前橋ウィッチーズの楽曲「メジルシ」の歌詞を読解します。 前ウの歌詞は案外難しい。 たとえば、歌詞の目線が自分自身に語りかけているのかと思うと、「あなた」に呼びかける言葉が出てくる。 (例:「邁進↓↘→Step by Step」) ここには、今の視点が捉えた別の自分(あるいはその自分に似た他者)を一人の人間のように尊ぶという態度があるのかもしれません。 多面的な自分をうまく胸の内に同居させたいという心遣いが僕には伝わりますね。 さて、本題の「メジルシ」です。 この歌詞が提示する視点を、僕は次のように分けます。 1.その手で押したシャッターが… 2.その目で写した"今"が… 3.生まれた瞬間… 4.大事な思い出は… 5.苦しくて… 6.たぶん… 7.昼と夜がある… 結論から話すと、異なる視点がいくつもある作りになっています。 各人の記憶が失われる回の挿入歌なので、視点を小分けにすることで記憶が離散していることを示しているのかもしれません。 全体はカラーネガフィルムを比喩に用いているようです。 1.その人が大事にしていることを、その人が不意に見失う(その人はこの事態を望んでいない)。 2.大事にすべき根拠を知りつつ、実際には大事にせずにいた(手放したことはそのときの望みではあった)。 3.人生の重み(意味や価値)を特に受け止めていない(1.2.はすでにその重みを受け止めている)。 5.何らかの事情で、苦しさに意味を求めている(それでいいと許容している)。 6.本当に大事なことは、苦しさに基づくことではないと気づこうとしている。 特に5、6.は、僕が「大事なもののために苦しまないわけにはいかない」という読み方をしがちだから、 すぐにはこういう読解ができませんでした。5.6.は過度に重みを受け止めている立場だと言えそうです。 4.何かを大事にする(自ら色付ける)心が君にあるんだよ、その心は絶えないよとある人がその人に諭しています。 7.「昼と夜…だからきっと」は4.の心が弱まった人に働きかける力がこの世界にはあると言っているのかな。 最後は1~6まで考慮した上で結局は、大事なことそのものは消えはしない、と訴えているのでしょう。 暗に「苦しさがその人の尊厳を尊厳たらしめているわけではない」という意味を全体から僕は感じますが、 そこにも実は捨て置けない何かがあるという視点が プリントを想定するカラーネガフィルムの比喩に託されている、そんな気がします。 以上、僕の読解でした。 お読みくださりありがとチョコちゃんでした!