「えへへ、今日はお出かけだね」 そう言って、彼女は楽しそうに僕を見上げる。 この関係が始まってから、どれくらいだろうか。 突然目の前に現れた≪調弦の魔術師≫。余りの事に面食らったものだが、今はそれにも慣れてきた。 こうして出かけられるようになるのも、結構苦労した。 最初は二人で家の中、だらだらとしたり、雑談したり、ご飯を食べたり、ゲームしたり、決闘したりしていたけれど。 「‥‥折角こっちに来れたから、マスターとお出かけしたいな」 という彼女の言葉を聞いて、準備をした。 元の服装で出かけると、ほぼコスプレみたいに見えるから、服を揃える所から。 自分の服を着せるのは、男物女物以前にサイズ差があったし。 ”服を買いに行く服が無い”なんて状態。 ネットミームで聞いたそんな状態を実際に経験するとは思わなかった。 直接買いに行くにしても、Sサイズの女物を自分が買うのはちょっと……と言うかかなり抵抗感があるし、検挙されても困る。 結局、通販サイトを二人でにらめっこして、よさげな服を探す、と言う形になった。 購入時、「上着だけで大丈夫か?」と、聞いてみたのは失敗だった。 これだとこちらの意図が分かり辛いだろうか?と思うけれど、もっと詳しく聞く訳にもいかなかったし‥‥ 「‥‥へ?えーっと‥‥あ!そ、そういう事?!ほら、お洋服は兎も角、下着は今履いてるのがあるよ!?」 そう。 全部揃えないと、と思っていたけれど、別にそこに関しては着替える必要は無かったのだ。 カードイラストで着てる服等は、カードから現れる際に構成されるからその辺は大丈夫だ、というのはその時聞いた。 まあ、そういうのは聞けて良かったと思う。 そして。 今日、ようやく通販で靴と服の一式が届いたから、初めてのお出かけとなった。 色々悩んだ末のシンプルなワンピース。 背丈やサイズが多少合わなくても余裕をもって着ていけるものだからと選んだ。 それに、これから暑くなるだろう。 その時に丁度良いというのもある。 似合っているのもあって、着替えて出てきた時は少しの間見惚れてしまった。 出かける前に、彼女が髪の毛をサイドテールに纏めていたのが印象的だった。 それもまた可愛らしい。 「どうかな、マスター?」 そう言って、振り向いて見せてくれる彼女の笑顔は眩しくて。 「いいんじゃないかな」 それだけ答えるので精一杯だった。 それを見て彼女はクスクスと笑う。 「えへへ、私服の私も、この髪型の私も‥‥マスターだけの特権だよ?」 それを聞いて、思わずドキドキとした。 「≪調弦の魔術師≫のカードは他にも沢山あるけど、マスターの目の前の私はマスターだけの私だからね」 ‥‥こんな風に言われると、少し照れてしまう。 そうして、二人で街を歩く。 腕を組んで、じゃれつくようにして。 気恥ずかしいやら周りの目線が気になるやらで、全然落ち着かないけど、離すつもりもない。 「えへへ、どうしたの?」 そう言って小首を傾げながら微笑むのは本当に可愛くて。 一緒に暫く歩いていると、 「それで、おでかけって言っても、何処にいくの?」と質問される。 今回の目的はショッピング。 届いた今回の一張羅だけという訳にもいかないし、彼女の着る服を増やさなきゃいけない。 近所のショッピングモールでお買い物。 服屋を回って、外に出る用の服をいくつか買うのが目的。 通販では出来なかった試着なんかもしたりして、実際に出向いた価値はあったと思う。 「どうかな?」「似合ってる?」「これは似合わないかな‥‥」 といった具合に、試着室で着替えた彼女が聞いてくる。 好みはあるし、似合う似合わないとか、色々あるけれど。 正直死ぬほど難しい。 素材が良いせいで、何を着せても可愛いんだ、これが。 だけど、こういう時にどれも良いんじゃないかと言うのも良くないらしいし、どうにかこうにか絞っていく。 とはいえ、大分沢山買う事になった。 「お出かけ用の服、こんなに沢山買っちゃったね‥‥このお洋服の分、またお出かけするんだよね、私たち」 そう言う彼女を見ていると、心が暖かくなる。 「‥‥ね、マスター?部屋着も欲しいなーって‥‥駄目?」 上目遣いでそう尋ねてくる彼女を見て、断る理由も無い。 「やった、お部屋だといつもの服でも良いし、そもそもカードに入れば良いんだけど‥‥一緒に居たいし、おしゃれ、したくなっちゃったから‥‥」 彼女は照れたように視線を逸らす。 こういう仕草の一つ一つが、ズルい気がする。 全部可愛いから、何されてもズルいと思うのかもしれないけど。 結局、それなりの数の服を買った。 両腕がずっしりと重たい。 「片方持とうか?」と彼女は言ったけれど、強がって「大丈夫」と言ってしまった。 「もう、力なら私の方が強いのに。でも‥‥ありがと、マスター」 彼女がそう言って微笑む。 「とはいえ。この荷物じゃ、他に回ったりは出来ないね」 この荷物を持って他の店を見るのも大変だし、今日のところは帰路につく事になった。 「ま、次も一緒に行けばいいしな」 荷物を持つ手に少し力を入れて、これからの事を考える。 「うん、そうだね!」 彼女が頷いたのを見て、そのまま歩き続ける。 家に帰って、2人だけのファッションショー。 部屋の中で着替えて、扉を開ける。 他の誰も見られないような色んな姿を、独り占めする時間。 「どうかな、これとか」 彼女がそう言って出てくる。 試着室では時間が無くて着れなかったものや、しなかった組み合わせだったり。部屋着の方を着てみたり。 そうして、色々楽しんだ後。 二人並んでソファで休憩していた。 「楽しいね、マスター」 そう言って、彼女はにこりと笑う。 「ああ。本当に楽しかった」 とりあえず、今日買った服を仕舞わないと。 このまま彼女とふにゃふにゃしてしまうわけには行かない。 そう考えて、タンスが自分の分しかない事に気づいた。 彼女の分を何処に置くか、考えないと‥‥ とりあえず、箱の一つでも出して、その中に入れるのが良いだろうか? 一旦服を畳んで、箱の中に入れていく。 「ほへぇ‥‥私の服がいっぱいで嬉しい。ありがとうね、マスター」 そう言って彼女はにっこりと笑う。 仕舞っている内、ふわりと甘い匂いがした。 試着だけとはいえ、彼女が一度着たからか。 そんなことを考えているなんてバレないよう、平常心を保ちつつ仕舞い続ける。 結局、箱一つでは足りず、二つを使うことになってしまった。 これで、一つ。 彼女と一緒に居る為の問題を解決できた。 多分、これからもっと。 彼女と一緒に居る為には、色んな”ズレ”を埋めたりしないといけない事になる。 ただ一緒に居るだけじゃなく、もっと踏み込むなら、より深く。 沢山の問題が積み上がると思うけれど。 それでも、やっていこう。 だって、それをするだけの価値が目の前の彼女の笑顔にはあって、その為なら自分は頑張れるから。 それに。 ズレや歪みを調整する、それこそが≪調弦≫なのだから。 これから、色んな事、色んな景色、色んな事を共有して‥‥二人の未来の為、沢山苦労しよう。