パチリ。 音を立てて眼前に置かれた木片…ロン・サイクはサングラス越しの眼光で射殺すように睨みつけ、次いで対面の男を睨みつけた。 そしてしばしの沈黙の後、彼は心なしか肩を落として対面の男…棋士リュオーに頭を下げる。 「参りました」 「ありがとうございました、序盤の猛攻はヒヤッとしたよロン君」 「チッ…余裕たっぷりで凌いでおいてよく言うぜ」 将棋と呼ばれている東方のボードゲーム、その駒を片付けながら二人の男は互いに健闘を称える。 そのまま感想戦に入った二人を遠巻きに眺めながらゴブリンの少女、シャーはぷーと頬を膨らませた。 「ロンもリュオもずっと遊んでる!修行の時間なのに!」 「ははは!遊びでないよシャー、あれも立派な修行のうちさ」 プンスカと怒るシャーの頭をポンと撫で、ミセス・ムリスナーは解説する。 魔法を使う工程は基本的に三つ…術式を構築し、魔力を流し込み、呪文や動作によって解放。どの魔法もその工程は共通している。 即ち、感覚的に動ける戦士や格闘家と違い初動は一手二手遅れてしまう…それが魔導士の最大の弱点であり永遠のテーマだ。 だからこそ魔導士は相手の二手三手先を読んだ立ち回りをしなければならない。将棋はそれを鍛えるにはもってこいのゲームなのだ。 「ロンの坊やは速攻を重んじるあまり守りがお留守だね!そんなんじゃいずれ戦いで大怪我することになるよ!」 「うるせーババア、敵に攻撃させる前に仕留めりゃいいだけの話だろうが」 「仕留められなかったのが今のザマだろ!年寄りの言うことは素直に聞きな!」 「ぐっ…!」 言い負かされて苦虫を噛み潰したように煙草をガジガジと噛むロンを尻目に、探求心に火が付いたシャーは目を輝かせる。 そのまま走り出すと、将棋盤を前に扇子で優雅に仰いでいるリュオーの対面へと滑るようにして着座した。 「リュオ!次はシャーが相手だ!」 「おや?シャー君が将棋かい?遂に目覚めたか…草の根活動の甲斐があったね」 「ゴタクはいい!さっさとやる!」 パチパチと駒を並べ始めた二人…その光景に、ロンとムリスナーは顔を見合わせる。 今までシャーが将棋に興味を持つことはなかった。日ごとに成長していくゴブリンの少女は今日もまた新しい道に進んだのだ。 「…シャーが将棋とはな…珍しいこともあるもんだ」 「微笑ましいじゃないか、アンタを見てやりたくなったんだろうよ」 「すぐ嫌にならなきゃいいけどな、リュオーは初心者にも容赦しねえぞ」 そう言い放つロンの口調はドライなように聞こえるも心配のニュアンスが含まれる。 素直でない若者に、ムリスナーはくっくっと肩を揺らして笑いながら言葉を返した。 「そりゃシャーを甘く見すぎってもんじゃないかい?あの子は伸びしろの塊さね」 「伸びしろね…物は言いようだな」 「見てな、すぐに面白い勝負になるよ」 対局が進んでいく中、ばちんと大きな音を立ててシャーの桂馬がリュオーの飛車を打ち倒す。 その一手にリュオーは眼鏡の奥の目を見開き、思わず仰け反った。 「馬鹿な!!桂馬が前進!?僕の知らない動きだ…」 「馬がまっすぐ進めないのはおかしい」 「た、確かに…」 シャーが繰り出すルール無用の将棋が着実にリュオーを追い詰めていく。 それを眺めながらロンは呆れたように肩をすくめ、ムリスナーは愉快そうに笑った。