パーティが泊まっている宿で借りた貸し会議室には、重苦しい空気が漂っていた。 正確に言えば重苦しい空気を放っているのは頭を抱える一人の少女だけであり、長机の前に正座させられている三人はどこ吹く風といった様子だ。 「……さて」 沈黙を破ったのは、パーティの唯一の常識人にして歌姫のイディアルだ。 彼女は疲労の極致にあるようなクマの浮いた目で、目の前の三人——自パーティのメンバーたちを睨みつけた。 「バニーサーカー。今回の依頼書には、なんて書いてあったか覚えてる?」 「バカにしないでくれる? 『西の森にある砦を誰にも気づかれずに制圧せよ』でしょ」 「覚えてんのに真っ先に突撃してんじゃないわよ!! なんで正面から堂々と近づこうとしてんのよ!!!」 ウサビット族の少女・バニーサーカーの返事にさっそくイディアルがキレた。 身の丈をゆうに超える両手斧を背負ったバニーサーカーは、反省の色など微塵もない。 「まあ、アタシが止めたからそこは百歩譲ってヨシとするわ。……で、ジョー。アンタは砦に着いて何したっけ?」 「自分のような剣の道も極められぬ卑しい芋侍が、隠密などという高度な技をこなせるはずもなか……。ゆえに己の不甲斐なさを恥じ、死んで詫びようと前に出た次第でごわす」 「死んで詫びようとする奴が血走った目で『チェストォォォォォォ!!』って絶叫しながら突撃する意味がわかんないわよ!!! 完全にカチコミだったでしょうが!!!」 「申し訳なか……あの時は『生きたまま敵陣に飛び込めば、ワンチャン敵の刀の錆になれるかもしれない』と思ったのでごわす。だが敵の防御が豆腐のように脆く、つい頭を叩き割ってしまったでごわす……」 「豆腐じゃないわよ!!! 相手はフルアーマーだったじゃない!!! 見敵必殺のバーサーカーなのよアンタは!!!」 ジョー・シキナミは床に額を擦りつける勢いでうなだれた。 あまりにも低い自己評価。本人は本気で落ち込んでいるようだが、やっていることはただの殺人鬼である。 イディアルの鋭いツッコミに、ジョーは「自分はゴミ虫でごわす……」とさらに小さくなる。 しかし、イディアルの怒りは終わらない。 「それで、ジョーが突っ込んだ後! バニーサーカー! アンタはなんで一緒に突撃したの!?」 「だってジョーばっかり敵を倒しててズルいじゃん? 私だって愛用の斧で暴れるべきでしょ」 「重すぎてまともに持てない斧で突っ込む意味がわかんないわよ!!! 刃を引きずりながら突っ走るから、摩擦で床から火花が散って砦が火事になりかけたのよ!? おまけに斧が振れないからって自分からコマみたいに回転して敵陣に突っ込むのやめなさいよ!!! ただのミンチ製造機じゃない!!!」 「諦めない心があれば両手斧は私の一部になるんだよ」 「なってない!!! 遠心力で目が回って最後ゲロ吐いてたでしょうが!!!」 ゼエゼエと肩で息をするイディアル。だが最後にもう一人、大物が残っている。 イディアルは恨めしそうな目で、一番右に正座する少女を見た。 幼さを残す顔立ちと小柄な体格に反して、着物の胸元がはち切れんばかりに膨らんでいるロリ爆乳の侍——白砂音静真だ。 彼女は一人だけ涼しい顔をして静かに茶をすすっていた。 「で、静真」 「なんだ、イディアル。拙者は与えられた仕事をこなしたまで。説教される謂れはないが」 「……ジョーとバニーの騒ぎを聞きつけて、ついに砦の首領が出てきたわよね。そいつが『なんだ貴様ら!』って叫んだ瞬間、アンタどうしたっけ」 「決まっている。名乗りもせずに『貴様』などと呼びかける無礼千万。生かしておく理由がないゆえ、問答無用で袈裟懸けに両断したまでだ」 「隠密任務中に敵のボスが『なんだ貴様ら』って言われるのは当たり前でしょ!!! なんでそこで気にするのが言葉遣いの荒さなのよ!!! 情報聞き出す予定の相手を即座に切ったから何もかも意味不明になったでしょーが!?」 クールな顔立ちのまま、静真はふっと息を吐いた。 「無礼な輩の言葉など聞く耳を持たぬ。拙者の刀が『斬れ』と囁いたのだ」 「アンタもただのバーサーカーじゃない!!! あのね、アンタたちが三方向に向かって好き勝手に大暴れしたせいでアタシどうなったと思う!?」 イディアルの怨み節に三人のバーサーカーは首を傾げた。 その様子を見てさらにヒートアップし、イディアルは机をバンバンと叩きながらブチギレる。 「アタシがね! アンタたちが死なないように広範囲シールドを張りながら! 全体ヒールを飛ばして! それでも倒しきれない敵にスロウをかけながら! さらに味方パワーアップの歌を熱唱して! ついでに背後から湧いてきた増援を魔法攻撃でふっ飛ばしてたのよ!! アタシ歌姫なんだけど!? なんで楽器片手にシールド貼りつつ血糊を浴びて魔法ぶちかましてんのよ!!!」 そう、このパーティには大きな欠陥があった。 前衛の三人が全員、防御や連携を一切考えないバーサーカーなのだ。 結果として後衛であるイディアル一人で、パーティの不足している全ロールをワンオペで回さざるを得ないという地獄の労働環境が完成していた。 「イディアル殿の歌は今日も胸に響き申した。チェストのキレが倍増したでごわす」 「武器で突撃するのもいいけどドッカーンって派手に魔法攻撃するのもいいよね」 「うむ。お前の援護があったからこそ、拙者の太刀筋もより鋭く——」 「褒めてないで反省しなさいよおおおおお!!!」 イディアルの叫び声が、会議室に空しく響き渡る。 しかし、彼女の怒号など聞こえていないように静真はスッと新しい依頼書を取り出した。 「イディアル、終わった事をとやかく言うのは野暮というものだ。それより、次は『東の山のオーガ軍団・強襲任務』だそうだぞ」 「おっ! 強襲任務なら、最初から全力でチェストしてよかですな!?」 「よーし。今度こそ両手斧を完璧にぶん回してみせるぞ」 目を輝かせる三人のバーサーカーをジト目で睨みつけるイディアル。 彼女は震える手で懐から胃薬を取り出し、水も飲まずにボリボリと噛み砕いた。 「……あー、そうね。もういいわ。隠密より強襲のほうが、まだマシよ……」 諦めの境地に達した唯一の常識人・イディアルの過労死へのカウントダウンは、今日も止まる気配がなかった。