山深い村に、誰にも負けたことのない男がいた。 力に恵まれ、己の強さを疑わず、祭りの夜ごと土俵に立っては人々を沸かせる男だった。 ある満月の夜、男は山の麓の古い社へ向かう。 そこには、人の訪れぬ土俵の上で、ひとり静かに佇む女がいた。 長い黒髪。飾りのない白い衣。 柔らかく豊かな姿の内に、山そのもののような揺るぎない力を秘めた女。 男は女を侮り、相撲を挑む。だが、幾度立ち向かっても、その身体を動かすことさえできない。 やがて男は、里から姿を消した。 数年後、山で道に迷った者が、不思議な一団を見たという。 獣の皮をまとった男が、幼い子供たちを連れ、大きな女の後を穏やかについて歩いていた。 その顔は、かつて村から消えた男に違いなかった。 これは、山に取られた男の話。 あるいは、己の力を誇った未熟な男が、より大きな秩序の中で産み直され、夫となり、父となり、山と里の境を守る者となった物語。