【婚活の日】 マスターの店に黄昏たオーラを出しながら二人の貴人が酒を飲み交わしていた。 「…陛下の王妃選びが全く進まん」 「ククッ…私もだ…」 ウァリトヒロイの王都大臣イーンボウと、サンク・マスグラード帝国の重臣ヴェイグロード。二人は上司の愚痴で大いに盛り上がっていた。 「普通に考えたらあり得んよな。一国の、それも大国の皇帝が嫁を貰わんどころか童貞を貫くとは!世継ぎ問題をなんと心得ておるか!」 以前直言したとき、レンハートから来た赤毛の少年に内心継ぎたいなー、というオーラが出まくってた時のことを思い出し、ヴェイグロードは一気に酒を煽った。 「ククッ…もういい年などに未だぴちぴちギャルなどと寝言を言う、女王の目を覚まさせるにはどうしたらいいか…」 イーンボウがテーブルに突っ伏した。直後、『なんならイーンボウちゃんのとこに嫁いでもいいのう!なーはっはっは』とシャレにならないことを言うティアの姿が脳裏に浮かんできて絶叫しながら立ち上がった。 「私はつらい、耐えられない!マスターウイスキーロックで!」 「私はレッドアイ!」 マスターは頷く。「お二人はまだここにいて政務はいいのですか」と聞く勇気はなかった。 【かずのこの日】 「今日はかずのこの日って知っとる?アナベラちゃん」 「知らない。…そもそも数の子ってなんか意味あったの?」 ジュダお手製の弁当に舌鼓を打つアナベラにニコニコしながらジュダが訊ねた。アナベラは弁当に入ってる数の子の佃煮に目を落とすも、これが何を意味するのか見当もつかなかった。 「ふふ、それは…子孫繫栄や」 ジュダの説明によると、子供の健やかな成長を願う5月5日の「こどもの日」に、子孫繁栄の縁起物でもあるかずの子が合わさったらしい。 「ちょっと待ってジュダお姉ちゃん、こどもの日はわかるけど、数の子が子孫繫栄って何なの?」 「数の子って魚の卵の塊やろ?だからや」 「なぁんだ…」 クスクス笑うアナベラに、ジュダが思いがけない質問をした。 「アナベラちゃんは、誰か子孫繫栄のお相手となりたい殿方はおるん?」 「ええ!?」 ボッとアナベラの顔が赤く染まった。その反応に手ごたえありとみたジュダの顔がぱあっと輝く。 「ふふっ…いるんやね、好きな殿方が。誰?ウチも知っとるお人?」 「え、えーとね…」 アタフタしながらアナベラが脳をフル稼働させる。やっとのことで平静を取り戻したアナベラが逆襲に転じた。 「じ、じゃあそうゆうのは年長のジュダお姉ちゃんから言うべきでしょ!」 「えっ!」 ジュダが軽く仰け反った。いつもの微笑は崩れてないものの、よく見たら軽く頬が赤く染まっている。それを見たアナベラが追撃に転じた。 「お、おんよウチには」 「嘘だねジュダお姉ちゃん。やっぱ、あの大楯のパラディンさん?」 (そうやった!アナベラちゃんには誤魔化しが効かないんやった!) 確かに脳裏に浮かんだのはクリストのおくゆかしい笑み。形勢の不利を察したジュダは白旗を上げた。 「堪忍や!揶揄ったのは謝るさかい、そこらで許してくれるとありがたいなあ」 「ふふ、はーい」 ニコニコ笑いながら数の子の佃煮をフォークで突き刺すアナベラに、ホッと一息つくジュダであった。 (危ない危ない、お兄ちゃんの子が欲しいなんて言ったら流石のジュダお姉ちゃんもびっくりだよね) 佃煮を口にしながらアナベラが淫蕩な笑みを浮かべる。幸いなことに、頭からクリストの姿を消そうと四苦八苦するジュダが彼女の顔に気づくことはなかった。 【こどもの日】 ① 高さ666メートルを誇るサカエトルの高層ビル、魔ンドラークタワーのスカイガーデンにドアンはフレイとクロウを連れて訪れていた。 「うわっ高いね!」 「ああ、高さ666メートルもある超高層ビルだから壮観だな」 窓ガラスから興味深々な顔で風景を見渡していたフレイが、何かに気づいた顔で恐る恐るドアンの方を振り返った。 「あの、お金は…」 「ああ、気にすないでいいさ」 パンフレットにペンで何か書き記しながらクロウが事もなげに言う。 「今日は気にしないでいい。俺からのボーナスみたいなもんだ」 「ホント!?」 笑顔でドアンが頷くと、パッと顔を輝かせてフレイが再び窓の外に目を移す。フレイの注意が完全に風景に移ったことを確認したドアンが合図を送ると、クロウはパンフレットの「子ども割」のあるスポットに再びマークを入れ始めた。 「アリシアには内緒な」 「うん!」 その後、ドアンが自分に無断で子ども割使ってたことに気づいたフレイが「僕は一人前の冒険者だ!」と憤慨。 ドアンとクロウはアリシアに雷を落とされ、平身低頭してフレイに詫びることとなった。 ② 「あっ、ラーバル殿下ーーー!!」 ラーバルの姿を見かけたサンク・マスグラード帝国治安部隊士官、猛火のセルツエが、彼の下に駆け寄った。 「どうですかっ!?ジーニャちゃんとの進展は!?」 「は、はぁ…」 ラーバルは苦笑いを浮かべた。 「あいつとは、なにもないですよ。大切な戦友で、そしてライバルです。……今のところは」 「……はぁぁぁ」 セルツエが大きくため息を吐いた。 「駄目ですよ!殿下とジーニャちゃんはお似合なんですから!もっと強くいかないと!」 「……失ってからじゃ、なにもかも遅いんだから」 セルツエが小さく発した呟き。その言葉の意味を、彼女の目の奥に宿る意味を気づいたラーバルは姿勢を改め、確りとセルツエに言葉をかけた。 「俺が、訓練期間を終える時、どんな未来が待ってるかもわからないけど、……でも、確りとジーニャには自分の想いを伝えます」 「もしかしたら、断られるかもしれないけど…。それも、仕方ないと受け入れてみせます。アイツには、この国の立派な兵になって国を支えるというカッコいい夢があるんだから」 その光景が頭をよぎったラーバルは暫し俯くが、きっ、と顔を上げると再びセルツエの目をしっかりと見据える。 「でも、その時はしっかりと諦めて国を出ます。…だってアイツには、命令とか使命とかではなく、ジーニャの意思で俺の隣に歩んでほしいと思ってますから」 思いを打ち明けたラーバルが一息つく。ところが、セルツエの反応がないことにラーバルの脳裏に(カッコつけすぎたか?)と不安が芽生える。 「あ、あの「ラーバル殿下!!」おわっ!?」 セルツエがラーバルをがしっと抱きしめた。彼女の豊かな胸に顔が埋まって慌てるラーバルだが、セルツエの体が震えてることに気づき動きを止めた。 「殿下は…あなたは、偉いよ。まだ子供なのにさっ…眩しいよっ…」 ラーバルにはセルツエの過去も、苦しみも知らない。ただ彼女の想いを感じ「はい」と応じる。 「あなたなら、あの子を幸せにできる。きっと。ジーニャちゃんを幸せにできる。他人の気持ちを思いやれるあなたならきっと……頼むよ。ジーニャちゃんをしっかりと頼むよ。失ってからじゃ遅いんだからさ……。そう、失ってからじゃ……」 【真田信繁忌】 イザクリ城の落城は間近。敵将、ボーリャックの名采配により城方の旗色は刻一刻と悪化しており、最早一刻の猶予もなかった。 「もう…!あの時のジュダの判断がなければ…!ごめんクリスト…!」 「言っても詮ないことですイザベラ様…」 口惜しがるイザベラをクリストは宥める。勝てる戦だったのに城主のジュダは早々に降伏を決めた。和平の使者に訪れたイザベル(妹)と、城側の交渉役ギルの和睦案によると、イザクリ城の外堀を埋めればそれでよしとのことだった。 ところかなんとしたことだろう。瞬く間にイザクリ城の内堀までボーリャックの兵は埋めにかかった。奉行役のマーリンに抗議しても「おや、お二人の結婚報告の話ですかな(笑)」と取り合ってもらえず、その間にも埋め立ては進み、もはや城は丸裸となっていた。 「このまま城を枕に討ち死にするよりも、僕は最後の突撃でボーリャックの首を狙います」 「クリスト、お供します」 共に馬に跨ると城門に二人は馬を進める。槍を腋に抱えたクリストが城門を開城させると、声の限り叫んだ。 「目指す首はボーリャックただ一人!気ぶりと称してハラスメントの限りを尽くす悪党どもに目にもの見せてやろうぞ!」 【童画の日】 ギャンと買いだしに商店街を訪れていたサトーが足を止めた。視線の先には書店の前でイベントが行われていた。どうやら今日は童画の日らしく、様々な絵本があった。 「絵本か…懐かしいな」 手に取ってパラパラと眺める。本の中の可愛らしい絵柄とストーリーに、ついサトーの頬が緩む。 「懐かしいですね、ギャンさん」 「…ああ、懐かしいな」 ギャンがサトーの横に並び、本を手に取って佇む。その横顔を見た時、サトーは己の浅慮を後悔した。 「──もっといっぱい、読んであげたらよかったな。こういうの」 サトーにとって"懐かしい"とは自分の幼かった時の事。だが、ギャンにとって"懐かしい"とは── 「ねー、おじちゃん、その本面白いー?」 下から声を掛けられてギャンとサトーが各々の物思いから我に返った。下を見ると、小さな女の子がギャンを見上げていた。 「…ああ、面白かったぞ。一度読んでみな嬢ちゃん」 「わーい!」 ギャンから本を受け取った女の子は目をキラキラさせて絵本を読み始める。暫く少女を見守っていたギャンが、やがてサトーの方を振り向いた。 「こういう市民たちを護るために俺たちがいるんだ…だろ?」 「…はい!」 【謎解きの日】 「誰もがそれはどう工夫しても食えぬという、さて何ぞよ?」 「"食えない奴"ですね。煮ても焼いても食えぬ、と申しますから」 トットリアの商人、ナイルが爽やかに答えると玉座に腰を掛けた女王ネフェルパトラが鷹揚に頷いた。 「うむ、見事ぞよ!これで9問連続正解!褒めて取らすぞ!」 「やったぁ!」 「ナゾトキトイウカ、コトワザジャナイノ?」 片膝を付きガッツポーズをする少年を見ながら女王は妖艶に微笑む。ナイルの鞄の言葉は優雅にスルーした。 「残すはあと一問、これがとけたら一つお主の願いを何でも聞いてやろうぞな」 玉座から腰を上げたネフェルパトラが優雅な足取りでナイルの前まで歩み進む。ハッとして顔を上げた少年の顔に手を当て、ネフェルパトラはゾッとするほど艶やかな声でナイルに話しかけた。 「第10問。目が4」 ネフェルパトラの指が、ナイルの目元を撫でた。 「鼻は9」 ネフェルパトラの指がなぞる様に下に移り、今度はナイルの鼻に触れた。 最後に、真っ赤に染まったナイルの両耳の耳たぶを両手で掴むと、ネフェルパトラは妖艶に少年に微笑んだ。 「では、耳の数字はなんぞな?」 【母の日】 「げっ」 「うわぁ…」 とある理由でレンハート国境近くにまで戻ってきたラーバルは鉢合わせした少女を見て、思い切りげんなりした顔をした。よく見れば向こうもいや~な顔をしている。 「何で、ここにいんだよハナコ」 「ハナコ言うな!我はアズライールだ!」 「えっ、それまだやってんの?ダサくないか?」 「アンタにっ言われたくはないわぁ!」 黙っていれば美少年と美少女の二人が、なんとも騒がしく喚き合うこと数分。肩で息をしながら睨みあっていたが、同時にプイと顔を背けた。苦い顔で眺めてハナコを見ていたラーバルが、ふとハナコの手にある花束に気づいた。 「それ、カーネーションか…?」 「あ、うん…」 納得したラーバルが頷くと、手に持ってる紙袋から花束を取り出し、ハナコに見せる。 「俺と、同じなんだろ?戻る理由は」 ラーバルが持っているもの、それは彼女と同じ赤いカーネーションだった。 「ふん、反抗期拗らせてたアンタが殊勝にも親孝行とはね」 「まあ、な。色々、思う所があってな」 道脇の石に並んで腰かけ、草原を眺めながら二人は近況を報告し合う。 「国を出てから、親父ってスゲーんだなって気づいたりとか」 行く先々で聞く父の世代の武功話。荒廃した国を見て気づかされた王としての父の偉大さ。井の中の蛙は大海を知り、大きく成長しようとしていた。 「私も、気づいた。この世には、私なんかよりも、凄くて、強くて、悲しくて、色んな思いを抱えながら活躍している人が大勢いるって」 手の平を見つめながらハナコが話す。色んな人と接し、ぶつかり、共に戦い…。様々な出会いと、闘いの日々が、彼女を大きく変えようとしていた。 「それで俺は気づいた」 「私も」 ラーバルとハナコが見つめ合ういっせーの、と二人一緒に言うと同時に叫んだ。 「「親孝行はできるうちにしとけ」」 数秒の沈黙のあと、二人は同時に吹き出した。 「ぷっ、ククク…!まじか!」 「あっはははっ!一語一句被る!?フツー」 ラーバルが腹を抱えて笑えば、ハナコも両手で口を押えて、体をくの字に曲げている。暫く笑い終わった二人はどちらかともなく見つめ合うと、共に微笑んだ。 「帰るか、俺たちの国に」 「うん!」 【スカイプロポーズの日】 5/10の記念日には、スカイプロポーズの日というのがあるらしい。 ヘルマリィ所有のヘリコプター、『ヘルコプター』にスカイダイビングの装備を身に着けたイザベルが搭乗していた。 「イザベル、無礼は承知だけど、本当に貴女は告白する人が…」 ヘルコプターを操縦するヘルマリィがイザベルの方を振り返る。装備の確認をするイザベルが彼女の視線に気づくと、ニヤリと笑った。 「ええ、たくさん」 「たくさん!?」 ヘルコプターから飛び降りたイザベルを眺めながら、呆然とヘルマリィは呟いた。 「イザベル、貴女随分と積極的な人なんですね…」 「まずクリスト!さっさとイザベラ殿を嫁に貰え!マーリンと衆道疑惑が出てきてるぞ!あとボーリャックは討つからな!」 「次ギル!『全て終わったら棺を墓標に』と言ってたけど棺は埋めるもんだぞ!」 「コージン!第一王子の立場にケジメも付けない癖に、弟の恋路や進路に口出すのはどうかと思うぞ!」 「最後ヘルマリィ殿!貴女の恋愛知識の情報源が、実は寝室の本棚の奥に収容してる恋愛漫画なの知ってます!」 見事告白を終え、無事地面に着地したイザベルは、それはそれは清々しい笑みを浮かべていた。 【旅の日】 ① 「ああ、スプドラートか。確かに店にいるよ」 "あなた"が訊ねるとマスターは店の端のテーブル席を指さした。 その男は確かにそこにいた。明らかに尋常の者ではない強者のオーラと、この世の全ての罪を背負っているかのような沈痛な表情で、ジョッキを傾けていた。 "あなた"は彼の座っているテーブルの前に立ち、相席していいか尋ねた。スプドラートは無言で"あなた"に顔を向けた。 「…俺を、雇いたいのか?」 ▶はい "あなた"は必死に身の上を話す。自分が勇者の使命を背負いし者であること、まだ駆け出しの冒険者で資金も信頼もない身であるが、世界のために力を貸してほしいこと…。 「勇者、か」 光のない目でスプドラートは嗤った。なぜか、"あなた"はその目が悲しいと感じた。 「ひとつ、聞く。お前は、世界のためなら、死ぬ覚悟はあるか?」 "あなた"の目を見据えてスプドラートは問いかけた。その気迫に"あなた"の身が硬直する。十数秒、だが永遠にも感じられるような沈黙のあと、"あなた"は確りとスプドラートの目を見て答えた。 ▶はい 「…そうか、なら、俺もお前の旅に加わろう…。俺などでも役に立てるのならな」 ② 城内は騒然としていた。勇者一行が魔王城に乗り込んだ。 魔王城の城兵は当然ながら魔王軍のなかでも選りすぐりの精鋭揃い。それでも勇者を斃したとの報は未だエビルソードの所には届かない。 それ事態が、勇者たちの実力の高さを物語っていた。 エビルソードは微動だにせず、魔王城最奥──モラレルの居る最深部へと続く大扉の前に立ち続ける。 「来たか。待ちわびたぞ」 複数の足音が迫ってくる。エビルソードが兜の奥で目を細めた。 「エビルソード…カンラークの仇、お前を討つ」 勇者一行の中から一人の男が前に進み出た。ボーリャックだった。エビルソードが、微かに笑う。 「長い、旅路だった。そう思わないか」 ボーリャックが一瞬、戸惑いの顔を浮かべた。 「旅、か…そうかもな」 エビルソードが剣を抜く。その圧倒的な強者のみが持つ威容に、一行の何名かは無意識に唾を飲みこんだ。 「こい。魔王軍に立ち向かう戦士たちよ。カンラークの生き残りの強者たちよ」 「神よ…我らに力を!」 ボーリャックの掛け声を合図に一行は各々の武器を構え、或いは魔法を詠唱する。ここに、四天王・エビルソードと、勇者ボーリャックの、最後の死闘が始まった。 【性交禁忌の日】 「クリスト…今ならヴリッグズとジュダもいないし…ね?」 宿のベッドに腰かけたイザベラが妖艶な顔でクリストを誘った。その普段の勇者の凛々しい姿とは全く違う、自分だけが知っている"女"のイザベラの表情にクリストの理性が揺さぶられる。だが、瞬時に理性を立て直したクリストは首を横に振った。 「駄目です。今日は控えましょう」 とたんにイザベラは頬を膨らませて抗議する。 「なんで?」 「今日は性交禁忌の日なのです」 ベンケイから聞いた東の地方の言い伝えで、5月16日に性行為をすると3年以内に死ぬ。というのだ。 「ジュダからそんな話聞いてないのに…」 「というわけで、これくらいで我慢してください」 不平気なイザベラの隣に腰を降ろすと、クリストはイザベラの腰を抱き寄せた。こてん、とイザベラがクリストの肩に頭を乗せる。クリストがイザベラの艶やかな黒髪を優しく撫でる。 無言で髪をクリストに撫でられていたイザベラが、ふと訊ねた。 「クリストは、エッチは苦手?」 「姦淫に走るべからず、聖都の教えです、が…」 クリストが、不安げな顔を浮かべるイザベラを抱きしめ微笑んだ。 「イザベラ様との愛の営みは好きです」 【お茶漬けの日】 「なんだぁ?またおにぎりか」 旅の途中のお昼時、石に腰降ろして包みを開いたマーリンの言葉に、相方のハルナはピクリと眉を吊り上げた。 「何よジャック、文句ある?」 「文句ある訳じゃねぇ。お前の握る握り飯は美味えし。でもな…」 「三日連続はなぁ」とマーリンが呟くと、ハルナも言葉に詰まった。 「仕方ないでしょ、近くに町なんてないんだし贅沢は言わない」 「まあ、な。でもなぁ…」 腕を組んで考え込んでいたマーリンが、ぽんと手を叩いた。 「カゲツ、水筒貸してくれ」 「お椀にお茶を入れて、おにぎりを崩せば…茶漬けの出来上がりだ!」 美味そうに即席のお茶漬けを食べ始めるマーリン。ハルナはそんな彼の思考の柔軟さに、呆れと、感心が入り混じった表情を浮かべている。 「はぁ…、梅干しか塩の追加いる?」 「いやいらねえ。握り飯の具があるし、それに…握り飯の塩だけで十分だ。お前、やっぱおにぎり作るの上手いよな」 あっそ、とハルナが顔を背ける。素っ気ない態度とは裏腹に、そっぽを向いたハルナの耳が赤くなっているのを目ざといマーリンは見逃すはずもなく。 「カゲツ。お前、テレてる?」 マーリンの頭にハルナの苦無が刺さった。 「痛てぇぇぇぇ!」 大地を転がりまわるマーリンをハルナが睨みつける。 「ふん!このバカジャック!」 罵倒とともに驚異的な跳躍で、瞬く間にハルナは姿を消した。 ブツブツ言いながら頭から苦無を抜いて薬草を当てていたマーリンだが、やがてニヤニヤ笑いだした。 「フッフッフ…あいつの顔、トマトみてぇに真っ赤だったな」 その頃、ハルナは木の枝の上で頭を抱えていた。 「アイツは詐欺師アイツは詐欺師アイツは詐欺師…!」 幾ら念仏のように唱えても、熱を持った顔は容易に冷えてはくれない。まさか、隠密だった自分があんな小悪党の言葉に心乱されるなんて。 「「今夜はどう復讐してやろうか」」 同じタイミングで、全く同じ言葉をマーリンはほくそ笑んで、ハルナは赤ら顔で言った。どっちの言葉が正しかったかは…神のみぞ知る。 【減塩の日】 サカエトル警察署内で、何やら考え込んでいる様子の王都警察刑事、ジャスティン・セカンドが、偶々見かけたダテイワを呼んで訊ねた。 「なんか、ギャンの奴萎びてねぇか?」 「…へえ?アイツがぁ。ヒヒヒ…」 「お、おう。何か覇気がないというか。いや普段も飄々とした奴なんだが、何か目が死んでるというか」 なぜかニヤニヤ笑いだしたダテイワに引きながら、ジャスティンはギャンの様子を話す。その時背後から交通安全課課長、ハルノが声を掛けてきた。 「なんか言ってたかい?食いもんのこととか!」 「おおっ?そ、そうだな…」 急な登場に驚きながらもジャスティンは昨日のギャンの様子を思い浮かべる。 「あ、そういえば…『ラーメン食いてぇ…』とか呟いてたっけ」 「「ぶふっ」」 ダテイワとハルノが途端に吹き出した。 「管理されてるなアイツ、完璧によぉ」 「ふふ、いいことじゃないか」 何とかにやけ顔を抑えようとするダテイワと、笑いすぎて流れ出た涙を拭いているハルノ。一人会話についていけず、頭に?マークを浮かべるジャスティンであった。 「なあサトー…もう減塩はいいんじゃねぇか…?」 「次の健康診断までは続行します!」 【推し活の日】 「お姉様ガチ勢…ですか…?」 あなたから言われた言葉にオトー・コギラウィンは首をかしげる。確かにネーサ・マオへの敬慕なら、世界の誰にも負けない自信はある。だが、現在ネーサをめぐる最大のライバルであるあなたの意図が読めなかった。 あなたは手を振って説明をした。今日、5/20はガチ勢の日で、様々なガチ勢を応援する日らしい。 「なるほど…ようやくあなたがここに連れてきた意図が読めました」 二人がいる場所はサカエトルでも若い人の間で人気な喫茶店。店一番人気のチョコケーキを口に運びながらオトーは何度も頷く。 「つまり…、あなたはとうとう私への敗北を悟り、お姉さまへの毒牙を納める決意をしたのですね!」 バーンッ、と擬音が舞いそうな勢いで得意満面に指を向けるオトー。ズルッとあなたは椅子から滑り落ちかけた。 「違うのですか!?はっ、まさか…私を篭絡してお姉さま攻略への足掛かりするつもりですね!」 "違う!"と堪らずあなたは叫んだ。店内の店員や客からの視線が痛いが最早気にする余裕はなかった。 「ネーサガチ勢のオトーを応援しようと…?そ、それはどうも…」 頬を赤らめたオトーがコホンと可愛らしい咳をした。 「では、あなたに私がどれだけお姉さまを敬愛してるか、今日はご教授してあげましょうか!」 店員に紅茶と菓子のお代わりを注文すると、オトーは勢いよくネーサへの想いをまくしたて始める。それはネーサとの出会い(誇張あり)から始まり、ネーサの強さ、活躍、人望と話題はとめどなく続いていく。 それにしてもなんとも表情豊かな顔だろうと、あなたはコーヒーを飲みながら思った。ネーサが強敵と対峙した時を語るオトーの緊迫感に溢れた顔はこちらも緊張感を覚えるし、ネーサの無双を語る時は目がキラキラ輝いてるよう。妹分たちへの気配りを語る時の感極まった顔も何とも可愛らしい。 そんなことを考えてたあなたは、ふとオトーが頬を膨らませていることに気づいた。 「ちょっとぉ…ちゃんと聞いてます?今まさにお姉さまがS級に昇格した時の激エモエピソードに入ったんですが」 あなたは慌てて頭を下げ、ネーサを語る時のオトーの顔が何とも表情豊かで、見とれてしまってたことを告げ、詫びる。 すると途端にオトーの顔が真っ赤に染まっていった。 「ああ、怒らせてしまったか」と、心中で嘆息するあなたであった。 【ホゴネコの日】 「死ねぇぇぇぇぇ!!お姉さまの敵ぃぃぃ!!」 オトーの飛び蹴りをあなたはイナバウアーで華麗に躱した。地面に着地したオトーが振り向くと即座にあなたの背に貫手を叩きこむ。身を捻って躱したあなたがオトーの腕を掴んだ。 至近距離であなたとオトーが睨みあう。一瞬、お互いの吐く息が交差した。 「今まで手加減していましたがもう容赦しません!今日があなたの命日です!」 "今まで手加減してたのか。道理で弱かったわけだ"と貴方が鼻で笑うと、ぎりっとオトーが歯ぎしりした。 二人同時に飛び退くと、オトーは愛用のナイフを、あなたは剣を構える。睨みあうこと数秒。同時に両者は駆け出しお互いの獲物がぶつかり合う。 二振りのナイフと剣が激しくぶつかり合い、そのたびに火花が散り、焦げた匂いが立ち上る。 知らず知らずのうちにあなたの口に笑みが浮かぶ。一方のオトーの口からも、楽し気な笑い声が漏れる。 「腕を上げましたね!お姉さまには遠く及びませんが!」 「"お前も、強くなったな"…?お、大きなお世話です!」 「…クラックラ、あの二人はどうしてこうなってるの?」 「今日がホゴネコの日だからとあの人がオトーを揶揄いまして」 【禁煙の日】 間違いない。ギャンはサトーの様子から一つの確信に辿り着いた。 思えば数々の予兆はあった。サトーがカレンダーをじーっと眺めている姿を見た時ギャンは背中にヒヤリとしたものを覚えた。 サトーが新聞のチラシを見ながら「ミント…」と呟いたのを確かにギャンは耳にした。 珍しくサトーがガムを購入した。しかもミント味を。 そして今日5月22日。ギャンにとっては忌まわしき禁煙の日。買い出しの途中のサトーが、薬局を見つめたまま何やら考え込んでる。 (間違いねぇ!サトーは…俺に禁煙させようとしている!) サトーがギャンに振り向く。それを見た瞬間ギャンの口は反射的に動いていた。 「ねえ、漢方薬」「禁煙はしねえからな!」 「「……は?」」 サトーとギャンが、見つめ合ったまま呆然とすること数秒。ギャンが強張った口をこじ開けて、頭にクエスチョンマークを浮かべてるサトーに尋ねた。 「…漢方薬?」 「はい、低気圧の季節になったので五苓散はいいかなと思いまして」 「…カレンダー見つめてただろ?」 「はい、もう衣替えかなって思って」 「禁煙の日だから、じゃないのか?」 「へえ、そんな日あったんですか。知らなかったです」 「ミント、関心しめしてなかったか?ガムとか」 「ああ、あれは…チョコミントアイスって美味しいって聞くじゃないですか。食わず嫌いで避けてたけど試してもいいかなって」 「…じゃあ、ガムは」 「ガムって口臭ケアになるって言うじゃないですか?煙草よく吸うギャンさんにいいかなって」 ギャンは思いっきり脱力し、手を膝の上に置いた。脱力感と共に安堵感が訪れ、盛大なため息をギャンは吐いた。 「んだよ、俺はてっきり…」 「てっきり、なんですか?」 ギャンの体が強張る。ギギギ…と恐る恐るギャンが顔を上げると、そこにはニッコリと笑った、ただし目にははっきりと怒りの炎を燃やすサトーがいた。 「どうやら、よ~~~っっっく話し合いしないといけないようですね。ギャンさん」 「あ、いや。その」 後ずさるギャンの腕をサトーがガシッと掴んだ。 「いい機会です。ついでに禁煙グッズについても見て回りましょうか……嫌とは言わせませんよ?」 【百人一首の日】 ① 「ギル…?」 寝ぼけまなこを擦りながら、気怠い体を上半身だけ起こしてハナコは辺りを見渡す。カーテンをそっとずらすと外はまだほの暗く、どうやら今は早朝らしい。 「いないか…」 では昨晩のあの濃密な時間も、彼との初めて一つになれた時間も己に都合のいい夢だったのでは。そんな考えが湧き出てブルッとハナコは体を震わす。 ここでハナコは気づく。なぜこんなに寒いのかと。 「…あっ」 ランプの明かりをつけたハナコは赤面した。自らの体中に残るギルの跡に気づいたからだ。ベッドの乱れも彼との浅瀬を雄弁に物語っている。 「帰っちゃったか、アイツ」 若干の落胆をハナコは覚えた。ギルがノンデリ男だとはとうの昔に気づいている。でも、朝チュンシチュというものへの憧れもあったのだ。 ハナコだって恋する乙女なのた。 ふと、ハルナやジュダとかるた大会した時の一つの短歌がハナコの脳裏に浮かび上がった。目を閉じ、胸に手を当ててハナコは口を開く。 「長からむ 心もしらず 黒髪の みだれてけさは 物をこそ思へ」 艶やかな黒髪を撫でながらハナコは詠む。恋人のつれなさへの、長い黒髪が乱れるように不安な心情を読み上げた東の国の詩を。 「全く…とんだ冷たい男へ惚れちゃったわね。私も」 「どうやら、お前の仲では俺は相当な屑男らしいな」 ガチャリと扉を開き、慌てて振り向けばそこには帰った筈のギルが現れ、文字通りハナコは驚愕で飛び上がった。 「ギ、ギル!?帰ったんじゃ!?」 ハナコの言葉にギルが眉を顰めた。 (あ、昔のギルの顔だ) ちょっとだけハナコは得した気分になった。 「…手洗いに行ってきただけだ。それより」 「あ、きゃっ」 ギルがベッドに片足を乗っけるとハナコを軽く小突いた。急なことで対応できず仰向けに転がれば、ハナコの若く瑞々しい裸体が露になった。 「…俺がそんな甲斐性なしだと?これは仕置が必要だな」 「へえ、やってみなさいよ」 挑発的に笑いながらハナコが両手を前に出すと、ベッドに上がり己の上に被さったギルの首に回した。ギルがハナコの首筋を舐めるとハナコが可愛らしい嬌声を上げた。 「フッ、覚悟しとけ。アズライール」 「親衛隊メイド舐めんな。覚悟するのはあんたの方よギル。あとアズライールゆーな!」 ② 「あ~~~~!!もう!!」 ハルナは不機嫌だった。ギルドの訓練ルームで片っ端に的を苦無で穴だらけにしながら何度目かわからない絶叫をあげた。 『マーリンと付き合ってるってホント!?』『結婚秒読みって聞いたけどホントに!?あのマーリンと!?』 「どうしてこうなった!」 全力で最後の苦無を投げ、的を粉々に粉砕したハルナは肩で息をしながら呻く。 (何もかんも馬鹿マーリンが悪い。ホントに、ホントにほんっとうに…) 「何で付き合ってんのバレちゃったのよぉ…」 充血した顔を両手で覆う。恐らくこの熱さは体を動かしただけではないはず。 「恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか……ってか?」 「うるさい馬鹿マーリン」 後ろを振り向けば人を小ばかにしたような笑みを浮かべてマーリンが腕を組んで立っていた。 「隠密が噂に振り回されてどうする。こんなの気にしたほうが負けだ」 「あんたは少しは気にしろ!当事者だろうが!」 「それもそうか」と笑いながらマーリンがハルナの頭を撫でる。誤魔化されまいと念じながらもその手を振り払う気になれない己がハルナは恨めしかった。 ③ 「お姉ちゃん、本当にいいの…?」 イザベルの案じるような声にイザベラは笑って頷いた。何か言いたげなイザベルだったが、結局はそれ以上は問うことはしなかった。 『イザベラさま、今までありがとうございました。貴女と共に旅を出来て良かったと心から思ってます』 魔王モラレルを倒した。聖都を解放した。そして、イザベラは妹が生きていることを知り、何度も追いかけ、訴え、イザベルと再び共に過ごせる日々を取り戻すことができた。 「これでいいの。何もかも、これで…」 イザベルに、というより己自身に言い聞かせるように呟いた声は、微かに哀切な響きを伴っているようにイザベルには思えた。 「クリスト…おめえ、これでいいのか?」 「はい、これがイザベラ様のために最善と思ってます」 聖都の復興のためにクリストはカンラークに残ることを選んだ。イザベラは自分よりもイザベルと過ごす時間を大切にした方がいいと思っての事だった。 「お前、イザベラに…」 「それ以上言うな」とクリストが首を横に振れば、ジャンクも渋々矛を収めた。二人が納得したことならもう彼女がとやかく言えることではない。 「今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを」 クリストは空を見上げながら詠む。その目に浮かぶは自分に全幅の信頼を置き続けてくれた漆黒の勇者の姿。 「人づてならで いふよしもがな」 イザベラは歩き続けながら詠む。わが身を顧みぬイザベラを護り続けた一人の大楯を持つ聖騎士の姿を思い浮かべながら。 【ドラゴンクエストの日】 「たんた たんたんたんたんたん たー たーたたーた たたたたったー」 旅の仲間のユーコが口ずさむ、その日本人なら誰もが知っている音楽にハルカが目を剥いた。「まさか」と思わず声が出たが、幸いなことにその声はユーコに届くことはなかった。 「たんたたーたーたーたー たたたたー たたーたーたーたーたーたー」 間違いない、ハルカの疑惑は確信へと至った。震える声でハルカはユーコのリズムに合わせる形で歌を奏で始めた。 「たーーん たたたーたーたーたーたー たーーんたたたーたーたーたーたー」 ユーコがバッとハルカの方を振り向いた。その顔は驚愕で目が見開かれている。 「……たーん たたたたーー」 「たんたたーたーんたー……」 ハルカとユーコの歌が重なる。ほんのわずかな時間の、だが二人にとっては記念日といってもいい重要なデュエットが終わった。 「……貴女もこの曲を知ってたんですね」 笑ってユーコにそう告げたハルカの目から一筋の涙が零れた。 「あ、あのっもしや、あなたはっ」 極度の緊張と期待、そして不安でどもりながらユーコがハルカの両肩を掴む。 「……ドラゴンクエストを。知ってますか!?」 「…はい!!」 【ごみゼロの日】 ギルは激怒した。 棺の中の武器、防具、アイテム、酒、つまみ、ハナコが放り入れたおやつ。そしてギルが愛読していたパイルバンカーのパンフレットをメトリに「今日はゴミの日ですから」と整理されたのだ。 「酷いと思わないか?イザベル…」 「ああ、思うぞ」 マスターの店のカウンター席でいい感じに出来上がっているギルの愚痴を聞きながら、イザベルはハイボールを喉に流し込む。 「私も、ヘルマ、雇い主に酷い目に合わされてな」 『いい加減使わないいい感じの剣買うのはやめなさい』 青筋を立てた(青肌だけに)ヘルマリィにイザベルが収集しては資料室に保管しておいた、イザベルの剣をなんとまとめて銀行送りにされてしまったのだ! 「錬金釜で作った剣と市販の剣は性能は同じでも全く別物だというものをわかってくれないのだ!あの方は!」 「わかる、わかるぞ…!」 パイルバンカーのパンフレットを握りしめたギルが熱く頷く。 「女子供にはまだ武器の細かい差異の大切さをわからんものだな」 「フフッ……ところでギル、私も女なのだが」 「?…お前はメスはメスでもメスゴリラだろ」 直後、マスターの店の天井にギルが突き刺さった。 【自助の日】 「オレもゴブリン。テメェの頭の悪さくらいつくづく実感してるけどよ」 路地裏に身を潜ませ追っての姿がないことを確認すると、ヴリッグズは笑い声をあげた。 「それでもお前さんの馬鹿さには負けたぜ?ええ?」 話を振られたぬすっとゴブリンは、暗く濁った眼で一瞬ヴリッグズを見つめたが、また俯いた。 「俺が悪いんだ。俺が」 その続きを言うことはできなかった。ヴリッグズがぬすっとゴブリンの頬を思い切り張り飛ばした。 「いい加減にしろよテメェ」 ぬすっとゴブリンのローブを掴んで立ち上がらせると、ヴリッグズはドスの効いた声をあげた。 「人様の荷物盗もうとしたんだ。両手両足へし折ってやってもいいんだぜ。…だが、納得いかねぇ」 ヴリッグズがぬすっとゴブリンの盗んだもの──ポーションを持ち上げた。 「ポーションは魔法を使えなければ用はねえ。俺のような魔法剣士ならともかくお前じゃなあ。…何で盗もうと思った?換金か?財布を狙わずに?」 その時、ぬすっとゴブリンの目に初めて感情が籠った。 「お前にはわからねえ。お前のような勝ち組に、俺の気持ちがわかってたまるか!」 ヴリッグズはさも可笑し気に嗤う。 「へえ、俺にはわからねえか」 ぬすっとゴブリンが涙にぬれた目でヴリッグズを睨む。 「魔法剣士のゴブリンなんて聞いたことがねえ。天才のテメェに俺たち馬鹿なゴブリンの気持ちがわかってたまるか」 「天才?俺が?」 呆れてヴリッグズが聞き返すとぬすっとゴブリンは何度も頷いた。 「馬鹿言うな。俺が天才なもんか」 ヴリッグズにとって天才とはイザベラであり、クリストでありジュダであって、三人がヴリッグズにとっての目標だった。 ヴリッグズが魔法剣士に至ったのも彼等のサポートと、何より仲間達に置いていかれたくないヴリッグズの血の滲むような努力があったからに他ならない。 「それをなんだ?俺が天才?自分の惨めさを他人にぶつけてんじゃねえ!」 吐き捨てるように告げるとヴリッグズはぬすっとゴブリンを突き飛ばす。仰向けに転がったぬすっとゴブリンをヴリッグズが見下ろした。 「お前はどうなりたい」 「おれ、が?」 「悪党の使いッ走りの鉄砲玉で終わるか。それとも一発逆転で生まれ変わる決心するか。決めるのはお前次第だ。よーく考えな」 そう告げ笑ったヴリッグズを、ぬすっとゴブリンは眩しいものでも見るような目で見上げていた。 【リードオルガンの日】 「アル=コール…?」 二日酔いの頭痛に呻きながらスプドラートは身を起こした。自分にこの痛みを与えた相方のアル=コールは今は不在らしい、 とりあえず適当に置いてあったシャツとズボンを無造作に掴んで着ると、スプドラートは寝室から出た。 「アル=コー…」 スプドラートは呼びかけようとした口を閉ざした。彼の目の前には宿屋のロビーに置かれたリードオルガンを無心に弾くアル=コールの姿があった。 『聖なる水が足りない…うえぇ』 まるで医療センター送りにされるアル中患者のような、普段の聖水不足の彼女でなく、 『ハァッ!…どうやらこれで終わりのようです』 優れた戦闘能力を持つ、スプドラートの相方を務められる凄腕の冒険者でもなく、そこにあるのは敬虔なシスターの姿だった。 「…いつまでそこに立っているのですか?スプドラート」 音楽を弾き終えたアル=コールが立ち上がると振り返る。その姿に神聖なものを感じ、スプドラートは一瞬言葉を失った。 「…いや、聞き入っていた。…何という曲だ?」 「管弦楽組曲第3番……G線上のアリアと言った方がわかりやすいでしょうか」 「ああ、知っている」 深く、切ない響きを奏でる名曲であり、スプドラートも知っているメジャーな曲である。だが、スプドラートは首を傾げる。 「あれは、ヴァイオリン曲ではなかったのか?」 「逆です。元々は管弦楽作品だったこの曲を、ヴァイオリン独奏として編曲したのがG線上のアリアなのです」 そうか、とスプドラートが頷いた。その後何とも言えない無音の空間が続いた後、先に沈黙を破ったのはスプドラートだった。 「お前は……オルガンを奏でる時どんなことを思う?」 「そう、ですね…例えば、平和」 一歩、また一歩とスプドラートの方にアル=コールは足を進める。 「神の加護を」 スプドラートの目の前にまで来たアル=コールは足を止めた。 「…最後に心の安寧、を」 「…世界の人々への、か?」 スプドラートはゆっくりと首を振ると、スプドラートの頬に手を当てた。 「いいえ、貴方の……今の貴方のように、自責に苦しみ続けるあなたの心に、安寧が訪れますように、と」 【あずきの日】 「飲んでみてくれ。新作のコーヒーでね、あずきを淹れたコーヒーだ」 「は、はい」 紅炎のドラーナはリャックボーの淹れたコーヒーを一口飲むと、口内に広がるほのかな甘みに顔を綻ばせた。 「ん~~!美味しい!あずきの甘みとコーヒーの苦みが上手いこと混ざり合って…!」 「ははっ、どうも」 上々な反応に気を良くしたリャックボーもコーヒーを口に付ける。 「美味しいコーヒー有難うございます。…どうかしました?」 「いや、気にしないでくれ。つい心揺さぶられて…」 礼儀作法というものを知るドラーナに感極まっていると、自分の様子にドラーナが首を傾げているのに気づき慌ててリャックボーは話を本題に戻した。 「どうだ最近は?エビルソード軍は大変だろ」 「あ、あはは…」 ドラーナが曖昧な笑みを浮かべた。本来事務職希望だったドラーナが『現場も経験しといた方がいいよ』といういらぬお節介により、よりによってエビルソード軍に配属されて以降、超体育会系なエビルソード軍に苦労するドラーナを見かねたリャックボーが何かと彼女に気にかけていた。 ……もっともリャックボーに他意がないと言ったら噓になるが。 ドラーナの素質はエビルソード軍でも上位を目指せるほどのものを秘めており、彼女の才能が開花する前に出来れば前線から遠ざけたいという狙いもあった。 「もし、異動願いだすなら俺からも口添えをしてやろう」 カップに残っていたコーヒーを飲み干しながら告げたリャックボーの言葉に丁重に礼を述べながらも、ドラーナは首を横に振った。 「確かに、最前線は心臓に悪いし、躊躇したら後ろから斬られかねないし。これまで何度遺言状書いたかわからないし…でも」 そこで言葉を区切ったドラーナがテーブルに身を乗り出す。間近にドラーナのビキニアーマーで強調された胸が見えそうになり、リャックボーは慌てて目を逸らした。 「エビルソード様に直に褒められてしまったんです!もう、逃げ場はないですよねぇ…!」 「そう、か」 危ない目をしたドラーナを前に、"神よ!"とリャックボーは心中で叫ぶ。流石の彼も「困ったときは何時でも相談にのる」と言うのが精一杯だった。 「はい!…な、なら…」 ドラーナがもじもじしながらリャックボーを熱っぽい目で見つめる。 「また、こうやってコーヒーを飲みながらお喋りする機会設けてもらっても、いいですか…?」 【裏切りの日】 クソよ...あのクソ女... お姉さまのためだの吠えてた奴が... この間の彼とのお出かけ...あれ...すっごい気合入れておめかししてたわね... あなた相当に卑しいでしょ...私をダシにしてデートとは呆れを通り越して畏敬すら覚えるわ... オトーは本当に優秀だったわ… どんな時でも敵からアイテムを盗み出して...ダンジョンでも宝の位置とか直ぐ察知してくれて... 私もオトーに相応しい姉貴分にならなきゃ...とか思ってたっけ... ねぇオトー 今あなたがどんな顔して左手薬指の指輪見てるのか知らないけどあなた本当に裏切り泥棒猫よ… 多分...旅のPT史上こんなに悪いことした奴はいないわ… 消臭スプレー吹かなきゃ...この匂いはPTに気づかれちゃいけない匂いよ 一体何回ヤッてたの?本当に気持ち悪いわ あなたの私への敬愛心に溢れたあの面構えを思い出すだけで...吐き気がしてくるのよ… このでけぇ発情猫が 私が今から保健所送りにしてやる 【なんもしない日】 二杯のグラスをテーブルに置くと、ボーリャックはワイン瓶を持ち上げて「一杯どうだ」と笑みを浮かべた。しかし、イーンボウは不興気な顔のままテーブルに着こうともしない。 「…ボーリャック。お前が二人で会合したいというから、わざわざこの私が会合場所に足を運んだのになんだこれは?」 「そう怒るなイーンボウ。今日はなんもしない日だろ?」 相変わらず突っ立ったままのイーンボウに構わず、ボーリャックはグラスにワインを注ぐと片方のグラスを掲げる。渋々イーンボウも席には着いたがそれでもグラスを手に取ろうとしない。 「…この私の一日のスケジュールがどれほど分刻みだが知らないとは言わせんぞ」 「知ってるからこそ、さ。少しは体を労われよ」 「…貴様がそれを言うか…」 イーンボウはため息をつくと、グラスに手を伸ばした。「乾杯」と二人の声と、グラスが重なる音が密室に響き渡った。 「…ほう、コメトレルデ産の葡萄酒か。今ならいい値段で買えたろう」 「よくわかったなイーンボウ。思いのほか安い値段で買えたぞ」 「クク…そうだろうそうだろう。何しろかの国との関税交渉の最前線に立ったのはこの私だからな」 【恐怖の日】 魔王城を一歩、また一歩前へ進むごとに、己の身に襲い掛かる圧が重くなっていく。既にスプドラートの体は全身が鉛のようだった。 これまでの連戦に次ぐ連戦によるもの、だけではないだろう。 禍々しい瘴気のような空気。呼吸をすることさえ支障を覚えるような重圧感。 「この先に、魔王モラレルがいる…」 己の発した言葉なのに、スプドラートの体が一瞬強張った。みるみるうちに心に暗雲が立ち込めていく。 『お前に…モラレルを討てるのか?』 何処かから声が聞こえる。バッとスプドラートは背後を振り向いた。が、そこにあったのは怪訝な顔をするアル=コールの姿のみ。 『怖くて仕方ないんだろ?』 スプドラートの全身を寒気が覆った。その声は"この世界には聞こえるはずのない声"。 『逃げてしまえよ。俺たちを見捨てて逃げ出したように』 「ああっ…あああ…!」 声の正体はかつてのスプドラートの、彼が見捨てて逃げ出した世界の仲間たちの声だった。 「…ラー…ドラート…!」 心臓が耳元にまで昇ってきたかのように高鳴る。眩暈を覚えてスプドラートの足元がふらつく。このままではいけない、と自身に言い聞かせても体が言うことをきかない。 『このまま逃げても、いいんじゃないか?』 また声が変わった。今度は紛れもないスプドラート自身の声。 『一度逃げ出しただろ。二度逃げた所で何も変わらない』 内なる己の声が麻薬のように甘くスプドラートの脳を侵す。その時。 「スプドラート!!」 スプドラートの両肩に手を置き、彼の名を呼ぶアル=コールの必死な形相に、スプドラートは我に返った。 「スプドラート、私も、怖いです……。でも、あと一歩。あと一歩のところまで私たちは辿り着いたのです」 己の肩を掴むアル=コールの両手が震えていることに、初めてスプドラートは気づいた。 「……すまん、どうかしてた」 「いいえ、それが普通です。恐怖心を覚えることは恥ではありません。大事なのは己の恐怖心とどう対峙するかです」 「…己の心、か」 スプドラートは頷くと、剣を鞘から抜き、叫声と共に一閃。空を横なぎに切り払った。 「礼をいう……己の恐怖心とようやく向き合えた」 剣を鞘に仕舞い、スプドラートは歩みだす。もう、声は聞こえてこなかった。 【大麦の日】 「今日は大麦の日です。だから私は神に麦の恵みを感謝しながら飲んでいるのでありまして、ただ飲んでいるのではないのです…ぐびっ」 「…寝言は寝て言え」 宿屋の個室で、いつものごとく出来上がっているアル=コールに眉に皺よせながらスプドラートはツッコミを入れる。 「むぅ。相方への慈悲が足りてないのではないですか」 「慈悲ならあるさ。お前を医療センター送りにしないという慈悲が」 椅子から立ち上がったアル=コールが覚束ない足取りでスプドラートに近寄る。 「何度言ったらわかるのですか、だから私が飲んでいるのは聖なる水ではあって…」 「じゃあ今飲んでるのはなんだ」 「?……ぐびっ」 「飲むなよ…」 酔っ払いの相手はするだけ無駄。その簡潔にして真理な言葉を思いながらスプドラートはアル=コールの手から酒瓶を取り上げた。 「あーっなにするんですかぁ」 「もう充分聖水は飲んだろ。今日はもう寝ろ」 アル=コールをお姫様抱っこで持ち上げると、ベッドにまで運んでいく。ベッドに投げ落とそうとしたスプドラートが、ぐいっと引っ張られて一緒にベッドに倒れこんだ。 「うへ~。一緒に寝ましょうか。一人より二人の方が気持ちいいですよ…?」」 【楽器の日】 「24のカプリース第24番だ。これを弾きこなせばクリストの糞野郎も腰抜かして俺に白旗上げるぜカゲツ」 喋っている間もマーリンのヴァイオリンを操る左手は変化自在に動き、ヴァイオリンを自在に弾き続ける。 「あっそ…」 ハルナの心境は複雑だった。ヴァイオリンに全神経を集中させているマーリンの姿は中々様になっており、不覚にもカッコイイ、という印象をハルナに抱かせる。 (なんだかな…) でも、いや、だからこそ。ハルナの心境は複雑に揺れる。その全集中を発揮させる相手が、クリストだということに。 「私、適当にぶらぶらしてくるねジャック」 「おお」 わざとらしく大声を出して背を向けるも、返ってきたのはマーリンのおざなりな返事。遠ざかっていく間も全く変わらないヴァイオリンの美しい音色が、なぜかハルナの癇に触った。 「どう思いますイザベラお姉ちゃん。男って、というかマーリンって馬鹿ですよね」 ギルドに立ち寄ったハルナは偶然イザベラと遭遇し、そのままお茶会へと付き合わせた。苦笑いを浮かべるイザベラがぺこりと頭を下げた。 「ごめんねハルナ。マーリンをクリストがとっちゃって」 「………へ?」 ハルナの動きが止まった。イザベラの言葉を一瞬脳が理解を拒んだ。 「えぇぇぇぇぇ!!??私が、マーリンを取られて悔しいってことですか!?」 ガタッと椅子から立ち上がったハルナが喫茶店内の人の視線が、自分に集中するのも気づかずに絶叫した。 「うん。多分私と一緒かなって」 「へ?」 イザベラの言葉が理解できずキョトンとするハルナに、イザベラが微笑を浮かべながら言葉を続ける。 「クリスト、もうずっとヴァイオリンの練習してるの。あの5流魔術師マーリンをぎゃふんと言わせてやるって。24のカプリース第24番を」 「え、マーリンと同じ曲」 ハルナのツッコミに虚を突かれた顔をしたイザベラが、クスクス笑いだした。 「あの二人、本当に仲がいいね。喧嘩するほど、というのかな」 「あー、ライバルってやつなんですかね」 笑いが収まったイザベラが紅茶を一口飲むと、天井を見上げた。 「ちょっぴり、妬いちゃうかな。マーリンさんに」 「……マーリンのばーか」