サカエトル王都警察 怪文書  サカエトル王都警察、ウァリトヒロイが王都サカエトルを守護するために組織されたと思われる警察組織である。  勇者や冒険者パーティほどの個人能力はないが、組織力で事件の解決にあたる。  これはみんなで協力するお巡りさん+αのお話。 【True Silhoette】後編  前編でわかった三つのこと。  一つ、スヮリゲーターは地下水道に住んでる  一つ、スヮちゃんははっぴはっぴしてる  一つ、何やら王都に不穏な動き  それではいってみよう。    巷はツツシミ祭で大いに賑わっている。  そんな中心地から少し離れたいつもの路地裏、悪はひそみ、機会をうかがう。  交通安全課の職務としては交通安全及び生活安全パトロール、加えて当該事項の発生時には小規模制圧と応援到着までの引き延ばし措置である。  しかしながら凶悪犯罪蔓延る昨今においても事案に遭遇することは稀であり、基本的には市街を緩やかに周回するくらいになる。  人々の楽しむ波が度を越えてこないように外周を押さえるリンダ=エドワーズ、リーゼロッテ=ホフアイゼンの両名、もちろん乗機はワルキューレV12。 「いやいや、暇だねえ。お祭りも参加できなきゃなんとも」 「暇なのは良いことじゃないの。爆弾騒ぎも暴力沙汰も起こらないに越したことはないわ」 「…あれ、なんか挙動不審な人いるじゃん、あそこ」 「あれは挙動不審というより…変化していない?」  人の形を持ちながらスライムのように決まった形を持たないようにも思える。  不規則な動きは生理的な嫌悪感を抱かせる。  「とりあえず、話しかける?」 「車内からにしましょう。クリーチャー系じゃ手に余るわ」 「了解っと」 『もしもーし!話通じますかー?』  ワルキューレ車内からの呼びかけに震える身体がカチッと固まる。   『お話できる感じー?』  遠くの喧騒が掻き消えたように音なく、声なく、振り返る。  声をかける前とはシルエットが違う、体積も違う。  何か恐ろしいものが目を覚ました。 「リズ、なんかヤバい。課長に連絡して応援呼んで」 「わかった。簡易電文、送信。あと5分もすれば応援が到着するわ」 「よし、じゃあサポートお願い」  ワルキューレから周囲に電流が走る。  周囲の電灯や消火栓、魔術制御の機構がサポートのためにターゲットへと顔を向ける。  リンダが強化術式を起動して突進する。  多少の動きがあれば反応して回避することが出来ると考えていたが、特に相手は動かない。  そのまま腕を取ることに成功する。 「よしっ!とりあえず倒して拘束…!?」  握った感触はあれど手ごたえがない、腕が伸びているようだ。  驚いているリンダの顔面目掛けてもう片方の腕が鞭のように襲い掛かる。 「うおっと!」  咄嗟に膝を抜き回避する。  とらえていた手を離し、間合いを取る。 「何アレ!」    相談する暇を与えず、包帯に包まれた本体が暗がりを移動していく。  身体をねじりながら縦横に動くそれは鋭利な跡を残す。 「これで…!」  リズの操作で消火栓が弾ける。  目にもとまらぬ速さで動くその回転体の軌道が可視化される。 「ナイスリズ!見えれば…動ける!」  相手の正面に構えて回転の軸を穿つ。  揺らぐ相手の頭を押さえて一周して前方に投げつける。  土煙を上げて姿が見えなくなる。 「今度こそ押さえなさい!」 「合点!!」  土煙を切り裂いてマントが走る。 「今度はなんだ!?」 「アレは…」  獣のような動きの次は鋭い剣の軌跡。 「なになに なんだよ全く!!」 「…また変わった?」  神経強化で辛うじて避けてはいるものの、対人を心得た動きの冴えはすさまじい。  反撃のチャンスがないまま建物の端にリンダが追い詰められる。 「くそっ」     仮面の剣士が迫る。 「リンダ!頭!!」 「はっ…オッケー!」  最短距離を貫く刺突攻撃、間一髪でかわしながら相手の脇を抱え巴投げを仕掛ける。  転がる寸前で相手が止まるが その頭部に魔術制御の扉が勢いよく閉まる。  鈍い音を立てて剣士が吹っ飛ぶ。 「これで…少しはおとなしく…うわぁ」 「うわ…」  頭部が潰れている。  頭であったものを含め上半身が吸収し円形に移行、再度人型に戻る。 「これはモーヴ?」 「あの資料で見たやつ?なんでまたそんな」 「待って、アレは」  身体が膨張し、殻を形作る。  白くしなやかに伸びる長身、長い髪、力強い脚部、 「ス…スヮちゃん?」  先日相対したスヮリゲーターそのもの、否、わずかなディティールの差はあるか。  何よりの違いは表情。  神秘的と言うにはあまりにも感情に乏しい。 「なんなの…コイツ…」  これまで変化した中で一番の巨躯。  醸し出すプレッシャーは最高のものである。  身を縮めて突進の姿勢を取る。  白い濁流が解き放たれる瞬間、カウンターで何かがその顎を砕いた。 「課長!」  ハルノが素早く胸元にもう一撃の蹴りをくらわし、間合いを取って着地する。 「おう、頑張ったなお前ら。しかし、なんだいありゃ」 「わかりません。形を変化させるようです」 「捕まえても捕まりません!」 「なんだそりゃ、でもそういうことなら」  ハルノの腕から符が精製される。 「お前を密封する 武威炎心!!」  敵の身体を這いまわるように符が縫い付けられていく。  脈動するように伸縮を繰り返し、吸い込んだ大気を魔力ごと圧縮する。  圧縮された魔力は収縮限界で小規模な爆発を起こし暴れる相手の気勢を削ぐ。 「よしよしイイ子だ。ネンネしてな!…んな」  縮小した身体を一極に集中、緊縛の膨張限界を狙って突き破る。 「マジかよ!リンダ伏せろ!リズはワルキューレでタグ付け!また化けるぞ!」 「了解!キューちゃん、咆哮(ブリューレン)!!」  ワルキューレが天使の咆哮とともに発雷する。  敵生体は電流をかすめて闇に消えていった。 「…はぁ…」  口惜しさとともに緊張が解かれる。 「応援にお越しいただいたのに申し訳ありません」 「謝ることじゃねえよ。アタシだってかっこつけて出てきた割りにこれじゃあなぁ」 「なんなんですアレ、包帯お化けと思ったら剣士、挙句の果てにスヮちゃんなんて」 「モーヴも挟んだわよ」 「…ここで話してもしゃあないだろ、アタシは鑑識に引き継ぐから、先帰ってろ」 「「了解で~す」」  ワルキューレが走り去っていく。  ハルノが足元に猫を従えて現場を闊歩していく。 「よう、クェスプ。アンタが出てくるとはね」 「お久しぶりですね、レノレヴィン課長。相変わらずご活躍のようで」 「今日は逃げられちまったがな」 「それで、下手人はどんな感じでしたか」 「身体の体積すら変化させるみたいでな。アタシの術もその応用で破られた。  最後にタグ付けはしてあるからしばらくは追えるだろうさ」 「引継ぎありがとうございます。何かわかったら連絡しますよ」 「こちとら交通安全課だぜ?別にいいんじゃないの?」 「何か起きたとき、一番最初に現場に着くのはお宅でしょう?」 「ハッ!違いねえ。そんじゃ、よろしく頼む」  ハルノは猫とともに去っていった。    ところ変わってワルキューレ車内。 「リンダ、メディカルに寄る?」 「大丈夫だよ、転げ回ったけどケガらしいケガはないもん」  ワルキューレが停車する。 「ちょっと新聞を見てきてもらってもいい?買わなくていいから」 「え?」 「そうね、信憑性ないやつまで広くお願い」 「…わかったよ」  リンダが露店まで歩いていく。  品ぞろえを見やり、お菓子に目を引かれつつ新聞のコーナーへ  少しびくっとした後で新聞を一部買い、走って戻ってきた。 「リ、リズこれ見てコレ!!」  三文タブロイド紙、伝える情報は基本的に眉唾物であり、情報源というより楽しい読み物としての愛読者が多い。  その真偽よりもコンテンツの面白さで都民を楽しませているエンターテイメントである。 「『巨大ワニ女、地下水道に現る!』ね。戻りましょう」 「もうちょっと驚いてもいいんじゃない?スヮちゃんのことでしょコレ」  リンダが改めてワルキューレに乗り込む。   「捜査資料室に行きましょう。」 「また?」 「正体はわからないけど、習性ならわかるかもしれない」  再び捜査資料室に戻ったリズは資料を物色し始める。 「ケガないとは言ったけどさぁ、結構疲れてるワケよ。明日でも良くない?」 「すぐ終わるから、ちょっと待って」 「ううん…なんか買ってくるよ」 「お願い」  リンダは資料室を後にした。 「さて、何にしようかな…っと」  自販機の前で思案するリンダを何者かが見ている。 「リンダchang!」 「え?」 「こっちこっち」  室内自販機の外、わずかに開いた窓からスヮリゲーターが覗いている。   「遊びに来たにぃ!」 「ちょっと待っててね、すぐそっち行くから」  3本の缶ジュースを買って裏手に出る。 「いやぁ驚いたよスヮちゃん。どこ通ってきたの…って水路か。どこにでも繋がってるもんね」 「そうだよ~♪この街のだいたいの場所へは簡単に行けるにぃ☆」  缶ジュース片手に語らうひと時、リンダが切り出す。 「スヮちゃんさぁ、さっき…一時間前くらいかな?どこにいた?」 「おうちだょ?」 「だよねえ」 「そうよ、貴方も見たじゃない。よく似ているけど別モノだったでしょう?」 「わっ リズか びっくりした」 「いつまでも戻ってこないから探しに来たのよ」 「ごめんて」 「いいのよ、こっちの用は終わったから。そういえばこうやってお話しするのは初めてかしら。  初めましてスヮリゲーターさん。私はリーゼロッテ、リンダの相棒よ」 「おっすおっす!リーゼロッテ…ちゃん?リズchangでいいかなぁ?」 「ええ、私もスヮりんって呼ぶわ」 「おっけー☆」  リズが二人の前に立つと術式で資料を広げる。 「スヮちゃんいても良いヤツ?」 「それは大丈夫、むしろ協力をお願いしたいの」 「へぇ、じゃあまあ、なんなのさ」 「これ、見てもらえる?」  1枚目、幾重にも巻かれた包帯とその合間からぎょろりと覗く目 「むえー…怖い顔してゅ…」 「これ最初に見たやつ?」 「そう。これはスリーパーデーモン、魔王軍の一人。本当の得意技はあなたと同じで絞め技よ」 「じゃああんな跳弾みたいな動きは本当はしないんだ」  2枚目、マントを羽織った仮面の剣士 「これはなんか見たことあるな」 「仮面魔候リャックボー。なぜか知らないけどたまに近隣で目撃される剣士」 「スヮもこの人見たことある気がするにぃ」 「でも仮面はこんな感じじゃなかったような」  3枚目、そのものズバリ、スヮリゲーター 「スヮちゃんじゃん」 「ナニこれ!?お話もらえればスヮ、もうちょっとおめかししたのに」 「そうね、盗撮してるのはいただけないわ」 「でも今の人たちとは別人でしょ?そもそも変形してたし」 「その通り、私たちが見たアレらは模造品、しかも人の噂を元にした真に迫らないもの」 「噂…?」 「そう、スリーパーデーモンが大衆紙に取り上げられたのは1週間ほど前、内容はまあ…ホラー特集だったけど。  リャックボーは4日前に最強談義みたいな記事が出ていたわ。そして今日のスヮりん。」 「大体最近の話だね」 「周囲から情報を収集して、それによって体組成を変化させる」 「スヮの知らないところでスヮの格好した人が、わるぅーいことしてるのは、嫌だにぃ…」 「まぁ実力は完全再現できないようね。仮面の彼なんか、本物だったら私たち二人ともナマスよ」 「うーん、色々予想はついたけど、おびき出したりできるかなアレ」  性質を理解できたとして、おびき出す方法は知れず。  3人の井戸端会議で解決できるはずもない。 「それでリズchang、協力してほしいことってなぁに~?」 「相手の変身が嘘八百だってわかったから、そのカウンターになってほしいの」 「かうんたー?」 「虚飾を打ち払うには何が一番手っ取り早いと思う?」 「?」 「真実で思いっきりぶん殴ることよ」  リズの目が二人を見据えてきらりと光った。  ところ変わって王都警察喫煙室、すみで隠れるように紫煙をくゆらせる男が一人。 「よう、ダテちゃん。元気してた?」 「うわ出た」  慌てて出ていこうとするダテイワ・クシテル、多種多様な情報を握る不良警官。  ハルノの足が入り口をがんと塞ぎ、離脱を妨げる。 「人を妖怪みたいに言うんじゃないよ」 「妖怪じゃねえか」 「なんだと!?」 「ダル絡みなら通してくれって言ってんだよ」 「まぁちょっと聞けよ。色々教えてほしいことがある」 「ほお?…お代は高くつくぜ?」  表に清掃中の看板を出し、ベンチに腰掛ける。  煙草に火をつけながらハルノが話し始める。 「ダテちゃん、モーヴって知ってる?」 「魔王軍の汎用労働力だろ。ウチでも導入しようって動きがある」 「んで、実際どうなのよ、上の反応は」 「労働力が増えるのは万々歳なんだろうがな、アレの大本は大魔王サマって話じゃねえか。  いつ止まるかわかんねえモンに国力の一端を任せるってのをイーンボウ大臣が嫌がってる」 「へぇ」  大臣イーンボウ、きな臭い噂は立つものの、若い女王を支える有能な臣下。 「で、そいつがどうしたってんだ…あぁ今日お前らがやりあったヤツか」 「ご明察。うちのが気づいたらしいが、周りの情報を取り込んで姿を変えるらしい。  でだ、さっきの従順で金のかからないヤツってのは…国内で作れたりしないのか?」 「国で作ってるっていうのか?そんなよくわからんものを?…どうだろうな。  関わっているとしたら大学の研究室とかが絡んでくるか、レポートの出どころもあそこだ」 「あの万年青春お花畑っぽい連中がねえ」 「学府の本分は勉強、研究だぜ。やることやりながら、することしてるって話よ」 「そういうもんかね」 「あの労働適正を大魔王から切り離したところで再現できれば、それに越したことはねえわな」 「…まぁ、あんがとよ」 「お代、まだもらってねえぞ」 「お代…そうだな。さっきの件、大学側に探り入れてみなよ」 「おい」 「裏切る心配もなく、切り捨てるのも簡単、いたるところで情報をかき集めて持ち帰り、それなりに強い。  あんな得体のしれないモノが市中を闊歩してる可能性がある。そんなの気持ちが悪いだろうよ。  作った奴らも眠れない日々を過ごしているだろうぜ」 「…はぁ。これに渡りをつけて、我が国の最高学府に食い込む。まぁそれを報酬にしといてやるぜ。  もっともらしいこと言いやがって。今回逃げられたリベンジをしたいって顔に書いてあるぜ?」 「それもある!」  更に何日か経過した。  一週間のツツシミ祭は前夜祭、本祭と滞りなく進み、後夜祭もまもなく終了する。  しかし、ここ数日、不審者が多数目撃されているおり、警察との衝突、逃走劇も少なくない。  個別に連続した不穏な動き、モーヴ情報体(仮称)による無軌道な暗躍。  祭の中心部に近づいていないのが不気味というか、幸いというか。  交通課、日も高いというのにふらつくダテイワがその扉を叩いた。 「ん…すまんなアタシの客だ。ちょっと出てくるわ」 「「はーい、お気をつけて~」」 「なかなか仕事熱心じゃねえかダテちゃんよぉ。…んでどうだい?」 「クロだな。やはり実験体を逃がしたらしい」 「なんとまあ」 「公安と軍が躍起になって捕獲しようとしてるが、上手くいかねえ。破壊することも考えてるらしい」 「どうやって壊すんだよ、タフだぜアイツ」 「核を破壊するしかないそうだ」 「特大火力で消滅させるのが手っ取り早い…か。街中でそんなもん使えるわけねえよ」 「だから困ってるのさ。お前らの方でつけた位置情報は早々に切り離されたみたいだし、神出鬼没で焦れてる」 「はぁ…ヤツの最終目標ってのはなんなんだよ」  ダテイワとハルノがともに首をかしげる。 「情報収集とコピーが至上命題なら、より強力なモノを求めるだろうな」 「軍の最新兵器…なら軍が懐に入れてそのまま捕獲もできるか」 「伝説と伝承の収集…あっ」 「なんだよ」 「都立博物館、あそこなら資料から実物までよりどりみどりだ」 「それなら最初に目指しそうなもんだろ、今はツツシミ祭で人もモノも流入が激しいしよ」 「朝から晩までドンチャン騒ぎだよなぁ…いやまさか…」 「さっきから勿体ぶるんじゃねぇよ、はっきり話せはっきり」 「ちゃんと昔話は読み聞かせておくもんだぜダテちゃん」 「どういうことだよ」 「…伝説を再現するのさ」  その昔、お城がロボットになるよりもずっとずっと昔。  ウァリトヒロイには2人の王子様がいました。  兄は慎み深く物静かな優しい人で王様になりました。  弟は少しばかり騒がしいところがありますが、お兄さんを慕うこちらも優しい人でした。  ある時、隣の国と戦争がおき、お兄さんは戦いに出ました。  しかし敵国の卑劣な策略に命を落としてしまいます。  それを聞いた弟はもうカンカン、復讐のためにある作戦を思いつきます。  相手のお城の周りをうるさい音をたてながら、昼も夜も関係なく走り回ったのです。  お城には誰一人も出ることも入ることもできません。  敵の王様は少しも落ち着くことができないのでたまらず降伏してしまいました。  無事お兄さんのかたきを取った弟はこれまた嬉しそうに騒ぎながら国に帰り、陽気な王様になったそうな。  どっとはらい  『うるさい弟さま』王明書房 より抜粋  静まり返る都立博物館前、昨日までの喧騒が嘘のようである。  夜陰に紛れて影も靡く。  ゆらりと現れたそれは、そのぎこちない動きとは裏腹に一方向を目指して歩き始めた。  瞬間、照明が彼を捕捉する。 「サカエトルや!神妙にしな!」  指示車両の上からハルノが声を叩きつける。   影は戦闘の気配を感じ取り、体勢を取る。  一度モーヴの形態に戻り… 「今だ!鳴けぇ!!」 「合点承知だ姐さん!野郎ども!吼えろや!!」  地面を揺らすようなバイクのエンジン音、サカエトル警察交通機動隊の誇るマシンがその心臓を震わせる。  アカザワの一声に呼応して喧騒が周りを包み、微罪が夜の静寂を切り裂く。  対象の変形が止まる。 「クェスプの話の通りだな。一度基本形に戻ってから再度変化する」 「一度息を吐き切らないと新たに呼吸できないということですね。しかし何故変化を止めたのでしょう?」 「ツツシミアーマーの伝承再現だ」 「伝承再現?」 「何代か前のツツシミ王は寝物語の通り、騒音による包囲で敵国を降伏させた。  ここにはその時の鎧が安置されているのは知っているな?」 「はい」 「鎧は一定以上の騒音を感知するとその風景を再現する。  内外を隔絶する封鎖の呪い、人が紡ぐ情報であってもそれは例外じゃあない。  新たな情報を仕入れられない以上、サトー、お前がさっき言った通りでヤツは窒息している」 「この機に捕縛するということですね」 「できればいいがな」  一方、最前線では最終ラウンドの火蓋が切って落とされようとしていた。 「通信が使えん!こっからは拡声器で指示するぞ!声が枯れる前に片付けろ!  アタッカーはリンダ!ゴウは足元を崩してアシストしろ!  ユーリエはとにかく魔弾を当てまくれ!いい目が出ればぶっ倒せるぞ!」 「了解了解っと、リベンジマッチと行こうじゃないの」 「気をつけてくださいね先輩」 「いい目が出るように祈っててくださーい」 「よし!出撃!」  少し引いたところにリズとオフェリアが控える。 「歯痒いですね。任せるだけというのは。この場では生体車両も狂う可能性があるので使えません」 「仕方ないじゃないの。私もアナタも情報部員だし。クルマの子たちに無理を強いるわけにもいかないし。  この場を整えるだけで今日のお仕事は終わり、無事で帰ってくるのを待つしかないのよ」 「サボりでっか、オフェリアはん?」 「ギンコ…。人聞きが悪いわね、一仕事終えたって話よ。  アンタも場合によっては仕事があるんだから。ったく、緊張感が足りないのよ」 「こりゃ手厳しいわ、これで終わってくれればええんやけどね」  見つめるその先、フォワードたちが接敵する。  ターゲットが構える。  情報収集能力を抑えたとは言え、パワーは計り知れない。 「くそっまだ動けるか。二人とも!一発貰ったら長期休暇だぞ!」 「ちょっと揺らぐからやめてくだーい」 「足元崩します!くらえ!」  伸びる警棒with電磁警棒、その大小を問わず生物であるならば電流は効果的である。  足先、脛、腰を的確に打たれ、ターゲットが膝をつく。  体格差の少なくなったところをすかさずリンダが腕を取り投げ飛ばす。  対象は大の字に寝転んだ。 「ユーリエ!ぶっ放せ!!」 「了解〜!」  ユーリエの使う特殊警杖は魔弾を放つ。  当たるとダメージに加えて身体に様々な不調が発生する。  結石、ぎっくり腰と何故か生活習慣病が多い。  効果はランダムだが効能は「積める」  三発当たれば最大三つの病に冒されるのだ。 「ユーリエ!何出た!!」 「着弾六発!続発性骨粗鬆症が三つに過体重二つ!あと関節炎!」 「身体がボロボロのコンボだ!」  ユーリエの魔弾に一定の信頼を与えているのは彼女の運の良さであると言える。  サンタクロースの娘、世界に幸福を届ける紅白の好好爺はその性質上個人の運気が高い。  彼女そのものに医学的知識はないが、それがかえって状況に合った病を引き当てることにつながっているのかもしれない。 「よっし!フィニッシュ行くぞ!」  リンダが対象から距離を取り、助走をつける。  痛覚のないモノであっても身体の不整備はそれだけで能力の低下につながる。  膝は崩れ、関節は軋み、無計画に増えた重量は全ての動きを遅くする。  片膝をつき、顎が上がった姿勢こそが、その「魔術」を最も撃ち込める角度である。  リンダには魔術の才がない、身体に埋め込んだ魔導インプラントにより筋力や反射神経の強化を行う。  その五体を使い表現する「魔術」、天才を超えた男の魔技、輝きを浴びせるその脚力こそ 「閃光魔術(シャイニング・ウィザード)!!」  対象の膝を足場にして頭部に自身の膝を直撃させる。  渾身の渾身が脆くなった虚飾の牙城を打ち壊す。 「っしゃあ!!」  リンダが特徴的な着地を決めた後に雄叫びを上げる。  ターゲットの頭部はほぼ崩壊。  大きく落ち窪み、ツノも折れた。  しかしまだ停止しない。   「マジかー。予想通りとは言え、凹むなー!」 「何言ってんだー!こっからが本番だぞー!」  落ち込むリンダにハルノが吼える。  対象はうねうねと動き、手先に尖った部分を生成、それを切り離した。 「病巣をまとめて切り離しやがったな!お前が頭ぶっ壊しただけでやられるなんて思っちゃいねえよ!」  ツノは折れたままではあるが身体は元に戻りつつある。 「さて、ラストステージってワケだ」 「課長!お嬢が限界です~!!」 「よっし!機動隊はエンジン停止、アンジェリカは幕を上げろ!ギンはリングとランウェイの用意をしな!!」  ギンコが走りこんで広場に支柱を立てる。  リンダ達は囲いの外に退避済みである。 「お嬢頼むわ!!」  広場の隅の方では複数の栄養剤を咥えてアンジェリカがビシオンともどもぐったりしている。 「何百人対象の幻術使用…もう限界…ムリ…ですわ…」  アンジェリカの意識が落ちた瞬間、周囲の風景が幕を開けたように広がる。  多くの人、人、人、観客席を埋め尽くした多くの都民が姿を現し、眼を覚ます。  イマイチ状況が飲み込めないのはいきなり出現した人間たちもモーヴも変わらない。  しかし判断速く、支柱とせりあがるリングを気にせずに情報収集を始めた。 「なんだぁ…あれリングが出来てるぜ!?ちゃんとプロレスやるってことだな!?」    アンジェリカによる微睡から覚め始めた観客の一人が叫ぶ。  情報が流れ込む。 「アイツなんだ!?悪そうな顔してるな!ヒールレスラーか!!」  さらに観客が叫ぶ。  飢えた身体に情報がしみこむ。  おかしい、有象無象の戯言は区別が出来るはずだ。  情報を選り分け、有用な物のみを収集再現する。  それが自身の性能のはずだ。  そしてこの感情らしいものは何だ。  モーヴに困惑の表情が生まれる。 「気が付いたようだな。さっきぶっ壊したのはお前のツノさ。  情報を収集して選別するためのリミッター、学府の連中が言ってたぜ。  お前のチカラは際限がなくなるかもしれない。…だがお前にできるかな。  ここにいる観客の期待に「応えない」ということが」  ハルノが笑みを浮かべながら場の変化を見つめる。 「姿が変わっていくぞ!!」  新たに観客の声が耳に入る。  正確には変形していない、光の加減や目の錯覚である。  しかし自身に対する情報を吸収反映することが止められない。  既にプロトタイプとしてのモーヴの姿はない。  いかついマスク、黒地に金をあしらった派手なコスチューム、巨大な身体を持つレスラーが完成していた。   「モヴ~、俺はギ・モーヴ!今日の相手は…どこだ~?」  観客が沸く。  自分でも何を言っているのかわからない。  だが自身に向けられた情報をフィルターすることが出来ない。  自身が変わっていく。  時は来たのだ、という謎の自意識を止めることができない。  次々上がる観客の声はツツシミフィールドを形成し、外からの情報を遮断する。  ギ・モーヴはフィールド内の観客の叫びを一身に受けて、ヒールとしての仮面をかぶらざるを得なくなった。 「そこの悪行レスラー!待ちなさぁーい!」  ランウェイの向こうから声が上がる。  スモークとともに登場する本日のメインイベンター。  煙から何かが飛び出しリングの上に着弾する。 「にゃっほーい☆ スヮリゲーターだよ☆」  静寂が流れる。  これは引いているのではない、ためているのだ。 「「にゃっほーい!!!」」  割れんばかりの歓声がスヮリゲーターに集まる。  全身を声援に叩かれるような感覚、すべてが自分の背中を押してくれている。  観客は今宵、噂のワニ女と謎の怪人のマッチアップを観戦するために集まったのだ。  しかし、ワニ女などという無粋な認識は既に彼らの中にはない。  目の前に見える流麗な美人と溌剌としたキャラクターが怖いもの見たさな感情を一掃した。 「どう、スヮちゃん。ここの人たちはみんなスヮちゃんが集めたんだよ。はぴはぴ?」  リングサイドからリンダが話しかける。 「ありがと…スヮ…とーっても!…うれすぃ♪」 「にひっ リズ!ゴング!」 「確かにスヮりんにアレを倒させるって話はしたんだけどね…ハイ」  甲高い金属音が響く。  戦いの幕が上がる。  まずはリング中心で組み合う。  互いのパワーを確かめ合うロックアップだ。   「モヴ~…なかなかのパワーだが…甘いわ~!」 「うきゃっ」  スヮリゲーターが首相撲で引き倒される。  ギ・モーヴはすかさず膝で追撃してくる。  横にローリングしてそれを回避するスヮリゲーター、逆に蟹ばさみで頭を掴み強引なティヘラを放つ。  リングの対角線上に一時退く両名。  先に飛び出したのはギ・モーヴ、逆水平を放つ。 「うぎぃ~」  歯を食いしばり胸筋で受ける。  ダメージはあるものの、目の前には相手の片手が無防備に存在する。 「よぃしょ~!」  腕をつかみつつ飛びつき、器用に足で逆の腕も押さえる。  肩を極めた状態で荷重移動で身体を回転させ、ギ・モーヴを倒して顔をリングに叩きつける。 「ヴゥ~」 「まだ終わりじゃないにぃ!」  空いた手首と足首を極め、ロメロスペシャルの姿勢になった。 「グヴゥ~」  関節技に悲鳴を上げるギ・モーヴ。   「多芸よなスヮリゲーター…だが相手が技をかけた時こそが最大のチャンスと知るがいい!」 「!」  元は軟体であったことを思い出したギ・モーヴが力をためるように収縮を始める。  グリップが緩んだことを確認すると自身の身体で起こした波を技をかけていたスヮリゲーターに伝番させロメロスペシャルの体勢はそのままに回転し始めた。 「食らえ!666式地獄車!!」  車輪の如く回転する両名はリングを所狭しと動き回り、最終的にスヮリゲーターのみ投げ出される形で宙を舞った。  力なく墜落するスヮリゲーターを見下ろし、にやりと笑うギ・モーヴ。  カウントが始まる。 「スヮちゃん!」 「甘かった…スヮりんにこんな大変なことを…」  薄れる意識の中でスヮリゲーターは考える。  生まれた意味、場所、カンラークの街並み、守るべきだった人々。  あの天使像の下で新たな生に目覚めたのは何のためであったか。  みんなに幸せになってほしい。  はぴはぴしてほしい。  ラブ&ピースのために、自分ももっとキラキラしたい。 「にょわー!!!!」  スリーカウント直前、スヮリゲーターが跳ね起きる。  目には闘志を、口元には笑みを、ここに集まったすべての人々に自身の愛を。 「スヮのフェイバリット、受けてくれゅ?」 「来るがいい…!」  最後の攻防が始まった。  体力的にはギ・モーヴの方がまだ余裕があり、力強い攻撃を仕掛けてくる。  一方スヮリゲーターは相手の出方をよく見て、受けつついなす。  パワーが分解されて通じない焦りからギ・モーヴは動きが大振りになる。  強引に腕をつかみ地獄車の仕掛けに入ろうとした瞬間、不意に相手が視界から消えた。  否、消えたのではない。  自身の視界が変わっている。  気づかぬ間にアームホイップで宙に浮いている。 「なにっ!」  空中で組み付かれ、首、腰、足が押さえつけられる。  それらが急速に別方向へ回転、ぞうきんを絞るように締め上げられた。 「ギ…ギモ…モヴゥオオッ」 「スヮリゲーター…デス!ロール!!」  顎は無慈悲に食い込み、身体を捻じ曲げていく。  ギ・モーヴはクラッチを切れず、先に意識の方が切れた。  勝利を告げるゴングが鳴る。 〇スヮリゲーター(スヮリゲーター・デスロール)ギ・モーヴ● 「おっすおっすばっちし!大勝利☆」 「「おぉー!スヮリゲーター最強!!」」  可愛く飛び跳ね、ポーズを決めるスヮリゲーター。  身体は満身創痍であっても気力を振り絞ってファンサービスを行う。    それを眺めるハルノが会場の端に目配せをする。  数人の男たちがリングに詰めかけ、敗者を担架で運んでいく。 「いいんですか課長!ここから出したらまた元気になるかもしれませんよ!」  気づいたリンダとリズが詰め寄ってくる。 「アレは自分の仕事にはクソ真面目なんだよ。情報を取り込み再現するっていうな。  自分が負けたってことも律儀に演じちまうのさ。しばらくはあのまんまだろうよ」 「あの方たちは誰ですか?警察関係者ではないような」 「公安と研究者連中。自慢の研究成果に逃げられた挙句、見世物にされて撤収までさせられる不憫なやつら。  まぁ自分たちで消し炭にしちまうよりはよかったんじゃねえかな。警察に貸し一つってワケ」 「はぁ…。とりあえずスヮちゃん無事だからいいかなって」 「ま、期待に応えるだけじゃ勝てないわなぁ。期待は超えていかないと」 「これだけの聴衆に好意的に迎えられているならば、スヮりんがカンラーク案件だとしても大っぴらには手出しできないでしょう。  あとはあの子を守る動きも出てくるでしょうし、仲間だってもっとできるかもしれません」 「リズ…。うん、そうなるといいよね!よし迎えにいこう!」  リングに駆け寄るリンダを優しく見守るハルノであった。  かくして事件は解決した。  事の顛末は以下である。  魔王モラレルの魔力にて起動する汎用兵器「モーヴ」  兵器ではあるものの労働力としての汎用性に富み、その導入が画策されていた。  しかしながら敵性勢力のリソースを使用する前提で動く労働力を頼りにするのは心もとないのも事実である。  そこで技術解析を行い、ウァリトヒロイ国内の素材を使用した純国産の汎用労働力の開発を模索するに至った。  労働力確保を目的に動き始めたプロジェクトではあったものの、軍事の需要は捨てきれず、公安を絡めて工作員生体の開発計画も始動した。  情報の収集再現に特化したこれをモーヴ情報体と仮称する。  ある程度が形となった段階で手違いにより実験体が脱走、公安の息がかかった一部の軍も動員し秘密裏に捜索することとなった。  保護を最優先としていたが、情報が外部に漏れる可能性を考慮し、万が一の時には大火力をもって消滅させる作戦を展開していたが、ツツシミ祭の期間中であったため思ったような成果は得られなかった。  作戦とは別に対象と接触していた王都警察交通安全課、ハルノ=レノレヴィン課長は情報体の目標を都立博物館に収蔵された我が国の伝承関連物と断定、館近くの広場にて捕獲作戦を決行する。  交通機動隊による騒音でツツシミアーマーの伝承が再現され、外部との情報隔絶に成功、格闘戦にて情報体の制御器官を破壊することで取捨選択の能力を奪った。  その後、プロレス大会の名目で集められ、幻術にて昏睡状態となっていた観客たちが覚醒、ツツシミフィールドの再発現及び情報の錯綜による対象の異常変態を引き起こした。  自身をギ・モーヴとしか認識できなくなった情報体はスヮリゲーターの前に敗北。  図らずも消滅させることなく検体の回収に成功し、加えて漏洩しそうな国家機密情報も特殊なレスラーという衝撃的な事実に塗りつぶされ、記憶から抹消された。  このプロジェクトが解散されたか否かは現時点では判明しておらず、カンラーク天使像の技術を用いたとされる変身機能を有した不明個体の研究が続いている可能性は否定できない。  以降、鑑識においては残留マナ捜査時に前後状況確認を徹底、変身等の特殊技能への対策を強化するものとする。 「…と、こんなものか」  クェスプが眉間を指で押さえる。 「おつかれさん」 「ギャン…」 「なんでお前が報告書なんかまとめてるんだよ」 「今回の事件、最初の現場を鑑定したのは私だよ。同一個体がマナ性質まで変化させるのは初めて見たものでね。  今後同じような手口が使われた時のために資料を残しておきたい」 「仕事が無限に増える可能性だってあるのにご苦労なこった」 「この前の列車暴走事件といい、国外から影響を受けて面倒になるケースが増えてきた。  キミの方面にも問題が増えるんじゃないかと思うよ」 「やめろよ、都内だけで十分忙しいんだからよ。しかし、なんでヤツは祭りの間にあそこまで行かなかったんだ。  人ごみに紛れるなら誰より得意だったろうに」 「見えなかったんだろう」 「どういうことだ?」 「ツツシミアーマーによる伝承再現は内と外を隔絶する、肝心の王都中心部はお祭りで大賑わい」 「情報で物を見るせいで、ごちそうが目の前にあるのに気が付かなかったってことか」 「未だ調整途中だった実験体の悲しき性というものだよ」  サカエトル王都警察、日々凶悪化が進む犯罪に組織力で対抗し、その積み重ねによって王都の治安を守る。  今日もどこかで起きた事件を明日の安心につなげる戦いが続いていく。    スヮリゲーターはと言えば、徐々にこの街にもなじみつつある。  その活躍を聞きつけて、かつての仲間が尋ねてきたり、一戦交えたり、S級プロレスラー…もとい冒険者に目をかけられたりするのはまた別の旅のお話。