり強くない。恐らく平平凡凡な己よりも。おまけに腰痛持ち。これまでは運よく生き延びられたが、これ以上旅を続けると、必ずやボルボレオはそう遠くない未来に命を落とすことになるだろう。 「じゃあ早く魔王を退治せねばありませんな!はっはっは!」 (──ああ、もう…!)  あっけらかんと笑うボルボレオに、マジコモンの心の中の、これまで厳重に蓋をしてあった何かの蓋が零れた。その中から旅を始めてから溜まりに溜まった澱みが、漏れ出る。 「……馬鹿じゃないの?ボルボレオさん、あなたなんかに何ができるの?」 「マジコモン殿?」  気遣わし気にマジコモンに近づくボルボレオ。そんなお人好しな彼にマジコモンの鬱屈が爆発する。 「自分にもわかってんでしょ?あなた、弱い、弱すぎる。あなたは勇者どころか、ギルドでみかけたどんな冒険者よりも弱い」 「………」  ボルボレオは黙して語らない。(もういい、やめろ)と心は叫ぶのにマジコモンの口は止まらない、止まれない。 「所詮あなたはっ、平凡・凡庸・凡人、平平凡凡の雑魚よ!いいかげん身の程をわかりなさいよ。…あなたも、私も……」  最後は言葉にできなかった。ボルボレオを罵倒した言葉が、全部自分を切り裂く刃となって跳ね返っている。惨めな己に耐え切れず、短く謝罪の言葉を述べて彼の前から去ろうとした時だった。 「でも、それは諦める理由にはなりませぬぞ」 「…え?」  マジコモンは振り返ると、そこには彼女を真摯に見つめるボルボレオの姿があった。 「無能、凡庸、もとより百も承知。ですが、それでも何か己に出来ることはないのかと、吾輩は滾る己の血を抑えきれないのであります。なぜなら、吾輩は勇者の血を継いでこの世に生まれたのだから!」  ボルボレオが前に足を踏み出す。なぜかマジコモンの体が竦んだように動かなかった。 「マジコモン殿はどうなのでありますか?己の心が、体が、旅を続けろ、まだ見定めぬ己の運命を見つめよと叫ぶからではありませぬか?」 (──そうだ、私は)  親に自分の才能を認められず、むきになって家を飛び出した。世界を知って、自分が如何に井の中の蛙か知り、それでも故郷に足を運べない愚か者。いや、違う。本当は── 「ッ!馬鹿にすんな!」 「おぉ…!?」  突如叫んだマジコモンにびくっとボルボレオが飛び跳ねた。その姿にちょっとだけマジコモンの溜飲が下がる。 「私は、大魔術師になる魔女よ。今はこんな鳴かず飛ばずだけど、絶対に大化けして故郷へ錦を飾ってやるんだからッ。そこんとこ、勘違いしないでよね!」 「……はっはっはっ!その意気でありますよマジコモン殿!」 「うっさい!爆弾持ちの腰のくせに!」 「あっあっあっ、やめ、マジコモン殿腰突くのはやめてっ」 「ひひひ、これぞ最終魔法、魔女の一撃!なんちゃって」 「だめぇぇぇぇ!魔女の一撃はシャレにならないのぉぉぉ!!」  さっきまでの威勢はどこへやら、情けない声をあげてボルボレオは逃げ回り、そんな彼をマジコモンは人差し指を立てて追いまわす。二人のじゃれ合いは、宿屋の主人が「静かにしてくんないですか」と怒鳴りこんでくるまで続けられた。  それからというもの、ボルボレオの腰が悲鳴をあげた時は、マジコモンがお灸をするのが恒例になったそうな。