拝啓 ニニ、フゥリへ。 若葉の色もいよいよ深まり、空を渡る風にも初夏の気配が感じられる頃となりました。 お二人におかれましては、変わらず健やかに日々の務めを果たしておられることと存じます。 こちらもオオヒメ様のお導きのもと、異国の地にて多くを学ばせていただいております。 故郷とは異なる文化や風習に触れる機会も多く、毎日が新たな発見の連続です。 特に武芸や礼法については日々多くの学びを得ております。 そのため、日々は大変充実しております。 ‥‥うん、むしろ充実しすぎ、というか。 この国の騎士というものは大変立派な人達です。 どうだ、羨ましいだろ。 本当に立派なんだけど‥‥ どうして、皆あのように整った顔なんだろ。 当たり前のように背が高く、当たり前のように礼儀正しく、当たり前のように顔が良い。 皆で撮った写真を送付するから、顔面偏差値の高さで驚くが良い。 この国では騎士になる際に顔面の審査でもあるかと思いたくなる位。 もしそうなら、ぜひともどうしてそうしたのかの理由を聞いてみたい。 私みたいな小娘を虐める為なんじゃないか、とかそんな事を思う位。 朝の訓練場へ向かえば爽やかな笑顔で挨拶をされ、 講義へ向かえば親切に椅子を引いてくれて、 街へ出れば当然のように護衛についてくれる。 オオヒメ様は異国を知る事も大事、という事で進めて下さったけど、 どちらかと言えば精神鍛錬の趣の方が強い気がする。 正直心臓に悪いから、村の生活が恋しく思ったりもします。 なお、この手紙を読んで笑った場合、帰郷後に必ず酷い目に遭わせますので覚えておいてください。 特にニニ。 絶対笑ってるでしょアンタ。 手紙は故郷に届いただろうか。 こちらへ来てからというもの、私の心臓は毎日のように忙しい。 朝、宿舎を出て騎士団の訓練場へ向かう。 それだけのことなのに、途中ですれ違う騎士の方々が皆きちんと挨拶をしてくださる。 「おはようございます、巫女殿。朝から貴女に会えて、本日も良い一日になりそうです」 「ハレ殿。本日も太陽のような素敵な笑顔ですね」 「今日も花壇の花々が嫉妬してしまう可愛らしさですね」 そう言って胸に手を当て、軽く頭を下げる。 ただの挨拶であるのは分かっている、分かっているのだけれど。 (一々口説かれてるみたいで気が休まらない!) 村の男の人とかだと、 「おう、ハレちゃん、今日も良い天気だねぇ」 「よっす、今日もお勤め頑張れよー!」 とかで終わる話なのだ。 騎士様たちはこう、皆、妙に姿勢が良いし妙に声が良いし妙に笑顔が爽やかである。 ずるい、絶対にずるい。 騎士としての訓練の中に、口説き文句の勉強でも入っているのだろうか。 そう思いながら、舞の稽古へ向かう。 訓練所の一角。 そこを私の舞の為に貸して貰っている。 よし、と息を吐き出して、私は一人呼吸を整える。 手には神楽剣。 オオヒメ様に仕える巫女が、穢れを祓うために用いる祭具だ。 騎士様達の剣とは違うから、来たばかりの頃は色々見られたっけか。 異国の巫女として舞を奉納する以上、失敗はできない。 オオヒメ様の巫女として、恥じないような舞を踊らなければならない。 勿論巫女として、舞に集中出来ないような事はない。 小さく祈りを捧げると、周囲の音が遠ざかる。 騎士達の視線も、異国の空気も‥‥今だけは関係ない。 足は揺らがず、心は凪のように静まっていく。 最後の動きが終わった瞬間、私は静かに眼を開く。 よし、今日もうまくできた。 だけど、ここからが問題で。 「何度拝見しても素晴らしい。戦場の剣とは全く異なる華やかな剣‥‥我々とは全く違いますね」 「剣先が描く軌跡も見事でしたが、私は舞い手から目を離せませんでしたよ」 「ええ、ハレ殿が躍るのを見て、鍛錬にも一層気合が入るという物です」 私の周囲を囲んでくる騎士様たちの声に、私は思わず顔が引き攣りそうになる。 褒めて貰えるのは嬉しいんだけど、褒め方がやたらと甘い。 最近は、訓練が無い騎士様も見に来てるような気がする。 確かに巫女の舞は人に見てもらうものだけども。 そんな私の苦労なんて露知らず、騎士様たちは今日も褒めちぎってくる。 「そ、それでは私は次の予定がありますので!訓練頑張ってください!」 なんて言って、逃げるようにその場を後にする。 そして角を曲がって誰も見えなくなった瞬間。 「~~~~っ!」 声にならない悲鳴を上げながらその場にしゃがみ込んだ。 異国へ行く。 オオヒメ様のお告げを受けた時、私は胸がいっぱいだった。 だって、年頃の女の子だし。 村の外の世界、知らない国、知らない文化、格好いい騎士様。 そういうものに興味を持たない方がおかしいと思う。 本当にちょっとだけ、夢みたいなことも考えていた。 物語みたいな事が起きるかも、なんて思ったりもした。 とはいえ、ちゃんと現実も見えていた‥‥つもりだった。 私は御巫とは言え村娘だ。 一応客人としては扱われるけど、暫くの間訓練場の端を貸して貰って、後は勉強して‥‥ 楽しかったな、なんて思いながら何事もなく帰るんだろうなって。 お茶会の時間は、落ち着くようで落ち着かない、そんな憩いの時間だ。 ブラダマンテさんにアンジェリカさん、イゾルデさん達やバロネスさんとの時間は、 少なくとも騎士の皆様の一挙手一投足に心を乱されはしない。 「ハレ様、お砂糖はいかがなさいます?」 「ありがとうございます。一ついただきます」 平和だ。 普通のお茶会の、普通の会話。 彼女達は、私の故郷の話を聞きたがってくれたり、逆にこっちの国の話を教えてくれたりもする。 「異国からいらした巫女様ですもの。皆様興味津々なのですよ」 「そ、そうなのですか」 だからといって、この時間が落ち着く時間かと言われると、そうも言ってられない。 動きが全部優雅。 どうして紅茶を置くだけで絵になるのだろうか。 そう、目の前に居るのは、貴族、王女、お姫様。 騎士の皆様とは違う緊張に襲われるのだ。 彼女達に囲まれている時は、騎士の皆様に囲まれてる時とは違う形で妙に背筋が伸びるというか。 無意識に姿勢を正している自分がいる。 それでも彼女達は、こっちの事を丁重に扱ってくれるし、色々気遣ってもくれる。 異国で少々寂しさを感じるだろうと思って開いてくれた席なんだから、甘えないと逆に失礼だという感覚で、頼らせて貰っている。 「ハレ様の振る舞いはとても上品ですよ。どこに出しても恥ずかしくない淑女ですね」 「ええ、テーブルマナーもしっかりしていますし、飲み物の作法も完璧ですわね」 「それに、立ち振る舞いも凛として美しいですよ。舞の稽古をしているからでしょう」 彼女達の言葉に、内心ちょっぴり安心する。 こっちに来る前、徹夜でマナーの本を読み漁った甲斐があるという物だ。 そのお陰で、少しばかり寝不足になったのは内緒だ。 もう一人位、私と同じ境遇の子が居れば、多分親友になれたと思う。 色んな意味で 本当に色々な人に恵まれている。 多分これは私が特別幸運なんじゃなくて、オオヒメ様が全てを見越した上で導いてくれたことなんだろう。 街へ出る時も、一人では歩けない。 「ハレ様、お供いたします」 そう言って騎士様が付いてきてくださる。 最初は申し訳なくて仕方なくて、 「私一人でも大丈夫です」と、 何度もそう言った。 でも皆様、穏やかに笑うだけで、付いて来る姿勢は崩しはしない。 「それは承知しております」 「ですが、お守りするのが我々の務め、何かあってしまえば、申し訳が立ちません」 と言われてしまえば、頷かざるを得ない。 心臓がどきどきして落ち着かないけど、 子供が泣いていたらすぐに駆け寄る所とか、町の人達が騎士様を見ると笑顔で挨拶をしている所を見ると。 彼等が皆を守っているんだな、と感じて何だか胸が暖かくなる。 初めて戦場へ同行すると聞いた日は、眠れなかった。 だけど剣舞を始めると、不思議と恐怖は消えた。 「我らのために舞ってくださっている巫女殿のためにも恥ずかしい戦いは見せられないな!」 誰かの軽口に、周囲から一斉に笑みが広がった。 「もちろん!」 「この舞に見合う働きをしてみせます!」 なんて、そんな声があがる。 誇らしさと恥ずかしさを感じながら、彼等の無事を祈った。 帰国の日、 気が付けば、この国も私にとって大切な場所になっていた。 朝になれば訓練所へ向かい、騎士様達に挨拶をして。 舞を奉納して、お茶会に呼ばれて。 市場のおばあさんに果物を一つ多く持たされたりとか。 そんな毎日が、いつの間にか当たり前になっていた。 「何か困ったことがあれば、お知らせください」 そんな声に、私は思わず顔を上げる。 「海を越えて駆けつけますので」 その瞬間。 周りの騎士様達が当たり前のように頷いた。 「当然です」 「船が無ければ泳いででも」 「ハレ殿が困っているのであれば、それくらいは」 私は思わず、笑ってしまった。 物語みたいな台詞。 格好をつけるための、その場を盛り上げるための言葉。 笑って聞き流すものだ。 でも、この人達の場合。 本当に駆けつけてくれそうで、それがどうしようもなく頼りになって、嬉しくて。 だから、思わず笑ってしまった。 「そ、そんな大げさな‥‥」 「大げさではありません」 真顔だった。 すごく真剣な。 「ハレ様は我らの友です」 気が付けば、目頭が少し熱くなっていた。 「大丈夫です!でも、今度は皆さんを私の村に招待しますから!‥‥何もないかもしれませんけど」 別れの便に乗り込む私に、手を振ってくれているのが、小さくなった人影でも分かる。 私は精一杯、大きく手を振り返した。 胸いっぱいに、その景色を焼き付ける。 村に帰ったら、ニニとフゥリが待っている。 絶対に信じてもらえない話を、山ほど抱えて。 貴族やお姫様とのお茶会の話。 戦場で舞った話。 街を歩けば騎士様が護衛してくれた話。 そして、朝の挨拶が朝の挨拶なのか口説き文句なのか最後まで分からなかった話。 全部話そう。 きっとニニは机を叩いて笑うだろう。 フゥリは最初こそ「盛っているんじゃないですか?」と疑うだろう。 でも、この皆で撮った写真を見れば、全部本当だってわかってくれるはずだ。 異国への留学。 憧れていた特別な体験‥‥それは私の想像とは少し違って。 ずっと眩しくて、ずっと慌ただしくて、ずっと心臓に悪くて。 そして、とてもとても幸せな時間だった。 故郷に帰って数日。 久しぶりの村は落ち着く。 朝露の匂いに木々のざわめき。 土の匂いと鈴の音。 やっぱりここが私の居場所だなあ、なんて思いながら、いつものように神前で祈っていた。 「オオヒメ様、本日もよろしくお願いし――」 その時だった。 『むっ!』 頭の中に、聞き慣れた声が響く。 私は思わず背筋を伸ばす。 「オ、オオヒメ様?」 『むむむっ!』 何だろう、いつもより元気だ。 そして嫌な予感がする。 『来ています!』 「何がですか?」 『私の直感がピキーンと来ています!』 俗っぽい言葉に、少し気が抜ける。 「ぴきーん?」 『ぴきーんです!』 そんな擬音で神託ってあるんだ。 私が戸惑っていると、オオヒメ様はどこか楽しそうに続ける。 『ハレちゃん!』 「は、はい!」 『次の交流先が決まりました!』 「交流先?」 『はい!』 元気よく返事が返ってくる。 そういえば、あの国に行った時も、こんな感じで神託を受けたんだっけか。 『ハレちゃんには、宇宙に行って貰います!』 「へ、宇宙!?」 あまりにも唐突な言葉に、私は目を瞬かせるしかない。 宇宙。 星空の向こう側。 そんな所に行くなんて、想像もつかない。 『どうやら、巨大戦艦の中で舞いを踊り、その力で超巨大戦艦を守るのが役割‥‥だとか』 「超巨大戦艦!?」 私、どうなっちゃうんだろう。 異国のロマンスも、村ののどかな空気も、どこか遠くに感じてしまった。