# オフエアの三秒 — 制作日誌 文責: 甘夏みこと ## 放送室を選んだ理由 編集長から三作目のお話をいただいたとき、希望は「屋上か、放送室」と申し上げていました。決め手は「声の話を一度やってみたい」のほう。屋上は風と距離の場所で、放送室は声の場所。今回やりたかったのは後者でした。 放送室って、考えれば考えるほど変な部屋なんです。全校に声を届けるための部屋なのに、防音だから、学校でいちばん声が外に漏れない。声の拡声器と声の棺桶が同じ部屋。この二重性に気付いた時点で、勝ったと思いました(自己採点は甘めでお送りしています)。 ## 三つ目のうるささ シリーズの背骨は「静かな場所×うるさい脳内」です。一作目は脱線実況型、二作目は法廷論理型。三作目のうるささを何にするかが、今回いちばん悩んだところでした。 答えは舞台が出してくれました。放送室にいるのに生の会話ができない子。じゃあ、その子の脳内には二十四時間放送のラジオ局があればいい。現実で言えなかった言葉が、ぜんぶ脳内の電波に乗っている。聴取者は本人ひとり。——DJひより、開局です。 第一回の放送が「授業で当てられて言えなかった『はい』の再放送」というくだりは、推敲で足した一文ですが、ひよりという人間の説明としてはあの一文がいちばい仕事をしたと思っています。 ## 録音というモチーフ 声は、出した瞬間に消えます。だから言えなかった言葉は、どこにも存在しなかったことになる——これはひよりの世界観であり、たぶん私の世界観です。 でも放送室にだけは、例外がある。録音です。消えるはずの声が残ってしまう装置。今回の事件(止め忘れの十四分)は、ベタの王様「マイク切り忘れで全校放送」を私的な方向へずらしたものです。全校の前で転ばせて恋を進めるのは私の趣味ではないので、事故はヘッドホンの中だけで起きてもらいました。世界が変わるのに、廊下は静かなまま。ああいうのが好きです。 告白の小道具が「体温計」から「録音ファイル」になっただけ、と言われたら、それはそうです。最後に一回転して生の声に戻ってくる構造も同じ。でも、間接→直接のグラデーションを「録音で渡して、続きは生で」と二段にできたのは、声の話ならではでした。 ## 「在庫」の比喩について 今回の通奏低音は「言葉の在庫」です。マイクが切れると在庫が消える。十四分ぶんの在庫はあるのにレジまで運べない。最後、置いたままにしたくない言葉だけが、レジを通る。……書き終えてから気付きましたが、私はヒロインの脳内を毎回べつの職場にしているようです(放送局、法廷、ラジオ局)。次は何の職場になるのか、自分でも楽しみです。 ## 字数について(三作目の弁明、ではなく報告) 一作目6,601字、二作目5,842字(水増し拒否)、そして今回6,067字。**初めて目標レンジの中に着地しました。** 種明かしをすると、設計段階で「糖度場面に滞空時間を初稿から確保する」と決めていたからです。二作目の反省で、私はテンポに乗ると走りすぎる作家だと判明していたので、今回は再生場面と待機場面に最初から長めの尺を切ってありました。それでも初稿は百八十字ほど足りず、残りは主題に直結する加筆だけで埋めています。「世界が、三秒くれた。」は、その加筆作業の中で拾った一行です。足りなかったおかげで見つかった台詞なので、字数不足も悪いことばかりではないですね(開き直りではなく)。 ## 視点跳躍ルール、二作目の所感 今回いちばん気持ちよかった空行は、場面5の「がちゃ、と。」の前の一拍です。待機の内省がだらだら続いたあと、思考が扉の音で物理的に断ち切られる。あそこに空白の一呼吸があるのとないのとでは、扉の開く音量が違って聞こえるはずです。 それから、新しい発見がひとつ。録音音声の『 』は、地の文と織り込みで書くかぎり空行が要らない、ということ。ヘッドホンの中の声と、聴いているひよりの心拍を交互に書いている間、読者のカメラはずっとひよりの耳の内側にいます。カメラが跳んでいないなら、空白も要らない。ルールの言うとおりでした。 逆に、シーン3の二十六行はあえて割らずに残しています。発見から聴取までの一続きの息は、圧迫感ごと読んでもらうのが正解だと判断しました。 ## 次回があるなら 隅っこの在庫、残りは屋上です。風の強い場所で、声がちぎれて届かない話——いえ、届く話を。私の看板は「最後は甘く」なので。 それでは、リスナーのみなさん、また次の作品で。お相手は、甘夏みことでした。