果てしなく続く白銀の世界。空は重苦しい鉛色の雲に覆われ、吹き荒ぶ猛吹雪が視界を白一色に染め上げていた。普段であれば、そこは白銀のゲレンデとして人々の楽しげな声が響き渡る平和な雪山のはずであった。しかし今、この人里離れた深い森の奥で繰り広げられているのは、およそ人間の知る由もない、世界の命運を懸けた壮絶な死闘であった。

愛と平和を守る使命を帯びた三人の愛天使――ウェディングピーチ、エンジェルリリィ、デイジー。彼女たちは今、絶体絶命の危機に瀕していた。

彼女たちの前に立ち塞がったのは、悪魔族の幹部であるペトラーが呼び出した恐るべき刺客、雪之丞変化魔（ゆきのじょうへんげま）であった。雪と氷を自在に操り、幻術に長けたこの悪魔は、真正面からの力勝負ではなく、愛天使たちの最も尊ぶ「絆」を逆手に取るという卑劣極まりない戦法を用いてきたのである。

荒れ狂う吹雪は、愛天使たちの視界を完全に奪い去った。前後左右の感覚すら失われる白濁した世界の中で、雪之丞は彼女たちの仲間の姿へと巧みに変身した。ピーチの姿でリリィにすり寄り、デイジーの姿でピーチに助けを求め、リリィの姿でデイジーの死角に回り込む。信じ合う仲間からの突然の凶刃。愛天使たちは、たとえ一瞬の違和感を覚えたとしても、大切な仲間の顔をした相手を全力で攻撃することなど到底できなかった。その一瞬の躊躇い、優しさゆえの隙を、雪之丞は冷酷に突いた。

「きゃあああっ！！」

悲痛な叫び声と共に、凄まじい衝撃音が雪山に響き渡った。デイジー、そしてピーチに続き、最後に残されていたリリィの細い体が、まるで糸の切れた操り人形のように宙を舞う。そして、分厚く積もった雪の上へと激しく打ち付けられた。ドサリという重い音と共に、真っ白な雪煙が派手に巻き上がり、彼女の体を白く覆い隠していく。

激しい吹雪の中、倒れ伏した三人の愛天使たちの傍らに、一人佇む影があった。それは、エンジェルリリィの姿をしていた。しかし、その顔に浮かんでいる表情は、慈愛に満ちた本物のリリィが決して見せることのない、おぞましく歪んだものであった。

偽物のリリィは、ピクリとも動かなくなったピーチとデイジー、そして今しがた自らの手で地に伏せさせた本物のリリィを見下ろしながら、口元を三日月のように歪めて薄笑いを浮かべていた。その瞳には、純粋な悪意と、弱者を蹂躙したことへの嗜虐的な歓喜が宿っている。

やがて、荒れ狂っていた吹雪がまるで嘘のように次第に収まっていった。風の音が遠のき、周囲の視界がクリアになっていくのと同時に、偽リリィの体輪郭がぐにゃりと歪み始めた。美しい愛天使の姿は幻炎のように揺らめき、溶けるようにして元の姿へと変貌していく。

現れたのは、白塗りの顔に赤い麻呂眉、狐のような細い目を持ち、奇抜な和装に身を包んだ妖魔・雪之丞であった。

彼の周囲には、ピーチ、リリィ、デイジーの三人の愛天使が、まるで散り急いだ花びらのように無惨に倒れ伏している。色鮮やかなコスチュームや純白のスカートは雪にまみれ、先ほどの騙し討ちによって完全に意識を刈り取られた彼女たちに、起き上がる気配は微塵もなかった。

「ふふふ……愛天使などと大層な名を名乗っておきながら、蓋を開けてみれば他愛もない小娘たちでおじゃる。麻呂の美しき幻術の前に、手も足も出ずにこのザマとは。笑止千万、滑稽極まりないわ」

雪之丞は、自らの勝利を確信し、満足げな様子で長く伸びた爪を弄りながら薄笑いを深めた。彼にとって、気を失い無防備となった愛天使たちの息の根を止めることなど、造作もないことであった。鋭い氷の刃を一つ生み出し、彼女たちの胸に突き立てるだけで、悪魔族にとっての最大の障壁は永遠に排除される。

しかし、雪之丞はすぐにはトドメを刺そうとはしなかった。彼の脳裏には、自らの主である悪魔族の幹部・ペトラーから下された重要な任務のことが浮かんでいたのだ。

ペトラーは過去の戦いによってその強大な力を封印され、現在は本来の力を発揮できずにいる。彼が完全なる復活を遂げるためには、莫大なエネルギーが必要であった。そのエネルギー源こそが、人間たちが抱く負の感情――「憎しみのウェーブ」である。

人間たちを互いに疑心暗鬼に陥らせ、憎しみ合わせることで生み出されるどす黒い波動。ペトラーは雪之丞に対し、その憎しみのウェーブを大量に集めるよう厳命していたのである。

雪之丞は、足元で眠る愛天使たちを品定めするように見回した。彼女たちは今、深い絶望と怒りをその無意識の奥底に抱えているはずであった。何故なら、彼女たちは他ならぬ「信じていた仲間」の姿をした雪之丞によって、騙し討ちという最も卑劣な手段で倒されたのだから。愛を尊び、絆を重んじる彼女たちにとって、仲間の姿を汚され、それを利用されたことに対する怒りは計り知れない。

「ふむ……このまま始末してしまうのは少々勿体ないわね」

雪之丞の狐のような目が、狡猾な光を帯びて細められた。

「こやつらは、麻呂の化けた仲間の姿にまんまと騙され、背後から撃たれた。その胸中には、麻呂に対する煮えたぎるような『怒り』と『憎しみ』が渦巻いているはず。それを上手く引き出してやれば……極上の憎しみのウェーブが採取できるのではないか？」

さらに言えば、愛天使たちがその身に宿している「愛のウェーブ」の量は、並の人間の比ではない。何千、何万という普通の人間から少しずつウェーブをかき集めるよりも、この三人の愛天使からその莫大なエネルギーを根こそぎ奪い取り、憎しみのウェーブへと反転変換させることができれば、一気にペトラー復活に必要なエネルギーを賄うことができるかもしれないのだ。

「名案よ……！ 麻呂の天才的な閃きに、ペトラー様もさぞお喜びになるでおじゃる！」

雪之丞は両手を大きく広げ、空に向かっておぞましい呪文を唱え始めた。彼の全身から、赤黒く禍々しい光が放たれ、それは波動となって周囲の空間を歪めていく。これこそが、人間の心に潜む負の感情を強制的に引きずり出し、増幅させる「お誘いウェーブ」であった。

「さあ、愛しき愛天使どもよ！ お前たちの心の中にある怒りを、憎しみを、麻呂に見せてみろ！ 仲間を騙された怒りを！ 己の無力さへの絶望を！
全てを黒く染め上げ、麻呂に差し出すのよ！」

雪之丞の放つお誘いウェーブが、倒れているピーチ、リリィ、デイジーの体を包み込んだ。気を失っている彼女たちには、その邪悪な干渉に抗う術は残されていなかった。

彼女たちの胸の奥深く、本来ならば暖かく眩い光を放っているはずの「愛のウェーブ」が、お誘いウェーブの干渉を受けてドクン、ドクンと不気味に脈打ち始める。純粋な愛の力は、無意識下に押し込められていた怒りや悲しみの感情と結びつき、急速にその性質を反転させていく。

「ああっ……」 「ううっ……」

気絶したままの愛天使たちの口から、苦悶の呻き声が漏れる。彼女たちの体を包んでいた純白のオーラが、徐々に赤黒い、毒々しい光へと変色していく。それは、愛が憎しみへと堕ちていく冒涜的な光景であった。

「おお……！ 出るわ出るわ！ これほどまでに濃厚で、強大な憎しみのウェーブ！ さすがは愛天使でおじゃる！」

愛天使たちの体から立ち昇る凄まじい量の憎しみのウェーブは、まるで意思を持った蛇のように宙を這い、雪之丞の頭上へと集束していく。三人の愛天使から同時に発せられるウェーブの奔流は、雪之丞の予想を遥かに超える莫大なエネルギーであった。

「素晴らしい！ 素晴らしいわ！！ これさえあれば、ペトラー様の完全復活は約束されたも同然！ホーッホッホッホッホ！！」

極上のエネルギーを浴びるように受け止めながら、雪之丞の狂気に満ちた高笑いが、寒々しい雪山の空にこだました。それは、悪魔の勝利を告げる悍ましい凱歌のようであった。

　　　　　＊　＊　＊

その頃、雪之丞の狂宴が繰り広げられている場所から少し離れた雪山の斜面を、一人の少年が重い足取りで歩いていた。彼の名は、雨野たくろう。丸い眼鏡をかけ、少し頼りなげな印象を与える彼は、エンジェルデイジーこと珠野ひなぎくの幼馴染であった。

今日は本来、たくろうにとって最高に楽しい一日になるはずであった。ひなぎく、そして彼女の親友である花咲ももこ（ピーチ）、谷間ゆり（リリィ）と共に、この雪山にスキー旅行に訪れていたのだ。憧れの女の子たちと共に過ごす白銀のゲレンデ。たくろうは柄にもなくはしゃぎ、彼女たちの滑る姿に見とれていた。

しかし、その楽しい時間は突如として終わりを告げた。スキーの最中、ももこたちがふと何かを察知したように顔を見合わせると、「ちょっと用事ができたから、ここで待ってて！」と言い残し、ゲレンデの奥深く、立ち入り禁止の森の方へと姿を消してしまったのだ。

「ひなこたち……どこへ行ったんだろう……」

たくろうは吐く息を白く染めながら、不安げに呟いた。最初は言われた通りに大人しく待っていたのだが、いくら待っても三人が戻ってくる気配はない。次第に日が傾き始め、山の気温が急激に下がり始める中、たくろうの胸に嫌な予感が膨らんでいった。

ひなぎくは昔からお転婆で無鉄砲なところがあるが、ももこやゆりと一緒なら無茶はしないはずだ。しかし、この冷え込む雪山にいつまでも女の子たちを放置しておくわけにはいかない。いてもたってもいられなくなったたくろうは、スキー板を外し、彼女たちが消えた森の方向へと歩き出したのであった。

ズボッ、ズボッと、雪に足を取られながら進むたくろう。普通の人間にとって、整備されていない雪山を歩くことは想像以上の体力を消耗する。指先は悴み、顔は寒さで強張っていた。

「ひなこー！ ももこさーん！ ゆりさーん！」

声を張り上げて呼んでみるが、返ってくるのは風のヒューヒューという寂しい音だけだった。遭難でもしてしまったのだろうか。それとも、何か恐ろしい事件に巻き込まれたのか。たくろうの脳裏に最悪の想像がよぎる。

その時だった。

「ん……？ あれは……？」

足を止め、ふと顔を上げたたくろうの視界に、奇妙な現象が飛び込んできた。
前方の木々の間から透けて見える、さらに奥の小高い斜面。そこから、空に向けて何かが放たれている。

目を凝らすと、それは三つの筋となった赤黒い光であった。その三つの光は、まるで吸い寄せられるように空中の一点――中央に向けて流れ込み、一つにまとまって激しく煌めいている。

「なんだ、あの光……？」

自然界の現象とは思えない禍々しい光の色に、たくろうは背筋に冷たいものが走るのを感じた。まるでそこだけ空間が歪み、世界にポッカリと開いたブラックホールが周囲の空気を吸い込んでいるような、不気味な光景だった。

たくろうは息を呑み、その光から目を離せなくなった。何が起きているのかは全く分からない。しかし、あの光の向こう側に、ひなぎくたちがいるような気がしてならなかった。幼馴染としての直感なのか、それとも単なる偶然なのか。

しばらくその不気味な光の交錯を眺めていると、やがてその光はスゥッと次第に弱まっていき、不意にプツリと途切れて消滅してしまった。後に残ったのは、再び静まり返った白い雪景色だけ。

「消えた……」

いきなり途切れた光に、たくろうは驚きと戸惑いを隠せなかった。しかし、同時に彼の胸の中で、あの場所へ行かなければならないという強迫観念に似た思いが爆発した。

「ひなこ……頼むから無事でいてくれよ……！」

たくろうは寒さも忘れ、足に絡みつく深い雪を強引に掻き分けながら、先ほど光が放たれていた場所へと向かって駆け出した。その先に、想像を絶する光景が待ち受けていることなど、普通の少年である彼には知る由もなかった。

　　　　　＊　＊　＊

再び場面は、雪之丞と愛天使たちの戦場へと戻る。

憎しみのウェーブの光が収まった空間には、悪魔の歓喜の余韻が漂っていた。雪之丞の手には、いつの間にか大きな硝子の瓶のような魔具が握り締められている。彼はその瓶を目の高さまで持ち上げ、中身を愛おしそうに見つめた。

「ふふふ……素晴らしい。実に素晴らしい」

透明な瓶の中には、先ほど愛天使たちから強制的に吸い上げた「憎しみのウェーブ」が、どす黒い液体、あるいは濃厚な霧のような形をとってたっぷりと詰まっていた。それは瓶の容量の限界近くまで満たされており、内部で渦を巻きながら禍々しい輝きを放っている。

これほど短時間で、これほど純度が高く強大な憎しみのウェーブを集めることができるとは、雪之丞自身も予想外の収穫であった。

「これだけ極上のウェーブがあれば、ペトラー様の完全復活も間近であろう。麻呂の手柄は計り知れぬわ」

雪之丞は満足げに呟くと、瓶に向けて何事か呪文を唱えた。すると瓶は闇のオーラに包まれ、空間に開いた漆黒の穴へと吸い込まれるようにして消え去った。遠く離れた異空間で復活の時を待つ主・ペトラーの元へ、無事にエネルギーを転送し終えたのだ。

大仕事を一つ終え、雪之丞はホッと息をつくと、再び足元に倒れている愛天使たちへと目を向けた。

彼女たちは依然として雪の上に倒れ伏している。瓶が満タンになったため、雪之丞は途中で憎しみのウェーブを吸い上げるのを止めた。そのため、愛天使たちの命の源とも言える「愛のウェーブ」を完全に吸い尽くし、干からびさせるまでには至らなかった。

しかし、膨大なエネルギーを奪われた代償は大きいはずだ。肉体的にも精神的にも限界を超えたダメージを負っている彼女たちに、もう目を覚ます気配はないように見えた。

「さて、と……」

雪之丞は顎に手を当て、思案顔を作った。

任務は完璧に果たした。このまま彼女たちをこの極寒の雪山に放置して立ち去っても、いずれ凍えて息絶えるだろう。それはそれで悪くない結末だ。しかし、これほどまでに麻呂を楽しませ、そして憎き宿敵である愛天使を、ただ放置して死なせるというのもいささか味気ない。悪魔としての矜持が、より残虐で、より絶望的な最期を彼女たちに与えることを求めていた。

「どう料理してくれようか。このまま氷の彫像にして、ペトラー様の玉座を飾るオブジェとして献上するのも一興やもしれぬな……」

一人ごちていた雪之丞の耳に、微かな音が届いた。

「……くっ……」

それは、風の音に紛れるほどのか細い、しかし確かな人間の呻き声であった。

「あら？」

雪之丞が驚いて声のした方へと視線を向けると、そこには信じられない光景があった。

完全に意識を失い、もう二度と立ち上がれないだろうと踏んでいたエンジェルデイジーが、震える両腕で雪面を強く押し、必死に上体を起こそうとしていたのだ。

「……こんな、こんなところで……負けてたまるかよ……っ！」

デイジーは歯を食いしばり、顔を雪にまみれさせながらも、ゆっくりと、しかし確実に膝を立てた。その瞳の奥には、奪われたウェーブの代わりに、燃え盛るような闘志の炎が宿っていた。彼女はよろめきながらも完全に立ち上がり、鋭い視線で雪之丞を真っ向から睨みつけた。

「な、なんと……」

雪之丞が呆気にとられている間にも、奇跡は連鎖した。デイジーの不屈の意志に呼応するかのように、ピーチが、そしてリリィが、次々と雪の中から身を起こし始めたのだ。

「そうよ……デイジーの言う通り……私たちは、負けないわ……！」

ピーチは痛む体を庇いながら立ち上がり、自らを、そして仲間たちを鼓舞するように力強く宣言した。その手にはしっかりと聖なるアイテムが握り締められている。

「ええ……！ あなたの卑劣な幻術には、もう二度と騙されませんわ！」

リリィもまた、凛とした表情で立ち上がり、優雅な仕草の中にも隙のない構えを見せた。

満身創痍。ウェーブを奪われ、息も絶え絶えのはずの三人の愛天使たち。しかし、彼女たちは決して絶望に屈することはなかった。彼女たちの中にある「愛」と「絆」は、悪魔の小細工などで容易く折れるほど脆いものではなかったのだ。

予想外の展開に、雪之丞の狐の目が驚愕に見開かれた。

「あらまぁ……まだ立ち上がるだけのパワーは残っているようねぇ……」

しかし、一瞬の驚きの後、雪之丞の顔には再び余裕の薄笑いが戻ってきた。

「だが、虚勢を張っても無駄なこと。お前たちに、まともに戦えるだけの力が残されていないことくらい、麻呂の目にはお見通しよ」

雪之丞の指摘は図星であった。立ち上がったとはいえ、愛天使たちの息は荒く、足取りは覚束ない。体内に残された愛のウェーブは風前の灯火であり、強力な攻撃を放つ余裕などどこにもなかった。

それでも、愛天使たちは諦めなかった。三人は倒れていた位置からそれぞれ立ち上がったことで、結果として雪之丞を中央に置き、三角形を描くように周囲を取り囲む陣形をとっていた。

これならば、雪之丞が再び吹雪を起こして視界を奪おうとも、誰かの姿に変化して死角から襲い掛かろうとも、互いの位置関係から偽物を即座に見破ることができる。先ほどのようにはいかない。愛天使たちは言葉を交わすことなく互いに目配せをし、雪之丞の僅かな動きも見逃すまいと警戒態勢を敷いた。

張り詰めた空気が雪山を支配する。三方向からの鋭い殺意（正義の意志）に晒されながらも、雪之丞の余裕の態度は全く崩れなかった。

「ふふっ……健気なこと。だが、それもここまでよ。お前たちの絶望に歪む顔を、麻呂が特別に拝んであげるわ！」

雪之丞が不気味な笑みを浮かべた直後、彼の纏う空気が一変した。道化のような態度は消え失せ、純粋な殺意の塊となった悪魔がそこにいた。

「そぉれっ！！」

雪之丞は両手を天高く掲げると、それを勢いよく地面に向かって振り下ろした。
その瞬間、彼の手のひらから黒い稲妻のような邪悪なウェーブが雪面に叩きつけられた。それはまるで水面に石を投げ入れたかのように、黒い波紋となって雪之丞の足元から全方位に向かって猛スピードで這い広がっていった。

「くっ……来るわ！」

ピーチが警戒を叫んだが、その攻撃は彼女たちの予想とは全く異なる性質のものだった。ウェーブは直接彼女たちを打つのではなく、足元の「雪」と「氷」を媒介にして襲い掛かってきたのだ。

「え……？」

雪之丞の動きを注視していたピーチは、突然自分の足元に冷たく重い違和感を覚えた。 戸惑いつつも視線を下に落とすと、そこには信じられない光景が広がっていた。

「た、大変……！」

なんと、ピーチの足元にあった雪が生き物のようにせり上がり、彼女の華奢な足首を覆い隠すようにして、瞬く間に分厚く強固な「氷の塊」へと変貌していたのである。雪之丞の放った妖術は、接触した対象を一瞬にして凍結させる恐るべき力を持っていた。

「な、なんだよこれ！？」

同じ異変はデイジーにも起こっていた。彼女が気づいた時には、すでに両足のブーツの半分が青白い氷に飲み込まれ、大地に完全に縫い付けられていた。足を引っこ抜こうと力を込めるが、氷は鉄よりも硬く、ビクともしない。

「ああっ……！ あ、足が……動きませんわ！」

リリィもまた悲鳴を上げた。彼女はその場から飛び退いて回避しようとしたものの、気づくのが一瞬遅かった。すでに氷は彼女の美しい脚をふくらはぎの辺りまで包み込み、その自由を完全に奪い去っていた。

「ふはははは！ どうだ！ 麻呂の特製、絶対零度の氷縛の術の味は！」

雪之丞が愉快そうに両手をかざし続けると、氷の浸食は止まるどころか、さらに速度を上げてじわじわと愛天使たちの体を登り始めた。

ピキピキピキッ……！

不気味な凍結音を響かせながら、氷はピーチの膝を越え、太ももへと達する。

「う、動けない……！ このままじゃ……」

なんとかしなければとピーチは焦り、必死にもがき、残された愛のウェーブを振り絞って氷を内側から砕こうと試みる。しかし、先ほど憎しみのウェーブとして大半のエネルギーを奪われてしまった今の彼女の力では、雪之丞の邪悪なウェーブが込められた氷にヒビ一つ入れることすらできなかった。

「ちくしょう！ このままじゃ、本当に氷のオブジェになっちまうぜ！」

デイジーが悔しげに叫ぶ。彼女の体はすでに腰の辺りまで分厚い氷に包み込まれていた。下半身の感覚は凍てつく冷気に奪われ、麻痺し始めている。

「ああっ……いや……！」

リリィの状況はさらに深刻だった。身の丈に合わない大きな氷の結晶が彼女の体を飲み込み、すでに腹部までが完全に氷漬けになっていた。さらに、抵抗しようと前に出していた両腕までもが氷の中に閉じ込められ、文字通り指一本動かせない状態に陥っていた。誇り高き愛天使の瞳に、抗えない恐怖と絶望の色が浮かび上がる。

三人の愛天使が完全に身動きを封じられ、胸元まで氷に飲み込まれていく絶望的な光景。
雪之丞はそれを見て、追い打ちの攻撃を仕掛けるでもなく、ただ腕を組み、愉悦に満ちた表情でその光景を眺めていた。美しい愛天使たちが、恐怖に顔を歪めながら生きたまま氷の彫像へと変わっていく様は、彼にとって何よりの極上のエンターテインメントであった。

「さあ、ゆっくりと味わうが良いわ。永遠に溶けることのない氷の檻の中で、己の無力さを呪いながら眠りにつくのよ」

もはや奇跡は起こらない。愛天使たちの命の灯火が、文字通り凍り付いて消えようとしていた、まさにその絶体絶命の瞬間だった。

「ひ、ひなこ……っ！？」

緊迫した戦場に、場違いな少年の声が響き渡った。 斜面の上の木の陰から、雪を掻き分けて飛び出してきた人影。
それは、ひなぎくたちを探して雪山を彷徨っていた、雨野たくろうであった。

たくろうは、肩で荒い息をしながら、眼下に広がる信じがたい光景を見下ろして絶句した。

奇妙な和装の化け物。そして、その周囲で今まさに胸まで氷に埋もれ、苦悶の表情を浮かべている三人の美しい戦士たち。
その戦士たちが誰なのか、普通の少年であるたくろうには本来なら分かるはずもない。しかし、その中の一人、黄色を基調としたドレスを着た戦士――エンジェルデイジーの顔を見た瞬間、たくろうの心臓は大きく跳ねた。

「デイジー……！？」

理屈ではない。たくろうの魂が、目の前で命の危機に瀕している少女が、自分がずっと探し求めていた、そして密かに想いを寄せている幼馴染のひなぎくであると直感したのだ。

「そんな……嘘だろ……やめろぉっ！！」

愛する人が、化け物によって生きたまま氷漬けにされようとしている。
その事実を前に、たくろうの頭から恐怖は消し飛んでいた。彼は何も考えず、武器も持たず、ただひなぎくを助けたいという一心で、急斜面を転がるようにして戦場へと駆け寄ろうとした。

「たくろう！？」

たくろうの姿に気づいたデイジーが、目を見開き、悲痛な声を上げた。
なぜ彼がこんな所にいるのか。愛天使としての正体を知られることよりも、愛する幼馴染がこの危険な悪魔の前に姿を現してしまったことへの恐怖が、デイジーの心を激しく揺さぶった。

「来るな！ たくろう！ 逃げろぉっ！！」

デイジーは血を吐くような思いで絶叫した。今のたくろうが来たところで、何の役にも立たない。それどころか、雪之丞の気まぐれ一つで彼の命は一瞬で奪われてしまう。それだけは絶対に避けなければならなかった。

しかし、クライマックスの特等席でのショーを、薄汚い人間の少年に邪魔された雪之丞の機嫌は最悪だった。

「チッ……どこから湧いて出たか知らんが、そこの坊や！ 邪魔しちゃダメよ！」

雪之丞は煩わしそうに片手をたくろうの方へと向けると、指先から黒い邪悪なウェーブの弾丸を無造作に放った。

「うわあっ！？」

目に見えない巨大なハンマーで殴られたかのような衝撃。
邪悪なウェーブの直撃を受けたたくろうの細い体は、いともたやすく宙に吹き飛ばされた。空中で数メートルも弾き飛ばされ、背中から固い氷の斜面に激しく叩きつけられる。

「たくろうっ！！」

デイジーの悲鳴が響く。

「ぐはっ……ああっ……！」

全身の骨が軋むような激痛に、たくろうは雪の上で蹲り、呻き声を上げた。内臓がひっくり返るようなダメージ。立ち上がろうと雪に爪を立てるが、手足は震え、全く力が入らない。ただの人間である彼が、悪魔の魔法を直接受けて生きているだけでも奇跡に近かった。

雪之丞は、地べたを這いずるたくろうを鼻で笑うと、残酷な宣告を下した。

「消えなさい、小僧。だが、その前に特等席を与えてやろう。そこで、愛しの彼女たちが美しい氷のオブジェに変わる最期を、特と見届けているが良いわ！」

たくろうは痛みに霞む視線を必死に上げ、デイジーたちの方を見た。 そして、その瞳に絶望の色が色濃く浮かび上がった。

たくろうが吹き飛ばされ、足止めを食らっているその僅かな間にも、雪之丞の魔力による氷結は無情にも進んでいたのだ。

「いやああっ！」 「冷たい……！ 体が……凍るっ……！」 「ああっ……！」

胸元までを覆っていた青白い氷が、まるで生き物のように蠢きながら、ついに愛天使たちの首元へと到達した。
絶対零度の冷気が彼女たちの声帯を凍り付かせ、最期の悲鳴すらも途切れ途切れにしていく。

たくろうが手を伸ばす。しかし、その指先は数メートル先の彼女には届かない。

ピキッ、ピキピキピキッ……！！

無情な音が響く。 氷は首から顎へ、そして頬へと這い上がり、最後に残された愛天使たちの美しい顔立ちを完全に飲み込んでいく。

「デイジー……！ デイジーィィィーーッ！！」

たくろうの叫び声が雪山に虚しく木霊する。 しかし、その声がデイジーの耳に届くことはもうなかった。

三人の愛天使の体をすっぽりと包み込んだ巨大な氷の結晶。 その中で、恐怖と無念に歪んだ表情のまま完全に時を止められた彼女たち。
そして最後に、その美しい瞳の中から、生命の証である光がフッと失われた。

完全なる沈黙。 そこにあるのは、精巧に作られた三体の冷たい氷の彫像だけであった。

「あ……ああ……」

たくろうは、目の前で起きた現実を処理しきれず、ただ口をパクパクとさせ、雪の上に突っ伏したまま魂が抜けたように凍り付いた彫像を見つめていた。彼の目から溢れ出した温かい涙が、冷たい雪の上に落ちてはすぐに凍り付いていく。

無力。圧倒的な無力。 大切な人を守ることも、助けることもできず、ただその最期を見せつけられることしかできなかった絶望が、少年の心を黒く塗り潰していく。

「はーっはっはっはっはっはっ！！ 素晴らしい！ なんと美しく、なんと儚い最期か！ これぞ芸術！ これぞ悪魔の美学よ！！」

たくろうの絶望を極上のスパイスとして味わいながら、雪之丞は両手を広げ、天を仰いで狂喜の哄笑を上げた。

愛天使たちの敗北。そして、残された一人の少年の絶望。
吹き荒れる風の音すらも掻き消すような、雪之丞の勝ち誇る甲高い高笑いだけが、冷たく閉ざされた白銀の雪山にいつまでも、いつまでも不気味に響き渡っていた。
