百連ちゃんへ。 城には片桐君とソフィーちゃん、協力者のフロゾモンが向かってます。待伏はさせてるとはいえ、確実に城には着くから体勢を整えておいてね。 私は犬童さんと協力者の魔術使いを迎撃します。このメッセージ到着から20分以内に私が戻らないようであれば、王子様候補は全員本部に送ってね。 もしトラブルが発生したら、始末して構いません。 「二手に分かれましたか。まとめて来られるよりは良いですが」 バイタルブレスに届いた鳥谷部からのメッセージを百蓮は目を細めて確認し、軽食の大福を半分口に入れ、咀嚼する。 城の広間の出入り口を固めるユキダルモンの姿を見て、メッセージをムシャモンにも見せた。 「20分以内でござるか。鳥谷部殿でも簡単な相手ではないと……む?」 何かを感じだったムシャモンは、自分の分の大福を咀嚼しながら数珠を触れ、薄く光らせたそれを握り広間を見渡し始めた。 少しして、百蓮が何か探っているかと尋ねると、ムシャモンは大福を飲み込み、口を開いた。 「ご無礼。探ってる者がいるようでしてな」 「探る……式神かナノマシンですか?」 「否。この感覚は【氣】の類でござる」 ムシャモンの話で百蓮は咄嗟にカラテンモンの姿を思い浮かべ、椅子から立ち上がった。 「ムシャモン。今すぐ王子様候補達を本部に送ります」 「なんと!それだと鳥谷部殿の指示を無視することになるのでは!?」 「十分トラブルです。鳥谷部さんなら話を聞いて……あ!」 話の途中で、どこからか放たれたロケット弾が広間の中央に着弾し、爆ぜた。 「何奴……ぬおっ!?」 巻き上がる爆煙とガラス片に目をやっていたムシャモンは、暗く冷えた城の空気を引き裂くように飛んできたカラテンモンの一撃を咄嗟に防ぎ、押し返す。カラテンモンその力に逆らわず飛ぶと、訓練所の入り口から現れた神田颯乃の元へと戻った。 「……軽食くらい、落ち着いて摂らせてくださいよ」 百蓮はため息をつき、バイタルブレスを通して城に居るデジモン達に入り口と地下室の守りを固めるよう伝えてから、残った大福を口に入れた。 「ラリッサ達は地下に!テイマーは私が!」 「分かった!またあとでね!!」 王子様候補達は颯乃の指示を受け、地下室を目指し駆け始める。その姿を薄目で見送った百蓮は一度、思考を整理する。 王子様候補達が持つのは、最初期に作ったひと屋製デジヴァイス。出力も低く体力も消耗する文句無しの不良品。少しずつ力を奪う目的で持たせたもの。 地下室に向かった者は、そのまま警備に任せればいい。数で対応出来る。目の前にいる神田颯乃とて、少なくとも本来の力は出せないはず。 十分優位。そう結論を出した百蓮は、颯乃の睨みを薄目で返し、ムシャモンは刀を構えて歩み出た。 「すぐ騒ぎを止めなさい。そうすればあなた方は見逃します」 「嫌だね。幾ら百蓮の姉ちゃんの言うことでも、それは聞けねぇ」 「なら死になさい。ムシャモン、超進化」 処刑のような宣告と共に、ムシャモンの身体は光に包まれ、黒金の甲冑とくすんだ金の兜身に着けた竜人へと姿を変えた。 進化したムシャモンは、【く】の字に曲がったような二振りの刀を携え、討つべき敵へと名乗りを上げた。 「我が名はガイオウモン……御首頂戴!!」 ──── 「ファヨンの上司の愛甲と申します。まずは鳥谷部さん。心中、お察しします」 最初に来た林花英と名乗った女は、鳥谷部の話を聞くなり「上司に代わります」と言って部屋を出た。それからほんの数分後に来たのは、愛甲と名乗る金の義眼をつけた20半ば程の女だった。 鳥谷部は自分と干支が一回り以上違う者達に、本当に復讐代行業の人間なのかと強く疑う。しかし、彼女の黒目と金の義眼の奥から、真っ黒な光が爛々と輝いているように見え、目が離せない。惹き寄せられるものと怖気を同時に感じ、鳥谷部は麦茶に口につけ、彼女の光を見ないように話を続けた。 「私の心中も未来もいい。娘の仇が取れれば」 視線を、娘の遺影に向ける。愛甲は鳥谷部を見たまま差し出された麦茶に口をつける。動かない金の義眼から、まるで自分を見定めるようなくすんだ光を感じて鳥谷部は愛甲から、目を逸らそうとした。 麦茶を飲み込んだ愛甲は一度目を伏せ、感情を抑え込むような低い声で返した。 「家財も車も。足りないなら臓器を売ることも考えると」 覚悟したはずの言葉が、今になって背中に薄ら寒い湿りを生み出した。それでも愛娘を失った絶望と復讐心からの震えを堪え、鳥谷部は頷いた。それでもまだ、愛甲の目の奥の光を直視しなかった。 その頷きを見た愛甲はしばらく、何かを決めたように黒目を開き、言った。 「お金の代わりに、私達の仕事を手伝ってもらえませんか?」 あまりに突拍子の無い提案に、鳥谷部は表情を強張らせ、動けなくなった。復讐代行業の人間が、娘を失ったばかりの中年女性に、何を求めている。 「私の持ってる資格は、運転免許とMOSくらいよ。 事務員が欲しいなら、ハローワークにでも求人を出して頂戴」 理外の理に、鳥谷部は愛甲を睨んで返した。 「欲しいのは事務員ではありません」 「なら!私に何を手伝えって言うの!!」 目を動かさず返した愛甲は、感情を抑えきれずに叫んだ鳥谷部を見据え、まるで彼女も縋るように悲壮を纏わりつかせた声音で、願うように言った。 「私の復讐の、手伝いを」 ──── 「良かったじゃない。三人とも買い手がついて」 オークション会場のあるエリア外れの店舗で、鳥谷部は自分の娘を殺した男達。もとい【商品】に冷たく笑いかけると、品の一つが「俺達が何でこんな目に合うんだ!!」と叫び、檻を叩く。 お前達が私の娘を殺したからだ。その言葉を堪え、胸の奥で血肉も凍るような冷たい風が吹くのを感じながら、鳥谷部は品に目を合わすことなく尋ねた。 「鳥谷部六華を、覚えてる?」 男達は、一瞬で何かを思い出したように顔を見合わせてから、沈黙した。 鳥谷部はそれに何も言わず、ただ氷柱のような目で品を見た後、購入したアンドロモンに対して店員としての笑みを向けた。 「3名で90万bitとなります。デジヴァイスは……」 「実験用の人間には不要だ」 アンドロモンが無感情に言うと鍵を開け、喚く男達の首に腕から射出したロープを繋げると、そのまま引きずり店から去っていった。 こうして鳥谷部晶子の、仇討ちは終わった。 ──── 仇討ちの終わりを思い返した鳥谷部は、フロスベルグモンに対抗すべく進化したヘルガルモンとクリスペイルドラモンの次に、恐る恐る霜桐雪奈のほうを向き、すぐ目を逸らした。 髪も目の色も違う。もう少し活発な雰囲気だった。顔を近くで見たら、きっと細かな所が違うだろう。 それでも確かに、理不尽に殺された娘と似ている。鳥谷部は娘の顔をすぐ思い返し、犬童三幸の右頬の傷に、逃げるように視線を移した。 フロスベルグモンが、やはり心配するように顔を向けた。鳥谷部は目を緩めて視線を返した。 「……望まぬのは、こちらも同じです」 フロスベルグモンはそう呟き目を伏せ、顔を上げると、この雪山の主として雪奈達を威圧的に見下す目を向けた。 「これより先は貴様らの価値を示せ。 価値が無ければ、凍え死ね」 「お前こそ焼き鳥として価値があるんだろうな?フロスベルグモン!」 「ヘルガルモン。ヒクイドリの肉は硬いらしいので、焼き鳥には向いてませんのよ。 やるなら、鶏鍋ですわよ」 吹雪で白み始めた視界の中、低く威圧的に告げるフロスベルグモンに、ヘルガルモンと三幸は一歩も引かずに返すと、フロスベルグモンは楽しげに鼻で笑う。それからすぐ、クリスペイルドラモンと雪奈も雪面を踏みしめ、歩み出た。 「……人の培ってきたものに土足乗っかるような奴らに負けるかよ!」 「……やろう、クリスペイルドラモン!」 憤りを抑えながら睨む二人の姿に、鳥谷部は腹底から跳ねる上がるように現れた、引き裂かれるような痛みを堪え、デジヴァイスを取り出した。 フロスベルグモンはまた鳥谷部の顔を見てから、目を伏せ何も言わずに、翼を淡く輝かせた。 「……イノセンスブリザード!!」 雪山の主が氷のように透き通る尾羽と翼を揺らめかせ、一瞬にして猛吹雪を巻き起こした徐々に世界が白一色に染まろうとする中、鳥谷部は淡い青の光を見つけると、細い目を険しくした。 「これなら強化すれば……クリスペイルドラモン!」 「……カロスディメンション!!」 叫びと共に、風向きは鳥谷部達のほうを向く。鳥谷部が吹雪に耐えかね目を抑えようとした瞬間、ヘルガルモンがその炎で白い世界を引き裂くように、フロスベルグモンに接近する。 「前よりも速く、強くなったようだが……速さで某に敵うものか!!」 フロスベルグモンが、魔狼の振り上げた爪を簡単に躱し、飛行して距離を取る。着地の瞬間、スラスターを噴かせ突撃するクリスペイルドラモンの爪も、瞬時に凍らせた翼で防ぎ、蹴りを見舞おうとした。 その瞬間、クリスペイルドラモンの爪は魔術の輝きと共に一瞬で溶け、瞬時にフロスベルグモンの氷の翼と接着すると、一気に凍結した。 「某の翼を……!」 「付け焼き刃の魔術で俺達に勝てるかよ!行け!ヘルガルモン!!」 クリスペイルドラモンの声に応え、ヘルガルモンが咆哮と共に爪を振り上げ接近する。 「……引き剥がせないなら、切って!!」 鳥谷部が悲鳴混じりに叫ぶと、フロスベルグモンは躊躇なく風の刃で凍結した翼の先端を切り裂き、大きく跳躍して魔狼の一撃を再び躱した。 「……怪我は!?」 「ご心配召されるな!ヘルガルモンにやられた訳ではありませぬ!」 鳥谷部は自身の近くに舞い戻ったフロスベルグモンに声を掛けると、彼は自分を安心させようとする声音と表情を見せ、再び魔狼と氷竜に対峙した。 「魔術とはそうも使えるのだな。勉強させてもらったぞ」 フロスベルグモンが喉を鳴らし、雪奈とクリスペイルドラモンを見た。口を真一文字に結び、身動ぎ一つせず睨む二人の姿を見て、鳥谷部はこめかみに人差し指を当て、思案した。 力勝負はヘルガルモンに負ける。ライジンモンと共に動いた時から、今もこれは一貫している。そこにクリスペイルドラモンだけではなく、魔術の支援まである。力勝負は間違いなく、負ける。 魔術勝負でも、修練を積んだ魔術師と選ばれし子供のデジヴァイスから読み取った付け焼き刃の魔術では、勝負は見えている。 確かにどちらも強敵だが、全ての手札を活用して戦えば、勝てる。 大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。雪山の冷たい空気と乾いた風を肺に取り込み、ゆっくりと頭を冷やした所で、空色のデジヴァイスを握りしめ、フロスベルグモンに力を送り込んだ。 「フロスベルグモン。真っ向勝負は避けるわよ」 「然らば……イノセンスブリザード!!」 鳥谷部の指示に迷いなく応えたフロスベルグモンは再び尾羽と翼を揺らし、吹雪を巻き起こした。 ──── 「さっきより勢いが強いですわね……!これも晴らせますか!?」 「出来るけど少し時間が欲し……わっ!?」 更に強まる吹雪の中で、三幸は白で埋められていく視界への、冷たく乾いた風で染みる傷の痛みを堪え、怯まず目を開く。雪奈も慌てず、再びクリスペイルドラモンの強化を行おうと杖を握り集中しようとした瞬間、何処からか飛来した氷塊が肩に命中し雪面に膝をついた。 「雪奈!?なにをされ……うおっ!!」 振り返ったクリスペイルドラモンには風の刃が飛来し、氷の外殻が削り落とされた。 どこから攻撃が飛んできたか考える前に、三幸は白くなり続ける視界の中、姿が確認できる雪奈とクリスペイルドラモンの元へストックも使わずに駆け寄ろうと足を動かそうとした。 2歩進むと、風ではない音が聞こえ三幸が振り向いた瞬間、自分の拳ほどの岩石が真っ白な世界から頭を目掛け飛来し、ヘルガルモンがそれを受け止めた 「無事だな、ミユキ」 「あ、ありがとう……でも、どこから……」 「場所はわからんが遠くからだろうな。追いかけて止めようにも、オレじゃアイツに追いつけんぞ」 三幸は傷に手を触れ、思案を始めるが何も思い浮かぶものはなく、一先ず雪奈の近くへと駆け寄ることにした。 「雪奈さん。大丈夫ですか?」 「いてて……わたしは平気。 待ってね、この吹雪を晴らし……うわっ!」 再び雪奈や三幸を目掛け飛来した氷塊を、クリスペイルモンとヘルガルモンが防いだ。ヘルガルモンは「あの鳥公」と忌々しく呟きながら爆炎風を足元に放ち、周辺に炎の壁を形成した。 「ナイスですわヘルガルモン!これで当分……」 「どっちにしろ長く持たねぇ!この吹雪じゃいずれ熱が消えるぞ!!」 「でも、考える時間が出来た……今のうちに、整理しないとね」 蒸発した氷塊を見て息を吐いた雪奈が表情を緩め、雪面を杖の根元で軽く叩いた。 「敵のフロスベルグモンは……スピードはわたし達じゃ追いつけないね。究極体の中でも速い側かも」 「だがパワー勝負は、ヘルガルモンとの叩き合いは避けるあたり苦手なんだろうな 魔術も含めてまだ手札はあると思うから……あいつは、速さと手数の多さで戦うタイプだ」 雪奈とクリスペイルドラモンの話を、三幸は傷に手を触れたまま聞き、炎の壁を凝視した。 「そして、相手は吹雪で身を隠しながら遠距離攻撃に徹してる……。 わたし達はこれから、フロスベルグモンを見つけるか、捕まえるかしないといけない」 苦虫を噛み潰した顔の雪奈は言葉を止めると、表情や変えずに炎の壁の外へと目をやった。 「あいつが他に何が出来るか分からんが……少なくともこのまま吹雪が強まったら、何も見えなくなっちまう」 神妙な表情で話すクリスペイルドラモンに、ヘルガルモンは「姑息な鳥公が……」と苛立つ混ざりに吐き捨てたのを聞き、三幸はこれも選ばれし子供のデジヴァイスの記録からの発想かも分からないまま思いつき、ヘルガルモンに声をかけた。 「ヘルガルモン。炎の壁を広域に出来ませんの?」 「……ミユキとセツナから力を貰っても無理だ。出来ても、風やら氷やらでいずれ消されちまう」 ヘルガルモンの返答に、三幸は渋面で返した。 「……フロスベルグモンを、壁の中に閉じ込めれば一番良いと思ったんですが」 「ちょっと現実的じゃ……でも、閉じ込める、か……」 三幸の言葉に、雪奈が何かを思いついたような顔を浮かべると、それから少しして、思い直した様子で三幸に話しかけた。 「……思いついたけど、相手の手の内がまだ分からない以上、覚悟はいるよ」 「何もしないでいると、ホワイトアウトした中で一方的に攻められるだけですわ」 逡巡無く答えた三幸に、雪奈は一度小さく唸り声を上げると、決心し、杖を強く握った 「なら三幸ちゃん、ちょっと時間がかかるから少し待……ん?」 吹雪の音とは違う音がした方を雪奈が向くと、雪と氷を携えた竜巻が、炎の壁へと迫ってきていた。 「……ヘルガルモン、打ち消せますか!?」 慌てず恐れを飲み込んだ三幸に応え、ヘルガルモンは大きく息を吸い込んだ。 「ヘルガルモン!その竜巻の勢いさえ抑えれば、俺と雪奈で何とか出来る!!」 「頼むぞ……ハウリングバースト!!」 爆炎風を凝縮した炎の大玉と竜巻がぶつかり合い、竜巻の中で舞い散る氷塊や氷の刃を蒸発させながら、竜巻と衝突し、拮抗を始めた。竜巻が巻き込んだ雪氷は蒸気し、纏った冷気で瞬時に冷やされ氷となる。無限に繰り返される氷の竜巻に、炎は徐々に熱を失い、小さくなり始めた。 「何だあの竜巻!全然消える気配がねぇぞ!」 「…もっと力をあげますから、もう一発!」 三幸のデジヴァイスを通じ、ヘルガルモンが光に覆われると、更に巨大な火球を放つ。炎やがて一撃目の炎は切り裂かれるところを、2度目に放った炎が取り込み、竜巻と再び拮抗した。 「よし!これだけ力を込めたら……クリスペイルドラモン!!」 「……カロスディメンション!!」 紺碧に輝いた杖と同じ輝きの吹雪をクリスペイルドラモンが発すると、一瞬にして竜巻を飲み込み、周辺に薄青に透き通る氷の結界が現れ、イノセンスブリザードすらも掻き消した。 「……これも破るか」 吹雪で姿を晦ませていたフロスベルグモンは苦々しく吐き捨て、薄青に透き通る【鳥籠】と遮断された吹雪に目をやってから鳥谷部の元へ飛び戻った。 「雪奈、今はできるだけ休んでくれ。 本番はここからだから」 雪奈はクリスペイルドラモンの言葉に、流石に疲労を隠せない様子で、軽く笑った。一方で鳥谷部も、少しずつ狭まり始めた氷の結界を一通り眺め、焦りを堪えるように息を飲み込む。 フロスベルグモンが迫りくる氷の壁に対し、脚爪に氷と風を纏わせ杭を打つように蹴る。分厚い氷が一瞬にして貫通し引き抜くと、すぐに外の吹雪を取り込み、瞬く間に穴を塞いだ。 「破壊出来ぬか……」 「一応言っておく。この中でイノセンスブリザードしても、同じく取り込まれるからな」 クリスペイルドラモンの言葉に構わず、フロスベルグモンは推し量る目のまま、迫ることの無くなった【鳥籠】を一通り眺めた後、同じ目で三幸達を見据えた。 「……高さも幅も10mくらいの鳥籠。ちょっとまずいわね」 鳥谷部は息を吸い、こめかみに人差し指をあて細い目のまま周囲を一通り眺めた。 やがて、何かを思いついたように目を開いた後、フロスベルグモンに耳打ちし空色のデジヴァイスを握りしめ、デジヴァイスをくすんだ色に輝かせた。 「フロスベルグモン、正面勝負しかないなら……短期決戦で通すわよ!」 フロスベルグモンがデジヴァイスから放たれる同じ色と光と、翼に淡い空色を帯びて叫ぶと、雪面を蹴り飛翔した。 灰色の閃光と化したフロスベルグモンはまず、ヘルガルモンに大量の風の刃を撒き散らし牽制し、雪奈を目掛けて突撃した。 「テイマー狙いか!?上等だ!!」 クリスペイルドラモンはスラスターを噴かせ、灰色の閃光を迎え撃つ。フロスベルグモン氷を纏った脚爪とクリスペイルドラモンの氷の爪がぶつかり、氷片が飛び散る。フロスベルグモンはぶつかり合いの反動で宙返りし着地すると、体をゆっくり沈め、足に力を込め始めた。 「流石にアレは……クリスペイルドラモン!」 雪奈がクリスペイルドラモンに魔術を使用すると、左の氷爪は大盾へと変質した。 「その盾ごと貫いてくれる!!」 「来いよ!そのご自慢の足をへし折ってやる!!」 フロスベルグモンが、氷塵を巻き上げ駆け抜ける。クリスペイルドラモンは動きを注視しながら大盾を構え、ヘルガルモンはフロスベルグモンの横を取ろうと動き始めた。 巻き上がる氷塵が近づき、雪山の主が徐々に大盾へと近づく。氷の結界の中で、全員が息を呑む。 「……っ!今!!」 鳥谷部が声を張り上げると、大盾の目前まで迫ろうとしたフロスベルグモンが、急に減速した。 「なんだ?一体何を考え……」 クリスペイルドラモンは減速を不審に思いつつも爪を振りかぶった瞬間、フロスベルグモンの嘴には薄灰色に濁った光が収束していた。 「防いで!少なくとも当たっちゃダメ!」 「ヘルガルモンは低く!あの足を刈り取ってやりなさい!!」 雪奈は迷いなく守りを、三幸は迷いなく攻撃を選ぶ。体勢を屈めたヘルガルモンの姿をフロスベルグモンは一瞬確認し、嘴をクリスペイルドラモンに向けた。 「……フリージングレイ!!」 嘴に収束した光が拡散し放たれ、クリスペイルドラモンの大盾や鳥籠の氷壁にふれ、一瞬で濁った白の氷へと変化していく。その間、炎の爪が横一閃に、フロスベルグモンの片足を吹き飛ばした。 激痛からの劈きが結界内に反響し、赤い0と1を撒き散らしながら羽ばたき後退するフロスベルグモンに、ヘルガルモンは火球で追撃を仕掛けるが、やはり難なく回避される。 三幸はそこで、フロスベルグモンが放った光は何だったのかと疑問を浮かべ、一先ずヘルガルモンへと駆け寄った。 「ヘルガルモン!今の光に当たってませんか!?」 「オレはかすってもいないが……クリスペイルドラモンはどうだ?」 「あたったが痛みはない。だが何をされた……?」 クリスペイルの大盾の一部は、薄灰色に変色し白い煙を上げている。その次に、背後の氷壁にも視線を送ると、やはり同じように、白い煙。 「雪奈さん。盾とあの壁、再構築しません?」 三幸の提案に雪奈が頷き、壁を見るとすぐに目を細めた。一体どうしたと三幸も同じように壁を見ると、変色した氷が、徐々に広がっている。 「え?何をさ……れ……?」 いつの間にか、白い煙を吹き上げる薄灰色の氷が、鳥籠全域に広がった。三幸は急に、眼球や脳を裏から押し込まれるような激痛と、外の吹雪の音で遮られることのない異様な耳鳴りを覚え、項垂れた。 そして項垂れる寸前、雪奈も自分と同じ様子になっているのが見えた。 ──── 「おいセツナ!ミユキ!一体どうした!?」 テイマーの様子が、突然おかしくなった。ヘルガルモンとクリスペイルドラモンが急いで駆け寄ろうとした瞬間、フロスベルグモンが雪奈目掛けて風の刃放ち、クリスペイルドラモンの盾がそれを防いだ。 「てめぇ!雪奈と三幸に何しやがった!!」 「フリージングレイはね、命中した物をドライアイスに変えるの」 ドライアイス。氷結し固体となった二酸化炭素。ヘルガルモンはそこまで想起してすぐ、一部が変色した壁とクリスペイルドラモンの盾を見た後、苦しみを感じられない鳥谷部の表情から、既に何かしらの魔術が使われてると思い至った。 「でも危なかったわよ?鳥籠の中じゃ、フロスベルグモンのスピードは活かしきれないし、現にこの子の片足を吹き飛ばされたから」 二酸化炭素で満ちようとしている空間の中、鳥谷部は平然と細目で苦笑を浮かべながら、ヘルガルモンに強い敵意の目を向けた。フロスベルグモンは失った片足を氷で作り上げ、それまでと同じように推し量るような目のまま、こちらを見据える。 巨鳥を閉じ込めるた鳥籠は、ドライアイスの【棺桶】と化した。このままでは、三幸と雪奈が、死ぬ。 「先に言っておく。貴様らが用意した鳥籠は既に某が上書きした。その魔術師では解除は出来ぬぞ。 尤も、これにはかなりの力を使ったがな」 フロスベルグモンが淡々と、低く言った。クリスペイルドラモンは盾を爪に戻し、【棺桶】の破壊をしようと渾身の力で壁を引き裂くが、入ったヒビはすぐに再生され、爪のドライアイスは更に侵食されていく。 「くそっ!これを何とかしねぇと全員……!」 「ここからが貴様らの、本当の価値の示し時だな」 フロスベルグモンは飛翔し、ヘルガルモンに風の刃を放つと同時に、急加速して突撃を行うと、クリスペイルドラモンがスラスターを軌道させ、間に割って入り、攻撃を防いだ。 「……ヘルガルモン!パワーは、お前のほ、うが上だ!この鳥野、郎は俺が何とかす、るから……壁、を頼む!」 息を乱し始めたクリスペイルドラモンに対し、ヘルガルモンも苦しみを感じ始めながら、まとまらなくなって思考を働かせようとした。その瞬間、三幸が膝をつくを堪えた俯いたまま、デジヴァイスを握りしめ力を送り込んだのを感じたヘルガルモンは自分を奮い立たせるために咆哮した。 「……せ、つな。ヘルガ、ルモンに」 フロスベルグモンの攻撃に耐えるクリスペイルドラモンの言葉に、雪奈は体を左右に蹌踉めかせながら杖を赤く光らせ、ヘルガルモンの振り上げた右腕を大槌のように変える。 ヘルガルモンが一瞬覚悟のために息を呑み、その声量だけで壁にヒビが入るような咆哮と共に、大槌を壁に打ちつけると棺はそのまま砕け散り、何も残すことなく消えた。 「これも破られるなんて……!」 「見事。だが……勝負はまだ終わってはいない!」 打ち砕かれて消えたドライアイスの棺桶の崩壊に、鳥谷部は目を見開き、衝撃と叫びを抑えた。フロスベルグモンはクリスペイルから離れ、大量の氷塊を撒き散らしながら、鳥谷部を背に乗せ後退した。 「あの害鳥野郎!また隠れる気かよ!!」 「次はこのドライアイスだ! あの鳥公を八つ裂きにするのはその後だ!!」 壁を叩き割ったヘルガルモンの右腕の一部が、ドライアイスと変化している。クリスペイルドラモンも自身の爪を見て、雪奈達から距離を取った。 フロスベルグモン達は既に吹雪に紛れ、姿が見えない。ヘルガルモンは苛立ちを低く唸って発散させ、炎ごと氷結し、昇華していく二酸化炭素を発する右腕と、息を整え始めた三幸達を交互に見て、自身も安堵し息を吐いた。 「セツナが何とか出来るか、オレが溶かせるなら問題はないが……あ?」 突然劈きと空色に輝く光を見た瞬間、ヘルガルモンの右腕は突如、少しずつドライアイスに侵食され始めた。 「おいなんだこれ……何をされ……!? そして侵食するドライアイスが昇華し、ヘルガルモンの腕を消し始めた。 「あの鳥野郎!こんな無茶苦茶な魔術まで隠して……!」 ヘルガルモンと同じく、ドライアイスが侵食と消化を始めたクリスペイルドラモンが叫びを聞き、ヘルガルモンはまず、左腕腕を殴りつけようとしたが、消化する二酸化炭素に触れた瞬間、左腕が急速に冷えていく感触を覚え、引っ込めた。 触れれば左腕を、侵食され消える。散っていく0と1と共に消える右腕の感触に、ヘルガルモンは恐怖から、縋るように三幸を見ると、漸くと言った様子で頭を上げた彼女は、歯を軋ませながら、未だに苦しげな声音のままヘルガルモンをまっすぐ見据えた。 「ヘルガ…ルモン!溶かしてたら手遅……腕……切……」 垂れた柳のようにフラフラしながら頭を抑え、振り絞るような三幸の言葉に、ヘルガルモンは即座に断末魔の同然の叫びを上げ、ドライアイスが侵食していく右腕を焼き切ると、そのまま口から炎を噴き出し、ドライアイスの吹き飛ばし、続けてクリスペイルドラモンの腕も焼き切り、三幸達の元へと駆け寄った。 「……ミユキ!セツナを連れてここを離れるぞ!!このままじゃ「そうしたいのはわたしもだけど……相手は絶対に、逃がしてくれないよ……」 ヘルガルモンの叫びに、三幸では無く雪奈が杖で体を支え、荒く乱れた息のまま答えた。 「……まだ無理に喋るな雪奈!」 「まず二人とも、助けてくれてありがとう……でも、こっからは……」 咳き込み力なく膝をつきかけた雪奈を、クリスペイルドラモンが支えると、再び強まり始めた吹雪の中で、「イノセンスブリザード」と、虫の羽音のような声が聞こえた。 「あの二人が、他に何が出来るか分からないけど……もし、わたし達が同じ事が出来る、なら……」 「……まず、動きを、止める」 吹雪は凄まじい勢いで強まり、ほんの数メートル先すら見えない雪の白で染まった世界は、まるで極寒地獄への入り口のようであった。