古びた石のテクスチャ、デジタル上は実在しないカビの臭いと、不快な湿気。 薄闇に鉄格子で切られた青い光が差し込む中で、横たわった体から微かにうめき声が響く。 最悪だ―――これまでも何度かそういう状況はあったけれど、その中でも最も最悪な状況だろう。 「結衣さん…どうか気を確かに…」 シエルさんの声が背中越しに届く。わかっている、今僕が作業を続けなければ、この牢獄からの脱出は不可能だ。 ギルモンとパルスモン、両者ともデジヴァイスの中にロックされてしまい、そのまま他のデジモン達に捕らえられてしまった。何をするにしても二人を解放してからでないと戦えない。 だが、それ以上に戦わなければならないものは――― 腹部に響く痛み。内蔵を掻き回される感覚。上昇する体温。思考は定まらず、震えが止まらない。そう、この症状は――― 「必ず、真摯に頼み込めば―――トイレを貸してくれるはずです!どうか次に彼らが来るまでは…!」 「いや、僕は問題ないから、先にデジヴァイスを…ぐぅっ…!!」 うめき声が漏れ…いや、漏れてない。まだ大丈夫。まだ大丈夫。 まだ大丈夫だけど―――このままだとマズイ……!! のそり、のそりと。僕たちを捕らえたデジモンが姿を見せた。 理由は大体察しが付く、デジモンが人にとって見慣れないモンスターなら逆もまた然り―――特に最近は僕たちのような子供が多くこの世界に迷い込んできている。 で、方々に迷惑をかければこのように恨みを持たれるというわけだ。 「どうかお願いします。誓って私たちは貴方方に危害を加えたことはなく、今後も脅かすものではございません」 「貴方方の心に慈悲があるならば、私の友人に…その、お手洗いを貸していただきたいのです!」 「デジモンとて粗末に扱えば病気となるもの、人の身においても毒となり命を落としかねない事態なのです!どうかトイレ―――」 シエルさんの必死の懇願が続く。心に偽りない彼女の言葉に、デジモンも最初は頷くそぶりを見せていた、のだが。 「―――トイレ?」 「はい、そうです。隠し立ては一切…」 「トイレだとぉ!?貴様らふざけるなよ!!許してやろうと思ったが堂々とここから逃げ出すつもりか!!?」 鼻に突き刺さる汚物の臭いを振りかざして、黄金……と言って誤魔化しておきたい色と造形のデジモンは突然キレた。 「え!?え!?違います私たちは…」 「何が違う!!トイレに流されて脱出するつもりだな!?我々にとってトイレは重要なライフライン!!おいそれと渡すわけにはいかんぞ!!」 「違います!!人間にそんなことは不可能です!!」 あまり想像したくないが、どうも彼らにとってトイレの定義がそもそも各地に繋がるポータルのようなものであるらしい。それに入れさせろと言われておいそれと入れさせるものか、という理屈は理解できる。 悲しいことに、デジモンの生態に人間の生理の話は全く通用しない。シエルさんの言葉も虚しく、スカモンは荒々しく扉を閉めて廊下から立ち去っていった。 「すみません、すみません結衣さん。私のせいで……」 「い…いや、いいんだ。汚物型の生態なんて把握する方が難し……うぅっ…」 「結衣さん!?」 「……少し、離れていてくれ……シエルさんの服を汚したりはできない、から……!」 絞り出した言葉で彼女を突き放しながら、背けている顔に滲む涙を見せないようにした。 心底自分が情けない。もっとデジモン達と自分たちの命の心配が先なのに。こんなことに苦しめられて、身体が動かせなくなって。 焦りは妥協を生じさせる。というか物理的にもう保たない。ぎゅっと押さえてきた服の奥、下着の湿り気は既に汗だけのモノじゃない。 状況が手遅れなら、意地も尊厳も捨てて、早く自由になりた――― 「……わかりました」 その言葉と共に、布の擦れる音に振り向いて、目を見開いた。 「その、私も……しますので。結衣さんもその間に済ませてください」 シエルさんがスカートの中に手を入れて、純白の下着を足首まで降ろしていた。 「ちょ、シエルさん!?一体何を……!?」 「結衣さんにだけ恥をかかせるようなことは私にはできません。恥を背負うならば共に背負います!私も、その、おしっこ、を……」 言葉を重ねるほどにたどたどしく、頬から顔全体が真っ赤に染まっている。だけど、こういう時シエルさんの言うことは、いつも本気だ。 滲み零れそうな涙を拭う。このままだと彼女にも恥をかかせてしまうから、そう思うと、最後に残っていた意地がすっと軽くなる感じがした。 決壊しないようにゆっくりとタイツと下着を降ろして、股間に感じる冷たい風に震えながらシエルさんと一緒に部屋の隅にしゃがむ。 早鐘を打つ心音だけが響く静寂の後、どちらかがしょろっと限界を超えた。 然る後、僕たちはギルモンとパルスモンを救出して牢獄から脱出し、ついでに奴らのトイレを片っ端から執拗に破壊した。 ―――実はシエルさんもずっと我慢していたこと、僕よりすごかった……勢いとか、濃さとかは、一生の秘密にしようと思う。