聖女のまがい物、カタリナ・イーネの朝は早い。 歯を磨いて顔を洗う、ここまでは普通の人と同じだが、 彼女の場合顔を洗った後鏡の前で表情筋の体操をする。 睡眠で凝り固まった表情筋をほぐし、どんな表情も自由自在に作れるように鍛錬する。 彼女にとって表情とは感情の発露ではなく他人に見せるものなのだ。 どのタイミングで笑顔を見せれば人の心を掴めるか。 どの状況で涙を見せれば人を惹きつけるか。彼女にとって表情とはそういうものであり、 だからこそ毎朝の表情トレーニングは欠かさない。 表情トレーニングが終われば自作の喉薬でうがいをし、水分を補給しながら発声練習をする。 聖女のような透き通る声と活舌をいつでも出せるように。 「あ・め・ん・ぼ・あ・か・い・な・あ・い・う・え・お う・き・も・に・こ・え・び・も・お・よ・い・で・る」 「……少し声がかすれてる。もう一回。『あ・め・ん・ぼ』…」 勿論、録音して聞き直し、理想の声になるまで何度でも練習する。 それが終われば朝食だ。 カタリナの料理は薬草魔女の知識をフル活用した医食同源の所謂薬膳。 聖女らしい肉体を維持するため、必要な栄養を過不足なく摂取できるメニューを自作している。 当然、聖女がまずい料理を作ったらイメージが悪いので美味しい料理を作る訓練は欠かさないが、 自分で食べるものは味よりも栄養や効能を優先して作っている。 朝食で栄養を補給したら、大きな姿見のある部屋に行く。 姿見の前で様々なポーズをとり、その様子を三方向から撮影。 一枚一枚チェックして、どの角度でどのポーズを見せればより効果的に人の目を引くか、 どのポーズとどの表情を合わせればより聖女らしいかブラッシュアップする。 理想のポーズ、姿勢を作るこの練習は見かけ以上に体力勝負。当然、汗をかく。 故に、ポーズトレーニングが終われば入浴だ。 朝だから軽くシャワーで済ませる――などという妥協はカタリナの中には存在しない。 肌をよりきめ細かくし、潤いを保つように調合した自作の石鹸で体を洗い、 髪をより艶やかに、聖女らしい香りを振りまくよう調合した自作のシャンプーで髪を洗い、 髪をよりさらさらにするよう調合した自作のトリートメントで仕上げる。 そして髪を保護しながら、肌艶や血色などに効能がある自作の薬湯を張った湯船につかる。 風呂から上がれば丁寧に体を拭き、髪を乾かして、顔に自作の化粧水をつける。 化粧水を肌に馴染ませたら化粧を乗せていく。 薄すぎれば効果がなく、濃すぎれば聖女らしさが損なわれる。 絶妙な加減に調整したナチュラルメイク。当然、化粧品は全て彼女が自分に合わせて調合したものである。 化粧が終われば自作の「初対面の相手になんとなくいい印象を与える香水」をふりかける。 そして何着もある「聖女らしい衣装」に着替え、 鞄に薬草と自作の薬と医療道具一式を詰め込み、出かけていく。 カタリナ・イーネは承認欲求のためなら毎日努力を欠かさない、 ある意味ではストイックな俗物なのである。