匙で掬った南瓜のポタージュの甘味と熱が、篤人の冷えた身体を春の日差しのように温め、頬を緩ませていく。 疲労と寒さで冷えた身体のまま馬車に揺られ灰被りの城へと戻り、暖色のガラス細工で飾られた客室に案内された。その直後差し出されたポタージュは、器を傾け一気に飲み干したくなるものであった。 「ぷはァ……うめェな、アツト」 少し前に目を覚まし、隣に座ったジャンクモンがスープを満足げに飲み干す。 途中まで城にいた自分とジャンクモンでさえこうなのだ。絶え間なく続く吹雪の中で死闘を繰り広げていた三幸や雪奈達の心地は、自分の比ではないだろう。 そう思いジャンクモンに笑みを返してから、篤人は周囲を見渡した。 「んっ……生き返るっ……」 「美味い。デジコアから全身が温まってくる……こういうの、悪くねぇな」 向かいに座る三幸とガジモンが、目元も頬も緩めきり、その甘みと熱を心地よさそうに掬っていた。 「美味いな……無くなった力が、どんどん戻ってくる気分だ」 「ずっと吹雪の中にいたからねー……いま外に戻ったらわたし、耐えられないと思う」 離れた席の颯乃と雪奈達も、寒さを思い出してか苦笑も浮かべて頬を緩める。 啜る音と暖かさが客室が満たされ、篤人も自然と笑みが戻ってきた。それがしばらく続くと廊下から硬い足音が聞こえ、サンドリモンが現れた。 「お気に召してくれたようですね。 作った使い魔も、喜ぶでしょう」 「はい!それはもう、おかわりをいただきたくなるくらいに!!」 「どんだけ気に入ったんだよミユキ。 いや、オレも気に入ったけど」 満面の笑みの三幸の賛辞と呆れた様子のガジモンにサンドリモンは口元を緩ませると、使い魔に何かを手で指示し、篤人達へ顔を向け直した。 「まず、この場を借りて礼を言いましょう。 皆様のおかげで、本当に助かりました」 「いいんです。わたしは颯乃ちゃんを助けにきたのが一番の目的でしたから」 「僕達も依頼を受けただけです。礼なら、助けを求めてアリーナまで来たソフィーさんに」 篤人と雪奈の話を聞き、サンドリモンは口元は緩めたまま、ため息をついた。 「やっぱりあの子、話も聞かずに大人しくしなかったのね……」 「ええ、事情は分かったとはいえ……一方的に言われて大人しくしてやるもんですか」 重たげな声と足音と共に、ソフィーがバコモンと共に客室へと足を踏み入れた。 「ソフィーちゃん!大丈夫なの!?」 「平気よ。ちょっと疲れただけ」 心配する雪奈にソフィーは小さく手を振って答え、篤人の隣の椅子へと座る。そしてサンドリモンは、口を真一文字に結んだ。 「良く、やってくれました。 ですが、ノーブルファミリアーツ一回でその有様……鍛え足りないようですね?」 「これ以上のスパルタはお断りよ。ワタシ、これからアツト達と一緒に行くって決めたし」 少し怯んだ様子を見せながらのソフィーの突然の言葉に、篤人と三幸は咄嗟に彼女の目を見た。 「えっ……来てくれるのは嬉しいけど、そんな迷いなさすぎじゃ……」 「アリーナの時には言えなかったが……最初から、そのつもりであったのだ」 戸惑った篤人に、ミミックモンがややバツが悪そうに答えた。 「まぁワタシ達、正面からの勝負には自信はないわよ?でもね?」 ソフィーが微笑み、篤人の肩に両手を置いた。突然のことで驚き、皮膚に熱を感じた篤人は反対の肩を跳ねさせ、彼女から目を背けた。 「それでもワタシ、結構頼りになるでしょ?アツト」 「えっ!?あっ……うん!」 篤人は思わず跳ね上がった声を発し、ソフィーの顔を見ないようにそのまま俯いた。 「あのー……ソフィーさん……来てくれるのは、嬉しいんですが……距離近……」 「ってことだから、よろしくねミユキも」 「わっ!!あ、いや……こちらこそよろしく……なんですが……」 不満げに声を低くしていた三幸にソフィーが近づくと、今度は彼女の後ろから手を回す。 三幸は沸騰し始めた湯に冷水が入ったかのように落ち着くと、離れるソフィーを真顔で見送った。 「じゃ、どうするかは明日話したい……けど……」 ソフィーが椅子に戻ると、頬を掻きながら周りから目を逸らした。篤人がどうしたかと聞く前に、バコモンが咳払いをした。 「……問題が、出てしまってな」 「問題?俺様達で解決出来っか?」 ジャンクモンの問いに、バコモンはサンドリモンの使い魔から差し出されたスープに口をつけ、重苦しくため息をついた。 「デジヴァイスが壊れた上に、我が取り込んでいたデジモンの情報が全部消えた」 「あっ、あの時に時空石壊れたから……」 篤人は思い出し、三幸達にも説明すると、彼女達は考え始めた様子を見せ始めた。 「デジヴァイスの中に入れてた保存食やお金も全部消えたわ。 1bitもどころか1スゥも無い、ホントの一文無しよ」 言葉とは裏腹に後悔のない笑みで話すソフィーに、篤人がかける言葉を選び始めた矢先、颯乃が「そういえば」と呟いた。 「私がひと屋に持たされたあの粗悪品の予備が部屋にあったな……それでいいなら譲るが……」 颯乃の言葉にソフィーは「ホント!?」と目を輝かせた。それから少しして、考えていた様子のブルコモンとゴブリモンがバコモンに声をかけた。 「力ならおれとゴブリモンのを取り込むか? コピーすれば済む話だしな」 「完全体二つなら当面困らないだろ?今までと戦い方、変わるだろうがな」 バコモンは目を伏せ「すまぬ」と呟き、ソフィーも「Mercy」と笑って告げる。篤人はやり取りを見続ける最中に生源寺の言葉を、バコモンは元々ひと屋に居たという話を思い返し息を呑むと、ジャンクモンが椅子から降り篤人の足を軽く叩いた。 「生源寺の言う事がウソでもホントでも、バコモンに今聞くのはやめとけ」 ジャンクモンの言葉に篤人は頷くと、話の終わりを見計らったサンドリモンが、ゆっくりとソフィーに近づいた。 「持たせた路銀は今回の報酬ということになさい。返す必要はありません」 「助かるわ。14歳で借金生活なんて嫌だもの」 「あとは……貴方、食べたいものはあるかしら」 続いたサンドリモンの優しげな声と意外な言葉に、ソフィーは目を丸くし、沈黙した。 「ソフィー。彼女なりの礼だ。受け取っておけ」 「……オムレツ。デジタケたくさんのやつ」 「よろしい。夕食を楽しみになさい」 バコモンの言葉を聞き、戸惑い気味に好物を告げたソフィーに、サンドリモンは優しい声音のまま踵を返そうとした直後、廊下から複数人の駆け足の音が鳴り始めた。 「ハヤノ!無事で良かった!!」 「ラリッサ!それにみんなも無事か!」 小麦肌の少女が勢いよく颯乃に駆け寄る。それからすぐ、人種も年齢も違う男女とそのパートナーであろうデジモン達が颯乃の周りに集まり、篤人はその光景に少し、気圧された。 「は、颯乃ちゃん……その人達……王子様候補?」 「そう、なんだが……この通り、色んな国の人が居てな……言葉は通じるし、みんないい人だぞ」 雪奈も気圧されたのか引け気味に尋ね、ラリッサが離れた後に颯乃も、やや硬い笑みで答えた。 「ワタシがここにいた頃と同じ感じね。 ワタシはまぁ、そういうの少しは慣れてたけど」 「フランス、色んなルーツの人がいますしね……私も色んな所から来た子と寮生活してましたけど」 ソフィーと三幸が思い出したように会話を続けるうちに、硬い足音と共にガードロモンが現れた。 「貴様らも無事であったか……いや、良く生きていてくれたと言うべきか」 「ん?お前フロゾモンか?」 「うむ。力の使いすぎで退化してしまったがな」 ジャンクモンの問いに退化していたフロゾモンが頷くと、篤人はようやく、本当の意味で全員を確認し、安堵で大きく息を吐いた。 「ひと屋のせいでここに送られた者達も、喜ばしいことに残ると答えました。 ならば当然、再び来るやもしれぬ狼藉者を相手にするため、鍛えねばなりませぬ」 「勿論、吾輩も残りますぞ姫様。時が経てばフロゾモンに戻れるでしょうしな」 続いたフロゾモンにサンドリモンは「当然」と短く告げると、颯乃は表情を硬くした王子様候補達に視線を送った。 「私と雪奈もしばらくは残るとはいえ、本当に良いのか?」 「外に出て戦う勇気まで、持てないだけだよ」 代表したラリッサが不安げなまま答えると、ウルヴァモンが続いた。 「招待状拾ったら無理矢理組まされた始まりだけどさ、いざ付き合ったら案外悪くないし、いいかなって……何より、あいつらムカつくから」 「始まりがどんな形でもって話か。いいと思うぞ、オレは」 始まり。ウルヴァモンとガジモンが発したその言葉に、篤人は胸を紙で切られたような微かな痛みで、瞼を動かした。 「サンドリモンさん。馬車で言いましたけど……わたし達、多分1週間もしないで元のデジタルワールドに戻りますよ?本当に城に居ても、良いんですか?」 「いる間は働いて貰います。 無論、暖炉のそばで寝ろと言いませんとも」 「……勿論!戦うことも含めて、出来ることは精一杯やります!」 おずおずと尋ねた雪奈が、サンドリモンの返答に改めて安堵も交えた顔で、引き締めた表情を見せると、サンドリモンは何かを呟き、篤人のほうを振り向いた。 「さて、片桐篤人……選ばれし子供……貴方がたの旅路では出会うことは無かったとはいえ、ダークエリアでのことは、私自身も無念でなりません」 「……その言葉だけで、有難いです」 サンドリモンの俯きながらの言葉に、篤人も目を伏せて答えた。 「バロッコを治めるデジモンの一人として、灰被りの城は当然協力します。 とはいえ、現状は疲れが癒えるまで泊めてやれるくらいですが」 「いや、助かる。いる間は出来ることはさせてもらうぜ」 ジャンクモンが答えにサンドリモンが頷くと、続けて彼女は三幸へと振り向いた。 「犬童三幸、ガジモン……その紋章と、デジヴァイスを、持って、戦ってくれたことに、心の底から感謝しています」 「……篤人さん達やファングモンがいなければ、私は今も生きているか分からない状況でした。 救って貰った上に、戦う力をくれた篤人さんには、感謝しかありません」 間の多いサンドリモンの言葉を気にして、三幸は目を少し細めて答えた。篤人は、三幸の言葉の一つ一つに、胸に小さな針を突き立てられたような痛みを感じ、彼女達から目を逸らした。 「何にせよ、まずはゆっくり休んでくれ。 長い時間、寒く辛い道を歩んだのだ。体調を、崩さぬようにな」 ガードロモンの言葉の後、サンドリモンは使い魔に全員を使える部屋まで案内するように告げた。 ──── 「なぁ、少しいいか?」 客室から一度解散し、廊下を通り割り振られた部屋へと各自が入っていく。自分の部屋のドアノブに手をかけた篤人は、向かいの部屋に入る前のブルコモンと雪奈に呼び止められ、振り向いた。 「まず改めてだけど……本当にありがとう」 「よせやいセツナちゃん。それを言ったらアツトや俺様も助けられたんだぜ、なァ?」 「そうだよ。何で返せばいいのか分からないくらい、僕も感謝してる」 篤人もジャンクモンに続き、目を潤ませ話す雪奈に硬い笑みで答えると、雪奈の右隣の部屋から桜色の、ソフィーが使っていたものと同じデジヴァイスを持ち部屋から出た颯乃達も、篤人に近づいた。 「私も雪奈と同じ気持ちだ。それ以上の言葉が思い浮かばないくらい、感謝してる」 穏やかに礼を述べた颯乃に、篤人は同じ言葉を返そうとした。だが颯乃は目を伏せ「ちょっといいか」と重さのある声音で告げた。 「話は聞いてるぜ、篤人。お前の目的……仇討ち、なんだよな」 苦い顔のゴブリモンの言葉に、篤人は表情を硬くして頷くと、雪奈が「やめろって話じゃないよ」と少し慌てたように告げ、息を吐いた。 「わたし達が戦った鳥谷部さん。ひと屋に入ったの、娘さんが殺されたからって」 雪奈の話に、篤人は動揺から表情が歪んだのをごまかすように、わざと眼鏡を外して拭き始めた。 「っ……そんな始まり、僕に関係……」 声が、震えたのも自覚した。間髪入れずに颯乃が「そう。関係ない」と抑え込むように話す。 篤人はそれを肯定の言葉と捉え、身動ぎが取れなくなった。それから僅かに沈黙を挟み、雪奈が更に細く息を吐き、硬くなった表情で続けた。 「始まりが心の底から辛くて悲しいのも、許せないから復讐に走るのも、想像出来る」 雪奈が、息を吸って続けた。 「でもそのために選んだ道はひと屋に入って、社長の復讐の手伝い。 ……あの人はもう、許しちゃいけない人だよ」 篤人は雪奈の声に割り切れないものが混じったように感じ、目を逸らさずに無言で聞き続けた。 「わたし達が居たデジタルワールドで会ったテイマーにも、復讐目的の人は居たさ。 片桐、私も雪奈もやめろとは言わない」 「ただそのために、鳥谷部さんみたいにはならないで欲しい……って、思ってる」 「大丈夫、分かってるから」 篤人はすぐ、アヌビモンの言葉を思い出した。それから彼女達の言葉を、口内に貼り付いた粉薬を大量の水で流し込むように飲み込み、頷いた。 (分かってるよ。そう、分かって……でも……) それでも篤人の喉奥には苦悶が粘りついて離れず、ただ、同じ言葉を思い続けること以外出来なかった。 「ひと屋の社長も、始まりは何かはあったのかもしれねェな」  ジャンクモンがそう呟くと、篤人の俯きかけた頭が上がり、淡々と、直感的に口を開いた。 「だとしても。って話だと思うよジャンクモン」 篤人はまた感情を飲み込み、視線を向ける場所を見つけるために周りを見渡すと、自分の左隣の部屋のドアが、僅かに空いているのに気付いた。 閉め損ねかと篤人が考えた後、隙間に靴が挟み込まれていたのが見え、同じく気付いた雪奈が、苦笑を浮かべた。 「普通に、話に混じっていいんだぞ……?」 颯乃が困惑が混ざった言葉に、僅かに空いたドアから、まるで悪戯がバレてバツが悪そうにした三幸とガジモンがおずおずと部屋から出て、篤人から目をそらしながら、歩み出た。 「バレるって言ったろ、ミユキ」 ガジモンの呆れた様子の言葉に、三幸が恥ずかしそうに短く呻く。篤人も困惑と彼女の様子に、何を言えば良いのかが思い浮かばず、沈黙した。 「片桐くん。とりあえず、さ」 雪奈はまた困ったような顔で、篤人と三幸に笑いかけた。 「三幸ちゃんの話、聞いてあげて?」   ──── 三幸と共に正門から外に出ると、未だ(続く乾いた冷たさが皮膚を削ぐように染みていく。篤人はすぐ、防寒着のも着けず外に出たことを後悔するも、今更戻るのも情けないように思い、震えて堪えた。 「ここ、元々火山でしたのよね……デジモンって、こんなことも、出来るのですね」 「でも君達が勝ってくれたからさ、後は時間が解決するってフロゾモンは言ってたよ」 篤人の言葉に、三幸は安堵を見せた後、少し迷って顔を俯けた。 「ごめんなさい篤人さん。紋章もデジヴァイスも、取り返せなくて」 「みんな無事で、城も人も取り返せた。 これ以上のことなんて無いよ」 篤人は俯いた三幸に迷いもなく答えると、三幸はまだ俯きそうな顔を上げて沈黙を挟み、勇気の紋章を握り締めた。 「本当に、死ぬかと思いました。というより、今になって、そう思って……怖くなりました」 「怖がるのは恥でも何でもないよ。それでも戦うのが勇気だよ。火置さんも、そう……」 三幸が、篤人の言葉の途中で手首を強く掴んだ。篤人は突然のことで困惑し、耳に熱を感じたまま彼女から顔を反らし、沈黙した。 三幸も手首を掴んだまま沈黙し、それから何か押し戻すように少し力を緩めると、再び話始めた。 「篤人さん。この紋章の持ち主……ヒオキさんも、私と同じ気持ちになったのでしょうか」 篤人は彼女の言葉で紋章を見ると、湧き上がった罪悪感で胸が裂かれるように痛み、自然に返せず呻いてから口を開いた。 「っ……そうだね。火置さんも、怖くても、勇気を持って、戦っていた」 無理矢理絞り出した言葉と共に振り返ると、三幸は表情を一瞬、何か暗い方向で動かした。 「篤人さん、ヒオキさんって、どんな人でした?」 また、胸が引き裂かれて痛む。篤人はそれでも息を吸って、無理矢理笑みを作った。 「普段は、気が強い方じゃなかった。 でも、動かなきゃいけない時は、足を震わせても一番最初に動ける人だった。僕はさ……」 そういう彼女が好きだった。自然と続きかけた言葉を、咳き込んだフリでごまかした。 篤人は押し込めたことに安堵した直後、三幸は手首ではなく、手を握り締めた。 「篤人さん。私は、その人みたいに」 「うん。戦った。でも……えっと……」 君は、前の持ち主と違っていい。その言葉が蓋をされたように出なかった篤人は、託させた勇気の重さを顔に出さないよう必死に堪え、三幸の手を握り返した。 (僕は、自分のために、彼女にこんな思いを……) 寒さはいつしか、吹き上がった後悔で、気にならなくなった。 ──── ただ置かれただけの机の上で、ファヨンは持参したリンゴを専用のカッターで上から押し、切り抜かれた芯を取り外す。 百蓮は無地の敷物が敷かれたひと屋の診療所のベッドの上で、差し出されたリンゴを隣のベッドで休むコテモンと共に取り、そのまま咀嚼した。 「……鳥谷部さんと百蓮オンニで負けるなんてね」 「収穫は半端に解析した招待状の仕組みと事前に持ち出した灰被りの城の財産くらいです。 ……手痛い、失敗でした」 「大丈夫。サジャンニムは失敗には寛容だし」 生源寺はファヨンの慰めに喉の詰まりを感じ、息でそれを押し込んだ。 「聞いたわよ。居たのね、ワイズモン……いや、今はミミックモンか」 ギリードゥモンが苦々しい声音で話したのに、ファヨンもまた、表情を硬くした。 「あいつ。バロッコに居たのね……あの不良品デジヴァイスを持ち逃げしたと思ったら……」 「お二人と同じく古株でしたか。しかし、何故……」 「何だっていいわあんなヤツ。見つけたらデジコアに弾丸を叩き込んでやる」 コテモンの疑問に対し、ギリードゥモンは苛立った様子で話を打ち切った。耳だけで様子を伺っていた百蓮は空気を変えるため「東のほうは?」とファヨンに問いかけた。 「状況は好転したよ。といっても、相変わらずアンフィモンには苦労してるけど」 「拙者共は消耗で済んだ故、しばし休めば戻れましょうが……助太刀は不要でござるか?」 「決めるのは私達じゃなくてマリナスだけど……多分、いらないと思うわよ」 コテモンの言葉にギリードゥモンが答えると、ファヨンは鞄を持って椅子から立ち上がった。 「そしたらアタシ、鳥谷部さんの所にも行くね。 パルリナア」 最後まで心配の目を向け退室したファヨンとギリードゥモンを見送ると、百蓮は最後のリンゴを手に取り、片桐達の睨みを……歯向かう人間の目を思い出し、胸中で撹拌され続ける感情に苛立ちを感じたまま、大口を開けてリンゴに齧りついた。 ──── 「すいません社長さん……完全に負けました」 「あなたと百蓮でダメなら、岩瀬やマリナスさんがやっても同じです。お気になさらず」 両手指に包帯が巻かれた鳥谷部はベッドから身体を起こし、見舞いに来た愛甲に俯いたまま詫びる。 愛甲の気にした様子も無く机に見舞い用のマスカットを置くと、椅子に座り鳥谷部をじっと、黒目と金の義眼で見据え始めた。 「とにかく回復を優先してください。 何をするにしても、それからです」 安堵の心情が入った声音にも関わらず、鳥谷部は彼女の金の義眼から今にも黒い手が現れ、自分の首を絞めに伸びるような怒りの錯覚を感じ、敷かれた布団で身体を覆いたくなる寒さを堪えたまま、愛甲から目を逸らさず、見返した。 「……片桐も犬童も、私が自分の目で見てきます」 「社長殿直々に……」 ベッドで寝たままのペンモンの声に、愛甲は気にした風もなく頷いた。 「百蓮の回復次第、出発します。彼女達にはここに残る者達と、防衛についてもらいます」 「私達と、サンドリモンの城は?」 「それも回復してからの話にしましょう。 今度は制圧も、簡単に行くと思えません」 愛甲が話の途中で眉を動かし、そのまま続けた。 「何にせよ、百蓮も鳥谷部さんも失わずに済んで本当によかった。 あなた達はひと屋に……いや、私の復讐に、絶対に欠いてはいけないと思ってますから」 「っ……そう言われると、安心します」 鳥谷部はその言葉を途中まで水のように飲み込み、途中から水が粘ついた物に変わったかのように、必死になって飲み込んだ。 立ち上がり「お大事に」と告げた愛甲の声と黒目には、偽らざる安堵があった。それでも鳥谷部は、退出する愛甲の背中と揺れる長髪越しに、あの義眼が自分達を見据えたままのように感じてならなかった。 「ねぇペンモン。結局私は、最初から間違えていたのよね」 完全に、愛甲の姿は消えた。義眼の視線も感じない。重苦しさから解放された鳥谷部は未だ残る寒さに耐えかね布団を被り横になると、隣のベッドのペンモンに顔を向けた。 「それを言うなら某もです。ですが、間違った先で、あなたと会えました」 俯きながらのペンモンの言葉に、鳥谷部は救いを僅かに口元を緩めた。 「故郷のために、力と金を求めてここにきた……今にして思えば某は、あまりに愚かでした」 何度目かのペンモンの後悔を聞いた鳥谷部は、自分の復讐の道筋の後悔と、愛甲の無念を晴らしたいという入り混じった気持ちを奥底に押し込み、ペンモンから顔を背けた。 「私達は、頭でも感情でも分かったまま、間違えた道を進むしかないのよね」 「今更、他の道を、どう、選べと」 途切れ途切れのパートナーの……子の言葉に、鳥谷部はそれ以上の言葉を続けられなかった。 (六華に似た子に……雪奈ちゃんにさえ会わなければ……私は今頃、どう考えて……) 鳥谷部は思い返し、迷いか悔いかも分からない心残りに、縄で引き摺られるような心地となった。 そしてそれを、断ち切ろうとばかりに、目を瞑った。