ああ……緋宮くん……申し訳ありません……このような格好で……。 ええ、お迎えが近いようで……。本当はもう少し生きるつもりだったのですが……。 思ったよりも私の時間は短かったようです。なんて、こんなことを言ったら姉さんに叱られますね。 これでも人間にあるまじき寿命をいただいた身だというのに。 あなたはまだまだ元気そうですね。羨ましくないと言えば嘘になりますが、それ以上の 苦痛が貴方にはあるのでしょう。私でさえ、皆と別れるのは辛かったですから。 セーラさんも、ユウリも、ルリエルも、ソフィアも、そして姉さんも、皆笑って亡くなりました。 泣いているのは私だけ。 ベガやデネブのことを思えば、あまりにも幸福なのに。強欲ですね。 緋宮くん、あなたは私が死んで泣いてくださいますか? 冗談……ですよ。 今だから言いますけれど、あなたのことが好きだった時期があったんですよ。私の初恋ですね。 やっぱり、気づかれていましたか。そこまで朴念仁ではありませんでしたものね。 昔の話ですよ。後悔なんてありません。 魔王として捧げた十代も、教皇として捧げたこの100年も、何を悔やむことがありましょう。 あなたはどうですか? ────そうですか。それならよかったです。 ごめんなさい、もう喋るのも辛くなってきました。このあたりにしておきましょう。 そんな顔をしないでください。あなたに看取られたなんて言ったら、姉さんに嫉妬されてしまいます。 私はここでいいです。家族と一緒にいられる最期に、家族の元へ向かう最期に、なんの不満があるでしょう。マリオンまで来てくれるなんて、思っていませんでした。 さようなら、緋宮会長。 私たちの魔王、とってもカッコいい男の子。 ♢ こんにちは。見ない顔ね。部外者は立ち入り禁止よ。 は?わかってるわよ。あなたが魔王だってことくらい。全然見た目変わってないんだから。 何十年も姿を見せなかった男にかける言葉としては妥当じゃないかしら。 それで?なんのご用かしら。 本を借りるなら手続きしてあげるけど、ちゃんと返しにきなさいよ。借りパク……無断延滞なんてしたら地の果てまで追いかけてあげるから。私はウィステリアよりも厳しいわよ。 本が目的じゃないなら、とっととお帰り願うわ。 ここは未来ある学生が本の世界に旅立つための大切な場所なんだから。年寄りはお家に帰りなさい。 いや私はおばあちゃんじゃないわよ。 神秘的で綺麗な司書のお姉さんで通っているのだから。 第一、ロストアイテムに年齢を問うなんてバカな話よ。それを言い出したらメルクリウス──あなたにはプリムラと言った方が通りがいいわね──あの子もあなたよりよっぽど年寄りよ。 ああ、こんな無駄話をしにきたんじゃないでしょう。もう一度聞くけれど、なんの用事かしら。 …………は? なにそれ、聞いてないわよ。今言ったってそれはそうでしょう。 何?今更寿命差が堪えた? 以前本で読んだわ。他種族と比べた長い寿命とそれによる別離の繰り返しに心を痛め、ついには自殺を試みる魔族の話。 あなたもその類だと言うのなら、ここにいればいいわ。バニー狂いとか獅子舞とかマイナスエネルギーを喰う熊とか、そんなのがよく来るから。 リクリエを超えて悠久を生きた私たちなら、あなたの寂しさを紛らわせられるわ。あなたが死ぬまで、一生共に過ごしてあげる。 それじゃ不満かしら。 はあ? よくわからないわ。命より誇りをとる話はいくらでもあるけど、命よりルールを優先するなんて。狂ってるのかしら。 意志は硬い、というかこれ、相談じゃなくてただの事前報告なのね。 じゃあ私が何を言っても無駄じゃない。心配して損したわ。 言っておくけど、あなたが死んでもあなたの人生はここにあるから。 リクリエを防いだ魔王の本なんて、何冊もあるに決まってるじゃない。モネも一冊書いてたわよ。 だから、それを読めば私はいつでもあなたに会える。 さようならなんて言わないわ。ただ読みさしの本を閉じるだけ。 それじゃ、またのお越しをお待ちしているわ。 私の読者、怨念の救世主。せいぜいエピローグを美しく飾ることね。 ♢ うーん……誰ぇ……まだ夕方なのに……。って、あれ?もしかして、会長さん!? うわー!?会長さんだ!!! すっごい久しぶり!全然変わってないねえ。私なんかもうおばちゃんになっちゃって恥ずかしいなあ。 あっ!そんなことより!ちょ、ちょっと待ってて!今片付けるから! 普段はもっとちゃんとしてるから! ごめんね、こんな薄暗いところで……やっぱり強い明かりを浴び続けると、身体によくないから。 あれ?というかどうして私の家わかったの?ここ結構見つけづらい場所だと思うんだけど……。 ああ……ソフレさんかあ、なるほど。 会長さんも知ってると思うけど、あの人も最近魔界に帰ってきたから、その時お話したんだあ。ほら、フェリシーさんの娘さんが亡くなったからって。 私も最後に人間界に行ったのはアポロちゃんのお墓参りだったけど、その時はもう会長さん流星市国にいなかったし、なんだかんだで会うのは100年ぶりくらいかな。 でも私ね、魔界に帰ってきてからの150年よりも、ルヴィたちと一緒に極星にいた数年と、梨緒ちゃんたちと一緒に新星にいた1年の方がよっぽど長かった気がする。 あっ!もちろんこっちの生活がつまらないとかじゃないんだけどね!?それでも、どうしてもあの頃のことは思い出深いよ。 でも、どうして急に会いに来てくれたの?会長さんも忙しいんじゃ……。 …………え? えっ会長さんどこか悪いの!?病気!? 違うならなんで……死ぬなんて言うの……? 人間だって長生きする人はいるよ!会長さんまだ元気ならそんなことしなくたって!あっ、ほら!私、吸血鬼だから、もしかしたら血吸ったら会長さんも……。 ごめん、そんな力ないって、わかってるのに……私頭ぐちゃぐちゃで……。ダメだね……もういっぱいお別れしてきたのに……それでもやっぱり慣れないや……。 ……やっぱり、フィオナさんが亡くなったから? うん、人間界には行けなかったけど……やっぱり大ニュースだから、私の耳にも届いたんだ。 魔族の力が宿ってるから長生きだって言われてたけど、それでも女教皇として働き続けたのは偉業だって。 私が最後に会った時もとっても元気で……でも、もうおばあちゃんになってた。 ──会長さんは、変わらないね。 ずっとあの時と変わらない。 だから、多分私が先に死ぬんだろうなって思ってたの。その時までにもう一回会長さんとお話しできたらなって。でもそっか。会長さんの方が先かあ。 どうしてもダメなの? うん……聞いてみただけ。会長さんって私と似てるから。一度決めたら絶対に最後までやり遂げちゃう。ルヴィにもよく呆れられたっけ。 謝らないで、これは私のわがままだから。 もう帰るの?そっか。他にもまだ挨拶しなきゃいけない人がいるもんね。 じゃあね、会長さん……じゃないよね。もう100年以上前の話なのに。 じゃあねクロトくん。 私の友達、私たちを取りこぼさず救ってくれた、優しい魔王様。 ♢ はーはっはっは!よくぞ参ったな魔王よ! こうして会うのは何年振りかのう。ええと、星見の……姉の方の葬式に出て以来だから、50年振りくらいか? 50年!?貴様そんなに顔を見せなかったのか!?この超絶美女たる余の御姿を見たいとは思わんかったのか!? 余はよいのじゃ!ネビュラ総帥たる光の魔女、クラウディア・イルゼ・フォン・ゴッドフリートがそんな自由に動けるわけなかろう!こうして貴様のアポ無し訪問に応じておるだけありがたいと思わんか!今頃ウィンディが顔を青くしてスケジュールを練り直しておるぞ! まあ確かに若い頃は余も度々人間界に行ったが……最近とんと足が遠のいての……。 行く時間が取れんこともないのだが……知り合いもとんと見なくなったし……遊びに行くなら魔界の方が都合がよい。 生きておる人間はそれこそ貴様くらいじゃが、貴様は普段どこにおるかわからぬであろうが。 余はいつもここにおるのだし、ここは貴様の故郷でもあるのだからな、これからはもっと頻繁に貴様の方から……。 できん?どうしてだ。 ──なんだと? 貴様、それは本気か? なぜだ?貴様の力なら死神ごときを追い払うなど造作もなかろう。もし寝首をかかれるのが怖いというのなら、世界樹に住まわせてやってもよいし、今の余の力ならば、記憶を保持したまま封理再誕を行うことも不可能ではない。 それでも、決めたのか。 このこと、リノには伝えたのだろうな。 ………………言いたいことはある。山ほどある。だが、よかろう。よくないが、よかろう。 リノが受け入れたというのなら、余が口を出すことでもあるまい。人の価値観は余にはわからん。 ふん……怒ってなどおらん。悲しんでなどおらん。人の子の生き死になぞに心を砕く余ではないわ。 ええいやかましい!本当に怒っておらん!余が細かく突っ込まないでやっておるのにそっちが突っ込むのはずるいぞ魔王! まあ、余は心が広い。最後の戯れとして許してやる。 リノのことは任せよ。ここには余もセドナもおる。イザベラの二の舞にはせんと約束しよう。 だから、安心して死んでくるがいい。 さらばだ。 我が友、世界を救った最後の魔王よ。 ♢ やあやあ魔王!久しぶりだね! いったいいつぶりかな?最後に会ったのは一週間前かな!?あっ10日前か! 魔王との再会を一日千秋の気持ちで待ち続けていたから、体感時間にして1万年待ったよ! こんな可愛いプルちゃんを待たせるなんていけない男だ。よよよ……。なんちゃって! それで?お別れの旅は済んだかな?友人、家族、仲間。君はこれから死出の旅に出るのだから、ちゃんと挨拶は済ませなきゃだ。 普通の生物はみんな望まざる時に望まざる方法で望まず命を失う。それに比べて君は自分で自分の死期を定められる。生き物としてこんなに幸せなことはないよ。 もう言い残すことはない?心臓を止めて呼吸をやめる準備はOK? ああ、いいとも。最期の語らいといこう。 と言ってもあまり多くはできないよ。あまりお話ししすぎると、君を送る力が無くなってしまうからね。 魔王はいつまで経っても若いからわからないんだよ!朝起きたら身体がガチガチでまるで動かない!足が上がらない!ご飯をお腹いっぱい食べたらその日一日行動不能になる!お風呂に入ったらむしろ疲れるなんて!? ラクシャの力で作ってあたしが操作しても、結局素体がヒトのそれだからね。寿命なんて本来なら100年そこそこさ。それを無理やっこ50年も増やしたんだから反動も来るとも。 もうあたしはいつ死んでもおかしくないヨボヨボのおばあちゃんさ。 全く、誰のせいでこんな長生きする羽目になったんだと思う?どこかの誰かさんがしぶとく生きてるのに、あたしが先に死ぬわけにはいかないよ。 そうだともそうだとも。おばあちゃんになってもあたしは可愛いプルちゃんだとも。 そして、淘汰の守護天使だ。 一応、最期に聞いておこうか。 本当に今死んで良いのかい? 淘汰の守護天使として、すでに人間の寿命を大きく逸脱している君を放っておくわけにはいかない。 魔王だから長生きだ。なんて免罪符を掲げたって、同種である星見フィオナはこの間死んだ。 封理再誕の副作用なのか、霊力と魔力を得た影響か、それともラクシスの力なのか。なんにせよ人間のそれじゃないね。 人間として生きるなら、もうとっくに君は限界のはずだ。 ちょっと寿命が長い程度なら見逃してあげても良かったんだけど、全く老いる気配もないって言うならもういつ死ぬかわかったもんじゃない。3000年、下手したら永遠に生きてしまうかもしれない。 だから、守護天使(パテル)として君は絶対に連れていかないとダメなんだ。 けどね、君の友(プルちゃん)としては、君に生きてほしい気持ちもある。これは嘘じゃない。だからこうやって150年も付き合ったのさ。 ………君は昔もそう言っていたね。『限りある命を生きるだけ』。 そうとも、限りのない命なんて、そんなものは命じゃない。 君は自分の意志で命に区切りをつけるんだ。これは自殺なんかじゃない。 もっと尊い、生物としての矜持なんだと、あたしは思うよ。 君の覚悟が決まっているならいい。 それじゃあ、そろそろ逝こうか。手を出して。 震えているね。大丈夫、どんな生物でも死は恐ろしいものだ。だけど今回は出血大サービス。死出の旅に可愛くってキュートな同乗員が一人参ります。 バイバイ、じゃないよ。 おやすみ、緋宮クロト。 あたしの愛した、ちっぽけな一つの命。