雪山編4 「どけ!どかんかぁ!!」 薄っすらと白い冷気が漂う灰被りの城の地下、斃れたデジモンであろう一部をキャタピラで踏み潰し、フロゾモンは大扉の前に立ち塞がるブルーメラモンへ放たれたロケット砲と共に突き進む。 ブルーメラモンが拳を突き出し氷色の炎を放つと、凍てつく炎に呑まれたロケット砲は推力を失い落ち、砕ける。フロゾモンも凍り始めたキャタピラを無理矢理動かしたまま、ブルーメラモンへ向けてグラシエイトミサイルを放つ。 雪山を歩む中、十二分に取り込んだ雪の塊が再び放たれた氷色の炎と触れると、瞬く間に巨大な氷柱へと変化した。また新たに飛んできたロケット砲が、氷柱とフロゾモンの凍りついたキャタピラに命中し砕け、地下室を揺らした。 「乱暴な奴め!まぁ今回は許そう!!」 フロゾモンはロケット砲を放ったウルヴァモンとそのテイマーである小麦肌の少女、ラリッサに振り向かずに言うと、キャタピラを鳴らし猛進を始め、右の巨腕を振り上げ、殴りつけた。 巨腕の重みと威力をブルーメラモンは耐えきれず、体勢を僅かに崩す。その機を逃さずフロゾモンが振り上げた左腕の赤熱する剣が青い炎の魔人を両断し、魔人は0と1と化し地下室の天井へと消えた。 フロゾモンは消えたのを見届けると、「救助の邪魔をするからだ」と呟き、振り返った。 「おい!全員無事だな!?」 「う、うん。ありがとう」 「よし!今から城の主を……なっ!」 ラリッサ達と更に後ろを固めるテイマー達の様子を確認したフロゾモンは木製の大扉を開く。 そして、眼前に現れた氷漬けのサンドリモンを見て、驚きから声を漏らした。 「ここまでになるとは……なんという……」 灰被りの城の道中で現れた鳥谷部とそのパートナーの姿を思い出すと、すぐに今気にする事では無いと思い直し、首を横に振る。 いつも通り、バロッコ各地に招待状をバラまいていたある日「しばらく戻るな」とサンドリモンから一方的な通告を受け、戸惑った。それからしばらくして、連絡すら取れなくなった。 その間に自分は、戸惑いと憤りを抱えたままフロゾモンへと進化を果たした。そして数日前に、かつてサンドリモンの許にいたテイマーから異変が起きたと聞き……山へ、戻ることに決めた。 まずは【遭難者】を出さぬため、そして、力と志を持つものと共に【要救助者】を救うため。そして今、自分の目的が果たされる寸前まできた。 「出力が足りぬ!貴様らの力も分けてくれ!!」 「……ラリッサの、私のテイマーの力を分けるのは癪だけど、今回だけ許す」 城に囚われ無理矢理組まされた、ほんの数日過ごしただけのテイマーとパートナーの関係と思えぬウルヴァモンの言葉にフロゾモンは小さく笑い、デフロストソードの出力を高め、呟いた。 「姫様、しばしお待ちを」 ──── ミミックモンが乱射するオベリスクの銃弾は最低限の動きと鎧で凌がれ、デストロモンの砲撃は大きく動き、避けられない光弾は刀で切り裂きながら、ガイオウモンはデストロモンへと距離を詰めていく。 雪山に聳え立つ城の中、鉄と光の雨嵐を乗り越え巨竜と檻の怪物を討つべく駆ける鎧武者。古臭い物語の一幕のような光景を前に、ソフィーは敵である鎧武者の動きを注視し、思い返す。 サンドリモンを……恩人を救うため、篤人達に助けを求めた。当然、戦いは覚悟していた。だが相手が自分を誘拐した組織で、デジタルワールドの侵攻を企ているとは思わなかった。 だが、それだけだ。やることは変わらない。 そう断じ、ソフィーは冷たく震える城の空気を大きく吸って吐き、ガイオウモンとそのテイマーの傷だらけの顔の女を睨んだ。 「ミミックモン!今度は電撃!!」 「ロード。プラズマクラック!」 ミミックモンがオベリスクから電撃を放つ。駆ける最中に稲光を察知したガイオウモンは、電撃を前足を大きく引いて躱すと、二振りの刀の柄を合わせ大弓へと変え、ウィルオウィスプのように青白く燃える矢を放った。 ミミックモンは矢を落とすため、檻に付けられた鉄球を振り回し投げつける。だがガイオウモンの放った矢は鉄球を、その勢いのままミミックモンも射抜き、彼は0と1を金属片のように飛び散らせ、呻きを漏らしながら倒れた。 「ガイオウモン、ミミックモンは後で!」 生源寺の声に応え、ガイオウモンは倒れたミミックモンを一瞥し大弓を刀へ戻すと、デストロモンに向かって再び駆け始めた。 「ぐっ……すまぬ、ソフィー」 「生きてるならいいわ。悪いけど無理して。 究極体の相手は流石にアツトだけじゃ……」 ソフィーが駆け寄り、引き起こしたミミックモンは苦痛から呻きながらも、デッドショットを構え直す。ソフィーは向いた銃口の先を、デストロモンへと接近したガイオウモンを注視する。 「っ……パワーなら勝ってるはずだデストロモン! 何とか弾き飛ばして!」 篤人が接近されたデストロモンへ、苦しげに指示する。デストロモンもやむを得ずという様子で、左の大爪をガイオウモンへと振るった。 城壁ごと抉り取るような風圧と轟音を響かせる大爪を、ガイオウモンは逆袈裟に斬り上げた。 ぶつかり合い、火花を散らせた瞬間、デストロモンの大爪はバターのような切り裂かれ、そのまま壁にぶつかり重い音を立てた。 「っ……ここまであっさり……!」 「爪だけで済ますと思うてか!燐火斬!!」 歯噛みする篤人を嗤うようにガイオウモンが叫ぶと、逆袈裟に振るった刀の軌跡から青白い炎が放たれ、デストロモンの左腕を糸鋸のように引き裂いた。 デストロモンの叫びと共に、落ちた左腕は0と1となり消える。 城へと転送される直前、デジモンの群れを無慈悲に、そして一方的に討ち果たした巨竜の腕は、その半分程度の背丈しかない鎧武者の一撃により容易く失われ、ソフィーは言葉も出せず、目を見開いた。 「ぐおっ、ぁ……腕くらいで俺様が怯むかよ!!」 デストロモンは苦痛からの絶叫を無理矢理飲み込むと、ガラス片を撒き散らしながらガイオウモン目掛け、尾を振るうと、ガイオウモンは迫る尾に向けて刀を構え、振り上げた。 「ミミックモン、貴方なら止められるわね?」 「一瞬はな!ロード、スネークバンデージ!」 ソフィーは声を絞り出し、額から滲み出る汗を無理矢理作った笑みでごまかしながら、ミミックモンに指示を出す。 直後、デッドショットから放たれた包帯が、刀を振り上げ尾を叩き切ろうとしたガイオウモンに腕に巻きつき、動きを止めた。 「ぬう……小賢しい真似を!!」  包帯は、一瞬で千切られた。しかし、尾の切断は間に合わないと踏んだガイオウモンは守りを固めると、巨竜の尾を一振りを受けて呻き、勢いよく壁に叩きつけられた。 「助かったよソフィーさん、ミミックモン」 ソフィーは篤人へ、微笑み手を振って返した。 ミミックモンが即座に、デストロモンの左腕を黒い霧を覆う。それからすぐに、失われた左腕は同じ大きさをした剣へと変化した。 「ナイトモンの大剣か!すまねェミミックモン!」 「構わんさ。我がそれを振り回したとて、何の役にも立たぬ」 篤人が無言のまま僅かに口元を緩め、パートナーの腕にロードされた剣を見るも「アテにしすぎるなよ」というミミックモンの苦々しい声音に、彼は想像はしているとばかりに渋面で頷いた。 「斬られたら終わり、か……フロゾモンが戻るまで耐えろって話にはならないわよね」 ソフィーは逡巡し、地下室へと扉に目をやってからデジヴァイスを取り出し、篤人達に苦笑を見せた。 「アツト、デストロモン。ワタシね進化させるのに人より少し時間がかかるの……時間、作れる?」 「……勿論!」 篤人とデストロモンは期待した表情で頷くと、壁に叩きつけたガイオウモンを睨んだ。 「ソフィー、無理は」 「無理じゃなくて当然のことするのよ」 ミミックモンの言葉は聞かず、ソフィーはデジヴァイスへと力を送る。そしてすぐ、皮膚に開けられた針穴から水が流し込まれていくように、体が重くなり始めた。 「それ、ひと屋が最初期に作ったデジヴァイスじゃないですか。何故その不良品を……?」 生源寺が訝しみ、少し前に颯乃が投げ捨てた物と同じデジヴァイスに目を向けると、何かを思い出したように瞼を動かし、「まぁいいか」と呟いた。 「ミミックモン!進化するまでは俺様の後ろに隠れてな!!」 ミミックモンは「すまぬ」とだけ言い、デストロモンの後ろに隠れた。 「ちっ、面倒な……」 「ガイオウモン。癪だろうけど……デストロモンには力勝負では押し負けるわよ。 でも斬れるなら、何とでもなるわね?」 舌打ちをしたガイオウモンを、生源寺も同じ気持ちからか目を細めて嗜める。ガイオウモンはその言葉に気を取り直すように小さく唸り、再度駆けた。 「アツト。何とかミミックモンを」 「言われなくてもだよ!ね、デストロモン!」 徐々に重くなる体なり、拍動は強まり額から不快な汗が滲んでいく。ソフィーはそれらを堪え篤人へと懇願すると、彼とデストロモンは笑い返して応えた。 駆けるガイオウモンに、再びミミックモンとデストロモンは砲撃と稲妻を振りまくも、左腕が斬り落とされた影響が如実に現れ、先程よりも容易く、鎧武者が接近する。 「ちっ!手数が足りねェ……なら!」 デストロモンは先んじて弾き飛ばそうと尾を振るい、ミミックモンも包帯での拘束を試みた。 だがガイオウモンは好機と捉え、迫る尾を真っ向斬りで斬り落とし、返す刀で包帯も容易く切裂く。 そして再び放たれた燐火撃が、デストロモンの背部の砲塔へ迫り始めると、デストロモンは苦痛をごまかすように叫ぶと大剣の左腕を振り上げ、力任せに振り下ろした。 巨竜の剣が膂力と質量を以て燐火撃を掻き消し、鎧武者を粉微塵にせんと獣の唸り声のような轟音を鳴らす。ガイオウモンは自身の倍以上の巨体から振り下ろされた一撃を、やむ無しといった様子で跳んで躱した。 「Merci!もういける!!」 大剣を空を斬り潰しながら城の床を叩きつけた瞬間、ソフィーが篤人にウインクを投げかけ、デジヴァイスを強く握り締めた。 「Sors de la cage……ミミックモン、進化!」 ミミックモンの檻が鍵もなくひとりでに開くと、中に蠢くものと檻は仄暗い光に包まれ、ソフィーと同じ大きさをした本へと変貌する。 ソフィーも篤人も知る由もない文字が刻まれた本のページがひとりでに捲られ、最後のページに差し掛かった瞬間、薄紫の光が城の天井まで伸び、本の中から赤茶色のローブと白いフードを纏った魔術師が現れた。 現れた魔術師が両手を握ると0と1が球体状に集まり、それはやがて赤と黄色の水晶玉へと変わり、宙に浮く。 そして檻から解き放たれた本を依り代とする魔人が、低い声で名乗りを上げた。 「ワイズモン」 「完全体!確かにこれなら……ソフィーさん!?」 篤人が喜びの声で振り向いた瞬間、ソフィーらワイズモンへの進化と同時に膝から崩れ、床に手をついた。 「箱……いや、檻入り娘だから体力無いの。 ちょっと疲れただけ」 気道が細まり、息が荒れる。水を注がれ終えた体中から汗が滲み出す。それでもソフィーは必死で口元を緩めて返す、フラフラとでも自力で立ち上がろうとして、それでも篤人は、ソフィーの制する手に構わず無言で手を差し出した。 「……貴方、人の話を聞いてくれないのね」 ソフィーは不満げに頬を膨らませ、差し伸べられた手を受け取り立ち上がる。そして篤人が庇うように前へ立つと、ソフィーは膨らませていた頬を緩め、灰の床を両足で踏みしめた。 「生源寺が不良品と言ったが……本当にその通りだ。 出力も低く、消耗も大きい。この姿でいられる時間も長くはないだろう」 「向こうも短期決戦がお望みだ。お互い、時間はかけられねェか」 進化してなお好転するとすら言い切れず、呻きが混ざったような低い声で話すワイズモンに、デストロモンは気にした様子もなく、勝負の展望だけを口にした。 「というワケよ。焦らず急いで、勝って頂戴。 ワタシもワイズモンも、いつひっくり返ってもおかしくないんだから」 一向に軽くなることがない体に耐えかね崩れかけたソフィーは、思わず篤人の腕を掴む。彼は振り向かないまま「これで堪えられるなら、好きなだけ掴んでて」と告げた。 もう片手でデジヴァイスを握り締める篤人の声を聞いた後、ソフィーはさらに強い力で彼の腕を掴んだ。 ──── 「……速……敵どこ……あっ!」 灰色が、三幸の視界に隅にほんの一瞬映る。フロスベルグモンは灰色の光となり吹雪の中を駆け巡ってカラテンモンに蹴りかかる。 「心配はいらねぇぜ三幸ちゃん!とっくに【悟り】で読めている!!」 だが動きを【悟っている】カラテンモンは当然のように剣で蹴りを防ぎ、フロスベルグモンは蹴りの反動で大きく飛び距離を取ると、カラテンモンはすぐに追跡を始めた。 「結局離れるのかよあの鳥公!! 最後までそこは一貫しやがって!!」 憤りに任せて放った追撃のヘルガルモンの火球も雪面から隆起した氷柱も飛翔するフロスベルグモンは速度を落とさずに悠々と回避し、追跡するカラテンモンを徐々に引き離していく。 「カラテンモンのおかげで、どこから何を仕掛けてくるかは分かるが……」 「結局、捕まえる事が出来ないんだよな……」 颯乃とクリスペイルドラモンが、顔を顰めながら遠くなる灰色の光を目で追い、目を細めた。 カラテンモンのスピードでは追いつけないが、フロスベルグモンに決定打を打たせる余裕までは与えていない。 フロスベルグモンもカラテンモンの【悟り】と食らいつけるスピードに決め手になる手が打てず、飛行と疾走を織り交ぜ、攻撃しては退いてを繰り返している。 「……相手も、どこかでフリージングレイを使いたいと思ってるはず……なんだけど……」 杖を雪面に付いたまま渋面を浮かべる雪奈に、颯乃は「膠着したな」と悩むような声で話す。 「なら時間は、私達の味方だと思います。城のほうが片付けばあ……いや。城にいる誰かが援軍に来てくれるでしょうし」 三幸は、すぐに篤人の名前と姿を思い浮かべ、すぐに引っ込め視線を落とした。 「……そうなったら相手は退却しそうだが、君の言う通りだろうな」 「なら、わたし達は焦っちゃダメだね。 むしろ敵の動きがどう「備えろ!!やべぇのが来るぞ!」 【悟り】で何かを見たカラテンモンが追撃を取りやめ叫ぶ。雪奈が守りを固めるために杖を輝かせ始める間に、三幸は鳥谷部の握るデジヴァイスが青天の色に強く輝くのが見え、それから起こるを想起するの、防寒着の中が冷たい汗を湿り始めた。 「フロスベルグモン!一瞬だけ!!」 「……それならば!」 雲に覆われ雪が降るつもる雪山の淀んだ灰色の空とは真逆の、青天の光がフロスベルグモンの体を包み込むと、巨鳥は鳥の翼を持った空色の巨大な龍へ変貌し、雲も山も引き裂くように咆哮した、 「ウソ!?何アレ!? ここにきてまだもう一段階あるの!?」 「落ち着け雪奈!いま【悟った】がほんの一瞬……があぁっ!?」 フロスベルグモンから変貌した龍は、羽ばたきと咆哮で暴風を巻き起こすと、全員を吹き飛ばし雪面へと叩きつけた。 「った……み、皆さん!?ヘルガルモン!?」 「心配するなミユキ……オレも、吹き飛ばされただけだ。」 自分の身長を超えた鉄球かハンマーで体全体を殴られたような衝撃を受け吹き飛び、雪面に背中から叩きつけられた三幸は痛みを堪えながら隣のヘルガルモンと共に起き上がり、周囲を見渡すと、全員が雪面に倒れ、痛みからの小さなうめき声を漏らしながら、立ち上がり始めていた。 「わたしも颯乃ちゃんも無事だよ……流石に痛かったけど」 杖を支えに体を起こすと、雪奈は颯乃に手を差し出しゆっくりと引き上げる。それからすぐに周囲を見渡し少しずつ表情を硬くすると、やがて最悪を察し、顔を青ざめさせた。 「……フロスベルグモンがいない。多分、とっくに隠れたか離れた」 「落ち着いてくれ雪奈。 今は私達が探れるし、追える」 颯乃の言葉を受け、雪奈は落ち着くために息を吐く。それからすぐカラテンモンが雪面に剣を突き刺し、飛び消えたフロスベルグモンを探り始めた。 「……大分遠くにいるな……隠れちゃいねぇ」 「雪奈、すぐに追えばまだ間に合……うっ……!」 カラテンモンが【悟り】によってフロスベルグモンの居場所を突き止めた瞬間、皮膚が切れそうに吹雪始め、颯乃は思わず目元を抑えた。 敵の策も、最後まで一貫している。距離を取り、吹雪で視界も動きも奪い、仕留める。その仕留める策はあのドライアイス光線か、それともあの歌か。どちらにせよ、三幸は追い込まれたと思い、歯噛みするしか無かった。 「……カラテンモン、フロスベルグモンの場所はずっと分かる?」 「雪奈、何をするんだ?」 雪奈の言葉に、颯乃は思い当たるフシを感じて聞き返すと、雪奈は杖を握り締め薄青に輝かせ、巨大な氷のソリを作りあげると、全員に告げた。 「全員の力で、一か八かで……突っ込むよ」 ──── 「パンドーラ・ダイアログ……プラズマクラック!!」 ワイズモンが両手の水晶を輝かせると、城の天井から青白い稲妻が一面へと振り注ぎ、ガイオウモンは歯を噛み避けながら、ワイズモンへ接近を試みる、 デストロモンは指示を受けるまでもなく、片腕と背中から砲撃を放つ。灰被りの城の広間は、ワイズもんの進化を皮切りに、嵐の最中といった有り様に変わった。 ガイオウモンは二振りの刀を握り、間断なく降り注がれる雷雨に打たれまいと駆け、生源寺は床から薄っすらと巻き上がり続ける煙の中、表情を強張らせ始めた。 このまま押していけるか。篤人はそう考えながらガイオウモンの動きを目で追うと、生源寺の強張った表情が、やむを得ないと言いたいげに動いた。 「これ以上は流石にっ……ガイオウモン!」 歯を食いしばり、雷雨の余波で巻き起こる衝撃や煙を堪え生源寺が告げると、ガイオウモンもやむ無しとばかりに顔を顰めさせ、床に刀を突き刺す。 「何かしら……」と自分の背後のソフィーが興味を持って呟くと、ガイオウモンの刀に、赤黒いエネルギーが収束し始め、それを床に突きつけた。 「不服だが仕方なし……ガイアリアクター!!」 刀を通して起こったエネルギーの爆発が、雷雨を晴らし、ワイズモンを壁へと叩きつけた。 「っ……そんな技まで!!」 「ザンメツモンの時と同じですよ。刀一つで戦っているワケじゃ無いのは」 生源寺が安堵して息を吐くと、一瞬動きを止めていたガイオウモンはワイズモンの首を刎ねるべく、爆風の中を突っ切った。 「てめェ!どこに行こうってんだ!」 ワイズモンを守るデストロモンは、ガイオウモンを止めるべくベルセルクソードを床に這わせて薙ぎ払うと、待っていたとばかりに刀を振るう。 大剣を受けたガイオウモンは、力負けして壁まで弾かれた。だが振るった刀から生まれた炎の軌跡が、デストロモンの腕に取り付けられたベルセルクソードに炎の波を走らせると、焼き斬られた借り物の大剣は黒く霧散した。 「これで拙者の刃を防ぐ手は消えたな」 デストロモンは壁に叩きつけられてなお、鼻で笑うガイオウモンを忌々しく睨んだ。 「……本当にまずいな、これ」 篤人は、再び腕を失ったデストロモンの姿を見て、首筋に嫌な渇きを感じた。接近を許せば、デストロモンは切り裂かれて終わる。脳裏には腰部から両断され崩れ落ちていく姿すら鮮明に見えた。 バロッコに来て始めて生源寺達と戦った時、タンクモンろ銃口を全て切り裂かれ、はっきりと死が見えた瞬間を想起し唇を噛む。 ともかく、接近を許してはいけない。だが、防ぐ頼りの剣もなく、波状攻撃はガイアリアクターで防がれる。篤人は思考より先に、死が思い浮かんだ。 「アツト、火力に自信……あるわよね?」 乱れた息のまま後ろから問い掛けるソフィーに、篤人は迷わず頷くと、彼女は篤人の後ろから離れ、重い足取りで隣に立ち、ガイオウモンを指差した。 「あのガイアリアクター、ワタシ達だけで引き出してあげる。後は貴方次第よ」 「……作戦が、あるんだね」 「ワタシ達の多分一回きりの切り札を使って、後は貴方が起こしたい奇跡に全賭けするだけよ」 額から汗を流し続けながらソフィーは人差し指を顎に添え、片目を瞑って篤人に答えた。 「っ…そっか。じゃあ絶対に勝たなきゃね」 ソフィーに釣られ、篤人は唾を呑み込んだ後に強張った笑いで返す。壁に叩きつけられたワイズモンもゆっくりと動き、作り上げた時空石を輝かせ、篤人へと振り向いた。 「再びで悪いが時間をくれ。勿論、気休めくらいは用意出来るがな」 そう言うと、デストロモンの無くなった片腕は再び黒い煙に覆われ、マミーモンのオベリスクを取り付けられた。 デストロモンが礼を言うと、ガイオウモンに向け砲弾とオベリスクによる銃撃を始め、ワイズモンは時空石を鈍く輝かせ始めた。 「狙いがなんであろうと……ガイオウモン!まずはデストロモンを!」 生源寺の指示に応え、銃弾と砲撃を掻い潜りながらガイオウモンは刀を合わせた大弓で矢を放ち、ロードされたオベリスクを霧散させた。 ワイズモンはデストロモンの後ろで呻きを堪えながら、少しずつ時空石に力を送っていく。 弓を剣へと戻し接近するガイオウモンは、デストロモンの砲撃を捌き、掻い潜り。やがて接近し、刀を片足に突き刺した。 デストロモンは絶叫と共に膝から崩れ、苦し紛れに右の爪を振り払うが、ガイオウモンは屈んで躱すと突き刺した刀を引き抜き、脚を切り裂こうと大きく振り上げた。 「っ……だったら道連れにしてやるよ! デストロモン!っ……背中の砲塔に全出力!」 篤人は躊躇いから声を震わせ、力を送る。デストロモンが叫ぶと背中の三連装砲に少しずつエネルギーの充填され、砲門は収束した緑色のエネルギー球体が硬い金属を削り取る音と同時に、砲塔が軋む音を鳴らし始めた。 「っ!自爆でもする気!?冗談じゃない!!」 「……地獄には貴様だけ堕ちろ!!」 微かに恐怖を滲ませた生源寺が後退り、ガイオウモンは息を呑んで跳躍し、背中の砲塔を切り裂いた。 両断され砲塔が地に落ち、行き場を失ったエネルギーの収束が収まっていく。そのまま空中で身を翻したガイオウモンは刀を弓に変え、ワイズモンへと青白い矢を放った。 「……手荒いけど許せ!!」 デストロモンはやむを得ずといった顔で、ワイズモンを健在の右手で弾き飛ばした。矢はそのままデストロモンの腕に突き刺さり、苦悶を堪えたままガイオウモンの着地地点に砲を向けると、空中でまた放たれた矢が三連装砲を貫き、爆ぜた。 「これで貴様のパートナーは独活の大木」 着地したガイオウモンは、篤人に弓を向け、淡々と言い放ち、篤人は無言で睨みつけた。 「この期に及んでその目……精々矢が外れる奇跡でも祈ってなさい」 生源寺が、その睨みに苛立ったように語気を荒げ、ガイオウモンも不快げに眉を動かし、矢を放った。 ソフィーが、篤人の名を叫んだ。薄暗い城の広間を青白い一閃が切裂きながら、やがて篤人の体へと届き、貫こうとした。 「……パンドーラ・ダイアログ!」 その直前、ワイズモンが叫ぶと時空石が砕けたと同時に、何も無い所からかぼちゃの馬車が現れ、そのうちの一つに矢が突き刺さった。 「何を悪あ……がきには、見えませんね」 突如として現れた馬車は、続け様に広間を埋め尽くす。生源寺は眉を動かし広間一帯を見渡し、思い当たるフシに生き当たり、舌打ちをした。 「なにこれ!?ワイズモン、何をしたの!?」 「この時空石の中には受けた攻撃が保存されていてな。パンドーラ・ダイアログは、それを再生する」 「つまり、ワタシ達が散々しごかれた時に喰らってきた、サンドリモンの攻撃よ。」 この全てが、サンドリモンの攻撃。思い返したのか疲労からか、顔を仄かに紅潮させ口元を嫌そうに歪め笑うソフィーに、篤人は気圧されたようなところを感じ、口を閉じずに広間を見渡した。 「再生したのは【ノーブルファミリアーツ】 ……狼藉者を木っ端微塵にしてやりなさい!!」 ソフィーがガイオウモンと生源寺を見据えて指差すと、ワイズモンの時空石が砕け散る音と共に御者のネズミが鞭を振るい、一斉に狼藉者へ駈けた。 「アツト、今のうちにチャージ」 頭が上がきれず、前傾の姿勢で息が上がったまま話すソフィーに、篤人は無言で頷き、デストロモンへと力を送った。 「サンドリモンの技なら……ガイオウモン!これは流石に一纏めに!!」 鞭を一振りを皮切りに、カラカラと音を鳴らし突き進む馬車爆弾に、生源寺は顔を歪ませる。ガイオウモンは射撃を中断し、近づく馬車を切り捨てながら生源寺の前へ立ち塞がり「備えを!」と彼女に告げ、床に刀を突き刺した。 「……ガイア!リアクター!!」 二度目の爆発が波のように広がり、馬車爆弾は連鎖的に爆ぜガラス片を散らばらせていく。生源寺は安堵から一転してソフィーを睨むも、未だ続く爆発音を上書きする低い響きと輝きに、目を見開いた。 片膝をついたデストロモンは、胸部にエネルギーを収束させ、ガイオウモンを向く。篤人も冷や汗を流しながら、これで決まってくれと祈るように、残された物全てを絞り出すように注ぎ込む。 「……威力は再現出来ぬか」 「でも狙い通りには行ったわ。アツト、デストロモン、後はお願いね」 ソフィーがそう言って笑うと、床に両膝を付いた。篤人はすぐ、生源寺とガイオウモンを見据えた。 「っ……止めれますか!?」 「ガイアリアクターは何度も使えませぬ……」 脚を震えさせたまま動けず刀を構えたガイオウモンに、生源寺は表情を歪ませ、仕方なしに残った力をバイタルブレスを通して送り込んだ。 「最後は力勝負だ!やるよデストロモン!!」 「……ジャガーノートブラスト!」 篤人の号令と共に、デストロモンが胸部から巨大な光線を放った。止めない力の奔流。ガイオウモンはそれを刀で切り裂こうと振るうも、軌跡の炎は瞬く間にかき消された。 「まさか、こうも……」 先の言葉を続ける暇もなく、ガイオウモンは緑の光に呑み込まれた。   「ぐっ……無念……!」 光が掻き消え、コテモンまで退化したガイオウモンが竹刀と膝を床につけ、荒い息のまま篤人達を見上げた。生源寺は生存したパートナーに安堵を見せバイタルブレスを操作すると、錆びついた色の【鍵】を取り出した。 「あら。随分古い家にお住まいなのね? でも貴方が行くのは牢……やっ……」 ソフィーの握っていたデジヴァイスが砕け散った。一瞬のことで思わず目線をソフィーに移した篤人に、彼女は申し訳無さそうに視線を送ると、床に倒れ込んだ。 「……すまん、篤人」 ワイズモンもバコモンへと退化し、その場に倒れ込む。篤人は続けてデストロモンを見ると、やはり同じようにジャンクモンまで退化し、気を失っている。 「篤人は生源寺の顔を見てから、歯を食いしばると、ジャンクモンを抱え、ソフィーの前に立ち塞がることを選んだ。 「……あなた、色々言いながらもこの期に及ぶと、誰かを守る事を優先するのですね」 生源寺が淡々と告げるのを、篤人は無言の睨みで応えた。 「見逃すなら、礼の代わりに教えましょう」 「……なにをだよ」 「彼女のパートナー、元々ひと屋の一員ですよ」 篤人が目を見開いたのに構わず、生源寺は取り出した鍵を床に当て徐ろに回すと、彼女達の足元に黒紫の穴が現れ、ゆっくりと姿を消した。 「……くそっ。最後の最後で」 篤人は後悔から歯噛みして、倒れ込むバコモンに視線を送る。彼が、ひと屋の一員だった。ならば何故、歯向かうような行動を取ったのだろうか。 考えるのは、後か。篤人は思い直し、一先ずジャンクモン達を休ませる事に決めた。 休ませるところを探そう。そう考え重い足を動かし始めた時、ガラスの仮面と白いドレスを纏い、まるで大槍のようなガラスの脚を持つデジモンが甲高くも優雅な脚音を響かせ、現れた。 「……あなたが、サンドリモンですか?」 篤人の問いに城の主、サンドリモンが頷くと、彼女は気を失ったソフィーの頭を、優しく撫でた。 「ソフィー……ま、よくやったと言ったあげますか」 それからサンドリモンが彼女とバコモンを抱え上げると、使い魔達が二人をどこかに運んで行く。サンドリモンは篤人に、仮面で覆われた顔を向けて口元を優しく緩め、話を始めた。 「さて、選ばれし子供……片桐篤人。礼を言いましょう」 「礼よりも仲間を助けに行く力が欲しい。もしくは助けて欲しい」 「ふむ。よろしい」 篤人の返しに躊躇い一つ無く、サンドリモンは頷いた。 「城の入り口に馬車を二つ用意しています。共に参りましょうか」 篤人は淡々と話すサンドリモンに礼を言いジャンクモンを彼女の使い魔に引き渡すと、入り口に向けて走った。 ──── 十分に、距離は取れた。鳥谷部は安堵から息を吐き、強まっていく吹雪と既に薄くしか見えない雪奈達がいた視界の先を、細目を凝らして見据え続ける。 「一先ず、我らの理想通りの流れに持ち込めましたな母上」 「ええ……後はあの子達が、どう動くかね」 ほんの一瞬の進化すら、賭けだった。それの無事に乗り越え、最初から理想とした形に持ち込んだ。 後は吹雪をこのまま強めれば、如何様にも出来る。万が一彼女達が逃げるのならば、こちらも城に戻って、片桐達から始末すればいい。 さぁ、どう動いてくる。鳥谷部が唇を真一文字に結び直した時、視界の先に薄っすらと赤いものが見えた。 「何かしらあれ……フロスベルグモン?」 「……母上、奴らは、力技できたようです」 吹雪を巻き起こすのを止めたフロスベルグモンの言葉を聞き、雪を踏みしめて進むことに決めた。 赤いものがはっきりと、燃え盛る赤黒い炎に見え、鳥谷部はそれがすぐにヘルガルモンだと気付いた。 「来たわね……それにしてはやけに速……あっ!」 鳥谷部は微動だにせず、四足で構えるヘルガルモンに違和感を感じ更に目を凝らす。力技。そうフロスベルグモンが言ったことが、すぐ分かり、思わず口元を緩めかけた。 「確かに推進力にリソースをたくさん割けば……フロスベルグモンに追いつけるわね……」 魔狼を先頭に配置し、カラテンモンの羽ばたきとクリスペイルドラモンのスラスターを推進力として氷の大ソリが、スラスターの音を轟かせてその全貌を表した。 ──── 逆風と雪が、三幸の右頬の傷を少しずつ引き剥がすように痛ませる。それを何かを握らねばすぐ宙へと放り出されるような圧と瞑りたい目を堪え、同じように堪えている様子の雪奈と颯乃も乗ったソリはカラテンモンとクリスペイルドラモンの推進力を頼りに、進んでいく。 雪奈の言う通り、力技の強行突破。二体の出力なら自分が強化すれば追いつけると言い、本当にその通りとなった。 「追いついたぞ鳥公!今度こそ逃さねぇ!!」 ソリの先端に四足の爪を食い込ませたヘルガルモンが火球を放つと、迎え撃つフロスベルグモンは局地的な雪風でそれを打ち消した。 このまま突っ込む。そう叫ぼうとした所で、フロスベルグモンの嘴に、あの灰色の光が集まりだした 「来るぞ!フリージングレイだ!!」 ヘルガルモンが恐れを滲ませたまま叫ぶ。三幸も背中に凍りつくようなものが迸り、目を瞑りかけた。 逡巡から生まれた間。そんな中、真っ先に雪奈が後ろを向いた。 「カラテンモン!下から上に衝撃羽!」 三幸は無謀な特攻と一瞬で思い、声を出そうとした所、颯乃に肩を掴まれた。 「作戦だから安心してくれ……飛び降りるぞ!」 迷いが消え、浮遊感を感じた瞬間、全員がソリ飛び降り、ヘルガルモンが三幸を背で受け止めた。 「ったぁ……二人とも、次は!?」 僅かな衝撃で、ヘルガルモンの背上で歯を噛み締める三幸は各々のパートナーに抱えられた二人に視線を送ると、雪奈が「まずはこれ!」と叫び、杖を薄青に光らせた。 カラテンモンが無理矢理起こした上昇気流により浮いた大ソリは、兵器のように飛んでいく。フロスベルグモンは構うことなく、灰色の光を拡散させて放つと、大ソリは巨大な壁へと変化し、その光を全て受け止め、ドライアイスの塊となってそのまま飛んでいく。 安堵を覚えた三幸が息を吐くと、カラテンモンが一気に動く。次は何だと思う前にヘルガルモンも駆けた。 「こっちも最初から決めた通りのやり方……まずは動きを止めるよ!クリスペイルドラモン!!」 「……カロスディメンション!!」 雪奈が体を蹌踉めかせながらも杖を輝かせ、クリスペイルドラモンが吹雪を巻き起こす。 「っ……今更それで何をして……あっ!」 鳥谷部が吹雪で目元を覆いながらも周囲を見渡すと、フロスベルグモンの周りを氷の壁が覆っていくのに、鳥谷部は焦りから「逃げ道!!」と叫ぶ。 「ぬうっ……だが!!」 焦りで唸ったフロスベルグモンは、氷壁の発生が遅い場所を見つけると、そこに向かって飛ぶ。 「囲師必闕……だったか?逃げ道は残せってのはこういう時のことでもあるんだな!!」 フロスベルグモンを覆う氷壁の逃げ道の前にカラテンモンが現れると、二振りの剣を振りおろし、フロスベルグモンはそれを凍った翼で受け止めた。そして三幸とヘルガルモンは、次の動きを察知し、氷壁に向かって駆けた。 「ぐっ……押し負けるとでも!!」 フロスベルグモンが劈き、カラテンモンを押し返そうと脚に力を込める。押され始めたカラテンモンは呻きながらも「やれ!!」と叫んだ。 フロスベルグモンが、首を動かしたのが見えた、三幸がデジヴァイスに力を送ると、ヘルガルモンは大きく息を吸い、氷壁に向けて貫手を放ち、フロスベルグモンの体を貫いた。 甲高い、悲鳴。フロスベルグモンはそれでも堪え、暴れて抜け出そうとする。 逃がすな。捕まえねば、終わりだ。三幸はそう思い、すぐに【自分の思考】でヘルガルモンが貫いた爪に、炎を集めるように指示を出した。 「……分かった!デジコアごと吹き飛ばしてやる!!」 「フロスベルグモン!!いや、もしかしたら!!」 鳥谷部が悲痛な声で、何かを思いついたように力を送る。ヘルガルモンは全ての炎を貫いた爪に送ると、それを一気に爆ぜさせ、フロスベルグモンの体を、炎の柱が突き破った、 「があぁ……母、上、デジコアは、まだ……」 重く低い叫びと共に、フロスベルグモンはだらりと雪面に倒れ込むと、ペンモンまで退化し……ヘルガルモンも、ガジモンへと退化した。 「仕留め損ねた……?」 「防御が……間に合ったのよ……ギリギリで、死なずに済んだ……」 鳥谷部が倒れたペンモンに近づき、ゆっくりと抱き上げる。その手袋の染みと、そこから垂れ続ける血に、三幸は息を乱したまま、鳥谷部を見た。 「何をしたかは知りませんが、随分とあなたも無茶をするんですね」 「私にとってこの子は、子供だもの……親なら、このくらいするわよ」 「その親から子供を奪うような組織に居て、よくもそんな言葉をほざけますね!!」 三幸の怒りで歪んだ顔に俯きもせず、鳥谷部は無言のまま、デジヴァイスを操作し、鍵を取り出した。 「……私の娘はね、辱められた上に、殺されたの。 遺体は冬の川に投げ捨てられてね……この雪山よりも冷たくて暗い場所で、娘は死んだわ」 三幸の怒りが、一瞬止まった。 「だから、何をしてでもあいつらを地獄に落としてやると誓って……ひと屋に力を借りた。 仇討ちは終わったわ。人体実験がしたいデジモンに格安で買わせて、もう使えなくなったって」 鳥谷部はぶり返した恨みからの嘲笑で口元を歪めると、雪奈が歩み出た。 「……あなたに辛いことがあった事は分かりました。でもそれを理由に!」 「言って無かったわね。雪奈ちゃん。 私は今、社長さんの仇討ちの手伝いをしてるの……世界に対する、ね」 鳥谷部は雪奈からは顔を背け、雪面に鍵を突き刺して回すと、雪面はいつの間にか黒紫の渦となり、鳥谷部とペンモンはゆっくりと沈み始めた。 「覚えておいて。始まりが【愛情】でも【勇気】でも……人はそこから生まれた憎悪を取った瞬間、私みたいになり得るの。 多分、始まりが【奇跡】や【優しさ】だったりしても、同じよ」 我が事だけではなく、自分達に何かを告げるような声音で、鳥谷部とペンモンは静かに消えていった。 「何かあった人なのは分かった。だがな」 「ええ、とっくに道を違えた、許すべきではない人です」 僅かに目を動かし、逡巡はした様子の颯乃の言葉に、三幸は同調すると、雪奈もすぐに頷いた。 吹雪が、はっきりと弱まりだした。自分達は、勝った。それを考えた瞬間、三幸は全身の力が抜け、雪面から引っ張られたように座り込むと、雪奈と颯乃も同じように動いた。 「今聞くのも悪いが、あの人……いや、灰被りの城に居た連中は、何者だったんだ?」 颯乃の質問に、三幸はそのまま自分の知っている限りのひと屋の話をすると、彼女は顔を青ざめさせて「私、かなり危なかったのか……」と呟いた。 その呟きが聞こえたか、雪奈が杖を支えに何とか立ち上がると、目を潤ませながら颯乃に近づいた。 「だからさぁ……これ片桐くんや三幸ちゃんに聞いた時……ホントにどうしようって思ったのわたし……。 颯乃ちゃんに何かあった……らぁ……!」 「……ありがとう。本当に」 雪奈から差し出された手を受け取りゆっくりと立ち上がった颯乃を、とうとう感情の堰が切れた雪奈がわんわんと泣きながら抱き締めた。颯乃は、それに何も言わずに……いや、目をはっきりと潤ませた。 ああ、良かった。三幸は少し気まずい物を覚えながら、大量の安堵から自分の目に少し潤みを覚えた時、遠くから近づく何かを身構えると、馬車が二つ現れ、奥の場所から篤人が顔を出し……すぐ、引っ込めた。 そして三幸が声を上げる前に、手前の馬車から……ガラスの仮面とドレスを纏ったデジモンが現れ「全て終わりましたよ」と優しく告げ、手招きをした。 ──── 「犬童さん。勝ったんだね」 「ええ、皆様のおかげで」 外気で幾らか冷えるが、それでも温かい馬車の中で、篤人は三幸の隣で必死に優しそうな顔を作り、笑いかけた。 「でもごめんなさい。仕留めては」 「みんな無事だった、これ以上のことはないよ」 勇気の紋章を手に取りながら話す三幸は、少しだけ沈黙を挟み、顔を伏せたまま再び口を開いた、 「……本当に、死ぬかと、思いました。」 「……怖くて良いんだよ」 「いえ、今になって、そんな風に思い始めました」 三幸が、手を震わせて篤人の手を強く掴む。篤人は一瞬迷い、耳に熱を感じたまま、そのまま、何もしなかった。 「二回も死ぬ所でした。戦うのって、こんなに」 「そう、怖いんだ。僕も死ぬ所だった」 彼女の手の力と震えが、少しずつ強まり始めた。もう片手で、握り返してやるべきか。篤人は柄にもない逡巡をし、結局また、何もしなかった。 「でも僕は、戦いたい。怖くて、厳しくても 「篤人さん。この紋章の持ち主も戦う時、私と同じ気持ちになったのでしょうか」 三幸が、防寒具から勇気の紋章を取り出し、もう片手で握り締める。篤人は紋章と彼女の言葉で、小さな針を突き立てられたかのように胸を痛ませ、咄嗟に返せずに小さく呻き、沈黙してしまった。 「私、この紋章の持ち主みたいに」 「っ……うん。そうだった。火置さんも、怖くても、勇気を持って、戦っていた」 三幸の手を、反対の手で篤人は強く握った。それからすぐ、篤人は託させた勇気の重さを堪えるため、彼女から一瞬顔を背けた。 次回、エピローグと次の回の前準備