「歌わないのか?」 エルモ号の住民も増えた。クルーデッキの娯楽室では、毎日のように──任務でメイリンが忙殺していない時に限ってだが──何かの見せ物が開かれていた。 本日もその例に漏れず、娯楽室ではそよ風小隊が見事な演奏を披露している。 だが、本来ステージ側に立つはずの人形の姿が客席にあったので、思わず声をかけてしまった。 「今日はオフ。ショーを見せる人形が増えちゃったから。代わりばんこにお休みの日を作ったんだ。シャークリーは毎日でもいいけど、あまり長引くと客も疲れちゃうでしょ」 シャークリーは言葉通り、いつもの(つまり、出会った頃のコルフェンのような)明るさは鳴りを潜めている。 真剣に小隊の音楽に耳を傾けているのは、きっと目の前の演奏から得られるものを、次の自分のライブに活かそうという貪欲さゆえだろう。 「ところでその……手に持っているのは?」 足と共に組まれたシャークリーの腕には、煌びやかな装飾が施された楕円形の物体。 『L♡VE⭐︎』『⭐︎ヴェプリー⭐︎』『こっち向いて❤️』などと描かれたうちわのようなものが握られていた。 「あいつ物販全然しないから、シャークリーがわざわざ作ってきたの」 「……そうか」 聞きたかったのは出どころではなく、持っている理由だったのだが。 そんな私の気持ちを察したのか、シャークリーは気だるげに口を開く。 「アイドルは歌って踊るだけじゃない。マネージャーや管理人がいないなら、売り出しやグッズの用意まで自分でやらなきゃ。シャークリーはズッケロではそうやってきたのに。あのバカはただ闇雲に歌えばいいと思ってる」 彼女の横顔からは、隠そうともしない不満が漏れ出ている。日頃から積もったモノがメンタルに溜まっているのだろう。 「その歌も、踊りも、シャークリーより下手くそ。毎回のようにアドリブを入れるから、反復練習の意味がない。そもそも『教材』だってろくなのないんでしょ」 ツラツラとヴェプリーのことを語り続けるシャークリーの姿は、これまで見たことがないものだった。 「でもね、一緒にライブをする時、いつもあいつの方が歓声が大きいの」 流れる音楽にかき消されそうなほど小さく、けれどはっきりと彼女の声は私の耳に届いた。 「アイドルに必要なのは歌でも踊りでも顔でもない。どれだけ応援したくなるか。でもシャークリー──人形──たちはどこまで行っても数値でしか物を見れない。だから、あいつの在り方は真似できない」 シャークリーはすでに私を見ていない。 これはきっと彼女の諦観であり、あるいは信仰だ。 「全ての人形は願われて産まれてくる。使い捨てでも、数合わせでも。造った人の、組織の願いを叶えるために産まれる。だから人形はみんな人間の役に立ちたいと思っている」 「スプリングフィールドもそう言っていたかな」 「そうだね。でもあたしも同じ考え。これは人間から離れたウルリドたちだって例外じゃない。ただちょっとだけ、自己実現の優先度が高くなっちゃっただけ。でもあいつはきっとそれがない。誰より自由なようで、誰より人間に囚われてる。ヴェプリーはきっと、周りに誰もいなくなった時、自分で稼働を停止するよ。みんなそれが無意識にわかってるんだよ。自分たちが見ていないと彼女は消えてしまう。彼女は自分たちのために生きている。それが伝わるから、人を、人形を惹きつけるの。あたしはあたしが大切。ズッケロも指揮官も好きだし大切だけど、じゃあみんなのためにシャークリーが無くなってもいいとは思えない。あいつの方が人気なのはそういうこと」 シャークリーが話し終わる頃には、そよ風小隊の演奏は終わっていた。 他の人形と共にステージに拍手を送りながら、私はシャークリーを横目で見る。 「つまり、君もヴェプリーのファンだと?」「面白いこと言うね指揮官⭐︎シャークリーはシャークリーのファンだよ⭐︎」 気づけばいつもの様子に戻っていたシャークリーは、立ち上がって小生意気な笑みを浮かべていた。 「勝てないとしても、努力しない理由にはならないよね⭐︎」 まあ、そんなのありえないけど⭐︎と笑いながらシャークリーは席を立つと、手に持っていたものをこちらに差し出してきた。 「あーあ。色々話したらなんか疲れちゃった。指揮官これあげる⭐︎」 「君が作ったんじゃないのか?」 「そうだけど、気分じゃなくなっちゃった⭐︎」 黛煙たちが楽器を片す僅かな幕間に、シャークリーはその場を去ってしまった。 残されたのは、難儀な量の痛うちわを抱えた成人男性と、本日のプログラムが描かれたチラシだけ。 チラシにはそよ風小隊の名前の下に、ヴェプリーの文字が。 少しばかり気恥ずかしい気持ちを抑えて、私はうちわを構えた。 今から、誰よりも人を愛するアイドルがご登場なさるらしい。